2-11 理解に苦しむ。
早鐘のようになる胸を押さえて俺はモーラの様子をうかがう。
恍惚とした表情で、芝居がかったポーズをとったまま、彼女はしばらく固まっている。
こちらの考えを気取られた様子はないが、別にいつ心を読まれてもおかしくはない。
力関係は、完全にあちらが有利だ。
少なくとも今は覆しようもない。
ようやく満足したのか、モーラはポーズを解いて俺の方を見る。
「さて、だいたいの目的は分かったわよね? 他に尋ねたいことも色々あるんじゃない?」
そりゃ、もちろん沢山ある。
軽いところからいけば、能力値についてだとか特殊能力についてとか、自分に与えられたことについても知りたい。
転移してきて、元の世界での俺の扱いだって気になる。
この世界についても気になることは山ほどある。
さて、どれから聞いてみるべきか……地雷が埋まってなきゃいいけど……
「まず、私は元の世界に戻ることはできますか?」
本当はどうでもいい。
ただ、できるのか、できないのかは気になるところだ。
「戻りたいわけではないでしょ? まあ、仮に帰りたいと言われても私には無理。」
ずいぶんと素直に答えてもらえるものだ。
まあ、嘘が含まれてないとも限らないが……
「いえ、さすがに多少の未練はあります。できれば、元の世界で、私の扱いはどうなっているんでしょうか?」
本題はこちらだ。
さすがに迷惑をかけているとしたら、心苦しい。
「こっちに来る時点で、行方不明扱いになってる。いわゆる神隠しってやつだね。」
うーん、思いっきり迷惑になってるんだろうなぁ。
ただ、みんなの記憶から抹消とか、そういう恐ろしい力を感じる方法では無いから少し安心した。
「では、私を捜している人もいたりするんでしょうか?」
心当たりがある人が何人かいる。
だけど、連絡を取れる方法があるわけでもない。
「そうね。そういう面倒な人間が少ないのを見繕ってるのに、必ず一人や二人いるものだね。」
何とか連絡取れないものかなぁ……
いや、たとえ連絡が取れたとして、今の状況をどう説明したものか分からない。
これは、モーラに聞くのはやめよう。
こっちに連れてきてあげると言われたら、それはそれで困る。
「少し心苦しいですね。と言っても仕方がないことなので別の質問をさせていただいても良いでしょうか?」
少し切り替えよう。
じゃないと、色々余計なことを考えてしまって時間を無駄にしてしまう。
「そうしてもらえると助かるよ。だって、記憶を飛ばしたりだとか、こっちに連れてきてとか無理だし……」
うーん、これはブラフなのかな。
それとも、本当だけど何か目的があるのかね。
「では、モーラ様とお会いできるのは夢の中だけなのでしょうか?」
これは、割と重要だ。
この神の使徒を名乗る存在が、どうやって俺に接触してくるのか、そしてその能力も気になる。
「残念ながら私も夢以外では、そちらに干渉できないんだよね。
肉体を失って久しいし、顕現するにも力が足りない。依り代すら呼べないから、色々と面倒なんだよ。」
顕現に依り代ね。
うーん、そこら辺の理解はゲーム基準で良いのかな?
「少し気になったのですが、私の知っているゲームに似たような表現がたびたび出てくるのです。
あくまでも、これは私が理解しやすいように翻訳されている結果なのでしょうか?」
翻訳って言い方は変かもしれんが他に言葉が浮かばない。
「そうそう、それで合ってるよ。実際には翻訳しきれない事も多いから、色々と抜けちゃってるけどね。
君が理解しやすいように、この世界が勝手に形を変えてくれているんだ。」
勝手にって事は、このモーラの能力じゃないのか?
「それはモーラ様のお力なのですか?」
モーラは首を横に振った。
まあ、そりゃそうか……
いくら何でも、異世界の存在がわざわざ俺の世界のゲームについて知っていて、能力を使って翻訳しているとは思えない。
「あくまでも、そういう翻訳は本人の知識が基礎になっているよ。
んで、その仕組み自体は私より高位の方々が作られたものだからね。
さすがに、それに干渉することはできない。
せいぜいできて、他の神様が与えた能力を奪ったり、それを与えたりとかかな。」
あー、やっぱり能力剥奪はできるんだな。
逆に付与もできるとは思わなかった。
「奪うというのは、簡単にできたりするんですか?」
ちょっと、直接的すぎるな。
でも、ここは素直に畏れを抱いているって思って貰った方が良いだろう。
「もちろん、と、言いたいところなんだけど、そう上手くはできてないよ。
能力が与えられる前なら掠め取るのは簡単だけれど、すでに人に与えられた状態だと対価が必要なんだ。
簡単な対価としては復活とかね。」
復活できるのか。
いや、だからって簡単に死ぬ気はないけども……
「あ、ちなみに君たちに与えている能力は対価にならないからね?
私が与えてるんだから、剥奪するのも簡単だよ。」
やっぱり、そうだよね。
まあ、ズルして貰ってるものが対価になるはずもないな。
「まあ、君が今回のレベルアップで得た槍の才能を10レベルまで成長させたなら復活の対価にしても良いかな?」
単なる特殊能力かと思ったら槍の才能って神様から貰った能力なんだな。
しかし、まだ確認してなかったが槍の才能なんて貰えていたのか……
10レベルって言うのが、どの程度の苦労をすれば良いのか分からないが代償として使えるなら、ちょっとは頑張ろう。
そういえば、特殊能力のレベルというのはどうやって上がっていくんだろうか?
槍の才能は、レベルアップで上がったわけだが、他の特殊能力はレベルアップに関係なく上昇していたしな。
「モーラ様、特殊能力についてお聞きしてもよろしいですか?」
もしかしたら盗んだ特殊能力だけに、把握してないかな?
「あ、ある程度なら構わないよ。」
あ、うん。
「では、”売買”や”収納”、魔法能力等のレベルアップ条件を教えていただきたいのですが?」
なんか、モーラの目が泳いでる。
どのくらい把握してるんだろうか?
「魔法能力については、レベルアップするまでにどれくらい魔法を使用してたかによるね。
覚えている呪文は、能力のレベルが上がれば一緒に効果も上がっていく。
でも、別の呪文を覚えたいときは研究するか教えて貰うしかないね。
その時も、能力のレベルが呪文のレベルを超えていないと、覚えていても使えないって事にはなるけどね。」
魔法能力は一般的なのか、詳しく説明をしてくれている。
コントロールウォーターの使い方の拡張については、俺が色々試している結果だから不思議なことではないらしい。
レベルが上がったおかげで扱える水の量が増えて、温度のコントロールはより素早く変化させられるようになったそうだ。
動物をなつかせる呪文に関しては、今まで一匹を対象にしていたものが、半径3mの範囲にいる生き物をまとめて対象にすることができるようになったそうな。
そして、より深く相手を服従させられるようになったとか……
「”収納”と”売買”については、ごめん。ちょっと詳しくは分からないかな……
使っていくうちに新しい使い方を思いついた時や取引額によって機能が拡張されるんじゃないかな?
条件は分からないけど……」
できれば、その条件を聞きたかったんだけどな。
まあ、知らないものは教えようもないだろうし、仮に知っていても何でもべらべらと教えてくれるわけもない。
「ちなみに、それはロキ様ではない神の権能が由来であるが故ですか?」
ぐっと言葉に詰まった様子のモーラを見る限り、正解なんだろうけど……
うーん、これが演技って可能性もあるのかなぁ。
「そ、そうね。アースガルドの神ならある程度把握しているけれど、さすがに別系統の神様は……」
モーラは目をそらして、冷や汗を垂らしている。
しかし、いちいち人間臭い仕草をするものだな。
親しみは感じるけど、侮られるのも仕方ないと思うのは俺だけだろうか?
「では、その神や、その信徒に尋ねてみるのが早いですかね。」
俺の言葉にモーラは驚いたように俺を見た。
「駄目だよ! それは自殺行為だ!!」
やっぱり、喧嘩を売ってる行為なんだろうな。
そりゃ勝手に能力を盗まれて、どこの馬の骨とも分からん奴がそれを使っていれば怒りを買うのは必然だよね。
「そうなのですか? ですが私が能力を使っていけば、その神や信徒にいずれ目を付けられてしまうかもしれませんよ?」
そこまで想定はしてると思うんだけど、どうなんですかねモーラ様。
「そうだね。その可能性は高い。」
顎に手をやり、困ったような仕草をする。
「できましたら、その神の名をお教え願えませんか? なるべく衝突しないように心がけたいと考えます。」
ちらちらと俺の顔を伺ってくるが、渋々といった感じでモーラは口を開いた。
「まあ、教えておく方が無難かもね。旅の神でもあるから偶然信徒と会う可能性もあるし。」
旅の神ね。
やっぱりヘルメスかな?
「オリュンポスに名を連ねる神、ヘルメスよ。基本的にあなたがいる地域から南に信徒が多かったけれど、今は大分衰退している。
とはいえ、教会の中にヘルメスを天使として崇めている一派もいるそうだから注意してね。
商売人は、よく御利益を期待していたりもするけれど、そういうのは真剣に崇めてるわけでもないから平気だとは思うけど……」
予想が当たったのは結構だけれど、どうしてそんなに自信なさげなんだろうね。
こっちまで不安になってしまう。
まあ相手は超有名な神なわけで、彼女からすれば格上なのは確かだろう。
しかもギリシャの神々って周辺地域の神様とかなり交わっている。
思わぬ権能や伏せられた秘密があっても何ら不思議はない。
まあ、モーラの仕えるロキだって、充分謎めいた神ではあるんだけれど……
どっちが上かなんて判断つかない。
所詮付け焼き刃のミーハーなおたく知識では推し量ることは不可能だろう。
こう言うとき、インターネットがあればなと思わなくもない。
もっとも、それだって所詮は人間の浅知恵だろう。
人類が英知を集結し財力を使い果たしたとしても、きっと足元にも及ばないんじゃないだろうか?
それに、そもそも俺が住んでいる世界は神は死んだと言われている世界だ。
神の奇跡なんか、ただの迷信でしかない。
この世界とは根本が違う。
ただ、気になるのは、神の名前は符合すると言うことだ。
その一点だけでも、あるいは俺の世界で研究されていたことが全く役に立たないとも言い切れない。
まあでも論拠は薄弱だし、今はどうすることもできないんだけども……
なんかもどかしい。




