13-9 貴族事情は複雑だ。
国によっても制度が違ったりしますしね。
思った以上にハロルドのお嬢様、フランシス=ラベールというご婦人は複雑な事情をお持ちの様子だ。
元々は、帝国の公爵家アリティウス家のご息女だとか。
最初はサンクフルールの第四王子との間で婚約が結ばれたが15の時に婚約を破棄され、ラベール侯爵家が引き取るように次期当主と結婚。
しかし、すぐに浮気の嫌疑をかけられ離婚。財産を奪われ追放という憂き目にあっていた。
ちなみに、その浮気相手がハロルドという事になっているわけだけども。
「なんか、ご不満そうだね。」
指で机をたたいていた俺にレイナはため息をつく。
「まあ、あくまでも流れてくる噂だよ? 聞きたくもない話はいくらでも聞かされるし。」
レイナの言うとおり噂である以上、尾ひれがついて回るものだ。
ただ、あまりにも悪役令嬢追放ものみたいな話でびっくりしたし、それであるが故に婚約破棄までの流れが出来過ぎだと感じてしまっている。
だって第四王子が舞踏会でお嬢様の悪事をつまびらかにした後に婚約破棄って、実際やられたアリティウス家からしたら溜まったもんじゃない。
実際、そのあと外交問題に発展して帝国とサンクフルールの関係は悪化している。おかげでフランドルは漁夫の利を得て失地を回復できたわけだけど、出来すぎだろう。
「悪事って言っても他の貴族のお嬢さんに対していじめをしていたとか持ち物を盗んだとか、子供じみててなんとも。」
そういいつつ、俺はため息をつく。学校のいじめみたいな内容は、どこまで本気にすればいいのやら。
元々、帝国貴族に対する反感もあったんだろう。その上で、彼女の立ち回りが上手くなかったら、そういうこともありうるのかなぁ。
まあ、別にそれはどうでもいい。
「問題は、その後の離縁の話よね。ハロルドさんって、そんな人だったっけ?」
レイナはあまり付き合いが深くないので、ハロルドの人となりはつかめていないだろう。だから、疑問に思うのは当然だ。
俺にしても3年かそこらの付き合いでしかない。
でも、少なくとも仕事には誠実だし女性に対してだらしないという話も聞いた事がない。
「俺としては、そういうあからさまな関係はなかったと思うけど。むしろ、アリティウスという家は何をしてるんです?」
そう聞くと、レイナは肩をすくめる。
「お家の中でごたごたしていてね。ご当主が亡くなった後、後継者争いで内紛状態。」
うわぁ。そりゃ、出戻り娘に構ってる暇はないかぁ。
「ちなみに追放したラベール家って言うのは?」
使者を寄こしたのがそこなわけだけども、どういう家なんだろうか?
「あまりいい噂は聞かないかなぁ。
脅迫とか恐喝とかで成り上がった家で、暗殺とか誘拐とかも昔はやってたらしいよ?」
それもどこまで本当なのだか。
「まあ、疑るのは当然だね。私もあんまり信じてない。そもそも、彼女が私の知っているフランシス=ラベールとも限らないしね。」
少し疑問に思う部分がある。そもそもラベールというのは結婚相手の姓だ。
それを今も名乗るのは普通なんだろうか?
「少し風習についての疑問なんだけれど、離縁したら元の姓に戻ったりはしません?」
そもそもそこら辺の感覚が俺のいた世界とは大きくかけ離れている可能性もある。
一応確認しておこう。
「正式な離縁をしたなら、本来は生家の姓に戻るものだよ。
ただ、追放って言うことは貴族としての身分も剥奪して追い出したんだろうし、今はただのフランシスと名乗るのが筋なんじゃないかなぁ。」
んー、複雑だ。身分を剥奪って、どういう制度なんだ?
そもそも、爵位は長男が継承するわけで、仮に第2、第3の爵位があっても通常は孫やひ孫に継承されることはあっても、兄弟には継承されないというのが普通だと思っている。
その上で、その他の家族が貴族として扱われるのは爵位を持っている当主の庇護があるから保証されるものなのだと思うんだけどな。
とりあえず俺の考えていた常識を、そのまま言葉にしてレイナに聞かせてみた。
「おおむねその通りでいいよ。
ただ、貴族名簿みたいなものは、連合くらいにしかないけれど。
だから名乗ったもの勝ちな部分はあるかなぁ。」
なるほど。
だとするなら、ハロルドがフランシスをラベール家の人間であると考えるのは普通なのか?
元々、彼はラベール家に雇用されていたわけだしな。例え、追放されていてもフランシスはラベール家の一員なのだという感覚、なのかなぁ?
「とりあえず、ハロルドさんの考えではまだフランシスはラベール家の人間ってことなんでしょうかね?
ただ、あまり信用している様子ではなかったけれど。」
正直、感覚がよくわからない。
心情としてはラベール家に所属している意識はあるけれど、その所属先を信用できないというのはどんな気持ちなんだろうか?想像で補うには要素が少なすぎる。
会社に所属していて、そこの人間であるとは名乗るけれど会社の待遇には不満を抱いているとか。そういう感じなのか?
でも、会社を首になってしまえばもはや関係ないし、むしろそこに所属していた過去を知られたいと思わないものなんじゃないか?
そんなこともないのかなぁ。まともな社会経験がないから、そこら辺の心情がさっぱり分からん。
「そう言うのは、似たような立場の人に聞いてみるといいんじゃない?」
そういうと、レイナは呼び鈴を鳴らす。
それは執事を呼ぶためのもので、彼を通じて用事のある人間を呼ぶというのが決まりごとになっている。
「お呼びでしょうか、旦那様。」
何時でも耳を澄ませているのか呼び鈴に注意するように使用人たちに通達しているのかは分からないけど、即座にフィリップはやってくる。
優秀だなって気持ちよりも、なんかいつも見張られているみたいで怖い。
「ごめん、呼んだのは私。ちょっと聞きたいことがあってね。」
レイナがそういうと、フィリップはレイナに向かって恭しく頭を下げる。
「わたくしめにお答えできることであれば何なりと、奥様。」
参考になるんだろうか?
多分、フィリップの忠誠はビシャバール家にあると思うんだよなぁ。
「仮に、の話ね。あなたが、何の瑕疵もないあなたをヒロシが首にしたとしたら、どう思う?」
そんなこと突然聞かれても困るんじゃないかなぁ。
「正直に答えて欲しいんだよね。あくまでも、とある事への対処について参考にさせてもらうから。」
レイナも酷なことを聞くもんだ。正直、嘘をつかれても仕方ない気がする。
「そうですね。ヒロシ様を恨むでしょう。」
まあ、当然だな。フィリップからすれば、この田舎者がって気持ちになって当然だ。
「その時、あなたはどこの家のものなのかな?」
「オーサワ家のものと名乗るでしょう。」
ん?
「ヒロシを恨んでいるのに?」
レイナはからかうようにフィリップに尋ねる。
「はい。ご当主であるヒロシ様を恨んだとしても、オーサワ家そのものに恨みはございませんので。」
これはどう解釈すればいいんだろうか? 家、というのは当主を意味するものではないという事なのかな?
いや、でもオーサワ家の人間って言いきられたのは、どう解釈すればいいんだろうか?
「ありがとう。ごめんね、変なこと聞いて。」
そういうとフィリップはため息をつく。
「いえ、ご参考になれば幸いです。では失礼します。」
恭しく頭を下げた後、彼は踵を返して執務室を後にした。
俺は、余計に混乱する。
「ヒロシ君さ。人を疑るのは結構だけど、とりあえず今回は前提として執事は忠誠を誓っているものとして考えようよ。」
なんか、自分が忠義を疑る駄目当主な気がしてきた。ちょっと考え方改めるべきかなぁ。
少なくとも俺個人はともかく、フィリップはオーサワ家というものには忠誠を誓ってくれていると考えるべきかもしれない。
「つくづく、自分が小さい人間だなっていやになりますよ。とりあえず、前提は分かりました。」
とするなら、家内に忠誠に足る人物が少しでもいる限りは、やはりその家から心が離れるというのは難しいという事なのかなぁ。
坊主にくけりゃ、袈裟まで憎いと思う俺なんかとは全然違う思考だ。
「まあ、あれだよ。彼女に振られても、彼女のすべてが嫌いになれなくて、うじうじしちゃう男の子みたいな感じだと思えばいいんじゃない?」
レイナの言葉に俺は顔をしかめる。
でも、すごく腑に落ちた。
「じゃあ、吹っ切れるのは新しい彼女が出来た時ですかね。」
そういうとレイナは肩をすくめる。
「漫画だと、それでも吹っ切れない男の子とかもいるよね?」
まあ、気持ちは分からないでもない。
でも、それってある意味浮気しているようなもんだと思うんだよなぁ。
「そう言うのは、お嫌い?」
にやにや笑いながらレイナは俺をからかってくる。
「好きではないですね。」
俺の言葉にレイナは楽しそうに笑みを深めた。
「まあ、そうはいっても男の子もいろいろだよね。
別れたらもう縁は切れたってすっぱり切れちゃう子もいるし、逆にいつまでもうじうじしちゃう子もいる。
人と人って言うのは複雑だよね。」
まあ、フィリップとハロルドでは違う人間だ。どういう心境なのかは、さっきの話で推し量り切れないのも当たり前だろう。
ただハロルドにとって、お嬢様との一線を超えるにはラベール家という存在は大きな壁だけれど、忠義のためにお嬢様を差し出すほどの気持ちは残っていない。
そんなところなのかなぁ。
しかし、そうなるとどう対処するのが正解だろうか?どう考えても、現在のお嬢様の状態は正常ではない。
その異常な状態のお嬢様を抱えて、ハロルドはこれまでモーダルで暮らしていた。
あるいは、その異常な状態があるからこそ彼は彼女とともにいられたのかもしれない。そこをずけずけと立ち入って、関係を正常化すべきだとやるのはいかにも幼稚な発想だろう。
ただなぁ。
状態を確認せずに放置しておくのも、それはそれで問題な気もするし。
”鑑定”するべきか、医者に見せるべきか。それとも何もせずに放置するべきか。。
問題がありすぎて、非常に困る。
なにがしかの決断は下さなきゃいけないよなぁ。
あー、いや。
放置してると、多分ハルトが”鑑定”しそうだ。
それなら、むしろ俺が”鑑定”してハルトを制止すべきだろうな。じゃないと、変な行動をされかねない。
でも、正直なところ、やりたくないんだよなぁ。
もしかしたらハロルドがお嬢様に毒を盛っていて、譫妄状態を維持してたって、可能性としてはないとは言い切れない。
もし、そうだった時、俺はどうやってハロルドと付き合えばいいのか分からなくなる。
いや、駄目だ。
例え何があろうと、知らずに放置はできない。
”鑑定”はする。
じゃないと、それ以降の判断もつけようがない。
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