13-27 領主はつらいよ。
これからもっと大変になるぞぉ。
ようやく春本番の陽気になってきた。
暦の上でも、納税の季節だ。
既に申告をされているので、課税額分の紙幣を用意してもらい城に納付しに来てもらう。領地によっては、徴税請負人がいて、その請負人が集めたお金を受け取るという所も多い。
だけど、俺が領地に課した徴税方法はやや特殊だ。収入申告や不動産査定をしたうえで納付額を変動させている。
経費や人件費なんかは収入から差し引けるような形をとっているので、納税額を減らしたければしっかり申告しろという形をとったから額が本当にバラバラだ。
そうなってくると、外部に人をかませるわけにはいかなくなってくる。役人にとっては面倒くさいことこの上ない仕組みだ。
また、村に関しても申告をさせて同じように減免を実施している。労力のわりに税収が伸びないのではないかという意見も多かったが、それもこれも領地内の富を推し量るには必要な事柄だ。
どれだけの収入があり、どれだけの支出をしているのか。出来れば、どういった職種がどれだけの富を得ていて、どの階層が貧困にあえいでいるのかが分からなければ、税の徴収も予算の配分もままならない。そこら辺を肌感覚でできる人もいるんだろうが、俺には無理だ。
できうる限り、数字にして示してもらわなければ素人の俺には無理な話になる。
減免や免除というのは餌に過ぎない。全ては、統計のための方便だ。
効果が出るのは5年後か、10年後か。
ともかく、数字を集める必要がある事だけは分かる。
出来れば、前の領主がまとめていてくれたら助かったんだけどなぁ。残念なことに借金については事細かな資料は残っていたけれど、税収については金額しか分からなかった。
それをどうやって集めたのか、そしてなんに使ったのかはさっぱりだ。というか、ほとんどが借金の返済に充てられていて火の車だった様子しか分からない。
その割には、忘れ物を取りに来た生き残りは身なりがよかったよなぁ。
地下にあったマスケットも新品同様だったし、持っていた剣は業物の魔法の剣だった。それらは、売り払って開放した旧領主の家臣たちに分け与えてしまったけれども。
しかし、紙幣が発行されてて助かったな。銀貨で納税されてたら、金庫が破裂してたぞ。
「本日の徴収が終了しました。後日、村からの徴収分が揃い次第、集計いたします。
お疲れさまでした。」
秘書のエメリッヒが俺に頭を下げる。
「ご苦労。集計が終わり次第、陛下に納める分をまとめ王都へと送るように。
滞りの無きよう、よろしく頼む。」
なんか背中がむずむずする。
初めての徴収という事で俺が顔を出さざるを得なかったわけだけども、来年からは俺抜きでやってもらおう。じゃないと疲れてしょうがない。
納付している人たちにはじろじろ見られるし、あまり気分のいいものじゃなかった。
服も無駄に豪華な服を着せられるし、飲み物もこっそり取らないといけない雰囲気だし、何が楽しくてこんなことをしなくちゃいけないのか。そもそも、集めたお金は殆ど使い道が決まっている。
足らないなら、俺の懐から出さなくちゃいけないし、余ったら余ったでそれはまた問題だ。なんに使うか、会議を開かなくちゃいけない。
本当に面倒だ。
真面目にやらずに全部自分のものだと思えれば、楽しいものなのかな?
でも、積み上げられるお金が責任の重さと同じだと思うと、とてもはしゃぐ気にはならない。運河や水路、橋や道路の整備、砦の建設や胸壁の補修。
地味に、人口把握や連絡体制の構築なんかにもそれなりの額が必要だ。
もちろん、役人や衛兵たちの給与の支払いも忘れてはいけない。順次人も増やさなくてはいけないだろう。何時までも、ビシャバール家の支援に頼ってばかりではだめだから、人材の教育にも金は必要だ。学校も作らなくちゃいけない。
教会主導の貧民救済にもある程度支出しないといけないし、職人や商人たちを呼び寄せる為の方策も練らないといけない。農業指導のためによそから人も呼ぶ予定だ。
貸し出すためのトラクターも準備しなくちゃいけない。
その上で、貴族としての見栄も大切だったりもする。
本当に領主って言うのは、割に合わない職業だよな。早く後継者を作って、全部任せて隠居したい。
生まれてくる子が、男の子だと嬉しいなぁ。絶対俺より優秀なはずだ。
「どうかなされましたか、閣下?」
エメリッヒに声をかけられ、俺は我に返る。
「あー、いや。
少し疲れた、下がらせてもらう。」
領民の目もあるから、ちょっと偉そうな物言いをしないといけない。
これも本当に面倒だ。
とりあえず、さっさと奥に引っ込もう。
そういえば、タイプライターなんかも結構金がかかるよな。そろばんじゃないけれど、手動の計算機というものにもそれなりにお金がかかる。
備品の筆記用具もそれなりに必要だ。
城の中に宿舎を作ったけれど、それの維持にだってお金かかるなぁ。
内政シミュレーションだと思えば、楽しくなるか?
いや、ならないなぁ。
ゲームだとするならパラメーターが多いし、ランダム要素が大きすぎて目が回る。
俺はため息をついた。
「お疲れさま。大丈夫?」
寝室に戻ってソファでぐったりしていたけど、ベネットに心配されてしまった。
「いや、怖気づいてるだけだから。実際には、みんなが動いてくれているから、俺が忙しいわけじゃないんだけどね。
気疲れしてる。」
俺の言葉にベネットは笑う。
「そうだね。偉そうにしているのが一番疲れるかも。そのうち慣れるとは言われてるけどねぇ。」
そういいながら、ベネットは自分のお腹を撫でる。
「この子は生まれながらにして貴族だから、そう言うのは平気になるのかな?」
どうだろう。俺とベネットの子だ。
二人して、慣れてないのに生まれてきた子が貴族として立派に育つとは到底思えない。
「多分、何代か後にならないとそういう風にはならないんじゃないかな? どうなるかなんて、さっぱりだけど。」
何せ人の親になるのは初めてだ。ましてや、異世界の貴族として生まれてくる子に、どんな教育をすればいいのかなんて分かるはずもない。
「そうだね。あなたは、どんな風になりたい?」
そういいながら、お腹の中の子にベネットは問いかけた。
なんか、その姿が愛おしくてたまらない。
「何か、応えてくれた?」
そう尋ねると、ベネットは微笑む。
「何にも。
ちょっと動いた気はするけど、それだけ。
難しいことを聞いても駄目だよね。」
そう答えるベネットの横に、俺は移動してベネットのお腹を撫でる。
確かにちょっと動いているかな。
何か分かるわけではないけれど、それでもずっと触れていたい。
「ねえ、ヒロシ。今日はコーヒー飲んだ?」
いや、今日は口にしていない。飲んだのは野草茶だけだ。
でも、なんでそんなことを聞くんだろう?
「飲んでないけど、何か……」
そう言いかけたら、ベネットがキスをしてくる。突然のことで、されるがままになってしまう。
「え、何?」
キスが終わっても俺は茫然としたままだった。
「嫉妬かな? ヒロシってば赤ちゃんの事ばかり考えてそうって思って。」
いや、そんなことないんだけどなぁ。
「確かにお母さんになるけれど、お母さんとしてしか見られないのはやだなって。」
そうは言いつつも、ベネットは笑っている。分かっていてからかってるのかな?
俺は、ベネットを引き寄せてお返しに唇を奪う。
「そんな風に思ってないのは分かるでしょ?」
そういうと、ベネットは恥ずかしそうに笑う。
「分かるけど、確かめたくなる気持ちも分かるよね?」
やばいな。なんか、ストレスがたまりすぎて、自分でもわかるくらい暴走気味だな。落ち着こう。
「好きだよベネット。愛してる。」
「私も愛してるよ、ヒロシ。」
何故落ち着こうと思ってたのに、こんなことを言い合ってるのかな。訳が分からず、お互い赤面して手を握り合ってしまった。
目も合わせられない。何やってんだろうか。
しばらく、ベネットとじゃれ合っていたけど、カイネがやってきたので何とか中断できた。
俺は頭を冷やすために寝室の外に出る。相当ストレスたまってたんだな。
でも、大分すっきりした気がする。とりあえず、仕事をしよう。
執務室へと足を運んで、リーダーからきている手紙やサボり魔の愚痴、がり勉ちゃんの報告なんかを見て、指示を出しておく。ついでに近くの山を開いてスキー場を作れるように手配を進めた。業者についてはうちの領内から募るつもりだ。
領主としてではなく、商人としての取引だから役人は使えない。
いや、そこら辺を切り分けて考える必要はないのかもしれないけれど。実際、どこの領主も家計と領地経営のための予算はごちゃごちゃになっているものだとは聞いている。
それで成り立つのならいいんだけれど、俺にはその自信がない。
絶対使い込んで滅茶苦茶になってしまう。なら、最初から分けていた方がいいよな。
しかしそうなると、商売を手伝ってくる人材を一人手元に置きたくなってくるよなぁ。本来ならハルトが適任な気もするんだけれど、いまいち信用できない。
やはり、ある程度は自分で動かないとだよな。
とはいえ、おいそれと城を出るわけにもいかない。どこに行くのか、誰に会うのか、お忍びであっても最低限執事には告げておかないとまずい。
だとするなら、呼ぶのが一番いいか。手紙をいくつかの業者に出して選定しよう。
それと、オークの居留地についてだ。
こっちは行政の問題だ。現状では、自然と一つの所に固まりつつある。追認という形になるけれど、居留地については認めざるを得ない。
ただ、それならば居留地を維持する税を課すべきだろう。
その上で住宅や仕事の斡旋を行いたい。
啓蒙活動とか、文化的教育とか、そう言うのは俺の気持ち的に難しい。服装やら何やらを指導するべきだという意見もあるにはある。
だけれど、どうにも俺の余計な常識が邪魔をして、それを許可できなかった。
うん、それでいいんだよな。
ここは俺の領地なんだ。俺の好きにさせてもらう。俺は、指示書や手紙をしたため終えて、立ち上がり窓の前に立つ。
今も忙しく働いている人たちがいる。
この街はどんなふうに変わっていくんだろうな。
出来れば、大過なく発展してくれることを望むばかりだ。
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