12-28 飲み会で仕事の話をするのは無粋なのは分かってるけれど。
犯人は身近な人物でした。
城での宴会と言えば、晩餐会や舞踏会なんかが思いつく。今回は、スカベンジャー相手の歓待だ。そのどちらともいえない、形式には合っていない宴会だ。一番近い雰囲気は、居酒屋かなぁ。
と言っても御酌をしてくれる女性がいるわけだから、それとも若干雰囲気が違う。
もちろん、俺はベネットがいるわけだから女性を侍らせるつもりはない。そこら辺は、女性たちも心得ているらしく、しつこく絡んでくる女性はいなかった。
そういえば、あの肌白なエルフさんが来てるんだなぁ。ジョンのグループはもちろん、他にもハンスとロイド、テリー、トーラス、それにハルトまで参加してきた。お前、カイネに怒られても知らんぞ。
「彼女持ちなんでしょ? そんなことしていいのかなぁ?」
「平気平気、だってちゃんと許可はもらってるし。」
本当かよ。ハルトの軽い口調が気になって仕方ない。ちゃんと説明したうえで許可を取ったのかなぁ。
ちなみに他の彼女持ちは、ちゃんと彼女を同伴している。とはいえ、彼女そっちのけで男同士で盛り上がっている様子だが……
「え? まじで? あれの新作出てんのかよ。俺も買っとこう。」
「それより、鎧の新作の方が気になるかな。テリーさんは、目星付けてますか?」
「いや、今回は重い鎧ばっかりだからスルーかなぁ。武器を仕込める手甲って言うのは興味あったけど、別売りしてないんだよね。」
なんか、色気のない話してるな。どうやら、うちの商会で扱っている武器や鎧の話らしい。
「嫁さんが妊娠中だから一人寂しくかい?」
不意にトーラスがやってきて、俺のグラスにワインを注いでくる。このワインは比較的飲みやすいから、注意しないとへべれけになる。気を付けないと。
「いや、別に寂しくはないですけどね。」
みんないろんな話をしている。その雰囲気だけでも楽しいものだ。
「そういえば、見回りしてくれてたんですよね? ベルラントはどうですか?」
そう聞くと、トーラスは肩をすくめる。
「酒の席でも仕事の話? いや、まあいいけど。」
苦笑いを浮かべてトーラスはワインを一口飲んだ。
「とりあえず、森の中はやばいね。魔獣がうろちょろしてる。ハルトが調べてた通りだね。」
事前に森の中はハルトの能力で探査を行っていた。とはいえ、森の奥深くには踏み込めない。だから外縁をぐるりと見まわっただけだけど、それでも結構な数の魔獣が観測されている。
「とはいえ、街道に出てくるのは少ないし報告が上がっている場所の対処さえ済ませてしまえば問題ないんじゃないかな?」
その報告の数も結構上がってきてるんだよなぁ。
「傭兵に頼むのが常道ですかね。」
トーラスは悩むそぶりを見せた。
「衛兵だけでは厳しいのは確かだよ。だけど、全部を任せても平気?結構な額を要求されると思うよ?」
おそらく、領地から得られる収入だけでは賄いきれない。ある程度は自分たちで始末をつけるべきだよなぁ。
「とりあえず、ハンスは砦の守りに専念してもらうとして、ハルトと俺、それにトーラスさんくらいですかね。」
テリーにはミリーのサポートをしてもらう必要がある。ロイドは城の守りに入ってもらいたい。
となると、やはりその3人かなぁ。
「あとはカイネちゃんかな? 治癒役はどうしたって必要だろう?」
トーラスの言葉はもっともだ。怪我をする可能性はいつだってある。
「あー、そういえば第二婦人様はどうなの?」
レイナかぁ。
間違いなく、この城で一番の戦力にはなると思う。
「あまり当てにはしたくないですね。見返りは傭兵以上に要求されそうだし。」
対価として何かをねだられるくらいなら別に構わない。問題は、それ以外の厄介ごとを押し付けられる可能性だ。
「まあ、彼女本人じゃなく、お弟子さんに協力願うくらいはいいんじゃないか?」
まあ、確かにジョシュもそれなりに成長している。彼の手助けがあれば、確かに助かる部分もあるか。ただ危険な目に会わせるのは問題だよなぁ。
「男性二人でお仕事の話?
お酌くらいはいいわよね、黒髪の王子様?」
そういいながら、色白のエルフさんがお酒を注ぎに来た。
「そのあだ名、久しぶりに聞きましたよ。誰が広めたんですかねぇ。」
拒否するのも失礼だから、御酌だけは受けよう。
「え? 私だけど?」
ん?
「知らない? 二人を題材にした小説。」
それは知っている。確かにあの小説から、そういうあだ名がついたような気もするけど。
「あれ、パクられたりもするけど、大本は私が書いた本だよ?」
俺はどんな顔をすればいいんだろう?
いや、あくまでもフィクションだ。プライバシーだとかとやかく言う理由はない。脚色も入っているし。
でも、どおりで筒抜けなわけだ。
「あー、フローラさんが書いてたんだね。そういえば、僕も二人の事は根掘り葉掘り聞かれてたなぁ。
あれ、取材だったんだ。」
トーラスがそう漏らす。
多分、グラスコーなんかもボロボロ漏らしてたんだろうなぁ。俺も、口を滑らせていたような気もする。
「出来れば、この街に移り住んでもいいかな? 新作のためにいろいろと聞きたいしさ。」
俺はどう返事をしたものだろうかと、しばらく悩み、お酒を口に運ぶ。
「駄目?」
こういう時誰に助けを求めればいいんだろうか?
「いや、駄目ではないですよ? ただ、こんな田舎に越してきても、碌な仕事ありませんよ?」
実際、夜のお店らしきものは殆どない。小説家としてやっていくって言っても、職業作家が営めるほど出版物も一般的じゃない。暮らしやすくはないと思うんだよなぁ。
「平気平気。仕事なんて作ればいいんだし。」
どういうお仕事か聞くのはためらわれる。大っぴらに許可できないような仕事だろうしなぁ。
「冬場は仕事無くなっちゃうから、しばらくはゆっくりするけどねぇ。」
どういう事だろうか?
冬場の方が仕事がはかどりそうな気もするけど。
「逆じゃないんですか? レイシャさんは冬場が儲け時だって言ってましたけど。」
毛皮に覆われた人狼は特に冬場に客が付きやすいとは聞いていた。
「私は彼女とは逆だから。」
どういうことなのだろう? 俺は、彼女の名前を知っていたトーラスの顔を見る。
「ヒロシ、彼女は雪女なんだよ。」
雪女?
……そういう、種族なのかな?
どうしても民話とか怪談に出てくる雪女のイメージがこびりついてしまっていて、上手く呑み込めない。
「そうそう、雪女。だから、冬場に抱いたら胸の鼓動が止まっちゃうかも。」
けらけらと笑う。その陽気な雰囲気は、雪女のイメージからはかけ離れている。もっとじっとりとしたイメージなんだよなぁ。
「でもモーダルから売れっ子二人が消えたら、モーダルも寂しくなるかもしれないね。」
トーラスが冗談めかして言う。
「売れっ子って言っても、変わり種だからね。モーダルの女の子は、レイシャと私が抜けたところで揺るいだりしないと思うわよ?」
夜の街の事情には詳しくないから、二人の会話についていけない。というか、トーラスは何気に詳しいよなぁ。
いや、俺が疎過ぎるだけかも。商人なら、もう少し知っておくべきだったかもしれない。
「とりあえず、他の子もこっちに越してくるかもね。だから、大目に見てちょうだいね、男爵様?」
そうやって媚を売られてもなぁ。
いや、正直ドキドキする。
「やりすぎないでくださいね? 表向きには許可は出せませんから。」
俺は目を反らしながら答える。
「それはもちろん。奥様から睨まれたら、避妊具や衣装、卸してもらえなくなっちゃうし。」
ん?
それって、えーっと。ベネットが避妊具や衣装を商っているってことか?
「病気の治療とかで縁が出来てね。私たちみたいな女でも、分け隔てなく扱ってくれる女性って少ないでしょ?」
確かに、教会のシスターなんかは性的なものに忌避感がある。ともすれば、それが差別感情になる時もあるだろう。
そういう意味で、同性でなおかつ治療も行える人材って言われると数は限られるよな。
森の魔女か異端の神の使いか。
考えてみるとベネットも特殊な立ち位置だし、カイネも変わった存在だ。こうして考えるとひとの縁って言うのは奇妙なものだなぁ。
しかしベネットがいろいろと商売をしていたのは知っていたけど、夜の街と繋がっていたとは露ほども知らなかった。
女性向けの商売というのに口を挟みづらいという事で、任せきりだったからなぁ。
後で多少聞いてみようか?
「奥様の知らない一面を見た気分?」
フローラは、楽しそうに笑う。
「そうですね。理由を聞けば、彼女らしいなとは思いますけど。」
そばにベネットがいないことが少し寂しく感じてしまった。
「あら、お熱いこと。惚気られちゃったら、いたずらできないなぁ。
……えい!!」
そういいながら、フローラはトーラスに抱き着く。
「つめた! フローラさん、ヒロシに手を出せないからって、僕にくる必要はないんじゃないかなぁ?」
トーラスは少し身震いをしている。そんなに冷たいのか?
「ふふふ、いいじゃない。本当は冬場の方が人恋しくなるんだよ? それとも、トーラス君も操立てちゃった感じ?」
トーラスは目をそらした。意中の子でもいるのか?
「いやだ。まじで?
ごめんごめん、そりゃ男二人で話してるわよね。じゃあ、私べーちゃん揶揄って来るから、またね?」
そういいながら、フローラは俺たちの下から離れた。
聞くべきか、聞かざるべきか。ちょっと気まずい雰囲気になってしまった。
いや、ここは話を変えるべきだな。
とりあえず、仕事の話をしよう。せっかくの宴会でこんな話をするのもなんだけども。
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