13-15 複雑すぎてよくわからん。
突然歴史もの大作映画の登場人物紹介されてもまったくもってちんぷんかんぷんになる現象いいですよね。
手紙は密偵からの報告だった。寝室で手紙を開いたけれど、文量が多かったので全然頭に入ってこない。
なので午前中に決済を済ませた後に執務室で再度読み直しているわけだけど。
頭痛い。
いや文章自体は分かり易いし図解とかも入っていて把握しやすいように工夫はされているのだけれど、事情がそれ以上に複雑だった。
まずもって帝国の政治形態が分かりづらい。帝国を名乗るだけに複数の国をまとめた皇帝の治める国と考えていたわけだけれど、実態は議会が治める共和制の国に近いらしい。
と言っても、民主主義とは程遠い。
議会のメンバーは有力な貴族と聖職者で占められていて、しかも終身制だ。より正確に言えば寡頭制というべきかもしれない。ぱっと思いつくのは共和制ローマだろうか?
本当によく似ている。
一応、民衆代表が選出されているのも、曲がりなりにも選挙が存在しているのも同じだ。周辺国を武力で治め、属州から富を吸い上げているのも似ていた。
違いがあるとすれば、皇帝がきっちりと存在しており、議会と共存している所だろうか?早い段階で権威と権力の分離が行われていて皇帝は議会の承認を行うのが主な仕事であり、国民の模範であることを求められている。
政治的、外交的に見れば何ら権限は持ち合わせてはいないけれど招待したり、逆に招待されるというだけでも他国に自慢ができるという存在。
それが帝国の皇帝だ。
少なくとも、大陸の西半分に皇帝と並ぶ権威者は存在しない。
ここまでは先生に習った事柄なので、付けていたノートを確認しつつ手紙と照らし合わせていたわけだけども。
駄目だ、頭に入ってこない。執務室にある机に俺は突っ伏す。
「ヒロシ、時間いいかい?」
ドアをノックして、トーラスが部屋に入ってくる。
「なに? どうかしたの?」
問いかけてくるトーラスに俺は手紙を持ち上げて見せた。
「人の名前が頭に入ってこないんですよ。
アリティウス家というのが10個くらいに分かれてて、領地名もばらばらで最後は全部アリティウス、それがそれぞれ複雑に絡み合っていて何が何やら。」
どうやら、アリティウス公爵家のお家騒動について書かれているらしいのだが、じゃあそれにフランシスがどういう立ち位置にいるのかがさっぱりだ。
「あー、なるほどねぇ。
とりあえず、事務処理が得意な人にリストを作ってもらえばいいんじゃない?」
それは一応添付されている。
「割と優秀な人みたいなんで、リストはあるんですよね。ただ叔父の叔父とか甥の弟とか、婿の姪の夫とか。」
なんか、一見すると家系図みたいなリストになっている。これで手紙の内容と照らし合わせてもさっぱりだ。
「なるほど……ねぇ……
とりあえず、手紙に出てくる回数をカウントして、それで重要度を図ってみればいいんじゃない?」
気軽に言ってくれるなぁ。
「手伝ってもらえますか?」
そういうとトーラスは思いっきり嫌な顔をする。
「勘弁してくれよ。僕だって、衛兵の訓練やら警備やらで忙しいんだよ? テリー君やらロイドさんとも連携しなくちゃいけないし。」
そうだよなぁ。暇なわけではないよな。仕方ない、一人でやるか。
「それで、ヒロシ。一つ相談があるんだけれど。」
そういえば、トーラスが俺の部屋にくるのは珍しい。
「なんですか、相談って?」
そう聞くと、トーラスは手紙を指さす。
「それに関係しているかもね。テリー君が怪しい集団を捕捉している。衛兵で対応できるかどうか、不安だって言ってたんだけれどどうしようか?」
それは、確かに緊急を要する事案だな。何者なのか、何の用なのか、それを確認せずに排除するってわけにもいかないし。
かといって、下手に衛兵を派遣しても事を荒立てることになりかねない。
「とりあえず、ハルトさんに場所だけを把握してもらってください。城に侵入するそぶりがあれば、改めて対応を考えましょう。」
そう言って、俺はインカムを取り出す。
「分かった。じゃあ、ハルトに伝えてくるよ。」
そういうと、トーラスは俺と同じようにインカムを装備した。
やっぱり、こういう状態になるとトランシーバーって言うのは便利だよな。
とりあえず悪戦苦闘の末、大まかに東西南北で別れて争っていることは把握できるようになってきた。アリティウス家って言うのはでかすぎだな。
なんかもう、血縁関係ぐっちゃぐちゃで養子縁組もされている。
だからアリティウスと名乗りつつも、実際には属州にあった王国の末裔だとか、塩商人だったりだとか。
出自で見ると到底対等ではない家も存在している。
その上で商売敵だったり仇敵同士だったりの因縁があって複雑に絡み合ってはいるものの、地理的に近いというのはそれだけで結びつきを強くするものらしい。
戦国武将かなんかか?
まあ、いい、そこは本題じゃないし。
ラベール家はその中でも西アリティウス一派に所属している。なのだけど、どうやら西アリティウスを裏切って北アリティウスについていた。
で、当主が北アリティウスの首魁に定まりかけていたところで、東アリティウスが皇帝の信任を得ることに成功してしまった。このため、元々北アリティウスに恨みを持っていた他派のアリティウスが結集。
その上でラベール家によるアリティウス当主暗殺が暴露されて、北アリティウスともども窮地に陥っているという状況だ、という事でいいのかなぁ?
その上で、ラベール家も一枚岩ってわけじゃない。フランシスを娶った息子を首魁とする一派と、その弟の一派に分かれている。でもってお互いにお互いが暗殺を行ったのは相手の一派であるという主張をしていた。
問題は、フランシスの扱いだ。
どちらの派閥にしても、西アリティウスの血を引くフランシスの身柄は確保したいところのようだ。弟からすれば兄の非道を糾弾するため、兄からすれば身柄を盾に身の安全を図るために。どっちにしろ、碌な扱いにはならないよな。
しかし、ハロルドに接触を持ったのはどっちの派閥だ?
どっちも人員を送り込んでいる様子だけども。
不意に執務室にレイナが入ってきた。ちょっと気軽に入ってき過ぎじゃないかなぁ。
「ヒロシ君さぁ。ジョシュにあんまり無茶させないでくれる?」
恨みがましい顔で俺を詰ってきた。
「何の話です? トロールの件ですか?」
特に問題があったとは聞いていない。
トロール側も食べられない魔獣の残骸には興味はなかったようだし、食べて構わないという許可さえもらえれば十分だったはずだ。こちら側は魔獣の残骸でも価値があることを伝えて、それをもらい受ける約束が取り付けられればいい。
それだけの話だから、難しいことはなかったはずだ。
実際、報告書でもつつがなく交渉は済んだと書かれている。
「ヒロシさんのお役に立ちたいんです!! ってキラキラした目で言われたんだよ。私からジョシュを奪う気?」
そんなことするわけないだろう。レイナの言っている意味がよく分からん。
「くだらないこと言ってないで、これ読んでくださいよ。その上で、俺の見解に誤りはないかを確認させてください。」
考えてみれば、最初からレイナに頼んでおけばよかった。貴族の名前なんかは彼女の方が慣れているはずだ。
「うげぇ、何、その分厚い紙の束……」
露骨に嫌な顔をする。気持ちは分かるけど、俺一人で判断しづらい。なので、頼まざるを得ない。
「あー、もう、勘弁して……
とりあえず、メモとか取ってるんでしょ? それも出して。
ついでにヒロシ君の考えも話して。」
すげぇな。
俺は一つのことに集中してないと物事を把握できないシングルタスクの人間だけに、レイナのマルチタスクな要求が理解不能だ。ちゃんと伝わるかな。
とりあえず、メモを渡す。
「あー、はいはい大体それでいいと思うよ。それで、多分だけれどラベール家はおしまいだね。」
いきなりレイナはズバッと結論を出してくるな。
「今更、サンクフルールでヘマした子を連れてきたところで、何の意味もない。アリティウスとしては、ラベールに全部おっかぶせて手打ちでしょ。
下手にお嬢様の身柄を渡せば、偽物だとか首謀者扱いされて生贄だよ。連れて行くだけ無駄。」
俺は眉をひそめてしまう。人としての情はないんだろうか?
いや、いろいろと難しんだろうな。
「そんなこと散々暗殺とかやってきた家なら、分かりそうなものだけどね。いつでも切れる便利な手駒、そういう立場だって言うのは重々承知の上だと思うのに。
無駄なあがきをするくらいなら、さっさと逃げればいいのにね。」
最後の意見には大いに頷ける。どう考えても八方塞がりなら、地位も名誉も捨てて逃げ回ればいいのに。
そういうわけにもいかないのかなぁ。
いや、あるいはフランシスを生贄に捧げている間に逃げようという魂胆なのか?
だとするなら、ひどい話だ。
「手紙だとさ。
ラベール家が彼女の悪評を立てて、わざと破談させたとも書かれているよね。本当、ひどい話だよ。
その上で善意の第三者を装って、傷物にした子を手籠めにするとか最低。」
あくまでも噂なので、どこまでの真実性があるかは分からない。ただ関係性を見る限り、裏切られたってフランシスの言葉はハロルドにではなく、夫に対してなんだろうなぁ。
しかし、そう考えるとフランシスを追放した理由がよく分からない。そもそも、追放する必要性があったんだろうか?
「やっぱり歪んだ愛情なのかなぁ。」
愛したものに裏切られた、そのための復讐。出来るだけみじめに野垂れ死ねという妄執。
そういうものだとすると、破滅を前にして取り戻そうという気持ちはちょっと恐ろしい。気持ちが分からなくもないあたり、ちょっと嫌な気分になる。
「そんなの愛情なんて言うの? 単なる独占欲でしょ?」
心底軽蔑したようにレイナは言うけれど、俺にはそう言い切る自信はない。少しは気持ちが分からなくもないからだ。手に入らないなら、いっそ穢して壊してしまおう。
そういうものも、やはり愛情なんじゃ……
いや、独占欲ってことにしておこう。
心底、自分が駄目な人間だと痛感させられる。
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