15-8 手を抜いてはいけない。
自分の実力を把握するって言うのは難しいものです。
アレストラばあさんとの打ち合わせが終われば、モーダルへ向かう予定になっている。車列を並べて大名行列みたいに移動しなきゃいけないのは不便だけれど、すべての移動をインベントリ経由にしているとそれはそれで問題だ。
貴族の移動というのも言ってみれば経済活動の一つでもある。
それと表向き、誰と接触しているのか周囲にアピールすることも大切な要素でもある。今回は、アレストラばあさんと会うことで彼女の工房が重要な拠点であると示すことも目的の一つだ。
そうすることで他の貴族へのアピールにもなり、アレストラばあさんの名声を上げる効果が見込める。
それがひいてはアレストラばあさんの作った武器やからくりの信頼にもつながっていく。
そしてモーダルへ向かうのは、どこをほっつき歩いてるんだか分からないギルド長を補佐するために側近のアノーと俺が業務をこなしているということを示す狙いもある。実際、事細かな実務に関してはイレーネやレイシャのおかげで滞りなく執り行われているわけだけれども、男が看板としていないと、どうしても侮られがちだ。
それもあって、アノーが商会の業務に専念する際には、俺がギルドに顔を出す必要性がどうしても生じる。
そういうことをしてますよと示すためには、こうやって仰々しく移動した方がいいということになる。面倒だなと思う反面、こうやって移動中の車内から周りの風景をのんびり眺められるのも悪くないなとも感じていた。
一瞬で移動できるのは便利だけれど、それで失われるものもある。空気を感じるだとか、たわいない会話だとか、そういうのが無くなるというのも味気ない。
それに疑問に思ってることを尋ねる時間もできるしな。
「竜殺しの噂、かなり盛られてるんだね。」
元々、竜と闘っていた姿から俺が相当強い英雄みたいに思っている人が一定数いるのは知っていた。まさか、カレルがそれを真に受けているとは思わなかったけども。
「ヒロシは、一つ勘違いしてるよ。間違いなく、ヒロシは強いからね?」
なんでむすっとしてるんだろう。
「もちろん、その……
自分が弱いとは思ってないよ。それなりに鍛えてもらっているし、ハンスからも頑張ったなって言ってもらえるくらいだから。」
褒められれば、それは当然嬉しいけれども。
「多分、それがいけないんだと思う。ハンスさんも含めてキャラバンの人たち全員が相当強いから、ヒロシは自分の実力を過小評価してる。」
正確に実力を把握するというのは、得てして難しいものだ。相対的な評価というのは環境によって左右されるし、絶対的な評価というものは存在していない。
なので自分が何もできないと悲観するのも、何でもできると過信するのも可能性としては常にどちらも存在している。
だから、その環境での立ち位置というのを把握するのはとても大切だ。
とはいえ、正直に言えば俺自身は白兵戦における強さを求めてないんだよな。
「多分、ヒロシは国でも一二を争う実力はあると思うよ?」
そんなに? いやいや、さすがにそれは言い過ぎだろう。
「奥様にも勝てないのに?」
そういうと、ベネットは俺の脇を突く。
「それはヒロシが手を抜いてるからだよ。魔法を使った戦いはしないし、事前に何かを仕込むこともしない。
真正面から、戦士として相対するよね?」
それはそうだろう。
だって、そうじゃなければいくらでも卑怯な手が使えてしまう。
「卑怯かどうかを考えている時点で、余裕があるってことだよ? それに、あの時ヒロシはボケっと考え事してたでしょ?」
確かに、もったいないなとか考えていたな。
「多分、カレルは師範に試されてる気分だったんじゃないかなぁ。」
なんだか、とんでもなく失礼なことをしてた気分になってくる。
「なんで私が怒ってたか分かった?」
そうか、やっぱり怒ってたのか。
「ごめん。」
いや、彼女に謝っても仕方ないんだけれども。
「カレルに謝ったりしないでね? 余計にプライドを傷つけるだけだから。そもそも、ヒロシは飄々とし過ぎ。
弱いって侮られても別に気にしない、みすぼらしいって笑われてもどこ吹く風、男らしくないって言われても笑ってる。」
なんか、どんどん申し訳なくなってくるな。
「もちろん、それが駄目って言ってるわけじゃないんだよ。それがヒロシなんだもん。」
思わず俺は口をへの字に曲げてしまう。
「ちょっとはプライドが傷ついた?」
目をそらして俺は頷く。
「そういう普通の男の子の部分があるならわかるよね。傭兵なんかやってる人間はみんなそういうところがあるの。
自分が弱いなんて認められない性分とか。
手加減されれば、馬鹿にされてるって思う人だっているんだよってこと。」
だからって言って、手を抜かず相手を叩きのめすのもなぁ。
「正直、面倒くさいんだけど?」
そういうと、ベネットは笑う。
「だから、普段通りでいいと思うよ。無理に手合わせする必要なんかないし。ただ、やるなら手を抜かないこと。勝ったら自分を誇りに思って。
じゃないと、負けた相手は余計傷つくってことも忘れないでね?」
彼女の言う事はいちいちもっともだ。武道の心得というものに縁がなかったせいで、俺はちょっと歪になっていたかもな。
少し自分の行いを見直そう。
「ありがとう。少し、傲慢になってたかもしれない。」
そういうとベネットは首をかしげる。
「傲慢ともちょっと違う気がするんだけど、うーん。」
彼女もどう表現していいのか分からない様子だ。
そういえば、今回の旅にはヨハンナも連れてきている。彼女の食事の時間も気にしないとな。お付きのメイドさんがいて、ちゃんと快適に移動できるように車を用意しているけど、母親であるベネットをいつまでも独占はできない。
「そろそろ休憩しようか? ヨハンナの様子も気になるでしょ?」
ベネットも忘れていたらしく、はっとした表情を浮かべた。
「ごめん、私も母親失格。」
しょんぼりとしてしまったけど、そんなことは無いと思うんだけどな。ともかく、車列を止めて休憩をしよう。
街道をゆっくり行列を作って移動するから、タイヤチェーンさえあれば平気かと思ったらそんなこともなかった。案外スタックを起こすし、車列が乱れることも多くて到着が二日ほど遅れてしまう。
と言っても、馬車よりはましだし雪狼ぞりと同じくらいの速度で移動はできている。
雪上車だと、そもそもこの速度は出せないからな。
安定性って言う意味では、雪上車がベストだ。速度や路面状況に左右されないという点で飛行船を私的に利用できればいいんだけど、あれはもうほとんどグラスコー専用の船になりつつあるからな。
あー、そういえば、気球の発展形である飛行船とネーミングが被っている。今後、技術的に進んでいくとどっちがどっちだかわからなくなるかも。
ちょっと考えておかないと。
「ヒロシさん、待ってたっすよ。」
アノーがかなりやつれた様子で出迎えてくれた。
「すいません、少し遅れました。」
かなりぎりぎりだったんだな。アノーの心労を考えると急いで引継ぎをしないと。
「いや、この雪じゃしょうがないっすよ。とりあえず、中に入ってください。」
アノーの案内に従い、俺はギルドの建物の中へ入っていく。割と大人数なので、使用人の人たちは手早く建物の中に散って行って、滞在できる環境を整えてくれてるようだ。
非常に助かる。
「ヒロシさんの家の人たちは優秀っすね。俺は、ギルド長の執務室だけを把握するのがやっとっすよ。」
お褒めいただけるのはうれしいが、俺の実力ではない。
「色々と後ろ盾がありますからね。アノーさんも儲けているなら、人を雇った方がいいとは思いますけど。」
そういうと、アノーは頬を掻く。
「出来れば、紹介して欲しいっすね。なかなか使える人間を揃えるのは難しいっすよ。」
そんな会話をしているうちに応接室に到着した。
ヨハンナを抱いているベネットに席を進め、俺も腰を落ち着けた。
「しかし、あれっすね。ギルド長って言うのも憧れてましたけど、いざやらされてみると幻滅するもんっすね。」
色々と気疲れしてるみたいだなぁ。
「職能ギルドの突き上げがきついですか?」
そう尋ねると、アノーは頷いた。
「思った以上っすよ。納期を守らない、欠品がある、粗悪品が紛れてた。そのうえ、詐欺師の類もうようよ寄ってきて、たまったもんじゃないっすね。」
予測はついていたけど、かなり過酷みたいだな。今から気が滅入りそうだ。
「こんな雑用、男爵様に押し付けるのは申し訳ないっすけど、一週間よろしくお願いします。」
深々と頭を下げられてしまうと断ることもできない。というか以前から約束はしていたことだから、やらないって言う選択肢はないんだけども。
「恨み言は、グラスコーにぶつけておきますよ。あの野郎は、どこほっつき歩いてるんでしょうね。」
所在を探ろうと思えば、いくつか方法は思いつく。
でも、そんなことして苦労して捕まえても、どうせすぐに出奔する。それなら、こっちで仕事をこなす方がまだ気が楽だ。
モーダルに度々滞在はしているけど、じっくり腰を落ち着けるのは久しぶりになる。それならいっそ、仕事の合間に思いっきり楽しんでやろう。
「正直、気楽に旅をしたいもんっすね。グラスコーさんがうらやましいですよ。」
なんか、遠い目をしていて心配になるな。
「引き継ぎが終わったら、ゆっくりしてください。何だったら、モーダルを離れてもいいんじゃないですか?」
1週間では、ろくに遠出はできないだろうけどリフレッシュくらいにはなるだろう。
正直、見ていて痛々しすぎる。
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