2-6 道選びも大変だな。
自分から提案した手前、馬車での移動中は色々と忙しくなった。
傭兵二人の常識や考え方を聞くに、二人とも前線要員としてはそれなりに経験があるのだなとは理解できる。
それ故か、戦闘を避けるって言う概念は存在していない様子だ。
重要であることは理解できているが、手段が分からないと言ったところだろう。
俺だって分からない。
ただぼんやりと、偵察や斥候がいないと常に後手に回ることになり死傷者を増やす可能性がある。
その程度の認識だ。
じゃあ、どうやって偵察をするのか?
キャラバンにいたときのことを思い浮かべてみると、全員が目撃していたことをハンスに集約していたことは覚えている。
時折、ハンスがヨハンナに意見を求めていた事もあったな。
でも、基本的な判断はハンスが行っていた。
単にみんなが凄い凄いと言っていても、仕方がないし馬鹿っぽい。
俺は、必死に頭を働かせる。
少なくとも、判断を下す云々の前の段階だ。
まずは、情報を集約するのは大切じゃないだろうか?
で、あるならば気になったことは互いに話すことは重要……
問題は、気になるっていうことの基準だ。
気になるってだけじゃ、まともな情報は集まらない。
知識や経験、つまり記憶の中で照らし合わせる事柄がない限りは、気にとめる事って難しいよな。
「というわけで、これまで襲われた時の事を話してみませんか?」
そういったとき、二人はきょとんとした顔をしていた。
一応、”というわけで”の前に情報の重要性、知識の蓄積については説明したんだけど分かりにくいのかな?
「いや、いきなり言われてもね……うーん、なんか狼に襲われる前に遠吠えが聞こえたとか、そういうことでいいのかい?……」
まあ、当たり前と言えば当たり前っぽいよね。
でも、そういう当たり前のことが気にならなかったんだから再認識するのは重要だと思う。
多分……
いや、本当に自信ないんだよなぁ。
「そういうことも、重要ですよ。まあ完璧に予測なんかはできませんから、間違ってても良いと思ってしゃべってみてください。」
そう促してみて、俺もいくつか気になった点や憶測を話していく。
いや、本当に憶測というより思いこみみたいな事も話してみた。
そうしないと、なかなか意見って出てこないからね。
二人も徐々に意見が出始めたところでメモをとっていく。
口には出してなかったけど、ベネットもトーラスも気になることはたくさんあったんだな。
中には、俺が全く予測もしなかったことも言ってくる。
鳴き真似で、鳥が警戒している鳴き声についてはどう書き留めたもんかと思ったけど……
いっそボイスレコーダーが欲しい。
「気になったんだけれど、グラスコーさんはどうやって道を選んでるのかしら?」
ベネットの言葉に、俺は愕然とした。
考えてみると、旅程は全部グラスコー任せで、どういう基準で道を選んでるのかさっぱり知らなかった。
時折地図のような物を取り出していたのは知っていたが、ただ見ていただけだし意見も求められていない。
ちょっと夕飯時にでも聞いておかないとな……
いや、まあ今更な気もするけどグラスコーはどう考えていたんだろう?
「基本最短距離を移動してるだけだが?地図はこんな奴だぞ?」
夕飯時になりたき火を囲んだところで道の選び方について聞いてみたんだが。
グラスコーは、そんないい加減なことを言って地図を投げて寄越した。
何でもかんでも放るのはやめろ!!
ポリッジを煮る鍋を横切る軌道だったから、落とさないかと気が気じゃなかった。
「ずいぶんと簡素な地図ですね。」
大まかなランドマークに道の表示があるだけだ。
これで迷わずに旅ができるもんなのか?
地図上に鉛筆で書き込んだ跡が見えるところからすると、後から情報を書き足しているのは分かる。
けど、オーガに襲われたとか盗賊を見かけただとか、今もこの情報が有効なのかどうか怪しいものが多い。
リアルタイムならともかく、古い情報なら襲撃者は移動するから意味があるとは思えん。
もちろん、崖崩れで道が塞がれてるとか、洪水で水に沈んでるとか言う災害情報は有効だろう。
復旧が見込めるような地域じゃないんだから、役に立つ。
「………」
いや、ちょっと考えを改めてみるべきかもしれない。
考えてみれば、俺は現代のようにGPSがあって、現在地を把握できるような感覚でものを見ている。
だからリアルタイムじゃないと役に立たないとか、ランドマークしかないと不満に思っているんだろう。
グラスコーはグラスコーなりに、不足を補う努力をしている。
その現れが、鉛筆での書き込みなんだろう。
ハンスの例もあるが、地図に頼らない道選びだってあるはずだ。
とはいえ、今まで特に襲撃を避けようという意志はグラスコーの行動から感じられなかった。
護衛が何とかするものって意識もあるんじゃないだろうか?
戦闘についてなら、それは間違った考えじゃないと思う。
だけど、旅程を定めて移動先を決める立場としてはどうだろうか?
口に出しづらいな。
これが常識と言われてしまえば、なんの実績もない俺が口を出す事じゃないかもしれない。
「グラスコーさん。これまで護衛が道を変更しようって言ったことってありますか?」
眉をひそめ、グラスコーは考え込んだ。
しばらく、思い出すような仕草をしていたが首を横に振る。
「いや、今までそんなことは一度もなかったな。
まあ、蛮地に詳しいなら、俺も道選びはお願いしたい所なんだが……
こっちが雇い主だからな。
口を出すのもはばかられるって言うこともあったんじゃないか?」
やはり、道選びは雇い主が決めるものって言う常識はあるんだろう。
それでもグラスコーの態度からすれば互いに遠慮しあって、そうなってしまった様子も見て取れる。
まあ、日程や目的地については雇い主の意向が優先されてしかるべきだろう。
それでも、護衛側が情報を持っているならそれを提供し、道選びに対して意見を言うべきなんじゃないだろうか?
「一応、トーラスさんとベネットさんと話してみて、分かったんですが、襲撃前に予兆みたいなものが結構あったんです。
場合によれば、道選びについて意見させて貰っても良いですか?」
「構わないぞ。いくらでも言ってくれ。
それで危険が避けられるなら万々歳だしな。」
俺の質問に応えながら、グラスコーはポリッジをよそって渡してきた。
ヨハンナの作ったポリッジとは違い、色は白くない。山羊の乳は入ってないみたいだな。
「じゃあ、よろしくお願いします。それと、いただきます。」
口に含んでみると塩味が聞いている。
おそらく、干し肉が入っているのが決め手なんだろう。
多分香り付けに香草かなにかが干し肉に含まれていて、味を調える効果もあるんじゃないだろうか……
これはこれで美味しい。
夕食中も誰かが周囲を警戒することにしていたので、俺は早々にポリッジを平らげる。
本当はもっと味わって食べたいんだけど、無警戒すぎた事への反省もあった。
と言っても、立ち上がって思いっきり周囲を見回すみたいな大仰な事はしていない。
せいぜい、視界に妙な物はないか、変な音や匂いはしないか気にしている程度だ。
その程度で良いのかと言われそうだが、気を張ってばててしまっては元も子もないだろう。
それに少人数で警戒に当たっているって言うのもある。
普通の人がどれくらい集中できるかは知らないけれど、俺はせいぜい10分もすれば意識が散漫になる。
そんな短時間だけ監視していればいいという物でもないので、必然的になるべく気を付ける程度になってしまう。
まあ、全く無警戒よりかはましじゃないかな。
赤外線センサーとかを買って、設置するって言うのもありなんだろうけど……
移動しながら使うとなると設置にどれくらい手間がかかるかが気になるし、どの程度の広さを想定すればいいかも分からない。
今の段階でちょっとお試しに買ってみるかって気分にはならないな。
うーん……
思いつきで行動できないあたり、思考までは若返ってはいないんだなとしみじみ思ってしまう。
そんな物思いにふけっていたところで、不意に草をかき分ける音が耳に付く。
自然と音のした方向に視線が動くわけだが、すでに日が暮れて暗闇が当たりを覆っている。
たき火の光に慣れた目をこらしてみても、ろくに何も見えない。
ただ、何かが動いているかもと思って見てみると、小山のような物がじっとこちらを伺っているようにも見えた。
ベネットは食事を終えて周囲警戒に入り、トーラスはようやく食事を始めたところだ。
でも、悪いけどここはトーラスには我慢して貰おう。
「すいません。二人ともあっちに何かいるように見えませんか?」
俺は、大きめの声で二人に声をかけた。
普通は声を潜めて奇襲に備えるとか、そういうやり方もあるかもしれない。
でも、それは十分に準備ができているときの手だと思う。
むしろわざと、こっちは気づいているぞとアピールすれば野生動物は逃げていくし、頭の回る奴は考えを巡らしてくれる。
と、まあ期待混じりの素人推察ではあるのだけれど……
今回はどうやら良い方に回ってくれたみたいだ。
「ちょっと見てくるわ。援護よろしく。」
そういって、ベネットが燃えさしを松明代わりに持ち上げる頃には、影は距離をとるように遠ざかっていっていた。
俺も槍を取り出して、一応周囲警戒を強めるが別働隊がいたわけでもないのか、静かなものだ。
そういえば、この槍で何本目だっけな。
木製の柄だと折れやすくて不安だ。
鉄パイプかなんかを買って、柄にしてみようか……
この際だから赤外線センサーも合わせて買ってみよう。




