13-22 なるようにしかならない。
何事も積み重ねてきた結果という奴ですね。
翌日早朝のハロルドがやってきた。しばらく、フランシスと二人きりにしてほしいとのことで俺は執務室に入り、何かあれば知らせてほしいと執事のフィリップにお願いをする。
お昼までは、いつものように決裁を行い報告書を読む。
落ち着かない。
いや、俺がやるべきことはやっている。ハロルドとフランシスが何を話していようと俺にできることはないし、手を出す事柄もない。
だから、了承を得ている精神科医への受診については約束を進めているし、それにかかわる手続きも行っている。王都へ行かなくてはいけないので、移動手段も確保しないといけない。
それについては、レイナに相談しようと思っていた。
「それで、その見返りに観劇してきたいと。」
レイナは決裁をしている俺に、いくつかのパンフレットを見せてきた。いや、観劇くらいはいくらでも見てきてくれていいのだけども。
「なに? なんかおかしい?」
おかしいかと聞かれれば、どれもお堅い内容が多いなという事だ。
「いや、楽しんできてくれるなら俺としては、何も問題ないですよ。報酬として十分なのかなと思わなくもないですけど。」
そういうと、レイナは腑に落ちた様子だ。
「あー、うん。楽しそうではないよね。ジョシュが色々と誘ってくれたから、二人で楽しめればいいかなって思ったんだけど。歴史ものの演劇って何が面白いんだろうね?」
政治劇や歴史的事件を取り扱った題材の演劇だ。その当時の事柄を劇にして見せるというのは、それはそれとして意味はあるんだろうな。
史実を重視するタイプのドラマを見る感じだろうか?
勉強熱心だよな。
「その当時の文化や風習なんかを肌で感じ取るのが好きってことじゃないですか? 漫画を例に取るなら、レイナさんがあっちの日常を描いている漫画を読んで面白いと思うのと似たようなものかなと。」
レイナは少しいぶかしんだ。
「ヒロシ君にとっては、ここでの日常がそんな感じだったり?」
無いわけじゃないよな。こうやって肌で感じることができる異文化というのは楽しいものだ。海外旅行とか、山に登ってみるだとか、そっちの方がより近い気はするけれども。
「確かに、そういう面はありましたよ。最近は慣れましたけどね。」
そういう浮ついた気分も最近は落ち着いてきた。いずれこれが日常になるんだと思う。
そこに若干の不安はある。
人間とは贅沢なもので、こんなに恵まれた環境なのに非日常を求めてしまったり。そう言うのはフィクションで紛らわせるのが一番いいんだよな。
憧れや欲望というのが人を成長させるという部分は確実にあるにせよ、望みすぎれば身の破滅を呼びかねない。一人なら、それでもいいんだろうけども。
「父親になるんだから、落ち着かないとなって思ってるよね? 多分、それ無理だから。」
見透かされたようなセリフを言われて俺は少しむっとしてしまう。せっかく、気を引き締めようと思ったのに。
「そうそう人なんて変われるもんじゃないよ。ヒロシ君はヒロシ君のまま父親になるんだ。お婆様も、そんなこと言ってたしね。」
先人であるカナエは大分優秀な人な気はするけれど、そんな人でも変われない部分って言うのがあったんだな。そう言われると少し気が抜けてしまう。
まあ、肩ひじ張っても仕方ないか。
「なるようになる。ってことですかね。」
出来れば、いい方向に転んで欲しいものだ。とりあえず、今はハロルドとフランシスの関係が良好であってくれると嬉しい。
応接室でハロルドと向かい合って話すのは2度目かな?
とりあえず、気落ちしている様子が見てとれる。あまり深く詮索すべきではないんだろうけど、話しておかないといけないこともある。
ラベール家の現状、フランシスの生家であるアリティウス家の態度。
そして、そこから俺が提供できること。おそらくハロルド自身にフランシスを任せるとなれば、いろいろと不都合が生じる。完全にラベール家が潰えたとしても、フランシスという爆弾は野放しにはできない。
俺という後ろ盾がなければ、おそらくは彼女の身の安全は保証できないだろう。
それは、つまり引き続き城で暮らしてもらうという事でもある。彼女自身それを望むかどうかは、別の話ではあるけれども。
「意気地のない男で申し訳ない。ヒロシさんには色々と骨を折っていただいているのに。
情けない限りです。」
ハロルドは、事情を一通り聞いて頭を下げてくる。
いや、俺がしたことなんか大したことは無い。
「うちの商会長が暴れたのは、よしんば俺のせいかもしれませんが、元々ラベール家が追い込まれていたのは自業自得というほかないでしょう。ですから、俺がしたことは何もありませんよ。」
結局、暗殺者だか人攫いか知らないけれど、そんな類の輩も俺ではなくてミリーたちに撃退してもらったようなもんだしな。
「ちなみに、ヘスティアという女性については何かご存じですか?」
そう聞くと、ハロルドは首を横に振る。
「名前だけではなんとも。
アリティウス家というのが、公爵家の中でも特別な存在であるのはご存じの所と思いますが、それだけに規模が大きく、私ごときが推し量ることなど叶いません。
四大公爵家の縁者という事であれば、一角の人物だという推測はできますが。」
四大公爵ね。
確か、帝国の皇帝を選出できる資格を有する貴族家の総称だったかな。いわゆる御三家とか御三卿みたいなものと思えばいいと思うけれど。中には、辺境の小国に招かれて、王座に就くなんてこともあるらしい。そこら辺は、やはり権威としては絶大なんだろうな。
この大陸の西を制覇していた国だけに影響力は絶大だ。フランドルも一時期は帝国の属州になっていたって話だし。
なので、帝国と言えば南にある帝国であって、よほどのことがない限りインフィニスという国号が使われることはない。あるいは、俺の世界のローマ帝国が荒廃しなければ、こっちの世界の帝国みたいな扱いになるのかなぁ。
妄想でしかないけれど。
ともかく、そんな強大な権力を有する家だけに、一介の料理人であるハロルドが知りうる知識では推し量ることもできないんだろう。
レイナの話によれば、貴族家は多かれ少なかれ裏の仕事を任せる人材がいるものらしいので、ヘスティアもそれに倣う存在と見るべきか。当然ながら、そこはハロルドに追及しても仕方のないことだ。
「それで、基本的にはその女性からフランシスの存在はアリティウス家にとってはいないものとして扱いたいようです。とはいえ、ラベール家もそれなりの力を持つ家でしょう。
しばらくは、うちでお預かりするのは続けた方がいいかなと思っているんですが……」
俺の申し出にハロルドは申し訳なさそうに頭を下げた。
「甲斐性がないのは重々承知の上です。かかる費用は、こちらで負担させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。」
いや、大した負担でもない。実際かかるのは食費とメイドの給金くらいなものだし。服や装飾品の類は、ハロルドが用意したものを使わせてもらっている。
だから、全然それは構わないんだけども。
「離れ離れでも、不満はないんですか?」
俺としては、それがとても不安だ。
「私には、料理の腕しかありません。それも、人に自慢できるほどかと言われると。」
少なくとも、ハロルドの料理は自慢ができるレベルだと思う。この国で一番を決めろと言われれば、ハロルドの名をあげたいくらいだ。
「あるいは、広い世界の中ではそうなのかもしれませんが、俺はハロルドさん以上の料理人は知りませんよ。」
そういうと、ハロルドは苦笑いを浮かべる。
「いずれにせよ、料理屋をやるほかに稼ぐ手段が思いつきません。離れ離れであることが辛くないかと問われれば確かに辛いですが、もう少し頑張らなければならないかと思っています。
いずれは、そうですね。
この街に店を開き、そこで働ければと思っています。」
確かに、この街で働くのであれば毎度毎度インベントリを通ってこっちに来る必要はないか。モーダルと比べれば、片田舎もいいところだけれど。
「もちろん、お嬢様が私を受け入れてくれるならばという話です。今のお嬢様は、まだ幼いころの思い出の中にいらっしゃるようだ。
あの頃の私は、若く愚かでした。身分の差など理解もしていない、無知で無鉄砲な馬鹿だったのです。」
何かフランシスと口約束でもしていたんだろうか?
幼いころは、身分など関係なく、接するものと仲を深めてしまうというのはよくある事だろう。それがハロルドには罪悪に感じているのかもしれない。
「それが、どれだけお嬢様を苦しめていたのか。結局、私の愚かな望みは、お嬢様の破滅によって叶えられてしまった。愛想をつかされても、自業自得でしょう。
できれば、何も思い出さず、ずっとそばにいられたらと考えてしまう。
あるいは、私は今も幼いころと同じなのかもしれません。」
深い後悔を抱えているのは分かる。それでも、踏み出すんだな。
「人はなかなか変われないものですよね。結局変わるのは、環境なんだと言われたことがありますよ。
ただ、ハロルドさん。
俺は、フランシスさんはハロルドさんを求めていると思います。あなたが求めているのと同じように。」
何かの慰めにもならないようなことを言ってどうしようって言うんだろうな。ただ、どうしてもそれは伝えたかった。
「だと、いいですが……
ともかく、何があろうとも私は受け入れようと思います。どうぞ、よろしくお願いします。」
ハロルドは深く頭を下げた。ここまでされて、何かヘマをするわけにはいかないよな。
ちゃんと俺にできることをしよう。
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