13-20 きっかけなんてわかるものじゃないけれど。
ハンスはいい奴です。
食堂に入って起こったことをかいつまんでハンスに伝える。
「なるほどなぁ。状況を見るに、すべて終わっていて止めは旦那が刺したようなもんか。気になるのは、そのヘスティアって女だな。」
俺はハンスの言葉に頷く。
「直接どうこうというわけじゃないけれど、何か陰謀がめぐらされてるんじゃないかって疑心暗鬼になるよ。それと救国兄弟団って話はしたっけ?」
ドラゴン絡みで関わってきたテロリストだ。ラウレーネの居所にまで押しかけてくるような連中であるのだから、当然フランドル王国内だけの組織じゃないとは思っていた。だけど、フランシスの件に絡んでるとなると、非常に面倒だ。
「その救国兄弟団って言うのは、多分見せ駒の一つだろう? 多分、その名前で追っても大したものは出てこないと思うがな。」
そうだろうな。
ハンスの言うとおり、表のお題目通りに動いているのは末端だけで、本来の秘密結社はまだ名前も出てきていない気はする。
じゃあ、目的は何なのだろう?
「何を目的とした組織なのか、さっぱり分からないから対処のしようがないんだよなぁ。ドラゴンを殺害したとして、何の利益があるんだろう? フランドルは確かに不安定になるだろうけど。」
じゃあ、帝国の為とか、サンクフルールのために動いているかと言われると微妙だ。それなら、フランシスをわざわざはめて、関係悪化させる理由がない。
「一枚岩の組織じゃないとするなら、案外共通目的は戦争なのかもな。それも泥沼の。」
戦争は、手段であって目的じゃない。
戦争を起こさせること自体を目標としている組織だとするなら、それはずいぶんとおかしな連中だと俺は感じてしまう。放っておいても、人は相争うものだ。わざわざ火をつける意味が分からない。
だけど確かに戦争が起これば商人は儲かるし、旧弊の勢力に打撃を与えられるという考え方もあるか。新興勢力であれば、戦争をきっかけに躍進を狙えるという発想もないとは言い切れない。
ただ、そのためにどれだけの人を犠牲にするつもりなのか。
いずれにせよ、面白くはない。
「ヒロシは戦争が嫌いか?」
ハンスの言葉に俺は少しためらいを覚える。
「本当は好きじゃないって言うべきだろうけど、そこまで聖人君主でもないよ。戦争が悲惨なものだってわかってもいるけれど、武器は好きだしそれを振るう姿がかっこいいなとか子供じみたことを考えることもある。
勝てると分かっている戦争なら心躍るだろうね。
逆に負けて悲惨な目に会うと分かっているのに戦争をしたいと思う人間はいない。
相手側から仕掛けられて、回避できないわけでもない限りはみんな自分が勝てると見込んでる。そういう意味で、戦争が本当の意味で嫌いな人っていないんじゃないかな?」
勝てば、それなりのものが得られると思えば、それこそこぞって戦争に参加したがるはずだ。特に何も持たない人たちはそうだろう。
そして、そういう人たちは案外多い。
俺がため息をつくと、ハンスは笑った。
「いや、すまん。ヒロシらしいなと思ってな。」
俺らしいって言うのは何の事だろう。考えてもよく分からない。
「いずれにせよヒロシとは相容れない相手だというのは確かな気はする。なら、それに備えておくのは無駄ではないんじゃないか?」
備えると言ってもなぁ。一体何が出来るって言うんだろう。雲をつかむような相手との戦いなんて考えつかない。
ふいに食堂の扉が開かれて、誰かが入ってくる様子がうかがえた。物騒な話はここらへんでやめておこう。
視線を扉の方へと向けると、ベネットとカイネ、それにフランシスが連れ立って入ってきたことが分かる。
ただ、ハンスを見たフランシスがびくりと身を震わせて急にベネットに抱き着いた。
「ど、どうしたんですか、フランシス様?」
「お、お、オーク。」
憎悪と恐怖が入り混じった目でフランシスはハンスを睨みつけた。
「大丈夫ですよ。やさしいオークさんですから。何の心配もいりませんよ?」
そういいながら、ベネットはなだめるようにフランシスを撫でる。
「だめ!! オークは! オークは危険!!」
そういいながら、ベネットを守るようにフランシスは手を広げて、ハンスとの間に立ちふさがる。オークとフランシスの間に何があったのかは知らないけれど、ちょっとこれは困るなぁ。
俺は、ベネットと目を見合わせてしまう。お互いどうしたものかと戸惑うしかない。
「お嬢さん、俺はあなたに決して危害を加えないよ。信じておくれ。」
そういいながら、ハンズは床に跪きながらフランシスに手を差し伸べる。フランシスは猫のようにその手を払いのけるが、そのたびにハンスは優しく手を差し出しなおす。
「本当? 約束を破らない?」
まるで子供のような口調だ。
しかし、ここまでおしゃべりするのは初めてじゃないだろうか?
「もちろん、約束は守るよ。お嬢さん。」
オークだけに凶暴な顔つきだ。それでも、俺はハンスが優しく笑っているのは分かる。見慣れないとその違いが分からないとは思うけれど、出来ればそれが伝わって欲しいな。
しばらく睨み合った末に、フランシスはハンスの手を取る。
そして、椅子へと引っ張っていった。何をしようって言うんだろう?
フランシスは、ハンスを椅子に座らせる。そして、おもむろにその膝の上に腰かけた。
「あー、えっと、お嬢さん?」
ハンスは戸惑い気味に声をかけた。
「お母様に近づいちゃダメ!!」
そういいながら、フランシスはテーブルに突っ伏す。あまりの奇行に俺もベネットも固まるしかなかった。
この子は何がしたいんだろう?
いや、子じゃない、立派な成人した女性なんだよな。
「つまり、あれかい? お母様が、おやつを終えるまで俺はお嬢さんを抱えていればいいのかい?」
そうハンスが尋ねると、フランシスは頷く。
つまり、オークが悪さをしないように自分が重しになろうって言うつもりなのか? 俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。どうしてそういう発想に至って、どうしてこういう行動になるのかはさっぱりだけれど。
まあ、心意気は伝わった。
「あー、そういうわけだからベネットは普通におやつを食べればいいんじゃないかな?」
じゃないと、いつまでもハンスが下敷きだ。立ち上がって着席を促すように俺は椅子を引く。
「気軽に言ってくれるけど、普通にって言われても……」
ベネットはため息をついて、椅子に腰かけた。
さて、普段は料理人が用意してくれるおやつを食べてたりするわけだけど。どうせなら、ハロルドの作ってくれたお菓子を出してもいいかもな。
「フィナンシェでいい?」
飲み物は、ホットミルクなんかどうだろう。俺は、インベントリから皿に乗せたお菓子を数種類準備する。
「私だけじゃなくて、フランシス様にも出してあげて。」
仕方ないとあきらめたのか、ベネットはため息をつきつつ頷いてくれた。
「畏まりました、奥様。」
そう言って、同じものをフランシスの前にも置いた。
「カイネちゃんはどうする?」
そういうと、カイネは首を横に振った。
「ハルト様が色々と食べさせてくるので、ここでも食べたら太ってしまいます。」
ふむ。そんなに太っているようには見えないけれど。
まあ、こういう話は主観的な問題だ。無理強いすることではない。
「じゃあ、飲み物だけでもどうぞ。」
そう言って、暖かい紅茶を用意する。
「いただきます。」
カイネも若干ため息をついたのは何故なんだろう?
フランシスは、しばらくじっとお菓子を乗せた皿を見つめていた。そして小さくハロルドの名を呼んで、ぽろぽろと泣き始める。
あぁ、こういう事か。
下手な刺激をしてしまっただろうか?
「ヒロシ、大丈夫。」
慌てる俺をベネットがなだめてきた。
「多分、すぐに落ち着くから。」
ベネットの方が触れ合っている時間が長いわけだから、俺は彼女の言葉を信じる。椅子に腰かけて、じっと見守った。
フランシスは涙をぬぐい、ハロルドの作ったお菓子を口にする。
そして小さくおいしい、と呟いた。大分大きな変化な気がする。
これまで、俺はフランシスが自発的に食べ物を食べている姿を見たことがなかった。大抵は、ハロルドやメイドが食事を口元に運ぶ姿しか見ていない。
俺は思わずベネットを見てしまう。
いや、彼女が特別何かしたわけではないんだろうけども。
「大人になるきっかけだったのかもね。」
そういいながら、ベネットは膨らんだお腹を撫でる。それは、どういう意味だろうか。
少し考えを巡らせてみる。
弟か妹が出来た時に初めての自立が始まったという事なんだろうか?
子供の頃なんか俺はすっかり忘れているけれど、自立していくのは何も一度だけとは限らない。それに大した理由でもなかったりもする。
そういう意味で、フランシスは身重のベネットと出会うことで再び自立を始めたのかもしれない。あくまでも、想像に過ぎないけれど。
「お母様、ハロルドはとても料理が上手なの。とてもやさしい味がするの。
だから、私大好き。私のそばに、ずっといて欲しいの。」
これは、完全に余計なことをしてしまったかもしれない。ハロルドにとっては気持ちを決めかねていたことだ。
多分、間違いなくフランシスはハロルドを愛している。今までは、それを言葉にすることすらできないほど疲弊していたんだろう。
でもベネットと出会ったことで、変わってしまった。それが良い事なのか、悪い事なのか。
改めて、ハロルドに手紙を書いておかないと。
「そうね、ハロルドも、きっとあなたのそばにいたいと思っていると思うわ。」
ベネットは、微笑みながらいつもとは違う口調でフランシスに語り掛けた。
「うん。」
フランシスの無邪気な返事が俺には切なかった。
これでよかったんだろうか?
おやつの時間が過ぎて、ベネットに連れられフランシスは食堂を後にした。
帰り際にオークさんバイバイ、と手を振られハンスも同じように返事をして手を振るしかなかった。
「ごめん、なんか余計なことをしちゃったみたいだ。」
俺は、肘をついてこめかみを押さえる。
「仕方ないさ。
不安定な状態なんだから、何がきっかけになるかなんて誰にも分らないもんだ。
そこも含めて、ハロルドはヒロシに預けたんだと思うぞ?」
果たしてそうだろうか?
ハンスは慰めにそう言ってくれるけど、俺が迂闊過ぎたんじゃないかと不安になる。
でも、もはや後戻りはできない。ハロルドを急かすことになってしまうけれど、早急に判断してもらわないといけない。
多分、葛藤があるにせよ答えは一つだと思うけれど。
だからって、急かされて気分のいいものじゃないよなぁ。
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