14-9 とんでもない害獣というか、怪獣だよな。
大きさが違えば当然感覚も違いますよね。
とりあえず、両方ともかなり巨大だ。ランドワームも全長がこんなにあるのかというほど大きいし、ベヒモスも山くらいある。
とはいえ、予想していたよりは小さい。
神話に出てくる伝承とは程遠いよな。
ただ、山くらいあるカバみたいな生き物って時点で異様と言えば異様だ。遠近感狂う。
「ねえ、ベネット。ベヒモスって見たことある?」
「あるわけないじゃない。」
呆れ気味に返答されてしまった。
「こんなのが人里に降りてきたらとんでもないことになるわよ? 噂には聞いた事があるけれど、こんなに大きな生き物だったのね。」
二人して、口を開けて呆然と見上げてしまった。
「あんまりにも大きいから解体するのも一苦労だったよ。ヒロシなら有効利用してくれるかなぁって思ってとっておいたんだけど。」
ラウレーネは朗らかに言うけれど、明らかに巨大すぎる。解体する場所にも困るぞ、こんなの。
いや、保管するだけであれば特別枠に納めてしまえば問題ないか。
そういえば、解体したと言っているけど、原形をとどめている。これはどういう事だろう?
「これって、すでに加工済みなんですか?」
そう尋ねるとラウレーネは頷く。
「軽くだけれどね。
上の方は金具で止まっているんだけど、そこから開けるよ。
骨をいったん取り除いて籠状にした後に皮をかぶせて器にして、内臓や肉なんかを入れてあるはず。
薬にできる内臓なんかはこちらでも使わせてもらってるんだけれど、量が量だけにね。」
まあ、確かに処理しきれないな。
「ちなみに、食べられるもんなんですか?」
肉や内臓を取っているという事は、少なくとも龍人は食べられるんだろう。でも人間が食べられるかどうかは分からない。
「毒は無いみたいだよ? おいしいかどうかは、分からないけど。」
ラウレーネは肉を食べない。だから、味については分からないんだろうな。
しかし、利用方法を考えるとなるとなかなか悩ましいな。俺の足りないおつむじゃ全く歯が立ちそうにない。
あとで先生に相談しよう。
特別枠に納めておけば腐る恐れは無いし、色々と吟味して売りさばく算段をつけないとな。
「分かりました。お預かりして、売り上げを納めさせていただきます。」
そういうとラウレーネはきょとんとした顔をする。なんか、最近竜の表情も分かるようになってきたな。
「いやいや、こちらとしては処分に困っているものを押し付けるんだし、売れたならヒロシが貰っていいんだよ?」
流石に、その申し出は受け入れられないな。
「俺は商人ですよ。売り上げの半分は頂きますけど、残りはちゃんと受け取ってください。」
これですら暴利を貪っているくらいだ。これだけ巨大で珍しいものなんだから、売りさばけば相当な儲けが出るだろう。
手間やら工夫は必要だとしても、かなりおいしい商売だ。それを独り占めにしようなんて不届きな真似はできない。
ラウレーネは困ったような顔をして、ベネットの方を見る。
「私もヒロシと同じ意見ですよ? どうかちゃんと受け取ってくださいね?」
ラウレーネは唸る。
「二人してそういうこと言う? なんだか、お世話になりっぱなしで申し訳ないなぁ。」
まあ、ラウレーネからすれば、ゴミを押し付けたような気分なのかもしれないな。スケール観の違いという奴なんだろう。
彼女からすれば少し置いておく場所に困る害獣の死骸程度の認識であって、俺たち人間からすれば宝の山に見える。
こればかりはどうしても埋められないものだろう。
「それよりヒロシ、お返しの品。」
ベネットが思い出したように俺の脇を突いてくる。
忘れるところだった。
「そうそう、お返しの品を持ってきたんだった。ラウレーネ、受け取ってもらえますか?」
俺は、巨大な宝石を取り出す。
「うわ、大きい。こんなに大きなルビーを見るのは初めてだよ。」
ルビーではないんだけれどな。
「秘石ですよ。呪文の再装填に何度でも使えるものになります。1日3回だけですけどね。ラウレーネも確か呪文は使えますよね?」
俺の知識が間違っていなければ、そのはずだ。
「あぁ、うん。ヒロシみたいに多彩に使えるわけじゃないけれどね。そうか、そういう秘石なのか。でも、綺麗だねぇ。」
ラウレーネは魅入られるように秘石を見つめる。でも、受け取ってくれないな。
「どうぞ?」
「え?」
いや、見せびらかしたいわけじゃないんだけども。ラウレーネはどういうつもりでこれを見ていたんだ?
「貰っていいの?」
「お返しの品だって言ってるじゃないですか。ヨハンナに送ってもらった像のお返しです。」
市場に流れている価格で比べれば、ラウレーネがくれた像に匹敵するにはこれくらいが妥当だろう。作るのに、年月とお金はかかったけれど、お返しとして高すぎるということは無いはずだ。
「うーん、欲しいけど。欲しいけど、受け取っちゃっていいのかなぁ。」
ラウレーネは身もだえる。メチャクチャ大きいのになんとも器用な悶え方だ。暴れまわられて危険を感じるみたいな身もだえ方じゃない。
それだけ気を使ってくれてるんだろうな。
「受け取っちゃってください。ヨハンナに贈られた像も大切にしますから。」
贈り物とはそういうものだろう。
「そっか。うん、大切にするね。」
嬉しそうに笑い、ラウレーネは秘石を手に取る。
「綺麗だなぁ。ありがとうヒロシ、ベネット。」
二人でどういたしまして、と応えた。
ラウレーネが一緒に食事をしたいという事で、彼女と食卓を囲むことになった。彼女は最近、食事をするときは人間になることが多いらしい。
「こっちの方が無駄にしなくて済むしね。トマトとか、大きいままだと一樽じゃ足りないし。」
嬉しそうにラウレーネは茹でられたスイートコーンにかぶりつく。人に変身すると彼女は赤髪の少女の姿になってとても可愛らしい。
贈った服も器用に着こなしてくれている。
とても見上げるような巨体を持つドラゴンには見えないだろう。
「おいしい。前にもらったトウモロコシは甘みがなくてもそもそしてたけど、こっちは甘くてみずみずしいね。」
デントコーンはそのままだとそういう感想になるだろう。主に飼料や粉にして焼いて食べるものだしな。
しかし、俺からすると甘みが足りない気もする。
「ヒロシのいたところだともっと甘かったりしたの?」
ベネットもトウモロコシをかじりつつ、俺の様子を探る。
「え?あー、うん。その。品種改良すればもっと甘くなるんじゃないかなぁ。」
もっとも、そうすると育てるのが大変になってしまうかもしれない。今は、これくらいでもいいのかもなぁ。
「そうなんだ。もっとおいしくなるなら、それも食べてみたいなぁ。」
ラウレーネが食べたがっているのであれば多少の色気を出してもいいかもしれない。ただ定着しなければ意味がないから、品種改良をして甘い品種を育てないとな。
種を買って、ただ植えればいいというわけにはいかないだろう。
「追々、おいしいものもできるようになるかもしれないから期待しててください。」
そういうとラウレーネは頷く。
「期待して待ってるよ。」
楽しみにして待ってくれるなら頑張らないとか。しかし、品種改良ってどうすればいいんだろうな。
まず、それを調べるところからか。
「あの人にできるかなぁ。」
ベネットはやはりお義父さんに懐疑的なようだ。
「仕事は真面目にしてくれてるし、お酒で騒ぎを起こすことも減ってるよ?
まあ地味な仕事だから、多少のことは大目に見てあげないと。」
若干横柄な態度が目立つものの、おおむね仕事ぶりに不満はない。ベネットの目が厳しいのはやっぱり本当のお父さんではないからなんだろうな。
「ベネちゃんは、このトウモロコシ美味しくない?」
ラウレーネはうかがうようにベネットに声をかけた。
「いえ、おいしかったです。」
そうかとベネットの言葉にラウレーネは頷く。
「じゃあ、心配する必要は無いね。」
あー、うん。
ラウレーネの言葉の意図は何となく伝わった。多分、聡いベネットだもの、これ以上の言葉は必要ないよな。
このスイートコーンがお義父さんの成果であるというのはベネットも理解しているはずだ。
わだかまりがあるにせよ、それは認めてもいいんじゃないか。
そう思ってくれているだろう。まあ確かめようと思えばできるけど……
さすがにそんな無粋な真似はしたくないな。
つくづく俺の”鑑定”のこういうところが嫌らしい。やろうと思えばできてしまうというのがなんとも微妙だ。
無粋の極みだよなぁ。
出来れば、これを使う機会はあまりない方がいいんだけども。
「ヒロシはヒロシで悩み事?」
そうラウレーネに問われてしまう。
”鑑定”の話はできないので、別の話を振ろう。
と言っても、これも話していいのか悪いのか。
いや、これは知っておいてもらった方がいい事かもな。
「まあ、いろいろと悩みはありますよ。
隣国で空軍を作っている様子がうかがえるあたり、何とかしないとまずいなと思ってたり。」
空軍と言われても、ラウレーネはピンと来ていない様子だ。
「空を飛ぶ軍隊? ワイバーンを飼いならしているとか?」
ラウレーネの問いかけに俺は頷く。
「それが単純に襲い掛かってくる程度ならいいんですけどね。空を飛ぶ兵隊の何が厄介って、いろいろ覗かれたり嫌がらせをされるのが厄介なんですよ。
もしかしたら、俺のように向こうの世界の人間がいるような気もするんですよね。」
もちろん、俺の思い過ごしで、現地の人間が必死に考えた末にたどり着いた答えかもしれない。だとしてもやはり厄介であることには変わりがない。
「仲良くすればいいのに。」
出来るなら、そうすることに越したことは無い。でも、そもそも接触を図る機会があるかどうか。
「立場って言うものもありますからね。勝手に仲良くなるには、偉くなり過ぎました。」
あるいは一介の商人であれば、事は簡単だったかもしれない。
もちろん、ベネットのこともある。こちらに友人も多い。
それらを無視して、仲良くしましょうというわけにはいかないのも確かだ。
「手伝うべき?」
ラウレーネはたぶんそう言ってくれるとは思っていた。けれど、ドラゴンを巻き込めば碌なことにならない。
「人間に対しては中立であってください。単なる内輪もめです。」
長い年月を過ごすドラゴンにとってみれば、本当にくだらないことで争っているように見えるだろうな。
でも、それが人間というものだ。
ならば、人間のもめごとは人の間で収めるべきだろう。
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