14-22 お酒の席も仕事の一環。
魚肉ソーセージ好きですか?
ギルドの会合というのに顔を出したことは初めてではない。ただ、祭りの時の会合というのはちょっと雰囲気が違う。
皆浮かれ気味だ。
上手くいっていない人もいっている人も関係なく、明るく酒を飲んでいる。
俺自身はあまり酒に強い方ではないから、調子に乗って飲みすぎるとすぐ真っ赤になってぐでんぐでんになってしまうので、なるべくセーブしつつ、話を聞きつつ残され気味のおつまみに手を伸ばす。固めのチーズが人気があるらしく、どこに行ってもこれがあるんだよな。
後は必ず、ソーセージがある。
皆ソーセージには並々ならぬこだわりがあるらしく、必ず豚肉で作られている。味付けや香りはそれぞれ好みがあるらしいが、鶏肉や羊肉の混ぜ物をされているものは好まれていない。
本当は魚肉ソーセージ作ってるんだよなぁ。ハロルドにタラを使ったかまぼこというのを作って貰ってはいるのだけれど、評判がよろしくない。
なので、食紅を使って魚肉ソーセージにできないかと試行錯誤しているわけなんだが、余計に拒絶されることが多かった。味が駄目なわけじゃなく、ソーセージと言えば豚肉。これをなかなか超えられない。
なので、塩漬けタラの方がまだ取引できる品物という判断が下されている。
もっとも、そういうこだわりが強いのはフランドルの中でも低地、つまり海よりの地域が主で、山脈に近づくにつれ薄れていく。
ただ、こだわりがないからと言って慣れない食べ物に抵抗を示さないわけでもないんだよなぁ。サンクフルールでも帝国でも似たような反応らしい。
旨いんだけどな。
まあ、こればっかりは仕方ない。他に食べ物がないときの非常食に取っておこう。
「閣下、あの魔法のチョッキは売りには出されないのですか?」
酒臭い息を吐きながら、決闘をやらせた親方が俺のグラスに酒を注いでくる。決闘の時も、防弾チョッキを売って欲しがっていたが、そんなに魅力的だろうか?
「銃を撃たれるような目に会わない方がいいですよ。あれだって必ず防いでくれるものじゃないですしね。」
そもそも頭に当たったり、手足にある大動脈を撃たれる可能性がある。そうなれば、死は免れないだろう。
いや頭はともかく、手足なら適切な処置を施せば間に合うか? 《治癒》のポーションがあれば何とかなりそうだ。
まあ、さすがにショック死してしまえばそれまでだ。戦地に赴くならともかく、おいそれと出せる代物じゃない。
「それは、そうですが……
やはり安心というものは大切ですよ。」
そう言うのを杞憂って言うんだよなぁ。杞憂って通じるんだろうか?
まあ、あとでベネットにでも聞いておこう。
「まあ、安心してもらえるように衛兵には頑張ってもらいます。工事の方での安全は親方にかかってるので、そこはよろしく。」
親方は少し口ごもる。
「も、もちろん、そこは十分配慮してますとも。ただ、工期が遅れるのはご勘弁を。」
いや、そこは織り込んでやってもらわないと困るんだけどな。
「期待してますよ。」
とりあえず、言質を取られないようににこやかに返しておく。これで工期が遅れるのは仕方ないとか言うと、真面目にサボられて余計な費用が発生しかねないからな。
俺は城へと向かう帰り道に曲がり角を前にして立ち止まる。丁度手紙が来たからだ。出して確認するのも何なので、ウィンドウに表示させて内容を見る。
思わず眉を顰めてしまった。
「死ね!! 悪徳領主!!」
曲がり角から、まだ幼さが残る青年が飛び出してきて銃を俺に突きつける。
まあ、話せばわかるという状況じゃないよな。
問答無用で撃たれた。
だけど、こういう時の対処法は心得ている。槍をインベントリから取り出して銃弾を弾いた。怯んだ青年は懐からもう一つの銃を抜こうとする。
当然、そのまま撃たれる趣味はない。
取り出した槍で銃自体を弾いた。よくもまあ、ここまで動けるものだ。レベルアップの恩恵とはいえ、割と冷静にさばけた。
後は、振り上げた槍を振り下ろせば終わる。
だけど、ためらいもあった。
「ヒロシ!!」
不意に後ろから、ベネットの声が聞こえてくる。
あぁ、そう言う事か。
青年はベネットの声がした瞬間に脱兎のごとく逃げ出していった。護衛の衛兵たちがとらえようと必死に追っているが、多分追いつけないんだろうな。
もどかしげに、ベネットがスカートをたくし上げて俺の下へとやってくる。
「ヒロシ、大丈夫? 怪我はない?」
不安げにベネットが俺の体に触れて撃たれてないか確認する。
「大丈夫、事前警告はあったからね。俺も、分かっていて撃たれる趣味は無いよ。」
周りの野次馬を意識して、わざとらしくアピールする。ベネットが少し怪訝な顔をしているな。
後で説明が必要だろう。
というか、テリーのやつ。
こういうのは事前に打ち合わせしておいてほしい。いや、そうすると演技臭くなるか。
城に戻り、ベネットに事情説明をする。
「つまり、襲われる前にこの手紙が来たの?」
俺は頷いた。手紙には、曲がり角に銃を握った暗殺者がいるから制圧しろとかかれていた。
まったく無理難題を言ってくれたもんだ。
トーラスやベネットの手ほどきで銃弾を弾けるようになってなかったらもっと大ごとになってたぞ。テリーからすればそれも織り込み済みだったんだろうな。
「多分、護衛も言い含められてたんだと思うよ。普段なら前もカバーしててくれるしね。」
そういうとベネットは口をへの字に曲げる。そんな表情なのに可愛いなって思うのは贔屓目なのかなぁ。
「計画されてたこととはいえ、腑に落ちないなぁ。いったい何が目的なの?」
どうやらベネットも手紙を受け取っていたらしく、慌てて俺の下にやってきてたらしい。何だったら、襲ってきた暗殺者を見かけたらぶった切るつもりだったんじゃないだろうか?
かなり興奮してたしな。
「構図としては、俺が無慈悲に暗殺者を殺めるところをベネットが止めたって見えるように演出したかったんじゃないかな?」
ベネットは俺の言葉に怪訝そうな顔をする。
「なんで私がヒロシに危害を加えようとした奴を助けないといけないのよ。」
実際はベネットの方がよほど武断派だ。でも、巷に流れるイメージは違う。
「民衆へのアピールだね。冷酷で残忍だけど、強い俺と心優しく人々を助ける聖女のベネット。」
そういうと、ベネットは寒気を感じたように肩を抱いて身を震わせる。
「なにそれ? また、お話の中で変な印象が植え付けられてる?」
俺は頷く。
作り上げられたイメージが先行して、そんな受け取り方をしている住人も多い。
「まあ、悪くないよ。俺が多少ヘマをしたとしても、そういう印象のおかげで緩和できる場合もあるんだから。」
いわゆるプロパガンダという奴だな。
ちょっと厳しめのことをやって問題が起こればベネットの諫めを聞かずに俺が暴走したということになるし、間抜けなミスを犯したとしたらベネットの優しさに絆されて失敗を犯したという風説を流すことも可能だ。
いずれにせよ失敗を犯さないことの方が何よりもいい事だけれど、少なくともヘマをした時に住民心理にワンクッションは置ける。そういう印象を祭りという機会に民衆に見せつけて、定着させるというのは悪くない案だろう。
ただ、俺を殺そうという勢力がいるという事実は存在してるみたいだけどなぁ。
実際、テリー、ロイド、トーラスの三人は城から離れている。おそらくは祭りの浮かれている状況を利用して、不穏分子の排除を狙っているんだろう。
色々やってもらえるのは助かるんだけれど、やっぱり多少は計画を聞いておきたかったな。何が起こってるのか、把握できないのは少し怖い。
無茶をしなければいいけれど。
襲われている以上、これから外に出歩くわけにもいかないのがなんとももどかしい。
ハルトやカイネ、ミリーやレイナとジョシュは普通に祭りを楽しんでいるはずだけど、警備担当のハンスがそこら辺の面倒を見てくれているはずだ。
いざという時の対策は取ってあるし、変な気を起こさずじっとしているべきだというのは分かっている。
分かってはいるけど、なんだかもやもやするなぁ。
「ねえ、ヒロシ。」
ベネットは顔を伏せ、少し不満そうな顔をしている。
「どうしたの?」
そう聞くと、ベネットは言いづらそうに口を開く。
「ヒロシは、いつも冷静だしなんでも受け入れているけど、それでいいの?」
いやいや、俺は冷静でもないし、そんなに度量も広くないけどな。
「それでいいも何も。当たらずとも遠からずだと思うしね。進んで悪いことをしたいとは思ってないけれど、そりゃ恨まれることもあるかなとは思ってるよ?」
ただ、有能であるみたいな評判には首をかしげるけれども。執事のフィリップや秘書のエメリッヒのおかげで大分下駄を履かせてもらっている。彼らにしても、ビシャバール家の支援あってのことだし。
「領地経営のことはよくわからないけれど、ヒロシってしっかりしてると思うよ? 細々していることにも目を配って、足りないところには人を置いて、無駄な所は削ってる。
多分、しっかり男爵様をやれてない?」
お褒めいただくのはありがたいが、時々余計なことをやってる気がするんだよなぁ。俺がいなくても、領地は上手く回るんじゃないだろうか?
余計なことをしていらぬ負担を増やしてないかと気が気じゃない。
実際、恨みを持たれてるってことを考えれば、完璧な領主ではないだろう。
「それにヒロシは十分優しいと思う。それが何で冷酷で残忍なんて言われなくちゃいけないのかな。」
あー、むしろ不満はそっちの方か。
ベネットからすれば、俺を悪人のように扱われるのが嫌なのか。
「俺は優しくないよ。別に、住人がどうなろうと知ったこっちゃないとか本気で思ってるからね。」
そりゃ、最近知り合いも増えてきた。そういう人たちが傷つくところを見たいというわけではない。
「大切な人を守れるなら、なんだって犠牲にしようと思ってる。俺はそのために領地が欲しいと願ったんだ。」
じーっと、ベネットは俺の顔を覗き込んでくる。
そして、鼻で笑われた。
「カッコつけすぎ。どうせ、いざとなったらヒロシはおろおろして何とかできないか右往左往するに決まってる。
そういうとこが優しいって言ってるのに、無理にグラスコーさんの真似してもうまくいかないよ?」
それは単に俺が優柔不断なだけだと思うんだけどな。
とはいえ、そういう面があるのは事実だ。
「捉え方の問題だよ。それを優しさだと受け取ってもらえるなら、それはその……」
俺は口ごもってしまう。
嬉しいと言えなくもないけれど、それじゃ駄目だとも思う。
なんか言い負かされたみたいで悔しい。
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