14-1 母子ともに健康
お産の苦しみというのは男なので分かることは一生無いわけですが……
あくまでフィクションということでご勘弁ください。
夏になりベネットの出産が終わった。
母子ともに健康という大変喜ばしい結果に終わってくれて、俺としても胸をなでおろす気分だ。
だけど、よく出産には立ち会わない方がいいと聞いていたから少しビビっていたけれど、案外そんなこともなかった。
というか。
むしろ、俺の性癖はおかしいのかもしれない。
よく、握っている手を握りつぶされそうになったとかそういうことを聞いてたけど、そこまできつくはなかった。ちょっと痛かったくらいで、これくらいなら経験はなくもない程度だったし。
暴言を吐かれるとか、ひどい形相になるとかもなく、むしろ……
大っぴらには言いにくいけれど、若干気持ちよさそうに見えた。
いや、俺がおかしいのだろう。そういう性癖あるからなぁ。認識が歪んでいるのかもしれない。
「ヒロシ、どうかした?」
ベネットが赤ん坊に授乳をしながら俺に尋ねてくる。
「いや、無事に済んでよかったなって。ベネットの方は平気?」
若干、やつれた感じはするけれどベネットは柔らかく笑う。
「平気だよ。すごく痛いって聞いてたから、少し身構えてたけどそんなこともなかったし。
お腹刺された時とかと比べれば全然かなぁ。」
おいおい、お腹刺されたって。
いや、傭兵をやっているならそういう経験があってもおかしくはないか。
「一番痛かったのは、銃で撃たれた時かなぁ。肩を撃ち抜かれたんだけど、気を失っちゃった。
しばらく痺れも取れなかったし、それと比べれば……」
ベネットは少し顔を赤らめて、何かをつぶやき顔を伏せた。
「それより、名前決まった?」
実はいろいろと考えていた。
男の子と女の子の場合を考えていくつかの候補はベネットに話している。
「女の子、だから。ヨハンナでいいかな?」
ベネットはやっぱりねという顔をする。
「駄目、かな?」
少し未練がましい気もする。既に亡くなっているこちらでの母親みたいな存在。
ゴブリンのヨハンナ。
彼女の名前を娘につけたいと思ってしまう。
「駄目なんて言ってないでしょ? ヨハンナ、いい名前だと思うよ。」
そういうと、ベネットは赤ん坊を俺の前に差し出す。
「撫でて、名前を読んであげて……」
俺はベネットの言葉に従って、赤ん坊の頭を撫でる。
「ヨハンナ、元気に育ってね。」
やばい、なんだか涙が出てくる。
あまりにも恥ずかしくて、俺は顔を隠す。
「何も隠す必要はないじゃない。いいんだよ、泣いても。」
そういうけれど、恥ずかしいもんは恥ずかしい。
とりあえず、ハンカチで涙をぬぐう。ヨハンナが大きな欠伸をした。
「ヨハンナは、お眠かな? ゆっくり寝ましょうね。」
そういいながら、ベネットはベッドに横になり、ヨハンナを寝かしつける。
「お休み、ヨハンナ。」
俺はそう言って、一旦寝室を離れようとする。
「お仕事、溜まってるの?」
ベネットの問いかけに俺は首を横に振る。
「大丈夫、落ち着いてるから。そばにいたほうがいい?」
そういうとベネットは頷く。
「出来れば、そばにいて……わがままかもしれないけど……」
わがままなんかじゃない。
側にいて欲しいというなら、一緒にいよう。
椅子を持ってきて、横に腰かける。
自然とお互いの手を握り合う。
領主の仕事というのはどこでもできるものだ。人を使えば、寝室でだって問題ない。
なので、今日は寝室で報告を受けることにした。
ベネットは疲れていたのか、静かに寝息を立てている。ヨハンナも静かな寝息を立てていた。
大人しい子だなぁ。ちょっと不安になってしまう。
産声は結構大きかったけれど、ベネットに抱きかかえられる頃には泣き止んだ。
何か障害と抱えてないか心配になって”鑑定”してみたけれど、特に問題はない。
いたって健康体だ。
そういえば、ベネットが出産した時にレベルアップ音がした気がする。改めてステータス画面を出せば、確かに上がっていた。
気になったので、ベネットも”鑑定”してみる。
彼女もだ。
親になったらレベルアップって、なんだか微妙な気分だ。特に何かしたわけでもないんだけどなぁ。
もちろん、それまで訓練や勉強なんかはしている。
領主としての経験なんかも積んでいるわけだけど、それがレベルアップにつながったと言われると正直微妙だ。
いや、区切りがあるからおかしく感じる部分もあるのかもな。人の親になるというのはきっかけに過ぎなくて、実際にはそれまでの積み重ねが実を結んだと考える方が、現実により近い気はする。
ただ、何かしらの力が働いているような気もしないでもない。
果たして、どっちが正しいのやら。そこら辺の整理はいまいちつかない。
まあ、以前も思ったけれど、意識しなければレベルアップしない段階に入ってきているとは思っていたけれど、果たして何を意識すればよいのやら。
そこら辺の成長するための要因がつかめないのが目下の悩みか。
魔法による時間の操作というものが今後重要になると思うので、そこら辺をつかむためにもレベルアップは実はしておきたい。
とはいえなぁ。
領主としての仕事をおろそかにするわけにもいかない。出来れば研究のような危険のない方法でレベルアップできればいいんだけれど。
そういえば、ジョシュの持っている学究の徒という特殊能力はどんな効果なんだろうか?
ちゃんと調べてなかったな。
あれで、研究によるレベルアップが望めるなら、それに越したことは無いんだけれども。忘れないうちにちょっとメモを取っておこう。
しかし、レベルアップと同時に呪文を習得するようになったな。習得したのは《上級瞬間移動》と《異界移動》だ。
《上級瞬間移動》は元々瞬間移動の不具合を修正するために研究をしていたから、その成果だろうな。《瞬間移動》とは違い、これで狙った場所と違うところに出てしまうことは無くなった。
その上で、移動距離の制限も無くなり移動先も座標さえわかれば移動が可能だ。
《瞬間移動》だけでも、2000㎞くらいは移動できるので、サンクフルールの首都や帝国の首都までならば移動は可能だ。だけど、新大陸までとなるとさすがに厳しい。
そこを克服することが可能になる。それはとても大きい。
触媒も、距離で変動しないから1万ダールで済むから助かる。これが移動距離で増えるようだとなかなか厳しいよな。
もっとも外国人を受け入れていない国も少なくない。国際情勢がどうなっているのか、そこら辺を把握せずに移動するのも問題だ。
言語の壁はないけれど、ちゃんとそこら辺を把握してから移動すべきだな。と言っても、今の状況でやたらとどこかに行くわけにもいかない。
なので、しばらくは使い道がないなぁ。
1万ダールという費用を使ってまで出かけないといけない用事はないし。
《異界移動》に至っては、さらに使い道はない。
元の世界に戻る方法というのを探していて、目についた呪文がこれだったわけだけど。
少なくとも現状では、元の世界に戻ることはできない。
ここでネックになるのが時間だ。
どうやら時間軸が違うために元の世界には戻ることができないようだ。
過去に来訪者の住む世界に移動しようとした研究者がいたから分かったことなんだけれど、少なくとも《異界移動》で移動できるのは、この世界と連動する世界のみに限定され、地獄や天界といった異界に限定されるのだそうだ。
その理由が時間軸が違うという説明をされていた。
インターネットでリアルタイムの情報を手に入れている俺としては連動しているように見えるんだけどなぁ。
一体どういうことなのやら。
そこら辺もあって、出来れば魔法で時間に干渉できる方法というのは学んでおきたいのだけれども。現状は無理だ。
そういう意味でもレベルアップはしたいんだよなぁ。
少し、不安があるし。
いっそのこと、ハルトを誘ってダンジョンアタックするか?
それが一番の早道な気もするんだけれど。
なんだか、それはそれで気恥しいんだよなぁ。
不意にヨハンナの泣き声が思考を寸断する。
「え?あ!ど、どうしたの?」
俺は大慌ててベッドに駆け寄る。
「んぅ?どうしたの、ヨハンナ?
漏らしちゃった?それともおっぱい?」
ベネットは慌てつつも、ヨハンナをあやす。
手慣れた感じではないけれど、何とかヨハンナの気持ちを汲み取ったようだ。
「お腹すいたんだね。ちょっと待ってて。」
そう言って、ベネットはヨハンナにお乳を与え始める。
胸をはだけやすいように着物のような服を用意したけど、役に立ってくれたようで一安心だ。二人してほっと胸をなでおろす。
「あー、そういえば一緒に寝ちゃ駄目なんだっけ? 私もなんだか疲れちゃって、一緒に寝ちゃってたけど。」
ベネットが用意したベビーベッドを見つつ、ため息をつく。
「お乳を飲んだらベッドに行こうね、ヨハンナ。」
結局、お乳を飲み終わってベッドに行くまで俺は何もできなかった。なんだか申し訳なくなってくる。
「そんな顔しないでよ。ちゃんとベッドを用意してくれたのはヒロシでしょ?」
それはそうだけれど。
「まさか、ヒロシがおっぱいを出せるわけでもないんだし、このくらいは大したことないよ。おむつの交換とかはお手伝いしてね?」
それについては勿論手伝うつもりだ。練習もしている。
「任せて。」
俺の言葉にベネットは噴き出す。
「ごめん、そんなに気負わなくてもいいのにって思っちゃって……」
それはそうだ。
別にメイドさんにお願いしても良いし、何であれば乳母さんを雇ってもいい。何でも俺がやる必要はないよな。
「ごめん、なんか空回りしてるね。」
「それだけ真剣に考えてくれてるってことだし、謝ることじゃないよ。
ありがとう。」
そう言ってもらえると、俺としても助かる。
しかし、ヨハンナが何を求めてるのか分かったら楽なのになぁ。
そう考えた瞬間に”鑑定”のレベルがアップした。久しぶりだ。
でも、どんなレベルアップをしたんだ。
「ちょっと待ってね。
なんか”鑑定”のレベルが上がった。」
ベネットは若干いぶかしんだ顔をする。なんだか猛烈に嫌な予感がした。
そして、大抵嫌な予感って言うのは当たるもんだ。
”鑑定”対象の考えていることが分かる。
いや、そう言うのいらないんですけど。勘弁してください。
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