15-6 半ば趣味も入ってるよな。
魔法のある世界で気球は果たして発明されるんですかねぇ。
会計の話でバーナード卿と色々話してみたが、どうやら俺のやり方はかなり特殊な様子だ。商家上がりの貴族は確かに会計にうるさいという事だが、それでも領内での収益と商売で得られる収益を切り分けるということはしていないらしい。
その上で、書類提出は求めるものの決算内容については基本的に部下の仕事であり、口出しをすることは殆どないそうだ。
「いや、それだと赤字を垂れ流してた時に危険じゃないですか?」
そういうとバーナード卿は肩をすくめる。
「卿のように、現役の商人を続けるものは多くないのだよ。大抵は、人に任せて商売からは手を引くものだ。
ラウゴール男爵領のように領内全体が商家みたいな領地は別だが。それでも基本的には村長が会計責任を担うし、領都は行政官が会計責任を担う。
赤字になれば、それは責任者の負債だという事らしい。私もそこら辺は詳しくないがな。」
人事についても、基本的に責任者を定めたら何人雇うか、誰を雇うかについては基本的に放任されているのだとか。そんなことしてたら不正の温床になりかねないんだけどな。
「まあ、任せきりでは危険なので、任期を定めて数人で担当を回すというのが通例だな。それでも血縁関係で固まられると厄介だというぼやきはよく聞くよ。」
あぁ、俺の所のベネットのお義父さんみたいな存在か。
「しかし、卿の仕事ぶりはいささかおかしいな。初年度など民をほったらかすのが普通だ。場合によれば、目立ったところの領民から財産を没収するのが通例だったりするぞ?」
流石にそれはやりすぎだろう。盗賊と何も変わらない。
「正直、やり方が乱暴すぎませんか?」
そういうとバーナード卿は少し困ったような顔をする。
「そういうものだと皆諦めている部分もあるな。領主とは皆横暴なものだと心得ているし、それに対応するためにあれこれと工夫をする。
逆に卿の所の領民は面を食らっただろうな。
随分と事細かに見張ってきて、手を抜かずに介入してくると恐れられているんじゃないか?」
バーナード卿の評価は的を射ている。おおむね領民が俺を見る目は冷酷非情で計算高い、恐ろしい男というものだ。
それだけに下手な悪事を働く者はおらず、おおむね平穏なわけだけども。
「それもまた、統治のあり方だろうな。
私の持っている卿の印象といささか評判が乖離していたので訝しんでいたが、そんなことをしていればそういう評価にもなるだろう。
少し見習わせてもらうよ。」
むしろこっちは多少、手綱を緩めるべきなんだろうな。いずれにせよどこまで任せるのか、よくよく考えないといけない。
「しかし、ただ滑り降りるだけだというのになかなか面白いな。スキーというと大抵きつい行軍のイメージが強いから最初は乗り気じゃなかったんだが。
妻の言う事は素直に聞いておくべきだな。」
気に入って貰えて幸いだ。
「来シーズンからは、誰でも滑れるようになるのでこうしてのびのび滑れるのは今のうちですよ。」
バーナード卿は少し悩むそぶりを見せた。
「楽しみを優先したいんだが、いささか懸念事項もある。後続艦についてなのだが、予算を半分にして2隻作れないだろうか?
できれば最低でも4隻欲しい。」
いきなりだな。値切り方がえぐい。
「ベヒモスを船体に使用したものでなければ、ご期待に応えられますが?」
とてもではないが、希少な素材を利用して予算を半分にはできない。
「それは構わない。むしろ、修復に希少な素材を要求されるのは厳しい。不完全なまま運用することになりかねないからな。」
それなら、何とかやりくりできないことは無い。
「とりあえず、初航行が終了次第発注していただけるということでいいですかね?」
そういうとバーナード卿は首を横に振った。
「出来るなら、今からでも始めてほしい位だ。予算の確保は済んでいる。あとは卿の承諾があれば、稟議は通せる。」
随分と無茶苦茶だ。まだ、運用実績がないところで追加発注とは、かなり軋轢を生んでるんじゃないだろうか?
「大丈夫ですか? 海軍の効果なんて、そんなにはっきりした形では現れませんよ?」
無茶をし過ぎて失脚でもされたら困る。
「陛下のご理解があるので何とかなっている。早急に事を進めすぎているかもしれないが、そこは伏して頼む。」
そこまで言われるなら、頑張るしかないか。
「一応、データは揃っています。とはいえ、1年は必要だと思っておいてください。
なるべく急ぎはしますが。」
かなり乱造している印象なんだよなぁ。油圧シリンダーの開発で重機を扱えるようになったとはいえ、それで短縮できる工期というのも限界がある。
木造船だからこそ職人技が必要な分野が多いというのもあるし、事故が起これば損失は取り返せるかどうか。
少し心配になってしまう。
もちろん、そこをカバーするのが俺の仕事ではあるのだけれど。
「まずは、乗せる船なのだ。今は商船を使って訓練を施しているが、蒸気船でなければ海軍を運用する意味がない。2隻ほど横合いから分捕った製造中の蒸気船があるが如何せん小さい船で、砲を大して積めいない。
やはり専用で設計してもらわないと不満は残るな。」
無茶苦茶やるなぁ。小型艦は小型艦で役割があるだろうし、無駄にはならないだろうけども。
「それで、まあ、船の方はいいですが、ライフルの方はどうしますか?」
おそらく陸で使うだろうし、バウモント伯にでも届ければいいんだろうか?
「海軍本部に送ってくれ。バウモント伯も欲しがるかもしれないが、それについてはこちらで配分する。」
海軍で使うのか? もしかして、上陸作戦とかも考えているんだろうか?
「水兵にでも持たせるんですか?」
そう尋ねるとバーナード卿はにやりと笑う。
「海岸線をすべて防護するのは難しい。どこにでも行ける蒸気船なら、なおさら守りにくいだろう。」
攻勢防御という単語が頭をよぎる。つまり、空軍に対する答えでもあった。
こちらがどこからでも攻めることができるとなれば、監視の目を緩めることはできない。
となれば、空軍はこちらの軍艦に張り付ける必要がある。この人、やっぱり転生者なんじゃなかろうか?
発想が非凡すぎる。
「熊鷲を船に乗せられるとなおのこといいのだがな。」
バーナード卿のその言葉に俺は戦慄を覚える。まさか空母構想も持ち合わせてるのか?
「そうなると餌の問題もあるしな。夜目がきかないのも厄介だ。くだらない戯言だと思って聞き流してくれ。」
俺は乾いた笑いを漏らすことしかできない。
しかし、熊鷲の話題が出たってことは、ちょっと話してみてもいいかもしれないな。
「ちなみに、熊鷲の探索の方は順調ですか?」
そういうとバーナード卿は首を横に振る。
「なかなか捕獲が難しい。相手は空を飛ぶ生き物だからな。魔術師も動員して、何とか無傷で確保できたのが数匹だ。
そこから訓練となるとなかなか厳しいな。
雪狼のようにすぐ懐いてくれるとありがたいんだが。」
ここに来た時の移動手段が雪狼たちが引くソリだ。どうにか交配が進み大人しい個体が増えてきたけれど、それだけを見て懐いていると思われると困るな。
「一応品種改良をしてるんですよ。
熊鷲もできればそういう交配ができる種があればいいんですけど。」
そういうとバーナード卿は顔をしかめる。
「むしろ、サンクフルールの連中はどうやってワイバーンを飼いならしているんだろうな。とてもじゃないが、あれを操つる姿を想像できない。」
おそらくは、何らかの能力の結果だろう。
漢字二文字の能力が多いことからすれば、支配……
レベルアップしていけば、かなり驚異的な能力かもしれない。相手の考え方ひとつで、衝突は避けられないかもしれないな。
でも、わざわざワイバーンを飼いならしている所を見るに、違う能力の可能性もある。あるいはレベルが足りていない、もしくは発想がそこまで及んでいない。
正直、直接会ってみないことには把握は不可能だろう。あったらおしまいって可能性もあるけど。
そこは今考えても仕方ないか。
「ちなみになんですが、飼いならされた熊鷲を手に入れる伝手を手に入れたんですが、バーナード卿としてはどうお考えですか?」
一頭当たり5万ダール程かかる。自動車の値段もだいぶ安くなってきてるので、大体値段としては一緒くらいだ。
だけど、生き物だけに世話の手間やえさの準備と何かと維持費がかかる。決して軽い負担じゃないだろう。
「妻から聞き及んでいるよ。一応検討させてもらったが、12頭ほど都合してもらえないだろうか?
乗り手の育成も考えれば、野生のものを直接乗り出すよりも、飼いならされたものに慣れてからの方がいいだろうからな。」
12という数字がなかなかに渋いな。チーム分けをするときに端数が出にくいし、ローテーションを組む際に便利な数字だ。
「分かりました、手配しておきます。ちなみに費用なんですが……」
そう言いかけるとバーナード卿は笑う。
「そちらの言い値で構わないよ。そこは信用している。」
思わず俺は眉を顰めてしまった。
「商人相手にそんなことは言っちゃいけませんよ。信用していただけたのはありがたいですが、俺も欲深い人間です。
一応見積もりは送らせていただきます。」
グラスコーだったら喜び勇んで吹っ掛けてたんだろうけどな。とはいえ、まったく利益が出ない取引もできない。
そんなことをすれば、苦労して探している捜索隊に対する評価も落ちてしまう。大体3倍くらいの単価で見積もりを出しておけば波風は立たないんじゃないだろうか?
感覚としては若干高めじゃないかとも思うが、ヘリや飛行機の値段を考えれば大分安い。速度や高度に関していえば、そりゃもちろん飛行機の方が速いし高く飛べる。
とはいえ、航空戦力にできる生物がいるというだけでも脅威だ。限界があるとはいえ、空を手に入れられるという強みは大きい。
「殿下はヒロシ卿に戦闘機を作らせろとおっしゃっているが、そっちはどうなのかな?」
王子様はまだそんなこと言ってるのか。
「無理です。少なくとも、蒸気船で海を埋め尽くすくらいに技術力が上がらないことには足掛かりも得られませんよ。
俺は技術者じゃないんです。
出来るのは、そういうアイディアを持っている人にお金を渡すくらいしかできません。」
そういうと、バーナード卿は頷く。
「では、気球というものを作ってる男を知っているかね?」
気球か。
魔法で空を飛べる世界で、よくそんな発想に至ったもんだ。
「詳しくお聞きしても?」
俺が興味を示したことに対して、バーナード卿はにやりと笑う。
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