15-11 銀行強盗とは物騒な。
儲かれば、当然犯罪者にも狙われますね。
1週間の業務が終了し、お忍びということでカールの家に泊めさせてもらった。一応、家の名義は俺でカールには貸しているという事にはなっているけれど、最早カールの持ち物と言っていい。
とはいえ、結構長く過ごした家だけになんともしっくりくる。
城の寝室も快適と言えば快適だけど、ホテルに泊まっている感覚がぬぐえないんだよな。
「ご主人様、ご主人様。」
カールはいまだに俺を主人と呼ぶけれど、すでに奴隷ではない。とはいえ、呼び方を変えるのには苦労するものだ。
しかし、朝っぱらからなんだろう?
隣で眠っているベネットもうつらうつらして起きてしまっている。
「カール、ご主人様じゃない。名前で呼んで。」
そういうと、カールは頷く。
「これ、見て!! 凄い絵が出来た!!」
カールは自慢げに大きなキャンバスを掲げる。
そこには、巨大な竜に立ち向かうベネットの姿が映し出されていた。
ややファンシーな絵柄だけれど、細部はとても丁寧で現実味を帯びだ描写が素晴らしい絵画だ。いつの間にか、こんな絵を描くようになってたんだな。
普段はラベルやら広告やらに使う、記号的な絵ばかりをお願いしていたからこれには驚く。
「これ、私?」
そういうと、カールは嬉しそうに頷く。
「奥様綺麗だから、書いてみたかったんだ!!」
なるほどなぁ。絵が上手ければ、俺も描いてみたいと思うかもしれない。
しかし、これ少し困った話でもあるんだよな。既にカールは絵で飯を食える立場になっている。画壇でも結構な値段で売り買いされるほどで、モデルにしてもらうだけでも光栄なことだという評判になっている。
問題は、カールは気に入ればどんな題材だろうと絵にしてしまうことだ。これがまた女性に対してもそうで、気に入った女性には誰彼構わず絵を贈る。
で、贈られた女性はカールに好意を寄せてしまう。色恋の事には人間とゴブリンではどうにも感覚が違うらしく、貴族の奥様や弟子として来た娘さん、果ては近所のおばちゃんとかまでと関係を持ってしまっているというのがもっぱらの噂だ。
「なるほどねぇ。これは、熱烈な求愛ってとられても仕方ないかも。」
ベネットはため息をつく。言われているカールの方はきょとんとした表情をしている。
本人は、別に色恋を求めてやっているわけじゃないんだろう。ただ受け取った側が勘違いをして、関係が発展してしまった。
カール本人は別にそれで特別どうこうということもないので、周りが勝手に騒ぎ立て騒動になる。
少し考えないとまずいだろうな。
「カール、こういうのは無料で描いちゃだめだぞ? 浮気を誘ったり、求婚していると勘違いされる可能性だってあるんだから。」
そういうと、カールはあたふたしてしまう。
「違うよ!そういうのじゃないよ!」
本人としては、純粋に綺麗なものを描きたかったんだろうな。だから、俺からベネットを奪ってやろうなんて意識は決してないはずだ。
「そういう風に勘違いされるって話だよ。真剣に結婚をしたいとか思う相手になら、それでもかまわないんだろうけどな。」
そう言って、俺はインベントリから証書を取り出して5万ダールと金額を書き込む。
「だから頼まれない限りは人には見せない方がいいし、相手に求められたらちゃんと請求すること。」
そう言って、俺は証書をカールに渡す。
「カールの絵はこれくらいの価値が十分あるよ。」
果たして、俺の値付けが正しいかどうかは分からない。もしかしたら、もっと値段は上がるかもな。
「わかった。ヒロシ様の絵も今度描くね。」
なんか、屈託のない笑顔を向けられると細かいことは良いかなという気持ちになってしまう。
「先生!! 何油売ってるんですか!! 締め切り破ってる絵がたくさんあるんですから逃げないでください!!」
何人かのお弟子さんたちがカールを見つけると、まるで神輿を担ぐようにアトリエの方へ連れ去ってしまった。
かなり殺気立ってたから、相当な修羅場なんだろうなぁ。
「あんな状態で、よくこんなすごいのが描けるよね?」
ベネットは少し呆れたようにつぶやき、絵をまじまじと眺める。
「これが息抜きだったんじゃないかな?」
しかし、よく見ると本当にいい絵だな。何処に飾ろうか? ちゃんとした額に納めてエントランスにでも飾るかなぁ。
俺とベネットはインベントリ経由でモーダルからブラックロータスまでやってきた。北に位置するブラックロータスまで車列を組んで移動となると冬が終わるまでに到達できるかどうかわからない。
だから、あくまでもお忍びという形で移動した。
もちろん、同行していた執事には了承を得ている。ヨハンナについてもライナさんやイレーネが面倒を見てくれることになっているので、本当に二人きりだ。
最近、ようやく離乳食を始めたばかりのヨハンナをずっとほったらかしにはできないけれど、流石に治安の悪いブラックロータスには連れて行きたくなかった。
セレンの持つインベントリを経由したので、やってきたのはイレーネ銀行支店の店長室だ。当然、セレンが椅子に腰かけて出迎えてくれたわけだけど、なんだか雰囲気がおかしい。
「ヒロシさん、タイミングが悪いですよ。」
何かあったんだろうか?
「もしかして、また銀行強盗?」
ベネットがそういうと、セレンは頷く。
「今度は地下にトンネルを掘って、金庫の底を爆破しようとしてたみたいです。壁の強度を見誤って、自分たちが吹き飛んだみたいですけど。」
そういえば、ブラックロータスの支店はよく強盗に狙われる。通常は紙幣を運ぶ馬車などを狙った方が成功率が高いはずなのに、わざわざ支店を狙うというのは何故なんだろうか?
「わざわざ警戒が厳重な金庫を狙ってどうしたいんだろう。」
そういうと二人はうーん、と唸る。
「多分、より難易度の高いところをクリアするのが目的なんじゃないですかね?」
それならダンジョンに挑めばいいのに。
「多分、成功者への妬みとかもあるんじゃないかなぁ。この街で銀行にお金を預けられるくらいうまくいってるのって、スカベンジャーだけだよね。」
ベネットの言いたいことを考えるに、そういう思い込みがあるって話か。実際には、探索者ギルドの関係者やスカベンジャー相手に商売をしているもの。
それに普通の商売なんかで成功している人間も結構利用しているはずだけれど。
「上手くいかないことへの不満を、成功者に対する攻撃って言う形で晴らそうって腹積もりなのかな?」
そう聞くとベネットは頷く。
「後ろ向きですねぇ。上手くいっても大した金額は金庫にはないのに。」
銀行の本質は金貸しだ。現金が少しでもあるなら、融資に回しておきたい。金庫の中にあるのは、預かっている金額からすれば雀の涙だ。
それでも、象徴である金庫に固執するんだろうな。
「一度、わざと破らせればいいんじゃないですか?」
そういうとセレンは首を横に振る。
「そうすると、信用の問題も出てきます。金庫を破られた銀行に誰がお金を預けてくれるんです?」
それもそうか。
実際には大した金額がないにせよ、それを顧客が理解しているとも限らない。全財産が奪われるかもという不安にもつながる。
なんとも痛しかゆしだなぁ。
色々と悶着があった後、スカベンジャー組の皆となじみになったダイナーで夕食を共にすることになった。
グラタンやサンドイッチみたいな普通の料理から、スパゲティみたいな新しい料理、手の込んだダークマントの煮込みみたいな魔獣を使った珍しい料理まで幅広く取りそろえられている。
既にジョンも成人しているし、みな遠慮なくビールをうまそうに飲んでいるが俺はジンジャーエールで誤魔化した。
つうか、みんなガンガン飲むなぁ。
そういえば、上面発酵じゃないラガーが最近出回り始めている。エールの方が飲み口が軽いので、俺はそっちの方が好みなんだけどな。
「ヒロシさん、今度僕と手合わせしてください。」
急にノインが身を乗り出して、詰め寄ってくる。かなり酔ってるらしく顔が赤い。
「嫌だ。お断りだ。」
そもそも、カレルと手合わせをしたのも気の迷いだ。色々と複雑な事情を抱えたノインと手合わせするのなんか、絶対にごめんだ。
「ヒロシは、ノインに対しては冷てぇよなぁ。復讐云々はもう関係ないんだから、手合わせくらいいいじゃんかよ。」
ジョンがノインの肩に肘をかけて、からかうように言ってくる。
「啖呵を切っといて、負けたら恥ずかしいだろ。うちの子が成長しきって、ノインも子供を育て終わったら考えてやるよ。」
そのくらいの時間を置けば、自分でも納得はできるだろう。
「良いんですか? そんなに時間を作ったら、僕の方が確実に強くなりますよ!!」
おぉ、大きく出るなぁ。
「もし、そうなったら潔く負けを認めるよ。その上で、金を使って俺の部下にしてやる。」
にやりと笑うと、みんな爆笑する。何が笑いのツボなんだかさっぱりだな。
「いや、いいね。まあ、まずはユウと子供作んねえとな?」
ジョンがからかうと、ユウがうるさいとジョンの脇を突く。
「子供を作るのは、婚姻してからだよぉ? 挙式はいつにする?」
へらへらとベーゼックがからかった後ビールを飲み干した。
「おじさんの所では、式をあげたりしません。生まれてくる子がだらしなくなったら嫌ですから。」
結構辛辣なことを言いながら、ユウはノインの手を握っている。
「式なら、まずセレンさんとジョンの方が先だろ?」
サンドイッチを方張りながら、尋ねてみる。
「あー、引退まではお預けかなぁ。あと1年か、2年、そんなもんだと思うけど。」
腕を組んで、ジョンは考え込む。
「1年とか2年で引退されると、私の仕事の都合がつかないんだけど?」
セレンは試すような笑みを浮かべる。
「俺が家を切り盛りするから、養ってくれよ。」
ジョンがそういうと、セレンが噴き出す。
「男の人が家庭に入るって何? ヒモにでもなるつもり?」
慌てるセレンを見て、ジョンは楽しそうに笑う。
「良いじゃん、結構稼いでんだしさ。スカベンジャーなんか、引退したら単なる浮浪者だぜ?」
結構な貯蓄をしてるくせによく言うな。
実際は引退して所有するマジックアイテムを全て売りに出せば一生安泰なくらいの資産は持っている。
それなら、無理に働く必要もないと言えばないのかもしれない。
「いーやーでーすぅ!! 私だって、ちゃんと妻として家庭に入りたいんだから、ジョンにはちゃんと働いてもらいますからね?」
この世界の常識から言えば、セレンの言っていることが正当だろう。
「ちぇー、一生集って生きてこうと思ったのに。しょうがない。引退したら、なんか仕事を紹介してくれよ、ヒロシ。」
さっきの口ぶりからすると、何か計画があるんだろうな。
「その時になったらな。ところで、お前、地獄までお姫様を助けに行ったって噂を聞いてたけど本当なのか?」
そう尋ねると、ジョンは面倒くさそうな顔をする。
「あぁ、うん。そうだな。行ったと言えば行ったかな。」
どうやら、噂話は本当だったようだ。
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