14-16 試作品の大砲なんて持て余すに決まってる。
かなり時代を先取りしています。
翌日いつもの執務室での仕事を終えて、俺は倉庫へと向かう。
途中、何故かベネットとレイナが合流してきたんだが何かあったんだろうか?
「どうかした?」
そういうと、レイナが口を開く。
「いや、昨日話してた件なんだけど。」
少し話しづらそうに、レイナがベネットを見る。
「あの人……うーん。
あのね。
お父さんがね、関わってるみたいなの。」
俺は思わず眉を顰めてしまった。
「え? どういうこと?」
詳しく話を聞くと、お義父さんが酒の席を設けて、村長さんを囃し立てたんだとか。それはなんというか、仕方がない気もする。
「それで、どうやら村長さん側を勝たせようと画策しているみたい。
ヒロシは引き分けにしようとかって話をしてたってレイナ様にも聞いたし、そういう無粋な真似はやめてって言おうと思ってたの。」
無粋か。
いや、まあ、確かに戦うもの同士からすれば盤外であれこれ画策されるのは無粋もいいところかもな。
「そこはテリーにも指摘されたよ。だから、介入するのはやめた。」
そういうと、ベネットはほっとした顔をする。
「そう、それならいいかな。あとはお父さんに釘を刺さないとか。」
あー、でも防弾チョッキを着させるつもりだという話はしておかないとな。
「えっと、介入しないって言うのは勝負には介入しないってだけで防弾チョッキは両名に着させるつもりだよ?
その点は問題ない?」
そういうとベネットは少し戸惑いの表情を見せた。
「それくらいなら問題ないんじゃない?
どっちか死なないと駄目ってことは無いでしょ?」
レイナが取り繕うように笑顔を見せて話に割り込んできた。
「両者が合意の上であれば、私がとやかく言う資格は無いよ。ただ当然だけど代理人を請け負う以上、覚悟の上だと思うの。
死ぬことを恐れていると侮られるのはいい気分じゃないんじゃないかと思う。」
ベネットは、俯く。
多分、伝えたいことがあるのだと思うから俺は口を開かずに待つ。
「ごめん。私自身は死にたくなくてヒロシに縋ったくせに、偉そうなことを言っちゃったかも。
でも拒絶されたとしても、理解してあげて欲しい。」
俺は、どう答えるべきなのかなぁ。
正直、死にたがりの赤の他人の事なんかどうでもいい。拒絶されるなら、そのまま勝負させればいいだけの話だ。
俺にとっては、理解してほしいというベネットの気持ちの方がよほど重要だ。
でも、正直、理解できるかと聞かれると非常に難しい。
死ぬつもりはないだろうけど、死を恐れていると言われれば侮られると思う心境かぁ。
こういう時、よくレイナが漫画に例えたりするが該当するような漫画はあっただろうか?
いくつかの作品が思いつくには思いつくが、どれも俺は共感できなかった。
いや、共感はできないが何を恐れているかはわかる作品もあったか。
「とりあえず完全に理解するのは難しいけれど、分かったよ。
拒絶されても怒ったりはしない。
それは、少なくとも戦う人間が選ぶべき権利だという解釈でいいんだよね?」
そういうと、ベネットは頷いた。納得してくれて何よりだ。
「ところで、さ。倉庫に何かあるの?」
レイナが話しにくそうに聞いてくる。
「収い込んでる大砲を見に来たんですよ。
軍艦に乗せるやつの試作砲で、試射が終了したのを四門譲り受けたって話はしましたっけ?
正直使い道ないですよね。」
そういうと、レイナとベネットは顔を見合わせる。
「んー、確かにほっそい砲身だし、大した弾うてなさそうなやつだよね。」
超射程を実現するために砲身が長いので、そういう感想になるのも致し方ない。
こちらで一般的に使用されている大砲に比べれば頼りなくも見えるかな。
ベネットが何かを思いついたように口を開く。
「一緒に見させてもらってもいい?」
いや、別に構わないけれど。
「お義父さんに釘を刺してくるんじゃなかったっけ?」
そういうとベネットは目をそらす。
「上手く説得できる気がしなくて。できれば一緒に来てほしいかな。」
それくらいならいくらでも付き合うけれど。
「日を改める?」
ベネットの本心は、出来れば先延ばしにしたいってところだろうな。
「う、うん。」
流石にそれを指摘して、会いに行かないと駄目だよとか言うのも違う気がする。
日を改めるくらいの余裕はあるだろう。
「レイナさんはどうします? あんまり、面白いもんじゃないですけど。」
レイナは少し悩むそぶりを見せる。
「デートのお邪魔をしたくはないけれど、大砲自体には興味あるんだよね。解説はしてくれるんでしょ?」
ついてきてもらうなら、説明くらいはすると思うけれど。解説って程、俺も詳しいわけじゃないんだけどなぁ。
「まあ、一緒に考えてくれる人がいてくれた方が助かります。だから、ついてきてもらえるなら説明くらいはしますよ。」
倉庫に到着し、大砲にかぶせた布を取り払う。
アームストロング砲の図面を渡したので、おおむね形は一緒だ。
尾栓がねじ式のもの、溝に爪をはめ込み栓をするバヨネット式のもの、そして残りが間隔螺旋式のものだ。
ねじ式のものが俺の渡した図面に最も忠実な形で、バヨネット式はそれよりも簡略化されている。
そして、ねじが途中で途切れているように見える間隔螺旋式はアームストロング砲が一度使われなくなり、のちに後装式が復活した際にとられた方式だ。
ねじの山があるところと無いところを合わせて押し込み、回転させることでがっちりと密閉ができる。装填のしやすさと密閉性の高さを両立する方式として今でも使われているはずだ。
いや、まあ。
今というのが俺があっちの世界にいた時の話だから、未来だとどうなっているかは分からないけれど。
装填する弾は、接触信管を備えた砲弾で、水面や船の船体にぶつかれば爆発をする仕掛けになっている。他にも時限信管式の榴散弾なんかも用意されていて、中々考えられた設計だ。
というか、俺が想定していた以上のものが出来上がっている。
「……とまあ、こんな感じだけれど何か質問はありますでしょうか、お嬢様方。」
正直、上手く説明出来た気がしない。
レイナもベネットも難しい顔をしているな。
「船で使うなら、後ろから込められた方が便利なのはわかるけれど、それだと爆発が後ろに逃げない?」
俺は尾栓を開く。
「それをしないために、ねじで抑え込むんだよ。もちろん、完全に抑え込むと内圧がものすごいことになるからね。
砲身も尾栓も丈夫じゃなくちゃいけない。」
実際、人間の職人たちが作った砲はことごとく暴発した。
アレストラばあさんの工房で作られた砲だけが合格したわけだから、ドワーフの冶金技術の高さが目につく。
「でも、なんでそんなに細いの? 大砲ってもっと、おっきい弾を使ってるイメージなんだけど。」
確かに、今までこっちで見てきた大砲はどれも大口径だ。
それに対して、今目の前にあるのは大砲というよりかは大型のライフルにも見える形状をしていた。
口径は57㎜で統一されていて、元の世界でも大砲かと聞かれると微妙な顔されるかも。
口径長も70もあって砲身が長いの事から、余計に大砲と聞かれると疑問を抱かれるかもしれない。
「それもこれも、射程距離を延ばすためですよ。10㎞くらいまで弾が届きます。」
びっくりしたが実際試射の際にも、それくらいの飛距離を叩きだしている。
二人とも怪訝な表情を浮かべる。
「10㎞ってどんな距離?」
どんな距離と言われても適切な表現が見つからない。
「確か、モーダルの端から端まで5㎞だったので往復すれば、同じ距離になるかもしれないです。」
ベネットは自分で言っていて、自信なさげだ。
「なんでそんな遠くまで届かないといけないのよ? あー、えっと、ちょっと待って。」
レイナは何かを計算しているのか、眉間を押さえる。
「どこに大砲を置くんだか知らないけれど、地平線の向こう側まで届かない、それって?」
あぁ、うん。
大砲を撃つ人間の場合は射程限界の目標は見ることができないかもな。物見櫓に上ってやっと観測できる距離かもしれない。
「船側に15門ずつ設置される予定だから、確かにその通りですね。」
レイナはともかく、それでベネットは目的が理解できたみたいだ。
「撃たれる前に撃てってことね。確かに海の上でなら有効な戦術かもしれない。」
蒸気船で運用するのだから、機動性でも優位に立てる。それなら、なおのこと有利だろう。
「でも、そんなに小さくて船なんか沈められるの?」
確かに、いかに炸裂弾とはいえ直撃しても一撃では沈められはしないかもしれない。
今はまだ木材で作られた船が主流だから全く通用しないということは無いにしても、この大きさの爆発力ではたかが知れている。
「まあ、そこら辺は数で補うしかないですかね。」
そういうとレイナは腕組みをして目を閉じた。俺とベネットはお互い目を合わせて首を捻る。何を考えてるんだろうか?
「もしかしたら、砲弾に魔法を籠められるかも。」
レイナはひらめいたとばかりに砲弾をいじり始める。
信管は外してあるとはいえ、いきなりいじらないでほしい。
「レイナさん、危ないですからあまり勝手にいじらないでください。」
俺は慌てて砲弾を取り上げる。
「いや、ちょっと大きさを知りたかっただけだから。ヒロシ君だって、《時限式火球》くらい知ってるでしょ?
あれを砲弾の中に放り込んだ後、打てば滅茶苦茶強くなるんじゃないかな?」
呪文自体は知っているけども、まさかそんな発想をしてくるとは思わなかった。
「えぐいこと考えますね。まあ、そういう砲弾が作れないか大学の方に問い合わせてみますよ。」
しかし、なんというか。こういう殺伐としたものを嬉々として話題にできる二人に、俺は少し引いてしまう。
そういう世界なんだと言われればそこまでだけど、どうにも俺の価値観が拒絶反応を示すんだよなぁ。
ベネットの方も何か思いつきそうなのか、顎に手をやり考えこみ始めた。
勘弁してくれ。
確かに放置しっぱなしだから、何かに活用できないかと考えてはいたけれど、そこまで熱心に考えてもらわなくてもいいんだけどなぁ。
「ごめんなさい。あんまりいいアイディアが浮かんでこない。射程が長いのは凄いんだろうけれど、門の上に設置して使うくらいしか思いつかないよ。
空を飛ぶ魔獣とかもいるけど、見かけたって話は聞かないし。それに、そう言うのに当てるのはすごく難しそう。
凧でも飛ばして撃ち落とすくらいかなぁ。」
あー、なるほど。確かに地上目標よりかは、航空目標を狙うのに適しているか。少し懸架装置をいじる必要があるにせよ、有効な兵器になるはずだ。
もっとも、連射出来ないから威嚇くらいにしかならないだろうけど。
ただ、ベネットの提案で魅力的だなと感じたのは、後者の方だ。
凧を打ち落とすか。
「面白いね。」
そういうとベネットは何がといった顔をする。
「いや凧を飛ばしてそれを打ち落とすって言うのは、競技になるかも。軍事訓練じゃなくて遊びにできるなら、そっちの方がいいに決まってるしね。
もちろん遊びとしてだけだと駄目だから、あくまでも砲兵を育てるって名目にはなるだろうけど。」
そういう意味で、門の上に置くというのもベルラントの街の象徴としても役に立つかもしれない。
「いや、適当に言っただけだからね? あんまり真に受けないでよ。」
ベネットは困惑した表情を浮かべる。
「あぁ、もちろんちゃんと競技として可能かどうかは検討するよ。ぶっつけ本番じゃ駄目だからね。
そうだなぁ。
収穫祭までにまとめられたらいいかなぁ。」
まあ、さすがに今年の収穫祭までには間に合わないかもなぁ。
「変なアイディアを拾わないでよ。私が考えたとか、そういう宣伝はしないでね?」
そこまで嫌がることもないだろうに。
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