13-13 幸せってなんだろうなぁ。
みんな仲良くできたらそれが一番いいんですけどね。
ハロルドは顔をこわばらせている。
おそらく、フランシスへの暴行の痕は見ているはずだ。
どう考えてもラベール家はおかしい。
調べれば、もっとろくでもない情報が出てくるはずだ。
ただ、相手は他国の貴族だ。外交問題にもなりかねないデリケートな部分をはらんでいる。ラベール家だけではなくアリティウス家、もしくはさらに上の存在についても把握しないとまずいかもしれない。
最悪、帝国との関係が悪化する可能性すらもはらんでいる。一介の男爵が口を出していい話ではないだろう。
だが逆に言ってしまえば、焚き付ける先はある。
もちろん外交問題に発展しないことが最も望ましいし、そのために正式な手順でフランシスをラベール家に引き渡す方が俺にとってはとても楽なことではある。
だけど、それはハロルドの気持ちを無視した話だ。それにフランシスという女性の尊厳も考えてはいない。
所詮俺はどこまで行っても立派な人間ではないだろう。為政者としては、はっきり言って失格だ。
何処まで行っても国際関係なんかよりも、個人の気持ちの方がよほど大切に思う。
「私は、お嬢様に平穏な日々を送っていただければ、それで十分なんです。彼女に幸せを与えられるような力は持っていません。」
おそらく、ハロルドからすれば断りの言葉のつもりなんだろうな。
でも、大筋は分かった。少なくとも、ラベール家に無条件で引き渡すわけにはいかないよな。
「力が必要なのだとするなら、他人から借りるって言う手もありますよ。
まあ、幸せにするのに必要なのは力ではないと思いますけどね。」
じゃあ何が必要だと聞かれると分からないけれども。直感的に出てきたけれど、いったいなんだろうな。
幸せになるために必要なものか。
まあ、俺は低俗な人間だから、欲求を満たせれば幸せな気もするけど。
……身もふたもない。
俺とフランシスを同列に考えちゃいけない。人によって、幸せの形があるだろうしな。
「ちなみに金銭の支払いはしたんですか?」
そう尋ねると、ハロルドは頷く。
「手付に20万ダールほどを。新店舗の開店資金に充てるつもりだったので、少し苦しくなりました。
とはいえ、まだ何とかなると思います。ご心配には及びません。」
んー、そう言うのはどんどん要求がエスカレートしていくものだからなぁ。
正直、一切支払わない方がいい気もするんだけども。
でも、嫌がらせをされるのはハロルドと従業員たちだ。一時しのぎだとしても、必要な損害なのかもな。
「どうせなら、うちの街でも出店してください。
土地は腐るほど余ってるので。必要なら、融資しますよ?」
そういうと、フィリップが咳払いをする。無駄遣いするなってことかな。
「いずれは、考えさせていただきます。
できれば、自己資金で開かせてください。私にも多少のプライドはあります。」
なんだかすげなく断られてしまった。
残念。
しばらく後に、ハロルドはモーダルへと戻っていった。
ハロルドのインベントリは元の場所に残るので、直接は帰れない。なのでカールのインベントリを経由してもらう。
ここら辺の不便さは何とかならんものかなぁ。
俺がついていくか、受取先に人がいないと駄目って言うのは何かと不便だ。
でも、さすがに”収納”君もレベルマックス近くだ。変なことを考えても即座にレベルアップしたりはしない。
だけど、あまり不満を漏らすと変なことで枠を埋められかねないから余計なことを考えるのはよそう。
執務室に戻ったけれど、やることがない。緊急で何か起こるとまずいので、一度読んだ報告書でも読み直すか。
そんなことをしてるとハルトが執務室に入ってきた。
「なんですか?」
ハルトに何か、仕事を頼んでいただろうか?
「いや、カイネがベネットさんにつきっきりだから暇なんだよね。ネット見てるのも飽きたし、なんか面白い事でもないかなって。」
俺は思わず眉をしかめてしまった。
「それなら、ミリーたちの手伝いでもしてくださいよ。色々と忙しいらしいですよ?」
何せ、冬の時期なのに増員を依頼してくるくらいだ。いくらでも人手は欲しいんじゃないだろうか?
「いや、牧場の手伝いとか無理。臭いし。」
そりゃ生き物なんだから、出すものは出す。それが堆肥になったりもするから、貴重な資源ではあるから文句を言っても仕方ないだろう。
「じゃあ、ジョシュ君の手伝いとかどうです? トロールとお話してくれてもいですけど?」
ハルトは首を横に振る。
「交渉事とか、俺には無理無理。どうせヒロシだって、俺には無理だと思って外してたんだろ?」
まあ、それはそうなんだけど。面と向かっては言いづらい。
しかし、無理無理言われてもな。
「でも、ここにいたって報告書か決裁を求める書類くらいしかないですよ?」
一応書類はファイリングされている。
秘書がすべて整理してくれているので、とても見やすい。
「漫画とかないの? 暇な時とかどうしてるのよ。」
報告書を読もうと思ってたけどな。
「一応、報告書に目を通しなおそうかと思ってましたけどね。全部覚えてられるほど、記憶力はよくないですし。」
適当にファイルを取り出して、報告書を眺める。
まだ、領地に来て4ヶ月くらいだったかな? それでも結構な分量の報告書があった。
「多すぎじゃね? どうせなら、電子化して保存しておいた方がいいと思うけど。」
そういいながら、ハルトもファイルを取り出して勝手に見始めた。
……機密情報なんかは無いからいいけどさ。
「1年分溜まったら、電子化しますよ。その時は手伝ってくださいね。」
そういうとハルトは顔をしかめた。
「めんどくさい。何なら、役人全員にノーパソでも渡せばいいじゃん。」
相変わらず、そこら辺の警戒心が薄いなぁ。
「カモフラージュのつもりだろうけど、みんなうすうす勘づいてると思うんだよなぁ。だって、タイプライターなんて異世界人っぽくね?」
それを言われると確かにそうなんだけども。どこまでも警戒していたら、確かに何もできなくなる。
でも、少なくとも役人全員にノートパソコンを渡すのはやりすぎだ。
「まだ誤魔化せてそうなんで、しばらくは紙媒体でやっていきますよ。
……しかし、建物の申請多いな。」
主に住宅だけれど、それ以外にも工房や商店なんかの申請も目立つ。最近の流行りは、ギルドの垣根を越えた町工場みたいな工房だ。
商品ごとに必要とされる分野の職人が集められて能率化を図っている様子だ。
家内制手工業から脱却しつつあるんだなぁ。完全な工場制機械工業まではなかなか至らないだろうけども。
しかし、これだとこの街ってどれくらい人が増えるんだろう?
キャパシティが平気か少し不安になる。
「冬だって言うのに、人が結構集まってるしな。テント立てて、教会の炊き出しに並んでる人も結構いるよ?」
テントだと?
この真冬のただなかに?
気が狂ってるとしか思えない。
「まあ、何期待してるんだか分からないけどビビるよな。冬コミの徹夜組とかそんな感じ?」
実際目にしたことがあるわけではないらしく、ハルトは言葉を濁す。
まあ、俺は始発で言ったことがあるくらいで徹夜組は隔離されている所しか見たことがないけれど、確実にそれよりも過酷だろう。何せ雪が降り積もってるしな。
とはいえ、貧者の救済は教会の領分だ。救援の要請でも来ない限り何もできないよなぁ。
「気にしたってしょうがねえんじゃねえの?
別に誰かに追われてこっちに来たわけでもないだろうし。いやならどこかに移動すると思うけどね。」
行く当てがあるならそうするか。
それに塀に囲まれた街の中の方がましだってことかもな。
「治安の問題もあるかもしれないですから、衛兵に巡回をさせておきますよ。それより何か暇つぶしができるもの見つかりましたか?」
そういうと、ハルトは肩をすくめる。
「やっぱり、カイネとイチャイチャしてた方が楽しいかなぁ。
でも子供ができるって大変そう。」
まあ、大変ではあるよな。ちゃんと子育てできるかどうか、不安には感じている。
でも、そういうハルトはどうしてるんだろうか?
「まあ、とりあえずそこは頑張るしかないんですけど。そういうハルトさんはちゃんと考えてますか?」
そう聞くとハルトはきょとんとした顔をしている。
こいつ何も考えてやがらねえな。
「カイネちゃんに子供が出来たらどうするのかって聞いてるんですよ。ちゃんと考えてるんですよね?」
そういうとハルトは少し顔をこわばらせる。
「やることをやってたら、そりゃ親になる覚悟もしなきゃいけませんよ?
エルフと人間の間に子供はできにくいとは聞いてますけど、出来ないわけじゃないですからね。」
そういいながら俺は避妊具を取り出す。
ハルトにとって、それが必要かどうかは分からないが、そこも含めて考えておくべきだよな。
「こういう時は気前がいいのな。いや、まあ、とりあえず貰っとく。」
そそくさとハルトは懐にしまい込んだ。
使う使わないは自由にしてくれ。
「そういえば、ベネットさんの家族って呼ばないのか? 子供出来たなら、連絡位してるんだよな?」
それはもちろんしている。
春になれば、お母さんがこっちに来る手はずになっていた。
もちろん、うちの領地に住むというのであればそれなりに歓迎するつもりではあるけれど。お義父さんとの関係がなぁ。
ベネットは父親と認めているわけでもないし、お義父さんは俺の事を毛嫌いしてそうだし。
「まあ、そこら辺の親戚関係は春になってからですよ。冬の間に呼び寄せるわけにもいかないですしね。」
お義父さんの人となりも全く分かってないしなぁ。
なんかため息が漏れてしまう。
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