14-2 心が読めるとか、想定してなかった。
考えすぎなんですかねぇ。
「なるほどぉ……」
ベネットは少し言葉を失っている。
相手の思考を読み取る呪文というものは存在している。それなりに高度な呪文だし精神的な抵抗力を突破しなければならないので、使い勝手はよろしくない。
そう頻繁に使えるものでもないし、予備動作も必要だ。それに比べて”鑑定”による思考盗聴は予備動作もいらなければ、回数も無制限に使える。
精神的な抵抗力を突破しなければいけないという制限は変わらないけれど……
「じゃあ、ヒロシ、私に試してみて。」
俺は思わず眉を顰めてしまう。
「どう作用するのか分からないでしょ? 私も全力で抵抗してみる。」
俺はためらいを覚える。
これで、なんか知りたくなかったことが分かるとかそう言うのは勘弁して欲しい。
「ヒロシ、私はヒロシのものなんだよ? だから、心を覗かれたって平気。」
いや、そういう問題ではなく。
その……
いや、どう取り繕たって、俺はいずれこの力を使う。その時になって失敗するよりかはいいのか。
「分かった。じゃあ、試すよ。」
そう言って、俺はベネットを”鑑定”する。それだけでは、特に今までと変化はなかった。
そう、ここまでは無抵抗で突破できてしまうわけだ。
そこから、心の中を覗くのには、それなりの集中が必要なようだ。方法が自然と分かるのはいつものことだから、もう慣れっこだ。
じっくりひも解くようにベネットの心の扉を開こうとする。
「あ、なんだか圧力がかかってる感じがするね。でも、知らない人だとなんだか分からないかも。」
ベネットのように高レベルの人間だと、精神的抵抗力が高いせいか、突破できなかった。その上で、相手に感づかれる可能性があるのか。
俺は、少しほっとする。
これでたやすく人の心を覗けるとかなったら、俺はむやみやたらと使いたくなってしまうだろうな。
「抵抗する方法って言うのは、この圧力に屈しないようにしようと考えればいいみたいだけど。じゃあ、そういうことを感じなければ抵抗せずに覗いてもらえるのかな?」
覗いてもらいたいみたいなことを言うな。
でも、試してみないと分からない。自然と心が抵抗してしまうのかもしれないし。
「試してみて……」
ベネットに促されるまま、俺は再びベネットの心の扉に触れる。
あくまでもイメージだ。
だから、扉が開かれているというか、吸い込まれるという気分になるのも、俺の感じているものに過ぎないわけなんだけど。
(あっ……入ってきてるの分かるんだ……)
ベネットは声に出していないけれど、考えていることは分かる。だけど、いろいろな感情、というか喜びが俺の中にも流れ込んでくる。
これはやばい。
俺は、即座に感情を読み取ることを中断した。
「え?もうやめちゃったの?」
ベネットは残念そうな声を出す。
「いや、これはやばいよ。自他の境界線が無くなっていく感じがする。」
意志力に一時的なダメージを受けている。今回は、あまりにも深くベネットの心に侵入しすぎてしまったのかもしれない。
「それはちょっと困るかなぁ。
入ってこられたのは分かるけれど、それが誰かは私自身は感じられなかったし、何を感じてもらっていたのかもわからないし。」
なるほど。
これは、結局あんまり使えないかもなぁ。
いや、入ってこられたというのがどういうことなのか、分からなければ対処できないか?
「事前知識がなければどう感じるのかな? それとどこから入ってこられたとか、分かる?」
ベネットは少し考える素振りを見せた。
「多分、そういうことができるってわかってない人からすれば視線を感じるくらいかなぁ。でも、視線がどこから来るのかとかって言うのは分からないと思う。」
ベネットが協力的で非常に助かる。
普通に考えたら、考えていることが手に取るように覗かれるのはうれしい事ではないはずだ。流石に、これをベネット以外には言いたくないかなぁ。
思ったよりも自由度は低いし。
むしろ、話しても恐れられるデメリットばかりが目立つ。
「質問をしながら表面的なことを確認するんだったら、曖昧になってしまうこともないのかなぁ。」
やけに積極的だな。
確かにベネットの言うようなやり方なら、あるいは有効活用できるかもしれないけれど。本来の目的は言葉がしゃべれない赤ん坊の要望を知りたかっただけなんだよな。
「俺は、ヨハンナが何でぐずっているか分かることができれば十分だったんだよなぁ。」
そう俺が嘆くと、ベネットは俺の肩に手を置く。
「出来るようになっちゃったものはしょうがないでしょ。ちゃんと使っていかないと。」
そこまで開き直れないんだけどなぁ。
「気持ち悪くないの? 勝手に心の中を覗かれるんだよ?」
俺がそう尋ねるとベネットは少し悩むそぶりを見せる。
「そういう呪文もあるし。むしろ、防げるのかどうかが気になるかなぁ。」
あー、確かに。呪文にも、相手の考えていることを覗くものが存在している。それに対して、防ぐ呪文というものも存在していた。
それが能力に有効かどうかというのは気になるところか。
「いろいろ試してみよう? 使わなくて済むなら、それに越したことは無いだろうけど、必要になる場面もあるかもしれないし。」
ベネットの言葉に俺は渋々頷くくらいしかできなかった。
結局、夜中まで”鑑定”の新しい使い方を試して、いつの間にやら寝てしまっていた。分かったことは表面的な事であれば、深くまで踏み入らなくても済むこと。
それには、抵抗することが難しいこと。
そして、頭の中で言葉にしたことは読み取りやすく、何となくの感情というのは、本当に大まかな所しか分からないというのが分かった。
いや、それでも十分頭のおかしな能力だ。
そのうえ、表面的な探りであれば、相手が持つ違和感も少ないらしい。ここまでくるとスパイにはうってつけの能力だろうな。
いや、俺が持ってても仕方がない。
むしろ、ハルトや王子様がこの能力に目覚めた時の方が怖いな。防ぐ方法については、呪文を覚えなくちゃいけない。
そこからだから、また今度という事になったけど。
うーん。
なんでベネットはあそこまで積極的になれるのかが分からない。覗かれるのが怖くないのかな?
「どうかなさいましたか、閣下?」
秘書から、重要案件について報告されてたのに上の空だった。
「ごめん、もう一度説明してもらえるかな? ちょっと意味をつかみかねたから。」
実は聞いてませんでしたとは言いづらい。
多分、そんなことは優秀な秘書であるエメリッヒにはバレバレなんだろうけど、取り繕わないとやってられない。
「では、最初から読み直させていただきます。疑問点がございましたら、お声がけください。」
そう言って、エメリッヒは報告書を頭から読み直してくれた。要点としては、居城近くに開いた荘園に対する文句だ。
ベネットのお義父さんが運営してくれているわけだけれど、実験農場として様々な作物を作ってもらっている。ハウス栽培を試してみたくて、ビニールハウスも建てた。
問題は、そこで働く人たちだ。
基本的にはベネットの親族が中心で、お義父さん側の親族が多い。だけど、お義母さん側の親族も少数ながら働いてくれている。
問題は、多数派のお義父さん側の親族だ。
何かといえば、仕事をさぼり、街に繰り出しては乱暴狼藉を働いているんだとか。衛兵に捕まっても、俺は男爵様の親族だぞ見たいな感じで手が付けられない。
そういう苦情が数件出ていた。
最後まで報告を聞き、俺は少し考える。
「分かりました。むち打ちにして追放しましょう。」
何の縁もない人間だ。遠慮なんか必要ない。
「よ、よろしいのですか?」
法に厳格であるべきだといったのは、エメリッヒ本人ではなかっただろうか?
「証拠は、固めてあるんですよね? 拘束して、地下牢につないでおいてください。
もし、抵抗するなら俺の名前を出して構いません。それに従えないなら、斬り捨てていいですよ。」
俺がそう言い切るのは、この部屋にいるのがエメリッヒの他にテオがいるからだ。
おそらく、テオから俺が言った言葉はもれるはずだ。それを聞いてもなお、逃げ出さないのだとするなら相当な馬鹿か覚悟が決まっている人間になる。
あー、いや。
テオが生真面目に情報を漏らさない可能性もあるか。
「テオを残して、下がってもらっていいですよ?」
畏まりましたと、エメリッヒは部屋を後にする。
「テオ君、なんで残ってもらったか分かるよね?」
「すいません。」
あー、これ分かってなかったっぽいな。
「違う違う。そうじゃないんだ。俺が言ったことをお義父さんに伝えてくれ。多分、身に覚えのある人間はそれで逃げてくれると思うんだよ。」
そういうと、テオは怪訝な顔をする。
「意味が分からないんですけど……」
確かに矛盾しているかもな。
「えーっと。
俺は今、一介の商人ではなくて、ベルラントという土地を治める領主なんだ。法を定め、それを守らせるのが役目ではある。
処断についても権限があるけれど、それは親族だからとか縁がある人間だからって言う理由で免除するわけにはいかない。
だから公的な立場としては、ああいったわけだよ。」
そこら辺は、テオにも分かっていることだろう。だけど、その前提が分かってないと次の意味が分からない。
「ただ、俺は領主でもあると同時に、お姉さんの夫でもあるわけだ。少し羽目を外したくらいで厳しく罰していたら、お義父さんとの仲も悪くなるだろう?」
テオは、少し納得がいかない様子だ。
「つまり、どこまで妥協できるかという線引きをしたいんだ。お義父さんがどういう道を選ぶか、それを見極めないといけない。
全員逃がすのも一つの手段だし、一部を選んで逃がすのも一つの手段だ。」
最悪、俺に剣を向けるという選択肢もあるだろう。そうなれば、それなりの覚悟を持って臨ませてもらうしかない。
いずれせよ、選択肢は与えられるべきだ。
「分かりました。
ありがとうございます。」
テオは慌てて部屋を出て行った。
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