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15-3 足るを知るって言うのは大切。

出来れば戦いたくないです。

 日を改めて、城の応接室にノックバーン枢機卿を招いた。教会の重鎮だけあって、以前のように単独では行動できないようだ。控える侍祭の数も多く、そちらの歓待も同時にこなしておかないといけない。

 ノックバーン枢機卿は久しくいなかった魔法を使えない枢機卿だ。癒しの儀式も行えなければ、奇跡を起こす能力もない。それが故なのか、ちょっと侍祭たちの態度がノックバーン枢機卿を軽んじる感じがあって嫌な感じがする。

 いや、こちらが口を出すべきことじゃないのは分かってはいるんだけれど、表情を変えないようにするのに苦労した。

「すまんな。みな、神への信仰の篤い者たちばかりだ。神の恩寵を受けぬ私には思うところがあるのだろう。

 言っても仕方ないことだがな。」

 内密な話という事で、応接室には俺とハルト、そしてノックバーン枢機卿しかいない。人目を気にしなくてはいけないというのがなんとも辛いところだ。

「ノックバーンさんは、なんで魔法使えないの? 見てみるとレベルも十分だし、神聖魔法の能力もあるように見えるんだけど?」

 ハルトの何気ない一言に、ノックバーン枢機卿は苦笑いを浮かべる。しかし相変わらず遠慮とか配慮とか、気にせず、ばんばん”鑑定”するなぁ。

「私が神を疑っているからだな。いや、正確に言えば神が齎してくれるという奇跡を信用していない。」

 何とはなしに、ノックバーン枢機卿の人となりを知っていると納得ができる話ではある。

「もちろん、魔法というもの自体を否定するつもりはない。だが、果たして奇跡というのは個人の意思で扱ってよいものなのかと私は疑念を抱いてしまう。

 下らぬ話だ。

 使えるのであれば、それもまた神の意志なのだろう。それができないというのは私が未熟というだけの話だ。」

 実際には使えるが使わないという強い意志があるはずだが、そこは魔法による支援を受けているという負い目から意固地になっているのだと自嘲してるんだろうな。

「それよりも、私を呼んだ用件を聞こうじゃないか。この教区の司教には話せない内容のようだからな。」

 話せないというよりは、知らないだろうという内容だ。俺は思い切って口にする。

「来訪者の話ですからね。

 我が国には3人というお話は以前お聞きましたが、他国にも当然来訪者は存在しているんですよね?」

 枢機卿は眉をピクリと動かす。その後、深いため息をつく。

「つくづく君という男は恐ろしい。どんな答えをしたところで、ある程度の情報を搾り取ってくる。まるで悪魔のような男だな。」

 悪魔と言われて、あまり嫌な気分にならないのはちょっと中二病的だよな。実際の所は、ここで口をつぐまれたら他国にもいるという確証が得られるだけだから、それでは困る。

 もっと突っ込んだ情報が欲しい。

 あー、でも口をつぐまれれば、それで教会の姿勢を確かめるということでもあるから聞く意味はあったかもな。

「どこまで話すべきかは正直私も分からん。

 当然のことながら身柄を押さえていたり所在を確認している来訪者はこの国以外にも存在している。帝国には一人、サンクフルールに二人、そしてベスティアに一人、それと遥か東方の国に一人だな。」

 合計4人か。意外と少ないな。

 いや、あくまでも教会が把握している人数とすれば妥当なのかもしれない。

 酒造りの神に呼ばれた来訪者なんかは、特別目立つ存在じゃないだろう。だとするなら、教会に捕捉されていなくても不思議ではない。

 それにみんながみんな特別な力を有しているわけでもないだろうしな。

「教会の意向としては、世俗に肩入れするつもりはない。故に、これ以上の情報は渡せない。

 当然相手方にも尋ねられれば、伝えるだろうな。」

 ここで席を立たれれば、本当にこれが限界だろうと思うが枢機卿は席を立っていない。

 なら、もう少し尋ねてみるか。

「正直、俺は他の来訪者と相争うつもりはありません。ただ、どうにもサンクフルールの来訪者とは衝突しそうな雰囲気を感じています。

 できれば、争いを避ける仲介はお願いできませんか?」

 枢機卿はため息をつく。

「君も国に仕えているのだろう? ならば、避けえない可能性というのは留意しておくべきだ。」

 なるほど。つまり、相手も国家に取り込まれている立場という事か。

 軍人だろうか?

「確かにその通りですね。できれば、害意が無いことを伝えられればいいんですが。」

 枢機卿は口をつぐむ。

 ”鑑定”で今考えていることを読み取れば、もっと情報は得られるだろう。だが、そういう不誠実なことはしたくない。

 というか、おそらく失敗する。

 枢機卿という地位につく人物の意志を突破するなんて、俺には不可能だろうしな。

「言うべきかどうかは悩むが、少なくとも一人は平気だ。そのうち、こちらに流れてくるかもしれん。」

 つまり、もう一人の方が問題という事か。

 二人も敵に回さなければならないよりは遥かにましだな。

「問題は、そちらの王子様だな。西方太守ご就任はおめでたいが、ロートベルクにいらぬ兵を集めているとも聞く。

 そうなれば、帝国の方も刺激しかねんが……」

 つまり、お前の方で王子様は何とかしろという事かな?出来るなら、そうしたいところだけどなぁ。

「それについては、殿下のご意向だけとも限りません。なるべく深い入りしないようにと忠告はしていますが、正直どうなるかは予測もつかないですね。

 陛下の目の届かぬところでいらぬことを画策しているものも多いと聞きますし。」

 実際には、目が届いていないわけじゃない。最近の王国の方針に不満をためた貴族たちの目を外へと向けることが主な目的だろう。

 抱えた騎士や兵士を浪費させることも視野に入れているのかもしれない。

 本来であれば貴族が抱える兵力をすべて国軍に接収したいところだろうけれど、それに先立つ金が足らない。ただでさえ、海軍設立に資産を割かざるを得ないのに、陸上兵力まで抱えろとなったら国庫が破綻する。

 だからと言って、平民として暮らせと言って聞いてはくれないだろう。ならば、戦場を求めるのが戦士というものだろう。

 

 しかし、大義名分がない。

 

 ロートベルクを越えた土地は過去にフランドルが支配したことは無いし国境に近い土地である以上、帝国もサンクフルールも気を使って支配をしている。感情的には自国を荒らしまわられたのだから、やり返して何が悪いのかという気持ちもあるかもしれない。

 でもそんなものは大義名分にはならない。

 もちろん、大義名分があったからと言って戦争に勝てるわけでもない。戦争するために大義名分が必要なわけでもない。

 大義名分が必要となるのは、外交の場に必要とされるものだ。戦う相手以外を納得させ、最低でも手出しをさせない、できうるならば味方に引きずり込むための方便。

 それが大義名分だ。

 少なくとも、帝国相手にはやられたからやり返したいです、では納得しないだろう。次は自分たちかもしれないからだ。

 連合は、直接の利害関係はないだろうがきっと敵に回る。海軍を育成しようとしていながら、大陸で覇を争うつもりなら今のうちに叩いておこうと考えるのが自然だ。

 絶好の口実を与えかねない。

 そして、国内的にも防衛線が伸びる新たな領地など必要としていない。戦略面でも経済面でも、そんなことより国内開発、貿易路の拡大の方がはるかに重要だ。

 そんなことはみんな分かってはいるのだ。分かってはいるが、それで損をしている人間は受け入れられない。

 あっちを立てればこっちが立たず、本当に政治って言うのは嫌な仕事だ。割を食う人間には割を食ってもらい、無視する。

 それしか道はない。

 本当、出来ればこういうのには関わりたくないんだよなぁ。

「教会は、帝室に近い存在だ。その意向に逆らうわけにはいかない。だが、平和というものは何よりも大切なものだとも説いている。

 いざという時は、相談させてもらう。よろしいかな? ベルラント男爵殿。」

 それはつまり、いざという時の停戦交渉の窓口になれって言う事だろうな。

「もちろん、私も平和を求めていますよ。正直、戦争で儲けられるからって命を張れるほど商魂たくましくはないです。

 できれば、平穏が続くことを願ってますよ。

 自分の命の方がはるかに大事だ。金儲けは二の次です。」:

 とはいえ戦争というのは始める時は決められても、やめる時は決められない。そこが難儀と言えば難儀だ。

 しかし、そんな話をしている最中、ハルトはどこかボーっとしている。まるで自分には関係ない話みたいな態度しやがって。

 そりゃ矢面に立つのは俺だよ。

 でも、いざって時には役に立ってもらうからな。

「この世界の人たちって、みんな物騒だよね。みんなで仲良くやってけばいいのに。」

 能天気なこと言いやがって。

「皆の腹を満たす糧が得られて暖かい家を持ち心地よい服を纏ったとして、果たして皆で仲良くやっていけるものかな?

 きっとそういう事にはならぬだろうな。

 少なくとも、君のように足るを知る人間にならなければならぬのだろう。」

 枢機卿は、少し寂しそうに笑う。

 いや、こいつはそんな上等な人間じゃない。単に能天気なだけだ。でも能天気でいられる状況というのも大切だ。

「足るを知るにはまず足りた状態を作るべきでしょう。いずれにせよ、できうる限りのことはするつもりです。

 神ならざる身ですから、大したことはできないでしょうけどね。」

 そういうと枢機卿は意外そうな顔をする。

「なるほど……

 それもそうだな。足るを知るには足りた状態を作らねばならぬ。

 確かにその通りだ。」

 そういうと満足そうに枢機卿は頷いた。改めて考えると、やれもしない大言壮語を吐いてしまったと感じて恥ずかしくなってくる。

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