13-25 愚痴しか出てこない。
自信満々というわけにはいきませんよね。
ハロルドとフランシスが王都へ出発する前に、事前に渡していた契約書について話し合う時間を設けた。応接室には、ハロルドとフランシスが並んで座っている。
その向かいに書類を広げて俺が座っていた。
書類の内容は、俺がハロルドの店の共同経営者になる契約だ。
出店計画や新商品の提案、経理や調理器具の購入、土地の管理、宣伝なんかを俺が口を出す代わりに金を出すという形になっている。
事前に目を通しておいてもらっているので、あとはサインを済ませれば契約は完了する。
「ありがとうございます。」
ハロルドの言葉に俺は少し眉を寄せる。
「ありがたがられることは何もないと思いますよ?
ハロルドさんの経営手腕は悪くないですし、その上で取り分が五分なのだから俺にとって有利な契約です。」
契約である以上、俺が損をするような取り決めにはできなかった。
それが俺の限界だ。
「いいえ、人を出していただいた上に資金提供までもお願いできるんですから、こちらとしては何も不満はありません。普通だったら、私は雇われの身でも文句は言えません。」
人を出すと言っても、グラスコー商会経由でしかない。
一応は俺が面接をして人柄を見たうえで、経理や管理に明るい人間を選んではいるけれど、正直ちゃんとした人間を選べているかどうかは自信がない。
まあ、もし駄目だった時は俺が損をするわけだから責任という面ではすでにとっていると言ってもいいんだけども。
「調理を任せることができる人間は結構そろっていたんです。その上で店の売り上げを管理したり、宣伝をしたりとなるとなかなか難しい。
私が万全であれば、問題はなかったんですが……」
ハロルドは、隣に座るフランシスの手を握る。
「思いのほか、私は弱い人間のようです。ヒロシさんには、そこをくみ取っていただけていたようで、本当に頭の下がります。
むしろ、お忙しいでしょうにお手を煩わしてしまって本当に申し訳ない。」
正直、言うほど忙しくはない。何のかんの言って、人任せにしてばかりだ。
商会の件はリーダーことクルツに投げっぱなしだし、開発もサボり魔のトーマスをこき使っている。今回の経理や宣伝といったことはがり勉ちゃんのアーニャが率先してくれていた。
領地は秘書のエメリッヒや執事のフィリップがいてくれる。
なので、俺はただサインをして右から左に仕事を流しているに過ぎない。そういう意味で、なんだか俺は恥ずかしい気分になってしまう。
「気を使っていただけるのはうれしいですけど、そこまで忙しくはないですよ。むしろ下手な手出しをすると迷惑をかけてしまいそうで、指をくわえて見てるだけだったりします。」
人によっては、それが正しい経営者だという人もいるかもしれない。
ただ、それは俺には当てはまるとは到底思えなかった。単純に俺が怠け癖があって、能無しだから皆が率先して動いてくれている。
そんな気がするんだよな。
「なるほど、この程度は些事という事ですね。流石です。」
そういいながら、ハロルドは契約書にサインをした。
嫌味……
ではないよなぁ。
お世辞として素直に受け取るべきなんだろうか? 俺はどうしていいのか分からず、黙々と契約書にサインをする。
「これで契約成立です。
よろしくお願いします、ベルラント男爵閣下。」
そう言って、ハロルドは床に膝をつき、頭を垂れた。
いや、それは臣下の礼じゃないかな?
「ハロルドさん、あくまでも俺は共同経営者です。そういう畏まったのは、別の機会にしてください。」
そういうと、ハロルドは苦笑いを浮かべて立ち上がる。
「少し芝居がかりすぎましたね。ともかく、しばらくの間、私は経営には手を出せません。
診察の結果にもよるのでしょうが、ヒロシさんが頼りとなるので、くれぐれもよろしくお願いします。
いい知らせをお届けできるように、私も努める所存です。」
どう返答すべきかな。大船に乗ったつもりで任せろなんて口が裂けても言えない。
「俺もやれることは何でもするつもりですよ。不甲斐なく見えるかもしれませんが、どうか任せてください。」
不意にかみ殺すような笑いとともに、吹き出す音がする。
「ヒロシ君さ。嘘でもいいから、もうちょっと自信満々に見せるべきだと思うよ?」
着飾ったレイナがジョシュを伴って現れていた。
「ハンス君もそうだけど、それなりに実力者なんだからこう、俺に任せておけみたいな。」
ハンスなら、そういう態度でも似合うと思うけど、俺はなぁ。
「そういう様にならないことはやらない主義なんですよ。それより、ちゃんと王都までエスコートよろしくお願いしますね?」
そういうとレイナは頷く。
「まかせて。
《瞬間移動》はお手の物だし、ビシャバールの威信をかけてご案内するよ。
よろしくね、フランシスちゃん。」
そう言ってレイナが手を差し出すと、不思議なものを見るようにフランシスは目をぱちくりさせる。
「よろしくお願いします。、お姉さま。」
見た目的には、フランシスの方が年上に見えるけれど、実年齢から言えば、レイナはお姉さまというよりもお婆様なんだけどもな。
まあ、いいか。
「ジョシュ、ハロルド君の手を握ってくれるかな?」
そういいながら、レイナはジョシュの手を握る。
「分かりました。ヒロシさん、行ってきます。」
そういいながら、ジョシュはハロルドの手を握った。
「よろしく、ジョシュ君。」
俺がそういうと、ジョシュは頷く。準備が整ったのかレイナは触媒となる宝石を取り出した。
「じゃあ、行くよ?」
レイナは呪文を唱え、次の瞬間、光とともに姿が消えた。取り残された俺は、少し寂しい気分になる。
とはいえ、寂しがっても仕方がない。執務室行って仕事を片付けよう。
いつも通り報告書を読み、決裁が必要な案件にサインをする。不穏な報告書が時々混じるけれど、おおむね平穏といった様子だ。
春になって人の流入が始まりつつある。
諍いの種というのは、些細なことでそれが時々衝突を生む。新たな住人と以前からの住人の口論や、別の出身のもの同士での仲たがいなどもある。衛兵が適切に処理をしてくれているので大事にはなっていないけれど、厄介な問題だ。どっちかに肩入れをしてしまえば、排斥に繋がりかねない。
バランスを取らないといけないというのがなんとも悩ましい。
特に問題なのが、オークの存在だ。
ハンスを衛兵隊長に取り立てたせいで、勘違いをされたのかやたらとオークが街に訪れては問題を起こしている。身なりも、蛮地にいた時のハンスと似たり寄ったりだ。
今の彼には、隊長にふさわしい格好として流行りのシャツやズボン、それにジャケットなんかを着てもらっている。そこに気づいたオークは即座に服を買って身なりを整えてくれるんだが、それに気づかない連中も少なくない。
当然、本人たちは人間と仲良くやっていこうという意思はあるんだろう。じゃなければ、わざわざ人間の多い街にはやってこないはずだ。
あともう一歩なんだよなぁ。
まあ、服自体は安い代物じゃない。それを工面するのも大変なのかもしれないけれど、かといって俺が手を差し伸べるわけにもいかないんだよなぁ。
本当に悩ましい。
下手に肩入れすると、オークを優遇する悪い領主にされかねないからな。人間たちの反応としては、どうしても不信感がある。何せ、人間の女性がいないと繁殖できない種族だ。そのせいで、野蛮で危険な種族とみなされてしまっている。
事実、そういう部族も多い。徒党を組んで村を襲う連中が大勢いる。
それは繁殖のためであったり、生活の糧を得るためであったりはするけれど、少なくとも人間に受け入れては貰えないだろう。
なので、そういう存在を受け入れるつもりは毛頭ない。そこら辺はハンスも理解してくれている。
だから、街中に入れたという時点で、例外的なオークであるというのは分かるんだけれど。だからと言って、すぐに馴染んでくれるとも限らないんだよなぁ。
ハンスみたいに手先が器用なオークは珍しいらしく、建築現場でも職人としてではなく、雑用を任されることが多い。
だから、不満をためやすいという面もある。力は強いし、体力もある。だから、労働力としては邪険にするような存在じゃないんだけどな。
実際のところ、安い労働力という事で現場では重宝されている存在でもあるとは書かれている。問題は、やはり格好と喧嘩っ早さだ。
そこら辺を何とかできればなぁ。
解決策が思いつかん。こればっかりは、流れに任せるしかない。俺が取れる手段はオークにも厳しく、オークに対して反感を抱くものにも厳しく対処する。
結局、なんか暴君めいた事しかできてない気がするけど、平気だろうか?
少し不安になってしまうな。少し相談してみるか。
俺は呼び鈴を鳴らして、秘書と執事を応接室に呼ぶ。
「閣下、お話というのは何でしょうか?」
秘書のエメリッヒは年若い青年だ。
年は確か30代だったかな?
特別見目麗しいわけでも、醜いわけでもない。普通の男に見える。それでも身なりはきちっとしているし、出来る雰囲気は感じられる。
いや、実際すごく才能がある青年だ。
丁度、テオと同じくらいの年には働き始めて事務畑を経験した後、従軍経験もこなし輜重任務に従事した経験ももッている。その後はビシャバール家の秘書の下で補佐を行い、レイナとの婚姻をきっかけでこちらの面倒を見てもらう事となったわけだ。
得難い人材だ。
そんな人物に聞くのがこんなことでいいのかと少々不安になってしまうが、聞かないことには分からないことだってあるよな。
「自分がこっちに来て厳しくやりすぎてないかと少し不安になったんですよ。それで意見を聞きたくなったんですが。」
執事のフィリップも執務室に残ってもらっていたんだが、二人で顔を見合わせる。
反応が微妙だな。
「旦那様、まずご自身が厳しいと思っておいでならば即座に認識を改めるべきだと思われます。」
フィリップが少々呆れ気味にため息をついた。
あー、そうか。こっちの世界じゃ温いってことなのかな。
「法に従うことを厳しいというのであれば、十分に閣下は厳しいと思われます。」
エメリッヒの答えで俺は混乱する。
結局、俺は厳しいのか?
「ですが、それは領主としては当然でございます。法をおろそかにして温情を見せるばかりのものは、結局全員から疎まれます。民から恐れられることを厭う気持ちは分かりますが、今の態度を維持されるのが望ましいと私は考えます。」
なんか、結局愚痴ってるだけだな。エメリッヒの言葉はもっともだ。
単に俺は心の平穏を求めてるだけか。
「おためごかしに聞こえるかもしれませんが、使用人は皆旦那様を敬愛しております。どうか、心穏やかにお過ごしください。」
敬愛。
されるようなことしたかなぁ。
結局、余計に不安になってしまった。
「ありがとう。愚痴に付き合わせてしまって、申し訳ない。仕事に戻ってください。」
そういうと二人はまた顔を見合わせて、少し笑った後に失礼しますと執務室を後にした。二度とこんな愚痴には付き合わせないようにしないとな。
本当、俺は弱いなぁ。
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