15-10 そういうのが何気に困る。
なんでもいい事ばかりじゃないですよね。
モーダルのギルド支部長というのは、何かと誘惑の多い仕事だというのがよくわかった。ちょっとした贈り物で、家の一軒や二軒は立てられるんじゃないだろうか?
もちろん、それらを全部素直に受け取ればという話ではある。何でもかんでも、貰えるもんは貰っておけばいいという感覚で受け取っていたら、すぐに破滅が待っているだろう。
当然ながら、贈り物をする方も見返りを考えて差し出してくる。
巧妙な相手だと本来の意図を隠して何の利害関係もないかのように忍ばせて、受け取った段階でおしまいになってしまうようなものも多い。これは、神経をすり減らす仕事だ。
もちろん男爵としての地位を受け取った段階で、そういうことに関するレクチャーも散々受けてはいたけれど、もしその経験がなかったらへまを連発してただろうな。
「ねえ、ヒロシ、ラウレーネ様から返礼のお手紙来てるけど。市長にお届けする?」
市長との会合でラウレーネに感謝の手紙と絵を贈る約束をしていたが、それの返答が来たみたいだな。
無邪気な贈り物のやり取りに少しほっとする。
「優秀な絵には褒賞を与えたいってことで、選んでもらうことになったけどそれについては書かれてる?」
そう尋ねるとベネットは少し困ったような顔をする。
「みんな、とてもいい絵で、全部好きだって書いてある。」
そういうのが一番困る。
「じゃあ、絵を送ってもらった子、全員にお菓子を配るとしようか?」
最初は金銭を贈ろうかと思ってたけど、全員となると生々しい金額になってしまう。竜の形をかたどったクッキーがうちの商会から出ているので、それを配るか。
味は、ハロルドが作ってくれたものだから、保証付きだ。
「じゃあ、夜に予定を入れておくね。それと修道院にいって、アレッタ院長とお話、それと大学に行ってサボり魔君とお話だっけ?」
忙しいなぁ、とベネットが愚痴をこぼす。
「まあ、変なのに絡まれるよりはましだよ。」
正直、見知った相手と会う方が心が休まる。
「わざわざ足をお運びくださり感謝いたします、閣下。」
アレッタが深々と頭を下げる。
「こちらこそ感謝します、アレッタ院長。あなたのご尽力で、学校の運営も順調そうですね。」
そういうとアレッタは恥ずかしそうにうつむく。
「上手くやれているでしょうか?
色々とご支援いただいたおかげで教室は整えられましたし、孤児たちの住む場所も清潔になりました。引退して、勉学に励みたいとおっしゃる方も迎えられ、その方たちといろんなことを学ばせていただいています。
でも、子供たちはなかなか机には向かってくれないんですよね。
遊び場と勘違いしちゃってるみたい。」
いやいや、大成功だろう。少なくとも、子供を預けることに抵抗感が薄くなっているって証拠だろうしな。
「上手にやりくりされてる様子は、教室を見ればわかります。むしろ荒唐無稽なお願いをしたのはこちらなのですから、むしろ胸を張っていただきたい。
もし不足するものがあればいつでも言ってください。
もちろん、何でも用意できるとは限りませんけどね。」
流石に化学実験用の器材とか計器類だとか、高額な備品となるとポケットマネーの範囲を超えてしまうしな。
「これ以上無心してしまっては申し訳ありません。できうる限り、大切に使わせていただきます。」
そう言ってもらえると助かる。割と教材の類って言うのも、馬鹿にならない値段だしな。
「話は変わりますが、とても可愛いご息女でらっしゃいますね。」
ベネットが抱いているヨハンナが気になったのかそんなことを口にする。
「触っても、よろしいですか?」
そんなにぐいぐい来られるとは思わなかった。俺とベネットは顔を見合わせる。
「構いませんよ。よければ、抱いてあげてください。」
そう言って、ベネットがアレッタにヨハンナを預ける。
「ありがとうございます。あぁ、やっぱり赤ちゃんは可愛いですね。」
そういえば、修道女はやはり結婚できないんだろうか?
そこら辺は、聞いてみたことがないのでわからない。俺はベネットの方を見てしまう。ベネットも困ったような顔をする。
「還俗して子を授かることもできますが、もう行き遅れの年です。ひとり身の寂しいところですね。」
いや、行き遅れって。
まだ、若いし、容姿という面では間違いなく食いつく男はいるだろう。というか、ベーゼックあたりなら間違いなく食いつくよな。
「案外狙ってる男性は多いんじゃないですか? 甲斐性があって院長に釣り合う男性となると難しいでしょうけど。」
ヨハンナを返してもらったところで、ベネットが急にそんなことを言う。
良いのか?
ちょっと、どこまで冗談が通じるか測りかねる。
「甲斐性はいらないですね。私を愛してくれる男性なら、どんな人でも構わないんですけど。」
これは、素敵な男性を紹介して欲しいという事なんだろうか?
正直、困惑しかできない。
「そういうのは、出会いがないと駄目ですよね。教会内では、そういう関係になることは無いんですか?」
なんでベネットがそこまで、ぐいぐい行けるのか分からない。
なんか、男の俺は蚊帳の外だな。
「ベーゼック司教のように浮名を流す方はいらっしゃいますけど。
あの方は、特別ですね。
基本的には禁じられてますけど、まったく無いかと聞かれればそんなこともありません。男女の修道士がそういう関係になると大抵は還俗して結婚するものですし。
もちろん、教会内で地位があるとそれは中々かなわなくなりますけど。」
となると、アレッタはちょっと結婚するのは難しいということになるのかな。
「でも、前例がないわけじゃないんですよね?」
ベネットがそう尋ねると、アレッタは少し困ったような表情を浮かべる。
「無いわけではないですけど、そうなれば教会にはいられません。連れ合いを失って、再び教会の門をくぐる者もいますけど。」
少なくとも、一旦地位を失うわけか。なかなか難しいなぁ。
「面倒臭いですね。」
ベネットはため息をつく。
「そうですね。」
アレッタがそれを受けて応えると二人して笑う。だけど笑いどころがよくわからない。
結局、この会話は何なんだろうか?
大学へ移動中に、さっきのやり取りについてベネットに尋ねた。
「あれって結局何なの? 男性を紹介すればよかったの?」
そういうとベネットは噴き出した。
「違う違う。そういうのじゃないよ。赤ちゃん欲しいなって思ってるけど、神様に仕えてるからそれがかなえられないって言う愚痴。」
よかった、変に口を挟まなくて正解だったみたいだ。
「やっぱりそういう心の機微はよくわからないよ。」
そういうと、ベネットは笑う。
「だから、私がいるんでしょう? ヒロシにそういうことは期待してないからね。」
なんだか馬鹿にされているような気もするけど、むきになって言い返すのも大人げない。
とりあえず、少しむくれるだけで済ませておこう。
大学に到着すると学長の出迎えを受けて、色々と支援の依頼を受ける。学問というのもお金がいろいろとかかるというのは分かるけれど、初手お金の話というのが何とも世知辛い。
研究に必要な機材なんか、一から作らなくちゃいけないことを考えれば仕方ない事ではあるけど。
すぐに俺に利益がある話ではない。あくまでも、巡り巡って飯の種になるかならないか。
正直、微妙な気分になる。
まあ、そういう意味で工学関係に傾倒しているサボり魔の話は聞いていて面白い。
「ようやく無煙火薬が実用化できそうですよ。それに、工業用の爆薬についても研究が進んでます。」
大砲の設計図と一緒に渡した無煙火薬の研究は順調そうだ。
ニトログリセリンを使った爆薬は当然ながら派生して研究されている。これで採掘とかの効率化も図れるかもしれない。
他にも火薬に絡んで農薬の研究も進んでいるし、採掘で取れる石灰を利用するコンクリートや石油由来のアスファルトの利用についても研究が進んでいるようだ。
農薬が普及すれば食糧事情が改善されるのはもちろん、建材や道路に利用される建築部材が進歩すれば、流通の改善や住宅事情の改善も見込める。
現状では街道をつなぐ道路というのは、ほとんどがむき出しの土で一部が石畳というのがやっとという部分がある。それを将来的には全面舗装できれば、物流量は増えるよな。
そうすれば、今までは腐ってしまうので作り控えられた作物も、より多く人々の手に届くはずだ。
「それと、蒸気機関でトロッコを走らせてみるって言う話も出てます。」
鉄道の研究も始まってるのか。蒸気機関が生まれれば、自然な発想ではある。当然、そういう計画が出てきてもおかしくはない。
でも、それが生まれることによる影響を鑑みると少し不安を覚える。
「何か、不味い事でもありますか?」
サボり魔が少し不安そうに俺の事を見てくる。
「いや、どうすればその事業を独占できるかなぁって思ってね。」
俺は笑ってごまかす。実際にはかなりの費用が掛かる。商会レベルで事業を独占するのは難しいだろう。
「気が早いですよ。
まだ小さいトロッコを芋虫みたいにのろのろ動かすのがやっとですよ?」
それがいずれは大陸をあっという間に行き来するような未来が待っているわけだけど、そんなことを知っているのはまだ俺だけだ。
もちろん、それが良いことももたらしてくれるのも事実だけれど、いい事ばかりじゃないというのも同時に知っている。どうしても複雑な気持ちになるよな。
不意にベネットが俺の手を握ってくる。
あぁ、そうか。
俺一人ではないんだな。映像だけとはいえ、ベネットも多分知ってしまったんだろうな。
「まあ、爆薬もそうだけれど蒸気機関だって危険な代物だ。くれぐれも注意して扱って。」
俺は、そう答えながらベネットの手に自分の手を重ねる。
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