15-1 森の守護者
新章でございます。
雪のちらつく森の中で、俺とベネットは大きな梟と対面している。
ミリーやカイネに調べてもらった限り、彼らは昆虫や蛇を獲物にしているから人を襲うことは無いらしい。木の実なんかも好物なんだとか。
白く染まった森の中で、白い体を寄せ合って俺たちの方を凝視していた。そっとベネットがミミズがたくさん納まっている籠を差し出す。
近くの村の子たちが一生懸命に集めてくれたものだけれど、気に入って貰えるかな?
一匹が興味深げに籠に近寄り、それに追従するようにもう一匹が後ろについてきた。”鑑定”する限り体の小さい方が雄で、大きくて最初に近寄ってきた方が雌らしい。
昼間は木のうろに体を隠し、夜になると音もなく森中を飛び回るのだそうだけど、今はなんだか眠そうだ。
でも食欲には抗えず二匹とも籠に顔をうずめて、ミミズを食べ始めた。年齢を見る限り、それほど年は離れていないから親子ではなく、つがいなんだろうな。
ミミズを平らげると、まるで太った子供が足を投げ出すような仕草をする。なんか、おっさんが入っている着ぐるみみたいな格好だなぁ。
ベネットが目を輝かせて雌の方のお腹をさする。まんざらでもないような表情をしているように見えるが、少なくとも嫌そうに身をよじったりはしない。
もう一匹は、雌の方に寄りかかって目を閉じている。
「ねえ、ヒロシ、気持ちいいよ? とってもふかふか。」
俺に触るように促してくるけど、平気かな? 触った途端、目を突いてきそうで怖い。何せ、人間よりも大きい。
鋭いくちばしで目を突かれたら失明待ったなしだろう。
いや、一応治療手段はあるけれども。だからって、進んで痛い思いはしたくない。
「そんなに怯えなくたって平気だよ。ほら、触ってみて……」
そういうと、ベネットは俺の手を大梟のお腹へ導く。
ふわっとした羽毛の下に柔らかな筋肉を感じる。
しっかりとした感触ではなくて、まるでスノービーズのクッションを触っているかのようだ。
でも、それともちょっと違う。弾力がしっかりとあって、崩れる感じではない。
ほー、と多く梟が鳴く。大きいからもっと野太いのかと思ったら、割と高い声で鳴くんだな。
次の瞬間、かっと見開いた眼で大梟が俺を見つめる。
まるで琥珀みたいな大きな瞳が俺を映していた。思わず見つめ合ってしまう。
そして再び、ほー、と鳴いた。
「ヒロシのこと、気に入ったみたいだね。」
そうなのか?
大梟の気持なんか、これっぽっちも分からないから俺としては戸惑うしかない。
森の中は基本的に静かだ。
特に冬の森は大半の動物が眠りについているので蠢くものも少ない。時折ミシミシという音と雪がどさっと落ちる音がするくらいだろうか?
と言っても、元いた世界とは違い魔獣の類はそんなものとは関係なく活動している。通常の生物とは違う存在だ。
勿論魔獣だからと言って、すべてが凶暴で人間を敵視しているかと言われるとそういうこともない。俺が会っていた大梟も魔獣ではあるが人間に敵意を向けない存在でもある。
ただ、そういう存在は多くない。
本来は、雑食性である猪と同じに見える大猪は人を積極的に襲う化け物だ。何度となく蛮地で襲い掛かってくる足の速い猪の正体がこれで、ほぼ肉食と言っていい食性をしている。
鹿に似ている斧鹿なんかは食性は草食であるにもかかわらず、積極的に人を襲う。
彼らが人間を襲う理由は特にない。
魔獣が人の住む世界に馴染まないということが理由であるのであれば、大梟も人を襲うはずだ。
しかし、大梟は人界にやってくると寿命が縮み活動が低下するということはあっても積極的に人を襲うということは無い。
それに対して大猪や斧鹿も同様の症状を見せるが、それが不愉快なのかより積極的に人を襲うという反応を見せる。人界の外なら人を襲わないということもないので、単に頻度の差でしかない。
人を積極的に探して襲うのと、見かけたら襲うという差だ。魔王のように人界であることで生活が困難になるために積極的に人界を破壊するという理由ではない。
気に食わないから殺す、そういう感覚なのかもしれない。
まあ、そんなわけなので場合によれば人里にやってきて人を襲う魔獣というのは厄介な存在だ。
それが故に傭兵という商売はとても重要な職業であり、農民の中にも武器を取り扱うのに長けた人も多い。
だから兵農分離というのが難しく、兵権というものを国家が独占するのも難しいという側面がある。
未だに、諸侯が軍を組織することを禁じられないのも、それが理由だ。
襲われるのに武器を取り上げるわけにはいかない。
もちろん大砲なんかの明らかにオーバースペックな兵器は所持は管理されているが、手持ちの武器やマスケットのような個人で使用できる火器を取り上げるのはなかなかに難しいだろうな。
それに魔術に関しては取り締まろうにも使えるかどうか判断するのすら難しいし、行使を禁じるのはさらに難しい。
治安を預かる身としては、非常に厄介な問題だ。
といっても俺の場合は”鑑定”のおかげですぐに判別はできるし、領内であれば魔術師がどこにいて、どこを住処にしているかすら把握できるわけだけども。貰った力に依存しているとはいえ、正直俺は非常に優秀な領主だ。
犯人探しもお手の物だしな。
正直、ずるを自慢していて非常に気が引けるけども。いや、そんなこと言っても便利なんだもの。
ハルトの探索のおかげで事前に魔獣の集散も大体把握できるし、各村にも衛兵を駐在させている。それでも、衛兵のみで領内全てを守るのは難しい。
装備については防刃服を配給して、武器もそれなりに準備している。
でも数はどうにもならない。
何せ俺が雇い始めた衛兵の中にも、すでに死者が何人も出ている危険な職場だ。怪我人に至っては、その十倍は出ている。訓練を施さなければ碌に武器も扱えずに死ぬし、訓練をすれば事故で死ぬ。
そんな仕事を喜んで引き受ける人間はそう多くはない。
それに、あまりに大人数を雇い入れて厳しく訓練なんかしてたら、国から反乱の意志があるのではと疑われかねない。衛兵の数や武装内容については報告義務があって、あまりにも大規模になると監査の手が入る。
場合によれば、王都に呼び出しを食らいかねないそうだ。
だから蛮族からの防衛、魔獣の退治、貴人の護衛と領主としても頼りにしなくちゃいけないし、領民は領民で旅人の護衛なんかもお願いしている。傭兵以外にも最近ではスカベンジャーを雇い入れるというケースも多い。
流石に、俺のようにトロールを雇い入れるという領主の話は聞かないが、エルフや蛮族と契約を結んで治安を維持している領主というのもいるそうだ。
つくづく思うが、暴力が蔓延った世界だよなぁ。
いや、まあ俺がいた世界も暴力がなかったわけじゃないし、もっと悲惨な時代や地域はあったわけだけども。
「ため息ついてどうしたの?」
いつもの衣装とは違い、完全武装をして大剣を携えているベネットを見て、改めて危険な場所にいることを再確認する。
「いや、鎧を着てないといけないような場所から、早く抜け出したいなと思っただよ。変なのに襲われたくないからね。」
森の中に入った段階で、大猪にも斧鹿にも遭遇している。魔獣以外のモンスターの類にも襲われた。
はっきり言って、森の中に長期滞在はしたくない。これだとダンジョンとどっちが平和だろうか?
もちろん、こちらもそれなりに戦力は整えている。トロールレンジャーズにトーラス、テリーがいてくれるから、大抵のモンスターから逃げなくても済むわけだけど。
「安心して、どんな奴だってヒロシに手を出させたりしないから。」
一番頼りになるのは嫁でした。
いや、それでいいのかなぁ。
一番いい装備を用意してマジックアイテムのたくさん身に着けてもらっているけど、これで災厄を呼び込んでしまっているんじゃないかと不安になってしまう。出来れば、暴力とは無縁でいてくれるのが一番いいんだけどなぁ。
「もしかして、楽しんでる?」
なんだか、ベネットがうきうきしているようにも見えるのは俺の気のせいだろうか?
「うーん、ちょっと楽しいかも。久しぶりに暴れられたからかな?」
うーん、そうかぁ。楽しいのはいいけれど、危険もあるからなぁ。
出来れば、別の解消法で発散してくれると嬉しいんだけどなぁ。
「幻滅した?」
そういうわけじゃない。
「危険を排除しきれないし、そういうスリルも求めているなら他の手段じゃ難しいだろうなって悩んでるだけだよ。楽しんでくれていること自体はむしろ嬉しいけどね。」
戦う姿を見るのが嫌いではないあたり、俺も業が深いよなぁ。
「本当はもっとお淑やかでいられたらよかったんだけどね。」
少しベネットは恥ずかしそうに笑う。
「十分、お淑やかですとも奥様。むしろ、今の生活は窮屈だったりする?」
もし、それが負担だというのなら少し考えないといけない。
「とんでもない。旦那様のおかげで何不自由なく暮らせてますわ。
申し訳なくなるくらいに。」
笑顔で応えてくれるってことは耐えられないほどのストレスを抱えているってわけじゃなさそうだ。
「申し訳ないなんて言わなくていいよ。いろいろ支えられてるし、今も守ってもらえてるしね。
まあ、そこが情けないなとも思うけど。」
そういうとベネットは少し悩むような素振りを見せた。
「やっぱり、ヒロシも男の子だよね。女の子に守ってもらうのは癪に障る?」
彼女はからかい気味に言うけれど、まあそういう気持ちが無いこともない。
「そりゃね。俺は強いんだぞーって見栄を張りたいって気持ちもあるよ。
くだらない見栄だけどね。」
そういうと、ベネットは嬉しそうに笑う。
「普通の男の子でよかった。」
ベネットの言う普通の男の子かどうかは分からないけれど、お眼鏡にかなったのなら幸いだ。俺もゆるく笑ってしまう。
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