15-9 ギルド長ってのも大変だな。
男爵とギルド支部長は実際どっちが偉いかというのは微妙な部分があります。
モーダルの発展も目覚ましい。アスファルト舗装はうちが始めてやったことだけれど、モーダルでも主要道路は大半が舗装されるようになった。
おかげで、雪かきをすれば泥と混じり、ぐちゃぐちゃになっていた路面もかなり改善されている。だから、人を呼びつけるのもそんなに気兼ねしなくていい。
「ヒロシさん、朝から呼びつけるのは勘弁してください。」
リーダーがぐったりとした様子で、朝食に出したトーストにかじりついている。
「割とスケジュールが詰まっててね。無理をさせて悪いね。」
そう言いながら、いくつかの書類をリーダーの前に置く。
「ネジ工場やらバネ工場やら、本当に部品を作る工房を作るんですか?各々のギルドに話を通さないとですから、かなり面倒なんですけど。」
完成品を一から作る工場よりかは、やりやすいはずだ。何せ職能分野で別れているのだから、むしろ分業はギルド制と相性は悪くない。
「ごめん、苦労を掛けるけどよろしく。」
リーダーはため息をつきつつ、コーヒーを飲み干す。
「そういえば、サボり魔がヒロシさんと会いたがってましたよ。暇な時間があれば、会ってやってください。」
朝食を平らげると、あわただし気にリーダーは執務室から出て行った。忙しそうだなぁ。いや、忙しくさせている元凶は俺なんだけども。
午前中にギルド長としての書類の処理と、ベルラントから送られてくる決裁が必要な書類を片付けつつ、陳情にくる商人たちの話を聞く。ほとんどは、聞き流して検討しておきますで帰しているが、実際検討に値する内容は少ない。
だって、大半が自分に利益があるからという理由での陳情ばかりだからだ。聞く耳を持ってたら、こっちは損をするばかりになる。
午後にはがり勉ちゃんが尋ねてきて、契約関係の処理に追われる。こっちは真剣にやらないとまずい。最近は特許という形で形式化したとはいえ、ギルドの権益に関わる仕事だ。
時には、七面倒臭くて解釈が分かれる内容に頭を悩ませつつも何とかケリがつくように処理をして行く。
しかし、特許というのは面白い。いろんなアイディアが詰まっているものだ。織機の改善案なんかも出てくるし、組み合わせで商売が広がりそうなものもちらほらと見える。
「ヒロシさん、なんでにやにやしてるんですか?」
がり勉ちゃんに気持ち悪がられてしまった。
「ごめんごめん、いろんなことを考える人がいるもんだなと思ってね。」
そういうとがり勉ちゃんはため息をつく。
「そんなことを言うのは、サボり魔とヒロシさん位なもんですよ。特許を取られてると当たり散らす人とかも出てきて、凄く面倒です。」
なるほどなぁ。せっかくいいアイディアだったのにって感じなんだろうか?
「案外そういう人を見るのも面白くない?」
そう尋ねると、がり勉ちゃんは目をそらす。
「そんな不謹慎なことは思ってません。」
楽しんでいるようなら問題ないな。
夜になればなったで、ギルド長の仕事は終わらない。婦人を伴って、街の有力者と食事をしたり、酒を酌み交わす。
正直、貴族同士の付き合いと大して変わりは無いから、俺自身にとっては何のメリットもない。とはいえギルド長代行としてはモーダルの有力者をないがしろにするわけにもいかないので、必須な会合というものがいくつか存在している。
市長との会食なんかは、その最たるものだろう。
しかし、市長ねぇ。
近隣貴族とギルドの代表から作られる議会で選出される人物だけに、優秀な人が就任している。身分的には、どこかの貴族の次男だったり大商人の息子だったりと家柄は悪くない人が名を連ねている。
流石に貴族本人が市長になることは無いけれど、高貴なお方がつく役職であるのは間違いないだろう。
だから、華美な服を着ているのを咎める気もないし贅沢な食事をしていても文句はない。だけど女性を侍らせて、妻のいる前で別の女性に御酌をさせるのはどうなんだろうな。
独身のアノー相手にはそれでもいいと思うけどさ。
「いや、ベルラント男爵閣下が自らギルド長代理などを行われるとは大変でございますな。」
序列的には男爵とはいえ、貴族の俺の方が上ではある。とはいえ、なんかへりくだる姿を見ると嫌悪感が増すな。
「仕事をほっぽり出す奴が、商会の長というのは本当に情けない限りです。それでも盛り立てていかないといけないのが辛いところですね。」
それはそれは、と笑うヒキガエルみたいな顔が気持ち悪い。
「しかし、閣下のおかげで水道事業がようやく軌道に乗りました。下水処理も済んで、ようやく汚らしい街を浄化出来ましたよ。」
浄化ねぇ。
なんか、見た目で判断してしまっているのかもな。浄化って言葉に別の意味を感じ取ってしまうのはよろしくない。
「清潔さを保てば、病気の蔓延も防げますしね。港の拡充も進んでいるようで、羨ましい限りですよ。」
港湾の権益は市の財政を潤わせてくれる。市長としても、そこは喜ぶべきところだろう。
「船乗りどもが好き勝手に出入りするのは気に食いませんがね。羽振りが良いうちは結構ですが、金が無くなると途端に治安を乱してきます。
そのまま逃げだす船員もいるもんですから、なかなかに困ったもんですよ。」
言い方一つだと思うけれど、感じ悪いなぁ。言わんとすることは分かるけど。
「なかなかご苦労されているようで。管理するのもままなりませんか?」
そういうと、市長は大きく頷いた。
「出入りが激しくて、人口を把握することも一苦労です。浮浪者も多いですからな。
教会のおかげで、貧しいものにも食うものは配れますが、住む場所や働く場所までとなると。」
そう言いながら市長はため息をつく。やっぱり見た目に惑わされていたかな。
「そうそう、お礼を申し上げるのが遅れておりましたな。ドラゴンに襲われた後、炊き出しに食料を供給していただいたこと市民を代表して感謝申し上げます。」
立ち上がって、深々と頭を下げられてしまった。どう答えたものかな。
「ラウレーネ様のご意向もございました。私共だけが力を尽くしたわけではないことをご理解ください。」
ベネットはそういうと、市長は驚いたような顔をする。
「それはなんと。ラウレーネ様がそこまでお心遣いされていたとは。露ほども知りませんでした。
口さがないものが、ラウレーネ様を謗っていたことが大変心苦しい。
感謝と謝罪を出来れば形として示したいのですが、非才な私では何をすればよいのか分かりません。
奥様、出来ればご教授いただけませんか?」
ベネットとしては、この場にいないラウレーネに押し付ければいいと思っていたのだろう。こんな切り返しをされるとは思ってみなかったらしく、少し戸惑った様子を見せる。
とりあえず、俺が割り込んでおくか。
「それでは、市長自筆の手紙、それと子供たちから絵を集めていただけないですか? ラウレーネも皆が元気でいれば、きっと喜ぶことでしょう。」
それくらいなら、モーダルの住人にも負担はかからないだろう。その上で、絵のプレゼントならラウレーネも喜ぶんじゃないだろうか?
「畏まりました。何卒、良しなに。」
悪い人じゃないんだけど、大仰な人だなぁ。
翌日レイシャに市長のことをそれとなく聞くと、なんとも微妙な人だった。賄賂は大好き、女性も大好き。綺麗な彫刻や絵画も大好きという金満家ではある。
どうやら容姿のコンプレックスから来るものらしく、醜い自分とは違う美しいものを手に入れたいという気持ちが強いのだとか。
元々は伯爵家の三男で血筋はよくとも見た目も悪く、他家へ出向しても追い返されることをたびたび経験している。その上で、何とかモーダルの運営に関わる仕事で頭角を現し、地道な努力を積み重ねて市長へと推薦されたとか。
「地道な努力って、賄賂工作ですか?」
俺がそうつぶやくとレイシャは肩をすくめる。
「それももちろんだけれど、女性をあてがうのも得意みたいだね。
もちろん、実務の方も申し分ないよ。
ちょっとした査察くらいじゃ見つからないくらい、上手に帳簿の操作するのもお手の物なんだって。」
そりゃ、上司からすれば重宝する能力だろうな。
「でも、奥さんには弱くて、浮気がばれるたびに外に立たされて泣きわめいて家に入れてとか叫んでる姿を見られてるらしいよ?
ついたあだ名が、ヒキガエル市長。」
あんまり容姿をいじる様なあだ名は、聞いてて気持ちのいいものじゃない。俺だって、大して容姿に自信があるわけじゃないしな。
「でも、ちゃんと教会には寄付をしているし、市長としての仕事もしっかりしているって聞いてるし。悪い人じゃないと思うよ?」
いや、悪い人だろ。バレないように公金横領してるんだから。
「汚い恰好の子供を見ると虫唾が走るって言って、お風呂に行けって小銭を渡したりね。ベネちゃんも聞いた事あるでしょ?」
そう話を振られると、ベネットも困惑した様子を見せた。
「ヒキガエルの妖精が汚い汚いって小銭をくれるって、あれおとぎ話なんじゃ?」
ヒキガエルの妖精。
なんか段々可哀そうになってきてしまった。
「あまり、人の容姿を揶揄するのはよくないよ。ともかく、市民にとっては悪い市長ってわけじゃないのは分かりましたよ。
変に締め付けるようなことはしてないみたいですしね。」
考えても見れば、蛮地からやってきた蛮族が何の迫害も受けずに住める街なのだ。悪い街であるはずもない。
そこの代表者なのだから、あまり邪険に扱わない方がいいよな。
「他の街みたいに私たちみたいな女を隠そうとしたり、搾り取ろうとしたりはしないから私は好きだよ。ヒキガエル市長。」
左様でございますか。
市民が幸せなら賄賂を貰おうが汚職しようが、いい市長だ。
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