14-25 図書館でお勉強。
資料はいくらあっても困りませんからね。
仕事を片付けて、執務室を出る。
大抵の場合は寝室に戻って動画を見たりゲームをしたりなんかするんだけれど、気が向けば外に出て体を動かしたりもする。槍の扱いに慣れてきたとはいえ、まだまだ鍛錬が足りない気もする。とはいえ今はヨハンナを預かっているし、出来れば屋内でできることにしたいよな。
仕事関連の知識を仕入れるというのも商人を自称している以上は重要なことではあるけれど、今は魔術について研究を進めたい。
時間についての取り扱いはいまだに習得できていない。他にも空間の把握についてはやや甘い部分もあるからな。
とりあえず、図書室へ向かう。
蔵書の数はそれなりに揃えたつもりだ。基礎的な魔術関連の書籍、出版されている論文、他にも歴史関係の本や冶金や機械工学系の本。
他にも書籍にまとめられている技術関係の本は買いあさっていた。それに合わせて、それに対応する”売買”で購入できる書籍も買っている。
普通に考えれば、こちらの世界よりも日本の技術力の方が優れているのだから、こっちの本は必要ないと思われるかもしれない。
だけど、実際にはそんなことは無い。
何せ、こちらはこちらで技術を発展させている。思いもしない発展を見せている部分が存在しているから、すり合わせをするためにもこちらの技術についても知る必要が生じる。
というか、どっちが優れているかなんて俺の浅薄な知識では測り切れない。
魔法という要素があるので、余計にややこしい。
何せ、ライフリングをする際に、切削するのではなく外部から圧力をかけて成型する方法というのが、こちらの世界では容易に行える。金属を加熱せずとも泥に変化させた後、元の金属に戻すという方法が採れるからだ。
当然ながら呪文を2つも習得し使用しなければできない力業なので、魔術師に依頼すれば結構な値段を要求される。
ただ、それに見合うだけの成果が得られるのだから、使用しないという手はないんだよなぁ。それに、もしもの時のことを考えれば魔術の腕は磨いておきたい。
もちろん、そのもしもが無いことに越したことは無いけれども。
図書室で書籍を手に取りテーブルに持っていく。
ふと、ジョシュの姿が目に留まった。
「ヒロシさん。お仕事は終わったんですか?」
おずおずと尋ねてくる姿は初めて会った時と変わらない。
とはいえ、彼もいっぱしの魔術師になっている。スカベンジャーで俺の弟子を自称するユウと比べれば、まだまだ発展途上だけれど優秀であることには変わりない。
ただ、気になるのが専攻が死霊術なんだよなぁ。死者を操り魂を弄ぶと言われていて、あまりいい印象を持たれない分野だ。
魔術に無知な人はもちろん、それなりに知識を有している人でも偏見を持つ人は少なくない。
ただ、偏見が偏見でない場合もあるから何とも言いずらいけれども。
「仕事は終わったんだけどね。ヨハンナのお守りを頼まれてるから、ちょっと勉強しようと思って。」
そういうとジョシュは目を丸くする。
「ヒロシさんでも、魔術の勉強が必要なんですか?」
何を当たり前のことを。
知力をブーストしてもらっている関係上、それなりに理解力が上がっている気はするけれど地頭がよくない。せっかく手に入れた知識もいつの間にか忘れているなんて言うのもざらだ。
それに、例え高位の魔術師であっても勉強というものからは逃れられない。それが先生であっても、レイナであってもだ。
「すべてを知ったと思った瞬間、その人の成長は止まる。
だったかなぁ。そんなことを言った学者がいたような気がする。
とはいえ、俺はそれ以前の問題だけどね。」
ジョシュは信じられないというような顔をしているけれど、ちょっと誤解が生じている気はするな。
「レイナさんと比べれば、俺はまだまだひよっこだよ。それは、単に扱える呪文の位階のことを言ってるんじゃないんだ。
俺は魔術の仕組みについて理解が追い付いてない。」
魔術は物理法則との対比でもある。あらゆる物理法則を知っている人間であれば、おそらく魔術の腕前は飛躍的に伸びることだろう。
残念ながら、俺はそうではない。知らない知識が多すぎる。
「そんなことないんじゃないでしょうか?
ヒロシさんは、他の魔術師について知らなさすぎるんだと思います。」
そういえば、ジョシュは大学に通ってるんだったな。定期的にレイナと一緒に首都の大学に通学している。俺のインベントリを利用した移動が便利なので、ベルラントとの行き来に苦労はない。
首都にいるロドリゴのインベントリを経由するから、彼にいちいち取り出しをお願いしたりしないといけなかったり、俺が随伴しないといけないけれど。
それくらいの手間で、結構離れている首都まで行けるのだから文句を言っちゃいけないよな。
それは置いておいて、大学に通う魔術師ならそれなりの腕前を持っているのが普通じゃないのかな?
「そんなに大学の魔術師はひどいの?」
そう尋ねると、ジョシュは頷く。
「僕たちが惑星の上で暮らしていることすら知らない人も結構いますよ?
死霊術は特に迷信がはびこってます。魂と言うものをどう捉えるか、科学的に説明しろと言われても無理なので仕方ない部分はあるんですけど。」
魂か。
それについては、俺も疑問に思う部分が大きい。
ただ少なくとも、俺がこちらに呼び寄せられたと考えるならおそらく魂と言うものが存在するんだろう。
それが永劫不変かどうかはともかくとして。
「まあ、魂を科学的にとらえるのは難しいよね。ただ、他の分野については科学を知らなければ、いろいろと不都合が生じるんじゃないか?」
そう聞くと、ジョシュは首を横に振った。
「何かと融通が利くから問題だって師匠も言ってました。言われたとおり迷信を頭から信じ込んでしまえば、伸びしろは無くなるけど呪文は使えるのだって。
あぁ、そういう意味で、すべてを知ったと思った瞬間、成長が止まるってことなんですね。」
そこまで深く考えて言ったことじゃない。しかし、魔術が融通の利く作りになっているというのは確かに頷ける部分がある。
最初は詠唱や文様が必要だなんて、微塵も知らなかったからな。それでも使えると思えば、使えてしまう。
便利ではあるけれど、落とし穴であるのは間違いないかもしれない。
注意しないとな。
しかし、相変わらず師匠呼びなのか。
「ジョシュ君とレイナさんって、関係持ってるんだよね?」
そう聞くと、ジョシュは顔を赤らめた。ちょっと不躾すぎたかな。
「いや、いつまで師匠呼びなのかなぁと思って。」
そう聞くと、今度はうつむいてしまう。
「少なくとも、大学を卒業するまでは自信をもって名前を呼べない気がします。」
なるほどなぁ。
でも長いこと生きているレイナにとってみれば、それくらい待つのは苦でもないのかもな。
「話を変えませんか? トロールレンジャーズの話とか。」
トロールレンジャーズ?
あぁ。
そういえば、そんな名前になったんだっけかな。食料と引き換えに森の中の間引きや遭難者の救出を契約したトロールたちの名前だ。
単にトロールと言ってしまうと、他のトロールとの区別がつかない。なので区別するためにトロールレンジャーズと呼ぶことになったんだったな。
報告書は読んでいたけど、ちょっとダサい。
一応、判別のためにトロールレンジャーズにはタバートと旗を渡してある。かなり身長が高いので、それなりの出費だ。
彼らは着衣を着ることを嫌がったが、判別がつかないことで衝突が起こるのを避けたいという趣旨は呑み込んでくれていた。
しかしレンジャーズなぁ。
なんで、斥候隊とか野伏隊とか翻訳されないのか不思議だ。別に困りはしないんだけども。
「報告書は読ませてもらってるよ。折衝とか調整とか、色々任せてしまっているけど上手くやってくれてるみたいだよね。
ありがとう。」
そういうとジョシュは嬉しそうに笑う。
「ヒロシさんに任された仕事ですから。それにハンスさんや副長さんたちがついてきてくれるので、心配になることもないですし。」
食料の引き渡しや相手方の要望を聞く際には、衛兵が護衛としてついていっている。隊長であるハンスが直々についていってるのは初耳だけれど、気にかけてもらってるみたいだな。
「それで、トロールレンジャーズの人たちが言ってたんですけど、大梟のつがいが森に棲み始めたらしいですよ?
森に恵みを齎すとか、そう言う事だったので狩人が勝手に狩らないようにしろって言ってましたけど。」
タイミング的に大梟の話が出てくると勘ぐってしまう。モーラ様としては気を利かせたつもりだとか、そういう可能性がないとも言い切れない。
「そう言う事であればお触れを出しておくよ。しかし、森に恵みを齎すねぇ。カイネちゃんが何か知ってるかなぁ。」
彼女は森に精通する魔術を扱う。大梟についても何か知っているかもしれない。
ミリー辺りは飼いたいとか言いそうだなぁ。ベネットも、そういうことを言いそうだ。
だけど人の手で育てられるか繁殖できるかは、また別の問題になる。そこら辺の事情も踏まえて、少なくとも今は手を出すなという形で領民には知らせておこう。
聞く人によっちゃ、これも迷信みたいに思われるんだろうな。
それで困るわけではないけれど。
あるいは、そういう迷信めいたものの方が民衆には理解されやすいかもなぁ。でも、まかり間違って狩人にかられないように禁猟区に指定しておくのも必要だろうか?
そこまですると、その銛で魔獣が跋扈する可能性もあるけども。
痛し痒しだなぁ。
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