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14-20 収穫祭。

お祭りに参加する方は楽しいけれど、主催する側は大変ですよね。

 こちらで過ごして何年か過ぎたわけだけど、秋に収穫祭が行われるのがとても不思議だ。

 小麦の収穫は夏だし、他の野菜や芋なんかも夏のうちに収穫が終わる。秋はむしろ冬に向けた植え付けの時期という印象の方が強い。

 でも、何故か祭りは秋なんだよなぁ。

 果樹なんかは、秋に収穫するからそれが起源なんだろうか?

 栗やリンゴなんかは秋だし。キノコの類も秋か。

 まあ、そんなことにケチをつけたところで、そういう風習なんだと言われてしまえばそれまでなんだが。

 収穫祭自体は各村でも行われるが、領都でも執り行われる。

 普通は村と領都で行われる祭りには関わり合いが無いわけだけど、ベルラントでは領都で行われる祭りには村長が招集される。

 その際には、祝いの品を持ってくることが通例になっていたそうなんだけど、体のいい徴税だよな。

 春にも税が取られるのに秋にも徴税されてたまったもんではないだろう。

 とはいえ、通例になっていたものを即座に取りやめるのは微妙だ。近況や抱えている問題を聞く機会でもある。

 なので祝いの品については受け取り、返礼として下賜の品を渡すことに切り替えると宣言をした。

 当然、釣り合いの取れた品にすべきだが、なるべく換金性の高い品物を選ばなければならない。丁度、絹布の値段も落ち着いてきている所なのでそれを下賜すればいいだろう。

 もちろん、こちらの世界での取引価格を基準にするけども。

 俺としては負担が減るし、村長たちからすれば換金性が高いので金に困っているならすぐに金に換えられる。

 

 どちらにとっても損は無いはずだ。

 

 城の前庭に設けられたひな壇に俺は座らされ、村長たちが持ち込んだ品々が並べられていく。牛や馬などの家畜、リンゴやブドウ、ブルーベリーなどの果実、クルミや栃の実、栗のような木の実が次々に並べられている。

 これらを即座に査定し返礼の品を準備するのは難しい。

 なので、事前に打ち合わせをして裁定を行い、それに見合う下賜品を用意して置いてはいる。

 村長たちの表情はいずれも明るい。前までは、分捕られるだけ分捕られて、何もなかったわけだしな。

 下賜品の引き渡しはベネットが行い、感謝の言葉とねぎらいの声をかけている。それらが終われば、俺の仕事だ。

「森の恵みに感謝を! 勤勉なるものたちに祝福を!! ベルラントの地に繁栄を!! 共に歩み、大いなる喜びを分かち合おう!!」

 なるべく堂々と、声を張り上げる。

 一応、マイクとスピーカーを用意したので滑舌に注意すれば、城の前庭くらいには響かせることはできるはずだ。

 ただ些細な音も拾ってしまうので、ため息や喉を鳴らす音が入らないように注意は必要になる。

 

 中々に緊張した。

 

 途中から拍手が起こったけれど、こういうのが毎年行われるのか。なんだか嫌になるな。俺はマイクを切って、用意された椅子に座る。クッションがあるおかげで、とても楽だ。

 俺の隣にはベネット、そしてレイナが腰かけている。

 両脇を妻にはさまれてはいるけれど、微妙な距離だ。ひそひそ話とかもできない。

 俺の挨拶の後は、村長たちと連れられてきた村の人間たち、街で暮らす有力者とその従者たちとで食事を共にする。晩餐会というわけではないので、礼儀なんかは大分簡略化されていた。基本的には、みな立って、用意された料理に口をつけていく。

 残念ながら、主催者である俺たちは口にはできない。

 もちろんワインやビールみたいな飲み物と、それに合わせた酒の肴は口にできるけど、酔っぱらうわけにもいかないからな。

 

 はっきり言って苦痛だ。

 

 夏は終わり秋の始まりだから、まだ暖かいからいいけれど屋外で座りっぱなしなのは嬉しくないなぁ。

 ともかく、この食事会が終わってからが祭りの本番だ。日が沈めば、花火が打ち上げられ酒が振舞われ、屋台が立ち並ぶ通りに人たちが繰り出す。

 格闘大会や剣闘大会、射撃競技、競馬なんかも行われる。そこら辺は、蛮地でも暇さえあれば男たちがやっていたかな。

 それに加えて、屋外の舞台で楽器の演奏や歌唱、演劇なんかも行われる。

 もちろん、城の前庭も舞台の一つだ。

 いい席は有料になるものの、立見席なんかや近くの店で聞く分には無料で聞けたりするわけだから、お金のない人たちにとっても楽しめるイベントだろう。

 

 明日には砲術大会のプレゼンも行われる。

 

 今回は、どういった競技かを説明し、招待したジェイス卿とバーナード卿のチームが試合を行う。

 いや、というかバーナード卿自らチームを率いてくるとは思わなかった。

 ジェイス団長は元々暁の盾を率いていることで有名ではあるが、バーナード卿は徐々に知名度を上げている。

 良い意味ばかりでは決してない。国王陛下に取り入り、軍権をほしいままにする奸賊みたいな評判もついて回っていた。

 というのも、もともと身分が低く、それでありながら国軍の参謀を担い租税撤廃の際の反乱に対して苛烈な措置を行ったのが彼だからだ。

 貴族からは当然忌み嫌われているし、庶民も流される悪評を鵜呑みにする人間も少なくない。

 それでも、特に目立った失点がないため何となく嫌な奴程度にとどまっている。ただ困ったことに、俺とバーナード卿が仲良くするのを嫌う層が一定数存在していた。というのも、ベネットに一騎打ちを命じたのがバーナード卿その人だからだ。

 女の尻に隠れて逃げたヘタレと嫁を生贄同然に使われた相手にへらへらしている旦那。

 そういう悪評はぬぐい切れない。

 といっても、そんなことは些細な問題だ。どんなに品行方正に振舞ったところで、悪評というのはついて回る。

 気にして手もしょうがない。

 幸いなことにベネットも遺恨を抱いてはいないし、俺に仕えてくれている人の中で、そんな悪評に振り回される人間は多くない。

 末端の使用人や役人の中には多少いるのかもしれないが、そこまでは管理できないしな。

 というか、そもそも管理する必要もない。悪評をもとに判断をするのであれば、そのうち離れていくのだから気にするだけ無駄だろう。

 そこら辺は別に構わないんだけれど……

 むしろそういう内心よりも、行動の方が気になる。些細なことではあるし、むしろそっちを気にする方がおかしいのかもしれない。

 

 ただどうしても気になる。

 

 皆が食事をするさまを見て、非常に残念に思ってしまったことがあった。せっかくフォークを用意してたのに、みんな手づかみなんだよな。

 熱々の料理を手でつかんで取り落しそうになる姿があちこちで見える。聞く話によると、フォークを使うのは軟弱で男の食べ方じゃないとか何とか。

 だとすると、俺も手づかみで食わないとまずいのかなぁ。

 貴族同士の晩餐とかでは、すっかりフォークが定着してくれてたんだが、なかなか風習って言うのは変わらないもんだなぁ。

 いや、こんなこと口にしたら見識を疑われるかもしれない。表情に出てないといいけど。

 

 食事会が終わり、城の前庭では次の催し物の準備が執り行われている。俺は、執務室に戻り窓から街の様子を眺める。

 いろんなところで煙や光が瞬いている。

 あー、お祭りなんだなぁ、という思いにふけりながら、それに参加できないのが何とも切ない気分も味わう。

 とはいえ、俺は主催する側であって参加する側ではない。やるべきことが結構ある。

「ねえ、ヒロシ。本当に明日解説やるの?

 今日も村長さんたちと挨拶交わしたし、これから催し物にも顔を出さなくちゃだし、もうやだよぉ。」

 打ち合わせをしている横で、いつもは俺が座っている椅子でベネットがぐったりと突っ伏している。

 確かに、忙しいのは分かる。これから団長とバーナード卿を迎えた晩餐もこなさないといけない。

 俺はその後、各ギルドの会合に顔を出して、乾杯の音頭を取らないといけないし。出来れば、全部放り投げてベネットと祭りへと繰り出したい気分だ。

 こっそりの抜けだす方法もないではない。

「わがまま言い過ぎたぁ……頑張るぅ……」

 俺が良からぬことを考えていたのを察知したのか、ベネットは体を起こす。

「別にいいんだよ、無理しなくても?」

 そういうとベネットは恨みがましい視線を向けてくる。

「そうやって甘やかすのよくない。いろいろな人がかかわってることなんだから、投げだしたら迷惑掛かるし。

 ヒロシはそれでもいいよって言ってくるだろうけど、よくない。」

 いや、少しくらいなら平気じゃないかな。

「ベネットが望むなら……」

「そうじゃないの。ヒロシ、自分だけだったら投げ出しちゃう?」

 そう問われると、少し悩む。そもそも、俺が頑張ろうと思うのはみんながいるからだ。居ないなら、こんな立場になろうなんて思いもしないだろう。

「ごめん、言い方が悪かったみたい。ヒロシは逃げるよって言いそうだけど、実際はそんなことないよ。

 自分に嘘をつきがちだよね。」

 なんともむず痒い。それだけ信用してもらえているのだろうなとは思うけれど、俺はそんなに強くない。

 逃げないとしたら、怯えて逃げ出せなくなってるだけだと思うんだよな。

「少なくとも私のためを思っているなら、今は頑張れって言って。」

 強いなぁ。

 俺は、とてもじゃないけどそんなことは言えない。

「頑張れとは言えないかなぁ。でも、ありがとうとは言っておくよ。

 本当にありがとう。」

 ベネットは少し不満顔だ。

「しょうがない。それで手を打ってあげる。ヨハンナのご飯の時間だから、ちょっと席を外すね。」

 ベネットは腕時計を見て、立ち上がりメイドたちに面倒を見てもらっているヨハンナの元へ向かう。

「行ってらっしゃい。本当に無理はしなくていいからね?」

 場合によれば、体調不良でお休みでもいい。そりゃ、いろいろと穴埋めをしなくちゃいけないことはあるけども。

「本当に無理そうだったらいうから、心配しないで。晩餐には間に合わせるから、じゃあね。」

 パタンとベネットは執務室の扉を閉じる。

「ヒロシ様、よろしいですか?」

 打ち合わせをしていた役人が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。

「あー、ごめん。どこまで話したっけ?」

 打ち合わせ中なのに、夫婦の会話で待たせてしまった。ともかく、打ち合わせを済ませてしまおう。

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