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15-7 工業規格。

例え休憩を挟んだとしても、3日も缶詰にされた後に運動はきついです。

 気球の件は新手の投資詐欺の可能性もあったので詳しく話を聞きつつ、予定が空いている時に気球を飛ばしているという技術者に会いに行く予定を立てた。

 直接会って話を聞くことは大切なことだ。

 美味しい話だからって飛びつくのも危険だけど、善意を逆手に取ったような話も少なくない。それで結構詐欺にあってるから、気を付けるに越したことは無いだろう。

 男爵になってからも、何度かペテンを食らってるしな。勿論、直接会ったからって言って騙されないとは限らないんだけども。

 とはいえ、予定が立て込んでいる。

 今日は、アレストラばあさんの工房にお邪魔してあれこれ話をする予定だ。わざわざ護衛を頼まなきゃいけないのがなんとも面倒だけども。

 体裁を整えて行動しないと軽んじられてしまう。

 しかし、カレル戦士団に護衛を頼んだら、直接団長であるカレルが来るって言うのはどういう事なんだろうか?

 決して暇なわけではないと思うんだけども。

「随分気に入られているようだね、男爵様。」

 アレストラばあさんがからかうように言う。さっきから、カレルが俺の方を凝視してるんだよな。

「そういう趣味はないですよ。言い寄られるなら、女性の方がいいです。」

 そういうと、ベネットに脇を突かれる。

「冗談だから、浮気したいとかじゃないから、やめて……」

 何か言うたびにつつかれるのは本当に困る。

「仲がいいのは結構だけど、話を進めてもいいかい?」

 アレストラばあさんが笑いながら言うと、ベネットがすいませんと頭を下げる。

「すいません。えーっと、それでお話というのは?」

 そういうと、アレストラばあさんが箱状のものを投げてよこす。

 あっぶね。

 こういうのは、相変わらず苦手だ。取り落さなくて済んでよかった。

「そいつを分業で作っちゃどうかと思ってね。」

 俺は、受け取ったものを改めて確認する。

「時計ですか?」

 そう尋ねると、静かにアレストラばあさんは頷く。

「銃を作る、大砲を作る。自動車を作る。どれも、かなりの技術が必要だ。

 特に自動車なんかは、大量の部品が必要になる。」

 確かにな。

 作るとなると、それなりの規模の工房じゃないと無理だろう。

「でも、それだけじゃ食っていけないだろう?

 しょっちゅう戦争するわけでもないし、自動車だって毎年買い換えられるような代物じゃない。」

 そう言った後、時計を指さす。

「そこで、そいつだよ。別に時計だけに限った話じゃない。自転車でもいいし、何か別のからくりでもいい。

 そいつに使う歯車やバネ、ネジなんかを使う製品を増やして、それぞれ部品ごとに専門の工場をあちこちに作るのは悪くないんじゃないかと思ってね。」

 俺は思わず息をのんでしまった。また、度肝を抜かれたな。

 バーナード卿にも驚かされたけど、アレストラばあさんも未来を見据えていたようだ。

「あちこちで作ったら、太さも幅もばらばらになりませんか?」

 あえて、規格化のことに触れてみる。当然考えてないなんてことは無いよな。

「だから、それをきっちり測れる計器も作るさ。材料になる鋼鉄だって、品質を揃えた奴を用意してやるよ。

 もちろん、無料じゃないけどね。」

 デファクトスタンダード。それを握ると言っているわけだ。

「当然、それらの製法については公開していただけるんですよね? ここだけじゃ、手は回りませんよ?」

 そういうと、アレストラばあさんは親指と人差し指で輪を作りにっこり笑う。

「分かりました。詳しい話を詰めましょう。」

 これは相当、気合を入れないとまずそうだ。

 

 それから三日三晩、打ち合わせに費やされてしまった。はっきり言って凡人の俺では手に負える代物ではない。

 久しぶりにグラスコーに救援を求めたら、即座にイレーネが送られてきて、さらにレイシャまで手伝ってくれるというバックアップがあり何とか話をまとめることが出来そうだ。

 予想はしていたけれど、かなり大規模な話になりそうだな。工場の誘致でも環境保全を考えるとさらに手間はかかる。

 そういうことを怠れば、どんなことが起こるか知っている人間は俺だけだ。かなり面倒なことを言うみたいな感じで話をまとめている他の人たちからは煙たがられたけれど、そこを曲げてしまうと絶対に禍根を残す。

 それだけは配慮しておかないとな。

 いや、余計な口出しだったのかもしれないけれど、さすがに公害病で人を苦しめる元凶を作りましたって言うのには、小心者の俺には耐えられない。

 責任逃れだとは思うけれど、やらないって選択肢は選べなかった。害虫呼ばわりされそうだと不安感ばかりが先立つ。

 話は佳境を過ぎたので、俺は休憩がてら話し合いをしていた部屋を出て屋外に行く。

 疲れた。

「お疲れのようですね。閣下。」

 不意にカイルに声をかけられる。

「疲れないわけないでしょ。三日三晩、ろくに寝ずに打ち合わせですよ。命の危険がないだけましかもしれませんけどね。」

 よくよく考えたら、よく体力が持ったな。これも神様に能力をブーストしてもらえてるおかげだな。

「ところで、閣下。お手合わせいただく時間はいただけませんか?」

 そういえば、そんな話もあったなぁ。

「俺は、傭兵じゃないし、そんなに強くないですよ?」

 そういうと、ご謙遜をと言われてしまう。

「勇名は聞き及んでいますよ。この間も、暗殺者を一人で退けられたとか。」

 あれは単にお膳立てされてたに過ぎない。俺が強かったわけでも何でもない。

「疲れ切った俺を倒しても、武勇伝にもなりませんよ?」

 カイルは少し迷った様子を見せる。

「確かに、お疲れの閣下を倒しても意味はないかもしれません。でも、それは閣下が負けることを前提にお話をしてますよね?」

 まるで俺が勝てるみたいな言い草だなぁ。現役の傭兵団長に勝てるとは思えないんだけども。

「正直にお話すれば、勝ち負けは正直どうでもいいんです。私は、閣下の強さを知りたい。お願いできませんか?」

 わけのわからん理由だなぁ。それに何の意味があるのだろう。

 いや、もしかしたら何か深い理由があるのかもしれない。ラインズやリンダのためにってこともあるのかな?

「分かりました。但し、真剣勝負ってのは勘弁してくださいね。」

 そう言いながら俺は、穂先を外した槍をインベントリから取り出し杖代わりに立ち上がる。

「勿論です。このために木剣を常時持ってたんですから。」

 あぁ、だから二本刺ししてたのか。そこまでの価値が俺にあるのかなぁ。

 

 勝負は思った以上に熱がこもったものになった。カイルの腕はかなりのものだ。

 駆け引きや仕掛けるタイミング、どれも鋭く、盾を使った防御もかなり熟達している。付け入る隙がないとはこのことだ。

 相性がいいはずの俺の槍はことごとく弾かれる。

 

 いや、本当に強い。

 

 ただ、惜しむらくはこんな戦い、もうすぐ無くなってしまう事だろう。大砲の弾が雨のように降り注ぎ、銃弾が兵士をなぎ倒していく。

 掘った塹壕に頭を隠し、鳴り響く轟音に身を震わせる。でなければ、どこから撃たれるのかに怯えて物陰に隠れることしかできない。

 こんなに華麗な技は、戦場では必要とされなくなるはずだ。

 もったいない。

 いや、そんな悠長にものを考えてる暇なんかなかった。切っ先が喉元を過ぎ、跳ね上がるように軌道を変えて首筋を切ろうと迫る。本物ではないと分かっていても、かなり恐怖心を煽る。

 俺は、何とかその切っ先をよけて、柄を振るう。盾で弾かれそうになるのを無理やり力で押しやる。

 やはり槍の方が相性としては強い。これを腕前だけで補うのはかなり難しいだろう。

 さあ、どうやってこれを突破してくるんだ?

 不意に集中しすぎていると思い、一旦身を引いた。次の瞬間、カイルが身をかがめて突進をしてくる。

 それに合わせて俺は槍を突き出し、カイルの肩を突いた。


 そこで、カイルは膝をつく。


「参りました。まさか、これも見切られるとは。」

 俺の勝ち、なのかな?

 正直、実感がわかない。ぱちぱちとまばらな拍手が起こる。

 どうやら観客として、他の傭兵や工房の職人が見ていたようだ。その中に渋い顔をしているベネットもいる。

 一応、拍手はしてくれてるけど、なんか怒ってるみたいだ。

「やはり、閣下はお強い。疲れているところで勝負を挑めば少しは勝ち筋があるかと思ってましたけど、全然でしたね。」

 カイルは嬉しそうに、タオルで汗を拭っている。

 俺も汗を拭おうかと思ったら、ベネットが拭き始めてくれた。

「ヒロシは、どうせまぐれだとか思ってるよ。でも、何かヒントくらいにはなったんじゃない?」

 何の話だ?

 いまいち話が呑み込めない。

「最初はラインズが死に、閣下だけが生き残ったことに納得が出来ず。なにがしかの理由があるのだと思っていたんです。行き着いた答えが、ラインズよりも強いという結論です。

 でも、それには納得できなかった。なぜなら、ラインズは私の知る中ではだれより強かったからです。

 だから、確かめたかった。」

 やっぱりそういう理由か。

「でも、時がたつにつれ閣下の勇名を耳にするたび、強さを確かめるなどという気持ちよりも一度手合わせをしたいという気持ちの方が勝っていったんです。」

 ううん?

「さすがは、竜殺し。その強さは比類なきものですね。しかし、追いつけないわけではないと感じました。お手合わせありがとうございます。」

 いや、ちょっと待て。

 なんだそれは。

「ヒロシ、ちょっと黙ってようね。」

 ベネットが耳元でささやいたので、俺は口をつぐんでしまった。

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