13-21 決断って言うのはいつだって難しい。
亡くなる人もいれば生まれてくる命もあるわけです。
ハロルドに状況を伝えたら、割と早めに返答が来た。明日にでも、こちらに来たいという旨と精神科医への受診をお願いしたいという内容だ。
つまり、フランシスの治療を行いたいという意思表明だ。
文字に若干の迷いが見える。普段はとても丁寧な文面だけれど、今回は若干の誤字や文字の震えがあった。
少し怖かったんだろうな。非常に申し訳ない気分になる。
おそらく年単位であの状態だったはずだ。それを急に変えるとなれば、ハロルド自身にも負荷がかかる事柄だろう。むしろ彼にも、精神科医による診断や治療が必要になるかもしれない状態だ。そこら辺も含めて、改めて依頼をしないとな。
他にもやらないといけないことがある。
街道や街中で打ち捨てられた遺体の回収や埋葬について、そして獄死したものの遺体についての取り決めだ。
元々、遺体が何かを持っていればそれを手に入れる代わりに埋葬を行うのが通例にはなっている。でも、それだとどこに埋葬されるのか分からない。
なので、それを改めて遺品には手を付けず衛兵へ通報すること。そして、その遺体は衛兵が回収するという形に改めさせる。
もちろん、慣例を変える以上はそれなりの見返りを与えなければいう事を聞いてくれないだろう。
例え、それが公衆衛生の為だといったところで、素直に従ってくれるとは限らない。なので通報して実際に遺体があれば、100ダールほどの報酬を支払う形をとる。
その上で、もし集団墓地まで回収し適切な埋葬までしてくれるのであれば、遺品は慣例通り発見者に渡され、その上で報奨金も支払うという形にしておく。
きっと、それに便乗して追いはぎが発生するかもしれないが、そこは衛兵の見回りを強化することで対応するしかないよな。基本、現行犯逮捕じゃないと裁きにくい。
もちろん、呪文で捜査するという手法があるにはあるが、科学捜査よりも高コストだ。せめて指紋鑑定が一般化してくれるだけでも、大分違うんだけどなぁ。
いや、それはそれで結構なお金が必要ではあるんだけども。治安維持って言うのは、なかなかに頭を悩ます部分だ。
しかし、これらを命令書という形でまとめるのはなかなかに骨が折れる。
行政文書というのは、どうしても回りくどくなってしまうもので、それは仕方が無いことだ。何せ悪用されかねないからだ。
あやふやな文言を利用し、悪事を働かれたら裁くに裁けなくなってしまう。
一度決めたことを無視して大鉈を振るうという事は可能と言えば可能だが、それをやる度に法律を守ろうという意識が薄れていく。誰だって、約束を守らない相手に対して約束を守ろうとは思わない。
上の人間だろうと、一度決めたことは破らないという約束事が守られなければ、誰も命令になんか従ってくれなくなる。
だから為政者は法律を変えることを極端に嫌うし、回りくどく分かりにくい文章を作成せざるを得ないわけだ。
今の俺には、遺体の回収を命令したいわけだが、遺体の新規生産をしてほしいわけではない。それを穴がないように文章にしないといけないわけだけど、はっきり言って難しいんだよなぁ。
素案が出来たら秘書に目を通してもらい、役人に正式な文章にしてもらわないと怖くて命令できない。
それをしたところで悪事を思いつくやつはいるわけだから、困ったもんだ。
本当、俺は何をやってるんだろうなぁ。
そもそも、人の上に立つような器じゃないんだよ。
何度か素案を書いては破り捨て、書き直しては破り捨てるのを繰り返した。
結局、素案がまとまって秘書に見せたら検討しますという事で持ち帰り案件になってしまった。衛兵への心理的負担も考えて業者募集を行うとしたわけだけど、墓守や刑吏の業務にも重なっている部分もあるというから、いくつか会議を経ないと実現しなさそうだ。
やっぱり何のかんのと難しいな。
バーナード卿には、改めて状況を知らせてハロルドの治療も必要かもしれない旨も付け加えて知らせる手紙をしたためた。タイプライターで書いたので、それは代筆を使用人にお願いする。
結局何一つ自分でできていない。
本当に俺は、貴族としてやっていけるんだろうか。
とても不安だ。
寝室に戻るとベネットがベットに横になって、タブレットをいじっている。漫画でも見ているのかな?
「おかえり。」
ベネットはため息をついてタブレットを下ろす。
ごろん、と横を向いて俺を見てくる。
「ただいま。
あれから何かあった?」
フランシスの様子が不安定であるのは確かだけれど、何かあればメイドが知らせてくれるとは思う。だから、わざわざベネットに尋ねる意味は何だけれど。
「んー、何もないけれど。少し不安かなぁ。
やっぱり、フランシス様の状態って辛いからああなってしまったんだよね?」
俺は、トレーナーに着替えながら少し考える。専門家ではないから、はっきりしたことは言えない。
毒物や呪文による影響でああなってしまった可能性もないことはない。”鑑定”では、今の状況しか分からないからなぁ。毒自体は消え去っても、影響は残ってしまったという可能性もある。呪文も同様だ。
でも、いずれにせよ碌な理由ではない。
「理由は分からないけれど、今の状況を変えるのに不安があるってことだよね。」
俺は、ベネットの寝ているベッドに腰かける。
「明るく無邪気な振舞をされると、特にね。辛いことを忘れているからだろうし。じゃあ、その状態から脱したら、どうなってしまうんだろうって。」
ベネットは、俺にタブレットを渡してきた。そこには、鬱病に関する記述が映されている。
今は落ち着いてはいるけれど、ベネットだって不安定な時期はあった。その時のことを考えると、果たしてフランシスは平気だろうかと心配してしまうのは自然なことだよな。
「俺としては、ハロルドさんの精神が持つかも心配だよ。そこも含めてファニング先生に診てもらえるように手紙は書いたけれど。」
そういうとベネットは頷く。
「それが良いと思う。できれば、二人には幸せになって欲しいな。」
その気持ちは俺も同じだ。関わった二人が、不幸になるところを見たいとは思っていない。
でも、ろくなことができていない俺が果たして二人にできることがあるのだろうか?
「情けないことに弱音しか出てこないよ。手紙一つですら誰かにお願いしないとまともに出せないし、命令一つも会議をしてもらわないとまとめられない。
こんな俺にできることなんかあるのかな?」
そういう俺を見て、ベネットは薄く笑う。
「ヒロシはちゃんとお仕事してると思うよ。むしろ、今の気持ちを忘れない方がいいんじゃないかな?
なんでもできるって思うようになったら、たぶんヒロシは駄目になっちゃう。」
調子に乗って変なことをするよりはいいってことだよな。十分気を付けよう。
「ところで、何かあったの? 襲撃に関係してる?」
まあ、関係していると言えば関係しているかな。
「埋葬の取り決めをしようと思ってね。できれば、市中や街道でなくなった人も埋葬できた方がいいと思って。」
ベネットは、あぁ、と頷く。
「墓守の領分だったり、刑吏の領分だったりといろいろと指摘されたよ。
ただ、疫病の元になるからね。埋葬のついでに消毒はしておいた方がいいかなと思ってるんだ。」
ベネットは少し悩む様子を見せる。
「本当なら、遺体を焼いてしまう方が合理的なんだよね。お医者様には、そう聞いたけれど。
難しいよね。」
火葬については、最初から断念していた。教会からの不興は買いたくないし、習慣を変えるほど切迫した問題でもない。
「難しいというか、遺体を残したまま消毒する方法はあるからね。無理に遺体を焼く必要はないかなって。」
そういえばベネットは、火葬について忌避感はないのかな?
「ねえ、聞いてもいい?」
そう尋ねると、ベネットは何を聞かれるのか分かった様子だ。
「火葬について?」
俺は頷く。
「私は、特に気にしてないかなぁ。
戦場では、どうしても遺体があると危険だし、ゾンビやグールになってしまうのを防ぐ必要もあるからね。だから傭兵は救われない存在だって言う人もいるけど、ヒロシはどう思う?」
救われるか救われないかなんて、死んでみないと分からないと思うけど。
「少なくとも、火葬をされると救われないって言われてもピンとこないかな。火葬をする人についても同じ。
というか、俺の国では火葬をするのが当たり前だったしね。」
ここら辺の考えはベネットとそう違いはない。
「ただ、実際のところ燃料の問題もあるよね。全部火葬にしていたら、結構なお金がかかるし。」
そういうと、ベネットは苦笑いを浮かべる。
「そうだね。薪を集めるのも、お金は必要だし。そういう問題も無視できないよね。」
お金がかかるからないがしろにしているみたいな感じがして申し訳ないけれど、実際問題としてお金はかかる。それらを負担してくれというのも、酷な話だよな。
余裕があるなら、話は別なんだけども。
現状では、とても余裕がある暮らしをしているとは言えない。今だって、テント暮らしをしている人もいるくらいだ。
ましてや、放置されている遺体だって存在する。穴を掘って埋める手間すらかけられない人たちだっているという事だ。
公共の利益という側面があるにしろ、住人の気持ちも考えれば、俺がやろうとしていることは決して間違いではないよな。
「人が増えれば、考えなくちゃいけないことがいっぱいあるね。」
ベネットがしみじみという。俺は頷きつつも、笑ってしまった。
「ひどい。なにも笑うことないじゃない。」
ベネットはむっとした顔をする。
「いや、ごめん。人が増えるんだし、確かに考えないといけないことがいっぱいあるよね。」
俺は、ベネットのお腹に触れる。少し驚いた顔をした後、彼女は笑みを浮かべた。
「そうだね。これから、生まれてくる人のことも考えないと。」
そう言って、彼女は俺の手に自分の手を重ねた。
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