13-1 執事を雇えるご身分とはいえ、節約は必要だよね。
トロール退治です。
領地を貰って初めての年明けを終え、領地は落ち着き始めた。
そうなってくると心配になってくるのはベネットの様子だ。
つわりは殆どなかったけれど、妊娠中期になってくると足がつったり腰痛で苦しむようになった。原因は食事や骨盤のゆがみ、血行不良が原因なので、食事に気を使ったり運動しやすい環境を作ることに気を使う。
もちろん、マッサージをしてあげるのも俺にできることの一つでもある。
やり方については、ちゃんと調べておいた。
下手な触り方をすると逆に妊婦に負担をかけるかもしれないと思って慎重になっていたけど、それは正解だった。押してはいけない場所とかもあるんだな。
ベネットの白い肌を優しく傷つけないように、ゆっくり摩っていく。背中やふくらはぎを揉んだり、足首を回してあげたり、腕を上げて肩甲骨あたりを押してあげたりする。
「ヒロシのマッサージって、なんだかエッチだよね。」
何故そうなる。
「エッチって何が? 気持ち悪い?」
そう聞くとベネットは首を横に振る。
「逆。気持ち良すぎる。」
ベネットは恥ずかしそうに顔を赤らめる。そういう表情をされると、こちらとしても困る。
でも辛そうにしている様子を見ると、マッサージしてあげないというわけにもいかないしな。
「気持ちいいなら、エッチとか言わない。そういうことが目的じゃないんだから、変に意識させないでよ。」
こうやって女性の肌に手を触れさせる機会なんか、元の世界では全くなかったんだ。どうすればいいか分からなくなる。
いや、でも、こうしてベネットに触れられるだけでもなんだか幸せな気分になる。
本当は、膨らんできたお腹を撫でまわしたいけれど、そういう安易な行動はすべきじゃないよな。気持ちが暴走したら壊してしまいそうで怖い。
「ヒロシ、ちょっとおっかなびっくりだよね。だから、その……」
あぁ、そうか。もっと堂々としてないと、後ろめたい気分になっちゃうってこともあるか。
「ごめん、じゃあ俺が意識させちゃったんだな。」
俺が謝るとベネットは首を横に振る。
「私も余計なこと言っちゃった。でも、ありがとう。これで寝られるかなぁ。」
それは何よりだ。
ゆっくり寝て、体を落ち着けて欲しい。
翌日眠い目をこすりながら、執務室に入る。
決済しなければならない書類に目を通し、サインを書いていく。最初の頃のような山のような書類はめっきり数を減らした。
それはそうだ。
大抵は、一度決めた命令に沿ってつつがなく処理されるのが普通だからだ。もしこれがずっと続くようであれば、何か処理をミスしている。
午前中には決済は終わるので、あとは秘書に任せられる仕事だ。ビシャバール家から来た秘書の男性は、優秀で殆ど任せきりで行政の仕事は運営できる。余計な会議も開かなくていい。
まあ、余計なことは一切話さないので、ちゃんと意思疎通できてるのか心配になることはあけども。
家内を取り仕切ってくれる家宰の人もビシャバール家出身の人だ。
問題はそこなんだよなぁ。ほとんどが、侯爵家の人材で占められてしまっている。そこに不安を覚えるというと問題があるので口出しはしないけども。
「ヒロシ様、少々お時間よろしいでしょうか?」
執事さんが俺の昼食を準備しながら、声をかけてきた。珍しい。なんだろうか?
「構いませんよ。えーっと……」
やばい、名前をど忘れしている。
「フィリップでございます。ヒロシ様。」
俺は苦笑いを浮かべる。
「すいません、慣れないもので。それで、フィリップさん。ご用件は何ですか?」
俺がそういうと、フィリップも苦笑いを浮かべる。
「私はヒロシ様に仕える身。できうれば、呼び捨てでよろしくお願いします。用件でございますが、収支の件でお聞きしてもよろしいでしょうか。」
収支の件?
支払いに滞りでもあっただろうか?
「こちらが、前年の収支でございます。」
年が明けてしばらくたっている。決算は終えているから収支の書類は確認済みだ。特に問題はなかったと思うけどなぁ。
「これが何か?」
少しフィリップは悩むそぶりを見せる。
「差し出がましい事かとは存じますが、少し出費が多いかと存じます。特に村への支援や税の免除など、すべてオーサワ家の資産から支払われております。」
まあ、初年度だしなぁ。
税を徴収する機会は2回ある。ベルラントの街で徴収する市民税が春。支配下の村から国に納める税を徴収するのが秋だ。
村への課税はいったんすべて国に納め、納税官としての報酬が還付される。額としては1/3が戻ってくるわけだけど。正直、あまり期待していない。
そうなると、春の市民税が主に領地経営の原資になるだろう。
それが手に入ってないんだから、持ち出しになるのは当然じゃなかろうか?
「まだ領地をいただいたばかりなのだから、それは当然では?」
そういうと、フィリップは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「もちろん、それは存じ上げております。しかし、では果たしてこの額を税のみで吸収できますでしょうか?」
あぁ、なるほど。
オーサワ家の資産管理は確か執事の領分だったか。これからも、領地経営の費用がオーサワ家の資産を食いつぶすようでは心配だという事か。
でも、正直なところ持ち出しは無くならないと思うんだよなぁ。
「一応、目途は立ててますよ。5年後、農村部が持ち直さないようであれば荘園化します。蛮地からのパイプラインが問題なく開通できれば、そこからの収益も見込めます。遺跡についても、徐々に人が増えてきているので、そこからの税も徴収できます。
そのための先行投資だと思ってもらえれば安心してもらえますか?」
まあ、安心できる要素は何もないんだけどなぁ。フィリップの表情からも如実に感じ取れる。
「私は商売には明るくはありません。ですので、展望については口出しは致しかねます。とはいえ、役人や衛兵を雇いすぎではありませんか?」
確かに人件費だけでも400万ダール、4億円近い予算を計上している。
前年の支払いだけでも1億円支払ってるもんな。
それを支払えるだけの稼ぎがある自分が恐ろしい。
主に、グラスコー商会の共同経営者としての収入だけれど、他にもへそくりが存在している。”売買”による、差額の収入だ。
流石に共同経営者としての収入よりは減ったが、以前はそれで儲けていた。
なので、市民税を取りっぱぐれたとしても、今年の支払いはできるし来年もフィリップに任せている資産で賄うことは可能だ。
とはいえ、2年分と考えると心配と言えば心配か。
ただ、それはあくまでも最悪の場合だ。商会がつぶれて市民税も徴収できない。そんな状況にでもならなければ、資産を食いつぶすという事はない。
けど、そういうことを心配させるだけの金額ではあるかなぁ。
「平民に労役や兵役をかけて動員してみてはいかがでしょう?」
普通の領地ではよく聞いた話ではある。農村なんかでも、若者を土木工事などに無償で従事させるというのが普通だ。
でも、それやるなら俺が呪文でやった方が早い。
「それは、やりません。
何か仕事をさせるなら、ちゃんと対価を支払いますよ。そうすることで人が集まり経済が回り、ゆくゆくは領地の発展につながります。
回収はその後で十分でしょう。」
フィリップは懐疑的な顔をする。当然だよな。
言っている俺自身が信じていない。そこまでうまく回ってくれるなら、苦労はしないからだ。多分、身銭を切った分は戻ってこないだろうな。
「わかりました。深いお考えの上でのことと存じます。これ以上の口出しは致しません。」
不満や不安はあるだろう。それでもそれを飲み込んでくれたようだ。
掛け値なしで優秀な人だよな。
「それで午後はトロールの討伐に出るので、留守をよろしくお願いします。」
そう笑顔で伝えると、フィリップの顔が曇る。
「領主自ら討伐されるようなことではないのでは?」
いや、とりあえず戦力的に俺が出て行った方が安全だ。
「傭兵を雇うよりも安上がりですよ。余計な出費を抑えると思ってください。」
フィリップは藪蛇だったかと天を仰いだ。
トロール狩りは意外なほどすんなり終わった。
スノーモービルを使った機動力と銃器を使った遠隔攻撃は予想以上に功を奏して、ほぼ無傷で水晶鰐を破壊。トロールたちは酸や炎で焼かなければ倒せないが、捕縛して戦闘不能にすることができた。
引き撃ちがこんなにうまくいくとはな。
もちろん、戦闘参加してくれたジョシュやカイネの呪文によるサポートもあったので危ない所を何度も助けられたわけだけども。トロールたちの武装であるこん棒やら投石もあの巨体から繰り出されると結構な脅威だ。
それを目くらましや足止めで防いでくれたのは大変助かった。
問題は、気絶しているトロールたちだよな。
全員を鋼線で作られたワイヤーでぐるぐる巻きにはしておいた。これでワイヤー千切られたら、呪文で焼くしかないか。
「やっぱ銃って便利だよなぁ。どうせなら、サブマシンガンとかよくね?」
今回は俺が使ったことのあるブルパップ式のショットガンをハルトにも使わせてみたけど、案の定調子に乗っている。
「導入しない理由もあるんですよ。余計なこと言うなら、それも使わせませんよ?」
そういうとハルトは不満げな顔をする。
「個人的には、その銃も興味あるけどね。短い銃身なのに結構威力高かったみたいだけど。」
トーラスがブルパップ式の銃に興味を抱いたようだ。
「こいつは、銃身がストック部分まで伸びてるんですよ。だから、一見すると銃身が短く見えるんです。」
なるほどと、トーラスは頷く。それだけで意味が通じるのが不思議だな。
トーラスの後ろに乗っているジョシュはいまいち何を言ってるのかつかんでいないのと対照的だ。
まあ、興味のあるなしで理解力に差があるのは自然なことだよな。
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