13-19 ご遺体の確認とか、勘弁してほしいなぁ。
ご遺体をどうするのかって行政の中でも割とセンシティブな問題ですよね。
ラベール家からの刺客が来てから大分時間がたった。ハロルドには手紙と一緒に証書も送ったけれど、少し考えさせてくださいと手紙が来たきりだ。
雪が降る日も減ってきたから、街が徐々に動き始めている。執務室からは、窓越しに街の様子が見えた。
雪をどけて、基礎を作り始めている様子がちらほらと見受けられる。
徐々に人口が増えていくんだろうな。
そうなると、住人の管理というのが徐々に難しくなっていく。森の中や荒れ地を巡って遊牧している人間や俺がやっていたような行商を生業にする人間だって流入してくる。
それらが、果たしてフランドルの人間であるかどうかは分からない。関所では一応入出国の管理はしているのではあるけれど、そこは国の管轄だ。
なので、顔を見て外国人だと分かるような風貌でもない限り、それが領民なのか流れ者なのか見分けるのは困難だ。
俺以外は。
うん、俺は例外なんだよなぁ。定住先を定めない限り、”鑑定”で見れる所在地というのは変更されない。旅行者なんかは長期滞在するものもいるが、そこが自分の家という意識の変化がない限りは所在地は変更されない。
とはいえ、そう言う真似ができるのは俺とハルトくらいなものだ。
そのうえ、俺は直接面談するか、相手の持ち物からしか”鑑定”ができないからとても面倒だ。ハルトの探索でも8㎞が限界なので街をカバーするのがやっとという感じになる。
その上で、”鑑定”ができると言っても情報量が多すぎるからハルトの記憶力がパンクしかねない。なので、無差別に”鑑定”して全部把握なんて神様みたいなことは不可能だ。
創作なら、それくらいできて当たり前なんだけど、残念ながらハルトにはできない芸当になる。期待しちゃいけないのは分かるんだけどねぇ。
だから、あからさまな敵対の意思を持っている人間を検知するのはできたとしても、何か技術を盗み見たいとかいう産業スパイみたいなのを完全遮断するのは不可能に近い。
それやると、普通の商人やら旅行者だってそういうことを考えないことは無いわけだしな。
だから、ハルトにはそういうお仕事はお願いしていない。衛兵に門での検問や巡回中に目についた人物への尋問という形で対応してもらうのが精いっぱいだ。
きっといろんなところからスパイが送り込まれてるんだろうなぁ。
面倒だ。
とてもとても面倒だ。
「ヒロシ、森の中で遺体が見つかたって。」
テリーが執務室の中に入り込んで、報告書を俺に差し出してきた。毎度思うけれど、いつ入ってきたのか把握できないのは心臓に悪い。
飛び掛かってくるミリーにも困っているが、テリーにも焦らされるんだよなぁ。
「ビビらせないでくれる? 遺体って、そんなものいくらでも出てくるでしょ。」
俺は、報告書を受け取り、さっと目を通す。
あぁ背格好や服装からして、ラベールの刺客か。だろうねという感想しか出てこない。ただ顔は潰され、木に吊るされているというのは何を意味しているのかなぁ。
ちらりとテリーを見る。
「僕じゃないからね? そこまで悪趣味じゃないよ。」
悪趣味という事は、何か意味があってやってるんじゃないのかな?
「何かのメッセージとかじゃないかって聞きたかったんだけど、テリーはこういうのに心当たりはある?」
テリーは首を横に振った。
「何か意味があったとしても一般的な意味じゃないと思うよ。
ただ領外に出たところまではトーラスが確認しているから、わざわざ領地の中にまで引きずってきたっていうのは何らかの意図はあるんだと思うけどね。
殺されたのは領外なのか、領内なのか。
ちょっと把握はできない。
ただ、おそらく引きずった跡もあったし、律儀に領外で殺したのかもしれないけどね。
木に吊るして、顔を潰す意味は本当に分かんない。”鑑定”してみる?」
やる意味があるかな。
まあ、同一人物かどうかは把握しておく方がいいか。
「適当に時間作って、見ておくよ。あんまり気乗りしないけどね。」
「ハルトに任せればいいじゃん。どうせあいつ、”鑑定”してるでしょ?」
まあ、それはそうなんだけども。
覚えてるかな。
俺は忘れそうだったから、情報をテキストとして保存しておいたけど。それと、あんまりえぐいのを見せると精神を病みそうだしな。
「俺がやるよ。ちょっと任せるには不安だし。」
俺だって別に平気だってわけじゃないけれど、人任せにするよりはましだな。
「ヒロシがいいって言うなら、いいけどね。」
テリーは若干呆れ気味に肩をすくめた。
死体安置所は地下牢のすぐ横にある。風通しがよく、冷房を準備しなくても腐りにくい乾燥した部屋だ。
もちろん、腐りにくいだけであって腐らないわけではない。なので、独特のにおいが充満している。一応、冷蔵庫の応用でスノーウーズを壁に敷き詰めているけれど、臭いはどうしようもない。
《脱臭》という呪文や活性炭フィルターを使っても完全に取り除くことが難しかった。
こればっかりは、しょうがないよな。
医者には法医学的な検査もやって貰ってはいるけれど、あくまでも一応だ。専門ではないので、おそらくの死因くらいしか分からない。
今回に関しては、特に死因について吟味する必要はない。どうやって殺されたかは、重要じゃないしな。
遺体に”鑑定”をかけてみれば、例の刺客であるのは間違いなかった。
衣類以外には特にこれといった持ち物もないし腹の中に手紙が、みたいなこともない。ある意味、猫がネズミを人に差し出す行為に近いんじゃないだろうか?
ほら、こんな風にネズミは取るんだよ、未熟者め。そんな表情を浮かべた猫の顔がちらつく。
しかし、埋葬はどうするかなぁ。
合理的に考えるなら、火葬にして遺骨を埋めるのが手っ取り早いんだけど、ご多分に漏れず土葬というのが当たり前の世界だ。通例では、街はずれにある墓地に埋めるのだが、身寄りがない遺体なんかは平気で打ち捨てられてたりもする。
疫病が流行らないように墓地には消石灰でも撒くべきかな。それと、死体は放置せずに埋葬するように手はずを整えておくべきだな。
とりあえず、執務室に戻って命令書を作るか。
俺は、地下牢を通り、地上へと戻る。
牢獄に繋がれている罪人は様々で、無実を訴える人間や気力をなくしてうなだれる人間と様々だ。ひと月に一度、国から出張してきている司法官が裁判を行い、そこからは労役に出されたり刑罰が与えられて大半が出獄する。
その間の彼らの世話も、それなりにコストがかかる。これが領地を持ってる貴族持ちって言うのが、辛いところだなぁ。
とはいえ容疑者の段階で酷い目に会わせるのは、俺の気持ちが耐えられないのでちゃんとベットや食事は用意し、服も粗末ながらに何着か用意して洗濯して使いまわさせている。そんなことをする領主はいないと役人には言われたけれど、俺のわがままという事で押し切らせてもらった。
金を出すのは俺だしな。
「おーい、ヒロシー!!」
地下から地上に戻ると、声をかけられる確率が高い気がするのは俺の気のせいだろうか? ハンスが門の方から歩いてくる。
「ハンス、どうしたの? 遺跡の方で何かあった?」
そう尋ねると、ハンスは首を横に振った。
「遺跡の方は大分落ち着いてるぞ。今日は回収してきた税金を納めに来たところだ。あれだけの金を他人に任せる気にはならなくてな。」
あぁ、それは大切な仕事だ。それにハンスは衛兵全体の隊長でもある。
隔週で城に戻ってきては、いろいろな連絡業務や会議に出席してもらっている。城にくるのは休憩みたいなもんだと言ってるけど、ちゃんと休めているかどうかは怪しいところだよな。
「助かるよ。ハンスには、城の外で活動してもらっているし色々と苦労を掛けてるよね。」
少し罪悪感のようなものを感じてしまう。
「何言ってるんだ。こんな楽な仕事はないさ。
俺がオークだって言うのに、言うことを聞かないなんて奴はいないし副長たちもまじめで勤勉だ。
むしろ、俺なんかいなくてもいいんじゃないかと不安になるよ。」
冗談だろう。ハンスがいなければ、衛兵たちを束ねるなんて不可能だ。ただでさえ、老人と不良の集まりだ。いがみ合って、機能不全に陥ってもおかしくない。
それをうまくまとめてくれているのがハンスだ。
時には厳しく、時には優しくまとめ上げてくれているというのは報告書なんかでも聞く話ではある。というか問題ごとの大半が俺の手元に届く前に解決しているのは、ハンスや執事のフィリップ、それに秘書のおかげと言っても過言じゃない。
「そういえば、変な輩に乗り込まれたんだって? ロイドから聞いたよ。」
変な輩というか、暗殺者がいきなり来るとは思わなかった。もう少し前振りがあってくれないと、対処に困る。
「勘弁して欲しいよね。こっちは襲われるいわれはないのに。」
そういうとハンスは笑う。
「確かにな。まあでも、大金はあるだから注意しないと。泥棒はいつだって狙って来るぞ?」
そう言われれば確かにそうだ。
「頼りにしてるよ、衛兵隊長さん。」
ハンスは困ったように頭を掻く。
「頼りにされてもなぁ。まあ、うちには歴戦の勇士と壮健な若者が揃ってる。面倒ごとは、そっちに投げて俺は後ろから眺めさせてもらうさ。」
老人と撥ねっ返りの間違いだろう。とはいえ、ハンスの訓練や指導のおかげでかなり練度が高い。戦闘部隊としてはともかく、治安維持、つまり警察としての役割は結構しっかりとやってもらってる気はする。
出来たばかりの組織としては、とてもうまく機能しているんじゃなかろうか。
「面倒ごとから逃げられるわけないじゃん。副長たちは絶対ハンスを頼りにしてくるよ? でも今週はゆっくりできるんだろうし、しばらく城でくつろいでよ。」
特にこれといったイベントもない。遺跡が落ち着いているなら、ハンスが忙しくする必要はないだろう。
「そうさせてもらうが……
あんまりびっくりさせるのも悪いからな。」
時折、ぎょっとした顔でハンスを見る使用人が居る。臨時雇いだったり、最近雇用したばかりの人が大半だ。
「気にする必要はないよ。ハンスは俺の家族じゃないか。」
少なくとも、ハンスはこっちでの父親だと思っている。こんな立派な父親をないがしろにするわけにはいかない。
「そうだな。おどおどしてたら、ヒロシの顔に泥を塗る様なものだ。精々虚勢を張っておくことにしよう。
そういえば、例のお嬢さんは相変わらずか?」
フランシスのことは、当然気になるよな。立ち話もなんだ。お茶でもしながら話そう。
「まあ、とりあえず食堂行こうか? 詳しい話はそっちで。」
そう言って、俺はハンスを伴って食堂に向かう。
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