13-5 久しぶりのモーダル。
見た目はファンシーだけど実用的な呪文と雪上車が出てきます。
モーダルの家に転移すると寝室は以前のように綺麗なままだ。掃除も行き届いている。
カールは綺麗好きだもんな。変わらない様子に俺は笑みを浮かべてしまう。
「お借りなさい、ご主人様!!」
カールが笑顔で出迎えてくれた。相変わらず、ゴブリンの不細工な顔だけど、見慣れると可愛く見えてくるから不思議だ。
「ただいま、カール。とりあえず、こっちで何か変わったことはあった?」
ベネットをベットに座らせながら、尋ねる。
「弟子が出来たよ! お仕事も手伝ってくれてる!!」
ほう、そうなんだ。それは知らなかった。
カールの稼ぎもだいぶ増えてきたことを考えると不思議な話じゃない。売れっ子というくらいには名声も高まったんじゃないだろうか?
だとするなら、弟子の一人や二人いても当然だ。
ふと見れば、若い男女が部屋を覗いている。一緒に連れてきたマーナが二人を威嚇するように唸っている。
「マーナ、そういう風に威嚇しなくていいから。」
そういうと、マーナが俺の足元にやってくる。
でも警戒は続けていた。なんか、人見知りするんだよなぁ。
「とりあえず、俺は外に出ておくわ。カイネ、準備終わったら宿を探そう。」
ベネットの世話をしてくれているカイネと、そのカイネに付き添う形でハルトも同行している。邪魔にならないようにハルトは、居間の方に移っていった。
「お出かけする際には声をかけてください。多分、外は雪が積もってるでしょうし。」
カイネは窓の外を見て、顔をしかめる。
「相変わらずモーダルはぐちゃぐちゃですね。」
窓の外を見なくても、何となく想像はつく。きっと、馬車の車輪と人の足で泥と雪が混ざり合ってひどいことになってるんだろうな。
「ありがとう。私もさすがに、この状態でモーダルを一人で歩きたくなかなぁ。」
苦笑いを浮かべながら、ベネットは自分のお腹をさする。
いくら《軟着陸》の指輪があろうとも、妊婦が転んだらシャレにならない。下手すると目に入らないかのようにぶつかってくる人もいるだろうしな。
そこら辺の配慮を求めるにはそれなりの準備が必要だろう。
「宿探しをしますんで、しばらく離れます。ヒロシさんも、注意してくださいね。」
俺はカイネの言葉に手を挙げて応える。彼女は毛布やクッション、薬などを準備し終えると部屋を出て行った。
「久しぶりだね。お城のお部屋は広いけど、こっちの方が落ち着くかも。」
ベネットは嬉しそうに笑う。広い部屋が落ち着かないことには俺も同意だ。
「とりあえず、ハルトさんたちが部屋を見つけたら事務所の方に顔を出そうか?ライナさんやベンさんにも挨拶をしてを着たいし。」
そうだね、とベネットも頷いた。
「こんな雪の中、妊婦を連れまわすなんて男爵様もひどい男ねぇ。」
ライナさんに呆れたような顔をされてしまった。
「違うんです。私が無理を言ったから……」
ベネットは冗談を真に受けて慌てた様子を見せる。
「冗談よ。ちゃんと準備はしてるんでしょ?ヒロシは慎重派だからね。」
それに比べてと、ライナさんは上を見上げる。
「おーい、ライナ。ジャケットってどこやったっけか?」
グラスコーがどたどたと階段を降りてくる。
「お、ヒロシじゃねえか。久しぶりだな。」
日焼けした顔で嫌らしい笑みを浮かべる。前よりも痩せただろうか? 変な病気もってないだろうな。思わず”鑑定”してしまう。
「へぇ、あのじゃじゃ馬が母親ねぇ。世の中分からんもんだな。」
お前ぶっ飛ばすぞ。
「おっと、冗談冗談。お前、嫁のことになると冗談通じなくなるよな。」
殺気を感じたのか、グラスコーは俺から離れた。
「面白くない冗談言ってんじゃねえよ。それとジャケット。」
椅子に掛けてあったグラスコーのジャケットを渡す。
「お、ありがとよ。しかし、あれだな。改めて思ったが、フランドルってのは住みにくい国だなぁ。」
うんざりとした顔で、窓の外を見る。今も雪が静かに降っていた。
「あっちの大陸だって似たようなところはあるだろ? 南に行けば行ったで、疫病はあるし嵐もある。
どこでも楽に暮らせる国なんかないんじゃないか?」
そういうとグラスコーは笑う。
「確かにそりゃそうだがな。どこだって変なしがらみがあるし、連合に食われた国なんか悲惨なもんさ。
サンクフルールなんかも戦争戦争で、大荒れだ。
まあ、それが飯の種でもあるがなぁ。」
またいやらしい顔で笑う。
「そういや、軍艦作ってるんだって? できりゃ、他の国にも売りつけたいところだな。」
蒸気船については、おそらく連合にも製造方法は公開されるはずだ。そうなれば、あとは砲艦建造競争になるのは必然だろう。
とはいえ大砲の性能はあまりよろしくない。黒色火薬だとどうしても性能は落ちがちだ。そこら辺の発明も、今後出てくるのかなぁ。
魔法が絡むとどうなるか分からないな。
「まあ、そこら辺の話はあとでしよう。そういえば、そっちの嫁は?」
イレーネの姿が見えない。第二婦人のレイシャの姿もだ。
「さっさと先に出ちまってるよ。あいつらにとっちゃ俺の方がおまけだからな。」
苦笑いを浮かべて、グラスコーは頭を掻いた。
「後継者はどうするのか考えてるのか?」
嫌な話だけど、イレーネの実家から人を捻じ込まれたら困る。それなりにグラスコー直系の人間じゃないと乗っ取られかねない。
「そこら辺は、甥っ子がいるからよ。いずれ大きくなったら、お前んところに預けるわ。」
俺に預けられても困るんだけどなぁ。
「寄らば大樹の陰って言うだろ? 俺の子供がよそでできたら、それはそれで考えるけどよ。
んー、妾の子よりかは甥っ子の方がましか?」
それは好きにしてくれ。どっちにしろ、後継者を決めずに死ぬのだけは勘弁して欲しい。
「とりあえず、イレーネの奴にはそういう野望はねえから安心しろ。もしそうだったら、ホムンクルスでも作ってんじゃねえかな。」
レイシャとイレーネ、二人の遺伝子を使った人造人間か。確か、そういう研究があるのは知っている。
まだ研究段階で影も形もないけれど、イレーネが本気ならそういうことをしそうではあるな。
ただ家の繁栄を目指すような貴族的思考からは程遠い人間だ。でなければ、グラスコーを巻き込んで偽装結婚なんかしないだろうしな。
家よりも個人、そういう珍しい思考だから今の関係が成り立っていると言っても過言じゃない。
本当、不思議な関係だ。
「そういえば、移動はどうするんだ? 今だと雪狼ぞりが安全かもしれんが?」
一応それについては対策済みだ。
「雪上車を使ってこっちまで来たから、それで移動するけど。そっちこそどうするんだ?」
多目的用雪上車で雪道でも安全に移動できるように配慮してある。
「雪上車? なんだそりゃ? 面白そうだから、俺も乗せろよ。」
言うと思った。
一応、多人数で乗ることを想定していたからグラスコーくらいなら乗せても問題はないだろう。
「いいけど、どうせなら買ってくれよ。
最近、軽トラばっかしか買ってくれないからこっちとしては懐が寂しいんだ。」
そういうとグラスコーはにやりと笑う。
「そりゃ、出来次第だな。しかし、がめつい男爵様だぜ、まったく。」
そういいつつも、グラスコーは嬉しそうに笑う。
事務所の外に出ると、やはり雪が積もっている。ここを滑らずに歩くには手間がかかるんだよな。
雪上車まで歩くだけでも、ちょっと怖い。
いや、別に自分が尻もち撞くくらいなら何の問題もないんだけども。ただ、カイネの呪文があれば、そこの問題は解決した。
外に出たところで彼女が《常春の畦道》という呪文を唱える。
対象は道そのものではなく人の足元や乗り物の車輪なわけだけども、これがなんともファンシーな呪文だ。
「どうぞ」
そういいながら、カイネがベネットの手を引く。雪でぬかるむ道がベネットとカイネが足を踏み出すたびに草花に囲まれ、ふかふかのクッションの上を歩くように足元が安定する。
一度に複数対象にかけられるらしいから、俺やグラスコーも歩くたびに花が散る。
「なんだこりゃ。男にかける呪文じゃねえな。」
グラスコーはやや不満気だ。
「でも、歩き心地は格段に良いんじゃないか?」
そういうと、渋々といった様子でグラスコーは頷いた。
「見た目以外は最高だ。ちょっと恥ずかしいことを除けば、便利っちゃ便利だな。」
確かにちょっと恥ずかしいかもしれない。
と言っても仕方ない。そういう呪文なんだから。
とりあえず、俺は先回りして雪上車のドアを開ける。流石にグラスコーも気を使って、ベネットを先に乗せてくれた。
がさつに見えて、案外繊細なんだよな。
グラスコーが乗り、最後に俺が乗り込む。
「お、グラスコーさんじゃん。お久しぶりー!」
運転席のハルトがバックミラー越しにグラスコーを見つけて、挨拶をする。
「おい、ハルトが運転手か?平気だろうな?」
グラスコーの心配も分かるが、昔と比べれば格段にましになってる。多少荒い部分はあるけれど。
「ひどいなぁ。安全運転気を付けてるんで信用してくださいよ。」
ハルトからすれば、心外だって気持ちにもなるか。結構頑張ってたもんな。ただ、癖って言うのはなかなか治らないものだけど。
「飛ばし過ぎないように、よろしくお願いします。」
念のために俺はハルトに注意を促す。
「へいへい。まあ、どうせこいつじゃ速度出ないしな。」
無限軌道だからどうしても速力は落ちる。
とはいえ、それだけ安定性も高いという意味でもある。どうしたって、どっちかを犠牲にせざるを得ないんだよな。
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