13-6 式典が面倒なのは当たり前。
校長先生の話で眠たくなった人は多いと思いますが、やる立場になったらと考えると恐ろしいですよね。
港までの道のりは比較的整備されていた。これならSUVでも十分だったかなぁ。
「足が遅いのが難点か? ただもっと雪が深けりゃ話は別か。」
グラスコーは値踏みするように乗り心地を確かめている。
「ちなみに坂道はどうなんだ?」
モーダルじゃ、さほどの高低差はない。そういう意味じゃ、デモンストレーションとしても不足しているか。
「結構いけるよ? この後、山登りでもしてみるか?」
近場の山と言えば、それなりに距離がある。式典が終わった後、時間が余ったら考えよう。
しかし、今の時期は雪山か。
こちらにも一応スキーは存在する。そもそも、そりがあるんだから当然だ。
木製のスキー板というのが存在するから、それで滑るわけだけど基本的には移動手段だ。娯楽で滑る人はいない。
というか、娯楽というイメージがない。リフトがあれば変わってくるだろうけど、わざわざ山に登って一瞬で滑り降りてくるのは娯楽にはならないだろう。
考えてみれば、それは今なら娯楽に変えることが可能ってことか。
そうか。
「お?なんか思いついたか?」
グラスコーが楽しそうに笑う。相変わらず、金の匂いには敏感だな。
「いや、スキーってあるじゃないか。
あれ山の上から滑り降りるのは楽しいけど、わざわざ山に登ってまではやりたくないよな?」
俺の言葉を聞いてハルトは大体察しがついたようだ。
「何? スキー場でも作るの?」
でも、なんか嫌そうな顔をするな。
「リフトがあれば、娯楽になるかなぁって……」
ハルトは続く俺の言葉に顔をしかめる。
「俺スキー場嫌いなんだよな。ただ滑り降りるだけじゃん。何が楽しいんだかさっぱりだわ。」
なんだ? 嫌な思い出でもあるのか?
「もうちょい具体的に話せ。よくわからん。」
グラスコーは俺とハルトのやり取りに呆れ気味だ。
「あー、つまり山の上まで楽に上る方法があれば、スキーで山を下るのだけできるって話だよ。」
グラスコーは少し考えこむそぶりを見せる。
「まあ、少なくともハルトみたいに好まない奴もいるが、楽しめるやつはいるってことだな? よし、山に行くときにスキーも持ってくか。」
まあ、それもありだな。
「俺はパス。それにベネットさんも妊娠中なんだから、男だけで行けよな。」
それは、そうなるだろうな。妊婦にスキーをやらせるわけにはいかないし、山の中じゃ危険だ。
でも、何故かベネットはしゅんとしてしまっている。
「どうかしたの?」
俺が尋ねると、ベネットは恥ずかしそうに顔を伏せる。
「楽しそうだなぁって思ってたから、私も付いていくつもりだったの。」
あぁ、ベネットなら好みそうだよなぁ。
「来年でも試すことはできるから、その時に遊ぼう。」
そう言って、俺はベネットの頭を撫でた。
「約束だよ?」
お母さんになるって言うのに、子供みたいな笑顔で笑われるとドキドキしてしまう。
「もちろん。」
顔がにやけてしまう。デレデレしすぎだろってそろそろ突っ込まれそうだ。
「はいはい、到着したぞ男爵様!! さっさと、式典言って来いよ。」
なんでハルトに切れられなきゃならん。普段は、お前だってカイネとイチャイチャしてるくせに。
式典は毎度毎度長いスピーチが始まる。長ければ長いほど偉いみたいな雰囲気はあるよな。
だけど、俺も男爵という地位を得ていて開発している立場である以上、こっちが長いスピーチをしなければならない。めちゃくちゃ面倒くさい。
大体、誰もが飽き飽きして、欠伸が出てくるだろう。
開発経緯や苦労話とか、それとは関係なしに王子様への世辞なんかも並べ立てないといけない。できうる限り短くしたつもりだけど、それでも拍手はまばらだ。
「以上、長時間お付き合いいただきましてありがとうございました。」
ようやくスピーチが終わり、俺は壇上を辞すことができた。
あぁ、もうちょっと面白くできないもんかなぁ。グラスコーは処女航海の話を面白おかしく話してたのと比べたら、雲泥の差だったな。
「おかえり、ヒロシ。かっこよかったよ。」
自分のために用意された席に戻ってくると、ベネットが嬉しそうに出迎えてくれた。
いやお世辞にも格好良くはなかっただろう。ひいき目があるから、素直に受け取っちゃいけないんだけども。
褒めてくれてるのにそんなことないよって言うのも相手に失礼だよな。
「ありがとう。それより寒くない? 平気?」
俺はベネットの手を握る。
「大丈夫。貰った毛布のおかげで寒くないよ。」
遮熱効果の高い災害用の毛布が効果を発揮してくれているようで何よりだ。
最後の王弟殿下のお言葉が終われば、野外での式典は終わる。
この後晩餐会があって、翌日は舞踏会。流石に舞踏会は見学となるけれど、両方ともベネットに出てもらう。
こうして、第一婦人としてアピールしておかないと変な勘違いをする輩も出てくるからな。
「あ、そろそろおやつの時間。」
妊娠中は決まった時間におやつを取る方がいいという事でベネットは腕時計をするようになった。ネックレスに見えるようなデザインだから、目立つことは無いはずだ。
「ヒロシも食べる?」
おやつはナッツとドライフルーツだ。どっちも乾燥しているから、外で摂取しやすい。
「あぁ、うん。貰っても平気?」
決まった量を食べているとするなら、俺が手を出しちゃまずいよな。
「一応、量は決まっているけど、多めに出すよ。」
そういいながら、深めの小皿を取り出してベネットはナッツを俺に勧めてきた。
「ありがとう。」
俺自身、割とナッツ系の歯ごたえが好きだ。二人してポリポリ食べ始めてしまった。
「ヒロシ様、そろそろスピーチが始まりますので、お控えください。」
王弟殿下が寒空の下、壇上に上がられたので俺はナッツに手を出すのをやめる。やっぱりこういう時、執事がいてくれると助かるな。
周囲を見ないで、変なことをしなくて済む。
フィリップには事前にモーダルに来てもらい、いろいろと準備を済ませてもらっていた。面談をしたいという誘いや援助を求める人なんかも大勢いるから、それらをより分けてもらわなければ大変なことになっていただろう。
式典での打ち合わせなんかも、ほとんどお任せできたので苦労と言えばタイツを履かないといけないことくらいだ。
相変わらず、正式な式典ではタイツで若干足元が寒い。
多くの場合は羊毛で作られているけれど、最近は絹製のタイツも流行っている。この絹製のタイツって言うのが困りものだ。
触れると冷たいし、薄手で保温性がよろしいとはとても言えない。
しかも、ぴっちりしていればしているだけよろしいという価値観だから、とても締め付けてくる。これは本当にどうにかならないかなぁ。
王弟殿下も寒さに若干震えている。
それでもスピーチは朗々と、声を震わせることもなく立派に行われているのだからすごいよな。
「ますますの繁栄を願い、諸君の努力が続くことを願う。」
その言葉が締めくくりとなり、拍手が起こる。俺も、ちゃんと拍手を送った。
これで式典は終わりだ。
早々に次の晩餐会へと移動したいところだけれど、退席する順番というものもある。しばらくは、ここからは動けない。
「お茶をどうぞ、ヒロシさん。」
そういいながら、カイネが俺に温かい野草茶を勧めてきた。
ベネットの付き添いという名目で近くに控えてくれていたけど、立ちっぱなしで平気かな? 出来れば、フィリップともども座ってられたら楽なんだけど。
「式典も終わったし、座ってもよくない?」
そう言って、俺は椅子をインベントリから引っ張り出して、二人に着席を促す。
「私は結構です。立っていた方が楽なので。」
そういう事ってあるのかな?
「では、せめて飲み物だけでも。」
そう言って、カイネがフィリップにお茶を勧めた。
「いただきましょう。
朝から何も口にしてなかったもので、失礼します。」
あぁ、確かに式典の会場に用を足す場所は少なかった。この後、移動すれば適当に済ませられるだろうけど、ずっと会場にいたら警戒して何も口にできないか。
苦労かけちゃったなぁ。
「迷惑をかけましたね、フィリップ。」
なんか、本当に頭が下がる思いだ。
「いえ、飛んでもございません。お役に立てたのであれば、光栄にございます。」
何か報いられるといいんだけどなぁ。
とりあえず、出来るのはお金払うくらいなんだけども。給金としては、それなりに渡してるしなぁ。
それに、単にお金を足すって言うのはなんだか嫌味な感じだよな。
なんとも難しい。
晩餐会も慣れたものだ。以前は味なんか全然わからなかったけど、会話をしながらでも普通に味わうことができた。
流石モーダルだけに、味はおいしい。
蒸気船で運ばれた食材がメインなので、かなり色彩が鮮やかだ。ピーマンとかパプリカみたいな野菜なんかも使われていた。
どうもそういう色鮮やかな食材は古い貴族の方々には不評だったらしく、俺とベネット以外は残してしまっている。
もったいないな、おいしいのに。
「これ面白い。緑野は苦いのに、黄色いのとか赤いの甘いよ?」
ベネットは楽しそうに口に運んでいる。
「唐辛子と同じ品種なんだよ。あれは辛いのに、こういう味になるから不思議だよね。」
俺は、割とピーマンが好きだ。この独特の苦みがおいしく感じる。
しかし、俺がいた世界では品種改良ののちにピーマンやパプリカになったはずだから、あっちの大陸ですでにピーマンがあるのはちょっと不思議だ。
あっちで品種改良が進んだのだろうか?
まあ、そこら辺の事情はあとでグラスコーに聞いてみるか。
「あれ? これってトウモロコシ?」
コンソメスープにスイートコーンが浮かんでいる。
ベネットはデントコーンは知っているが、それよりは小ぶりの粒に不思議な顔をしていた。こっちも品種改良されて作られたもののはずなんだけどな。
「そうだね。多分、同じ品種だと思う。」
とりあえず、俺はスイートコーンに見えるものを口に運ぶ。
うん、ちゃんと普通のスイートコーンだ。若干、甘みは薄いかもしれないけれど。
「よく口になさいますな、ヒロシ卿。」
見た目に怯えている男爵の一人に声をかけられる。
「あぁ、うちの領内でも育ててもらっているものですから。
とはいえ、家畜の飼料に使うために育ててるんですが、それと比べるととても甘い。」
そういうと興味が湧いたのか、その男爵もスープに浮かぶコーンを口に運んだ。
「確かに……
おっしゃる通り甘いですな。こんなに旨いものを家畜にあたえておられると?」
俺は苦笑いを浮かべる。
「いやいや、これが特別なものなんでしょう。うちで育ててもらっているのは、甘みがなくてぼそぼそしています。
人が口にするには粉にして焼かないと食べられません。」
特別なものという言葉で、手を付けなかった他の貴族たちも口にし始めた。余計なこと言っちゃったかなぁ。
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