15-12 事情をすべて察するのは不可能だ。
話し合いって言うのは武器を構える前に済ませておくべきですね。
口々にその時の冒険について語るが、ジョンだけは少し複雑な様子を見せている。何か悩むようなことでもあったんだろうか?
「どうかしたのジョン君?」
ベネットが尋ねると、ジョンは首を横に振る。
「思い過ごしかもしれないんですけど、お姫様は地獄にとどまっていたかったんじゃないかなって……」
そんなことあるか?
地獄だろ?
「地獄の悪魔と恋仲だったんじゃないかって、本気で信じてるんですか?」
セレンが咎めるように尋ねた。
「いや、だから思い過ごしかもって言ってるじゃねえか。相手の親玉を倒したときに、悲鳴を上げたのは戦闘にびっくりしただけかもしれないし、泣きはらしてたのも恐ろしさの余りだったのかもしれない。
たださ。」
ジョンはため息をつく。
「帰り道、ずっと無言で沈み込んでたからさ。」
ジョンの言葉に、ユウとノインは首をかしげていた。
「確かにね。我々に気を使って悟られないようにふるまっている様子ではあったけれど、落ち込んでいたように私にも見えたよ。」
適当に話に乗っかってないか、ベーゼック。ジョンが思い過ごしかもと思うのだとするなら、かなり微かな違和感だったんだろう。
「もし仮に、あの悪魔がお姫様と恋仲だったとしても、無理があるよ。人は地獄では暮らせない。ずっと、《耐火》の呪文をかけ続けてなくちゃいけない環境だよ?
すぐ丸焦げになっちゃう。」
ユウの言葉で、俺はジョンの直感が正しいんじゃないかと感じてしまった。言うべきだろうか?
少しジョンの方を見る。
「分かってるって。勘違いだよ、勘違い。」
そうか。
「ジョンはロマンチストだなぁ。」
俺はからかうように口を開く。
「うるせえ! お前に言われたくないね!!」
とりあえず、触れずにおいた方がいいだろう。その後は、お姫様を地獄から救った話には触れず、他の仕事の話なんかで盛り上がった。
翌日、セレンと銀行で各種保険の加入状況や孤児院の開設からのあれこれを確認する。支店長室で書類とにらめっこしながら、改めてブラックロータスの歪さを思い知らされた。
本当にこの街はマジックアイテムの取引がなければ、産業がない街なんだな。穀物の輸入量を考えると、ほぼ100%外部に頼っていると言っていい。鍛冶屋なんかも、素材は外部からの持ち込みだ。
主な収入が修理に偏っている。
そもそも程度のいい武器なんかはダンジョンからもたらされるので、わざわざ新規に作る必要性はない。
鉱物資源も一応産出されてはいるものの、その量は大したことは無い。石炭すらも輸入に頼っている部分がある。
取れるものと言えば、あの不味い黒芋くらいだ。
意外とでんぷん質が多いので、加工すれば片栗粉が作れる。普通に食べるよりも、はるかに食べやすくはなるので工房を作り飲食店に卸す仕事を作ったけれど、売り上げとしては微妙だな。
赤字ではないけれど、小規模な事業にとどまりそうだ。
一通りの確認が終わり、これからの指針を打ち合わせもまとまったのでお茶にする。これまた輸入品だが、香りのいいお茶が渇いた喉に嬉しい。
「私は駄目な女ですね。」
急にため息をついて、そんなこと言われると困る。あれから、セレンとジョンで何かあったんだろうか?
「仕方ないと思うよ。あくまでも、推測でしょう?」
ベネットがセレンをフォローする。
「ジョンと喧嘩にでもなったんですか?」
そう尋ねると、セレンは首を横に振る。
「状況を考えると、ジョンの言ってたことはあってたのかなって……
聞いてみても、何にも答えてくれませんでしたけど。」
なるほどねぇ。でも、セレンの反応が特別酷いということもないと思う。
結局のところ、依頼を受けて仕事をしたに過ぎない。これが例え人間同士の駆け落ちだって、手向かうなら殺されても文句は言えない。
そういうものだ。
「悪魔と聞いただけで、救いようのない存在だって決めつけてました。そうじゃなかったかもしれないのに。」
そう考えてしまうのはよくないな。
「悪魔は悪魔ですよ。単純に攫われたお姫様が魅了されていた可能性もありますし、殺さなかったのは何かの計画の一環かもしれません。
安易に同情するのもよくはないですよ?」
もちろん、ちゃんと調べたわけではないから、これ以上の言及はできないが。
「それに事情があるというのなら、話をする状況を作る義務は事情を抱えた側にあるよ。別にジョン君が気に病むことでもないし、ましてやセレンが悩むことでもないでしょ?」
ベネットの言葉に俺も頷いて同意する。セレンはそれはそうですけど、と口ごもってしまった。
「そんなに気になるのなら、少し調べますけどね。」
首を突っ込むのなら、それなりに覚悟は必要かもしれないけれど。
「……いえ、いいです。ジョンが黙っていたってことは、これ以上は詮索しないってことなんでしょうし。」
ジョンの行動を考えれば、そういう事だろうな。とりあえず、俺も心の中に留めるだけにしておこう。
「あ! 忘れてた!!」
セレンが慌てたように声をあげる。
「以前、探していたアイテムがありましたよね? えっと、《そよ風の蹄鉄》でしたっけ?
ジョンが見つけてきたって何気なく置いていったものだから忘れてました。」
なんだったっけ?
ゲームでは聞いたことがあるアイテムだな。確か、馬に装着するとどんな悪路でも安定して走れ、川や海も走って渡れるという代物だったかな?
「ありがとう!! オークションとかに行ってもなかなか見つからなかったの!! これで雪の上でもグラネを走らせられる!!」
いや、言ってくれれば俺が揃えたんだけどな。セレンとベネットの間で交わされてた約束を知らないって言うのもなんだか、のけ者にされた気分だ。
「何、ヒロシ拗ねてるの?」
ベネットが俺の顔を覗き込んでくる。
「そりゃだって、俺に言ってくれればよかったのにって思うよ。」
たまたまなんだろうけども。
「ごめんね。なんでもヒロシにお願いしちゃうのも悪いかなって思ってたから。」
別に、悪い事なんか何もないんだけど。それにちょっとした買い物でも何でも俺に頼めって言うのも、買い物をする楽しみを奪う事にもなるか。
「謝らなくてもいいよ。ちょっと拗ねただけだから。」
それより、これの支払いをしないとな。
「ヒロシが出そうとするのも違うよね?」
俺が証書を取り出したところで、ベネットがそれを押しとどめる。
「私にだって蓄えはあるんだから。プレゼントして欲しいときは、また別の機会にね?」
そう言われれば、そもそもオーバーオールとかも別に俺に頼まなくてもベネットが買うこともできた。それをわざわざ俺に頼んだことを考えれば、その時の気分で支払いをするしないって言うのも変わるものだよな。
とりあえず、これは証書をインベントリに戻した。
「分かりました。何かあれば、遠慮なくお言いつけください奥様。」
そういうとベネットは嬉しそうに笑う。
ブラックロータスを後にして、モーダルに再度戻る。スカベンジャー相手の保険について、銀行の頭取でもあるイレーネに報告する必要もあるし、今後の展望も話し合わないといけない。
「車両や荷物にかける保険ですか。詐欺が心配ですね。」
イレーネが少し眉間にしわを寄せた。
実際、生命保険については数件の詐取が発覚している。幸いなことに、証拠を見つけて支払いを拒めたらしいけれど調査する人員を雇う必要も出てくるのでなかなかに難しい。
かといって、詐欺を許していたら、成り立たなくなるのも事実だ。
「調査権限の問題もありますしね。さすがに調査を受け入れてくれない場所では、保険の適用外とする他ないと思います。」
あくまでも行政に関しては、その土地を支配する貴族の権限だ。
治安維持もその中には含まれている。それだけに貴族の協力が得られない土地では、保険を適用することは難しいだろう。
「規模としては、どうしても小さくなりますね。業務としては見送る方がいいと判断します。」
一応提案をしてみたけれど、やっぱりそういう判断になるよな。せめて、国内の治安維持について統括する国家規模の組織でもできない限りは運用は難しいかもしれない。
かといって、そんな組織を貴族たちが受け入れるとも考えにくい。何せ権益を無償で手放せと言っていることに近いからな。
「せっかく提案してもらったのに、無下にしてすいません。」
イレーネが頭を下げてくる。なんか、以前より物腰が柔らかくなったなぁ。
レイシャとの関係が上手くいってるからかな。
「いや、穴の多い提案だったんで気にしないでください。何か他に提案があれば、また考えておきますよ。」
そういうとイレーネは頷いた。とりあえず、銀行の業績も順調だし商会の事業もおおむね安定している。
特別俺が心配するようなことは無いなぁ。
「ところでヒロシさん。プライベートな相談をしてもいいですか?」
イレーネが言い淀みながら、探るように俺に尋ねてきた。今はイレーネと二人だけだから、内密な話をするなら今がいいだろう。
しかし、プライベートな話ってなんだろうか?
「構いませんけど。」
そう言っても、イレーネはためらいがあるのか、なかなか口を開かない。
そんなに難しい話なんだろうか?
「ヒロシさんは、魔術師でもありますよね?」
一応、魔術を扱えるのだからそう名乗っても差し支えないとは思っている。だから、そこは素直に頷いておこう。
「それで、その……
魔術で生命を生み出すことという研究もあるとか。」
死霊術の範疇ではあるけれど、当然そういう呪文体系は存在している。ゴーレムも生命を模倣しているという意味で言えば、それに該当するだろうか?
「新たな生命を一からとなるとなかなか難しいらしいですけどね。」
しかし、イレーネが何を求めているのかさっぱりわからない。普段はとても理路整然とした話しぶりの彼女からすると、かなり違和感のある態度だな。
「その……
女性同士で子供を作ることはできないでしょうか?」
少し戸惑ったけれど、言われてみれば確かに話しにくい内容だなと理解できた。
「あー、えっと。すいません、分かりません。」
つまり、レイシャとの間の子を作りたいという要求なわけだけども、そう言った分野に俺は詳しくない。可能なのか、不可能なのかすら分からない。
「そう、ですよね。家の存続にもかかわるので、大切なことなんですが……」
何となく、それは言い訳のようにも聞こえる。
グラスコーは甥っ子に跡を継がせると言っていたし、冗談でイレーネとレイシャの間で子供を作ったらどうしようみたいな話はしていたけれど、真面目にそういうことを考えていたとなるとどうしたものか。
相続のことも絡めて考えると結構面倒な問題だ。
「一応調べておきますが、お二人の気持ちも大切でしょうしグラスコーの考えもあります。よくよく話し合われてから、改めて考えた方がいいと思いますよ?」
しかし、イレーネがこんな相談をしてくるなんてなぁ。考えてみると、ヨハンナを始めて見せた時の反応が尋常じゃなかった。
あれがきっかけだったのかな。
ちょっと調べ物が増えたなぁ。
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