15-5 ゲレンデで仕事のお話。
ゴルフ中に商談しているような感じですかね。
寝室に戻ると、マーナとヨハンナがベビーベットの中で仲良く丸くなっていた。子守をしてくれているメイドさんが慌ててたけれど、これはこれでいいんじゃないだろうか?
問題ないということを首を横に振って示して、メイドさんたちに退出願った。
「よく眠ってる。」
ベネットが愛おしそうにヨハンナの頬を撫でる。
マーナがうっすらと目を開けて、ベネットの姿を確認すると、また重たそうに瞼を閉じた。
「マーナもだいぶ大きくなったよね。お姉ちゃん気取りなのかな?」
そういうと、ベネットが笑う。
「そうだね。お姉ちゃんだから、しっかり守ってあげないとって思ってるのかも。」
そういうと、マーナの頭も撫でる。マーナはそれが心地よいと思ったのか、小さい声で鳴く。
羨ましいなぁ。
とりあえず、俺はタイやカフスを外して普段着に着替え始める。放っておいても、メイドさんが来て畳んでくれるけれど、高価なものなのでどうしても丁重に扱ってしまう。
普段着だと脱ぎっぱなしでも平気なんだけどなぁ。
「ヒロシもう着替え終わったの?早くない?」
毎度毎度驚かれるけど、別に普通に脱いでるだけだけどなぁ。それになるべく楽な格好をしたいって言うのも関係はしているとは思うけれど。
「お手伝いしますか、奥様?」
そういうとベネットは首を横に振る。
「手伝ってもらうなら人を呼ぶから。旦那様の手を煩わせるとか、普通の事じゃないみたいだし。」
そうなのか?
いや、確かにそうなのかもな。俺みたいにべたべた奥さんに構っているのは恥ずかしいことだって言われたこともある。
ラウゴール男爵だったかなぁ。それとも、ファビウス翁だっただろうか?
ともかく女性のあれこれに首を突っ込むのは、男子として軟弱だって叱られたんだよな。
とはいえ、人目につかないなら別に構わないだろうと思って、気にしてなかったけど。
「そういうの嫌?」
ベネットが嫌がるなら考えないとな。
「嫌じゃないよ。でも、なんだか甘え切っちゃってるみたいだから……
その、一人でお着替えくらいできるよ。」
そう言いながら、ブレスレットやイヤリングを外してベネットは宝飾品を箱の中にしまっていく。どことなく恥ずかしがっているようにも見える。
「そういえばアレストラさんの所にも顔を出す予定でしょ? それにジョン君たちの所にもいくし、レイオット様の太守府赴任に同行する予定もあるんだよね?」
確か今後の予定には、そういうものが含まれている。王子様の太守府赴任に関しては、雪が解けてからという予定だから大分先の話ではあるけど。
それに向けてのリハーサルやら会合なんて言う仕事もある。他にもリーダーやサボり魔との打ち合わせなんかもあった。
こっちは俺一人で何とでもなるのでいいけれど、忙しいと言えば忙しい。
「年末の決算の時ほどじゃないけれど、大分立て込んではいるね。」
がり勉ちゃんがこっちに来て、3日ほど缶詰にされた。正直、商売が拡大しすぎてプラスなんだかマイナスなんだか把握しづらくなってきている。
役人は動員できないけど、使用人には手伝ってもらってどうにか終わらせた。
領内の決算や納税額の算定など、役人は役人でハードスケジュールだけれど、使用人たちにも大分苦労を掛けている。
どっちにも頭が上がらない。
その上で、個人的な付き合いも挟み込まれている。とてもじゃないけれど、貴族同士の格式あるお付き合いなんてやってる余裕ないよなぁ。
いや、でも考えてみると普通の貴族ってこんなに忙しくしているって聞いたことないよな? 何か、俺はおかしなことでもしてるんだろうか?
それとも、みんな優雅に振舞っているけれど、内実大わらわだったりするのか?
正直謎だな。余裕があれば、会合に顔を出して聞いてみるか。
「そのうち、インベントリに直接放り込んで、そこから直接服を着ちゃうとかやり始めちゃいそう。さすがにそこまでずぼらなことをしてたら、おかしくなっちゃうかなぁ。」
そう言いながら、ベネットは化粧を落としていく。
しかし、そのアイディア悪いわけじゃないと思うんだよな。早着替えとかもやりやすいと思うんだけど。
「それもありなんじゃないかな。ちょっと寄れる感じはするけど、つまんで調整すれば問題ないし。」
そういうと、ベネットはちょっとむすっとした顔をする。
「着替えをすること自体も楽しみでもあるから、それで何が問題なのみたいな言い方はちょっとデリカシーないよ。」
怒られるとは思わなかった。いや、そういうものなのか?
「ご、ごめん。」
俺が謝ると、ベネットは少し迷ったように天井を見上げる。
「ううん、私が言い過ぎた。
ヒロシは楽にしていいよって言いたいだけだったのに、それに突っかかっちゃうとか。
疲れてるのかなぁ。」
ベネットはため息をつく。
確かに、冬だって言うのにあちこち連れまわしすぎかもしれない。時には気分転換も必要かなぁ。
「たまには休みを取って、スキーでも行こうか?」
ゲレンデを作る計画は順調に進み、今は事前営業という形で新しもの好きの貴婦人を呼んでテストをしている段階だ。徐々に口コミも広まり、男性から利用してみたいという問い合わせも来つつある。
来シーズンから一般客向けの営業をしても問題ないかもな。
「スキーかぁ。山から滑り落ちていくのは楽しいかもね。森の中を黙々と荷運びするのよりは絶対そっちの方が楽しいわよね。」
雪中行軍で使うスキーを思い浮かべてしまったのか、ベネットはうんざりとした顔をしている。平地でスキーを履いて、重い荷物を運ぶとなれば楽な仕事ではない。
トラウマになっててもおかしくないよな。
「山の上まではリフトで運んでくれるし、らくちんだよ?」
とりあえず、そういうイメージから離れてくれないと娯楽にならない。なので、軍事教練に熱心な男性貴族からは嫌厭されがちだった。
ちょっとずつでも印象改善が出来ていくといいなぁ。
翌週都合がよいので、ベネットをゲレンデへと誘った。当然ながら、二人っきりというわけにはいかない。
バーナード卿とその奥様、それに他に何人かの貴婦人が連れ立ってスキーを楽しむことになったわけだけど。
これで気分転換になるかな?
「なんか逆に気を使わせちゃった?」
二人乗りのリフトに乗って、頂上に目指すわけだけど少し不安になって聞いてしまった。
「ううん、楽しみ。でも、スカートで滑るのが普通って言うのが意外だった。ブーツに厚手のタイツを履くんだったら、ズボンルックでいいのにね。」
ベネット以外のご婦人は全員スカートを履いている。やはりそこら辺の意識は貴族と傭兵では違うってことなんだろうな。
「まあ、ズボンで来る人がいないわけではないらしいけどね。慣れてくるとみんなズボンになるから、ベネットが正解なんだと思うよ。」
どう考えたって、スカートは邪魔だろうしな。
「そういえば、気になったけれど食事とかはどうするの?」
一応、麓には食事をとれるスペースがあり売店も設置予定ではある。とはいえ、まだ業者の選定も決まっていない。
「一応、こちらで用意するって話はしているよ。大抵の人は料理人を連れてきて、麓で料理させるらしいけれど、雪の中で調理させられるって言うのはちょっときついよね。」
調理スペースも一応用意されていて、石炭オーブンなんかも用意はされている。とはいえ、屋内の調理場ではないからやりづらいだろう。
「そっか、それなら安心だね。こんなに山奥だと思ってなかったから、サンドイッチくらいしか用意出来てなかったから。」
あぁ、そうか。場所のことは碌に説明してなかったな。
ゲレンデは人里から大分離れている。炭焼き職人の集団が麓にいるとはいえ、民家は碌にない。
いざとなればコンテナハウスを用意できるから、この人数であれば問題はないけれど不安にさせるには十分か。
「宿の一つでも作っておかないとまずいね。冬だけでも営業してくれる人を見つけないと。」
シーズン以外だと碌に人が来ないわけだし、通年で営業はできないだろう。幸い魔獣の類は碌に出てこないとはいえ、こんなところに住みたがる人はいないよな。
ここら辺の意見は、ちゃんと収集してくれてるだろうか?
ゲレンデ事業に関しては、商会に入りたての商人に任せてるんだったかな。今もリフトの管理や接客業務をこなしているけど、後で話をしておこう。
スキー自体はとても楽しめた。雪はサラサラだし、滑りやすい角度だし起伏に富んでいて滑っていて楽しい。ご婦人方も慣れたものでスカートをたなびかせながら、スキーを満喫してもらえていた。
ただ、途中で俺はスキーを中断してバーナード卿の話に付き合わされることになってしまったわけなんだけども。
「すまないな。つまらない話に付き合わせてしまって。」
麓の食事をとれるスペースで昼食後はずっと喋っている。
流石に冷えるので、暖かい飲み物を片手にかじかみながら話していると何をやってるんだろうなという気分にはなる。
「いえ、必要なことですから。こちらこそ、会合に顔を出さずにすいません。」
本来なら貴族同士の会合で話すべき内容であって、それをすっぽかし続けていた俺が悪い。
しかし、海軍を組織するために商船を買い上げ訓練をしているとは初耳だった。発注を受けた動力船が完成していないので、バーナード卿としてはしびれを切らしていたところだったそうだ。
「ようやく引き渡されて一安心したが、性能に見合う船員を育てるとなるとまた大変だな。蒸気機関に慣れた技師というのも貴重だ。
そこら辺を含めて、申し訳ないがヒロシ卿にはご尽力していただきたい。」
まあ完成したら、後は知りませんって顔はできないよな。どうせ後続艦を作らなくてはいけないだろう。
予算も含めて、いろいろ打合せしないといけないことは多い。
「それで、ライフルの話でしたか。一応、試作品は何丁かご都合できますが、大量にとなると、まだまだ厳しいかと思いますよ?」
何せ、アレストラばあさんの作っている銃は精密すぎる。かといって、その精度を落とすとガス漏れで威力が落ちるという問題も発生してしまう。
黒色火薬ではなく、無煙火薬が使えるようにならないと弾詰まりすら起こしかねない。金属製薬莢と雷管のおかげで除去は比較的容易だとはいえ、その金属薬莢の大きさがまちまちでは、それ以前の問題だろう。
おかげで、金属薬莢の弾丸はとても高価なものになってしまっている。
「いずれ職人が育っていけばそこは安定するだろう。その前に工業機械で画一的な製品を作るという発想の方が重要なのかもしれないな。」
バーナード卿の中では、規格という概念がすでに芽生え始めてるみたいだな。
「数値通りのものを数値通りに作るという発想自体がなかなか定着しませんからね。根気がいると思いますよ。」
そこも含めて、改めてアレストラばあさんと相談しないといけないことがある。話に乗ってくれるかどうかは分からないけれど。
あぁ、そういえば他の貴族にも確認したいと思っていたことがあったな。
「全然関係ない話なんですがバーナード卿の領内では、会計とかどうなっていますか?」
そう尋ねられると、バーナード卿は眉を顰めた。
「会計?
いや、すべて家臣に任せてしまっているが?」
意外な返答だな。
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