12-17 色々と困る。
不正を暴くのは結構だけども。
「話が飲み込めません。
そこまで施してもらう謂れはないですし、何より私は教会から距離を置いてたんですよ?」
ユリアはセレンの方を見る。
「教会としては、安否確認の連絡をちゃんとしてもらえれば十分ですよ。
むしろ、上手くいってるのになぜ連絡を絶ったのか心配をしていたくらいです。
あくまでも、あなたは安全装置です。
事が起こるまでは、自由に過ごしてください。」
セレンはにこやかに答える。
まあ、言っている内容は剣呑だけれども。
「答えになっていません。私は何をすればいいんですか?」
何をすればいいって。
「レイオット様をちゃんと振り向かせてください。できれば、ちゃんと関係を構築して欲しい。
というか、しっかりと責任を果たせる大人になってもらわないと困る。」
俺の要求はそれだけだ。ごくごく単純な要求だと思うんだよな。
ちゃんと大人としての対応できないことには、こちらとしてもまともに話せない。
「そういえば、こちらの話ばかりでしたね。ユリアさん、お話があるのでは?」
ユリアは額を抑える。
「一つは、シスターセレンの件です。
何故あなたがここにいるのか聞きたかったんですが、事情は先ほど聞きました。
もう一つは、医術についてです。
できれば、お勉強をさせていただきたいと思ったんですが……」
なるほど。それはとてもいい事だ。
「どうぞどうぞ。
俺としては、とても歓迎すべきことですよ。」
そういうとユリアは眉を顰める。
いや、希望を受け入れると言ってるのにそういう反応をされると困る。
「何か問題でも?」
ユリアに都合が悪い事でもあるんだろうか?
「いいえ、ありがとうございます。
あなたの思い描いている通りに動いているようで、少し不安を覚えただけです。」
確かに他人の陰謀に乗っかっているようで気分が悪いというのは分からないでもない。
でも、俺としては他になんとも言いようがない。
「この際厚かましくとも言ってしまう方がいいと思いますので、申し上げます。
淑女としての嗜みを、出来ましたらビシャバール家にて、学ばせていただきたく存じます。」
ユリアも覚悟を決めたようだ。毒を食らわば皿までという心境なのかな。
「もちろん、あなたにその気があるのであれば、こちらで手配しましょう。
アカネ閣下もお喜びになると思いますよ。」
後は王子様の覚悟次第だなぁ。はてさて、どうなる事やら。
とりあえず、まずはユリアにタブレットを支給した。
扱い方については、レイナやベネットに教わるように伝えてあるので、そこら辺は心配ないだろう。
セレンとはブラックロータスでの銀行業務やマジックアイテムの買取リストや魔獣素材の入手状況を確認する。
割と探索者たちの実入りは悪くないようだ。
銀行に預金される金額を見れば、余裕で騎士以上に稼いでいる。
Bランク以上ともなれば年収10万ダールくらい稼ぐのは普通のようだ。
ただ、やはり死亡率は高い。
統計的に見れば、年間20%と低くはない数値だ。
「死亡保険作った方がいいかもしれないですね。」
そういうとセレンは難しい顔をする。
「死んだら受取人にお金が支払われる仕組みですか? 悪用される未来しか見えないですよ。
家族が居ればまだしも、大抵根無し草ですしね。」
まあ、そこら辺は現実でも同じだ。
雇用主が死亡保険をかけて、わざと死にやすい状況において保険金を受け取ろうとするとか、そういう悪用の仕方は俺でも思いつく。
「残せるものを持ってる人が、残したい相手に渡せるという仕組みは必要かなとも思うんですよ。
保険料の算出はそれなりにしないといけないと思いますけど、残された預金の行く先が組合というのが気に入らないんですよね。
残しても、渡したい相手に渡らないからと関係を築くことをあきらめている人もいるんじゃないかな。」
そういうと、セレンは頷く。
「つまり、安心のために必要だという話ですね?
なら、死亡時の補償以外にも葬儀や未成年の受取人の後見を行う仕組みなんかを組み込んでもいいかもしれません。」
思いつくだけならいくらでも出てくる。
様々な理由で引退せざるを得ない時のための年金だとか、高額な治療費を賄うための医療保険とか。そう言うのがあってもいい気はするんだよな。
ただ、専門分野じゃない。
どれくらいの掛け金や支払額にするべきかの指標が全く分からなかった。
「ヒロシさん、一人で何でもやる必要はないですよ。持ち帰って、イレーネさんや私たちが考えます。
銀行部門には、それなりに算術に長けた人間も集まってきました。
任せてください。」
そう言ってもらえると助かる。
結局、俺の粗末な頭じゃまともな制度設計などできるはずもない。
「頼りにしてますよ。銀行部門の方々は優秀らしいですしね。」
ただ、少し不安もある。
銀行業務は利益を得られれば、方法を選ばない。
融資先がつぶれようと、資金を回収し利潤が生まれれば文句は付けられない。
保険もそうだ。
高い掛け金を支払わせ保証はいかに条件を付けて支払わないか、そういうことが評価される世界でもある。優秀なだけに、そこら辺の倫理観は少し心配だ。
セレン個人は、そんな人間ではないけれど、組織となった時は果たして倫理観を発揮できるかどうか。
ちょっと不安だな。
「そういえば、飛行船戻ってくるんですよね?
できれば、私も乗せて欲しいんですけど、駄目ですか?」
あぁ、そういえば発着場は城の敷地にも作ってあるんだったなぁ。
内陸に航行する際には一応寄ってもらう予定になっている。
修繕施設などはないから、モーダルで修繕してもらい、その後にはなるけれど。
何であれば、遊覧飛行してもらうのもありかなぁ。
「構いませんよ。
とりあえず領主としての威厳を示すためにも遊覧飛行してもらおうと思いますから、その時にでも乗ってみてください。
何だったら、それに乗ってブラックロータスに戻ってもらうのもありかもしれないですね。」
そういうと、セレンは嬉しそうに笑う。
「ジョンもきっと喜ぶと思います。
ぜひそうさせてください。」
いい笑顔だ。
とりあえず、ジョンとは上手くやれてるみたいで安心した。
日を改めて、ユリアの件をレイナと煮詰める。
執務室で仕事をしながらというのが、もう最近では当たり前になってきたなぁ。
お休みしたい。
「お疲れみたいだねぇ。
まあ、ユリアちゃんの件は、ほぼヒロシ君の思い描いたとおりに運びそうだし、思い切って休んだら?」
そうしたいのはやまやまだけれど、領内の把握がまだ済んでいない。
役人を雇って、衛兵も雇ったことで情報がわんさかともたらされてきている。
やれ、あそこの山に山賊が、あの森に化け物が、あの崖が崩れた。
もうそれこそ、細かいものを入れれば毎日報告が上がってくる。
一応、秘書を雇って重要度に分けて報告書を上げてもらっているけれど、それでも読まなければいけないけど読めてない報告書というものが出てくる。
現場で処断した後で報告を読んで、取り返しのつかなくなった案件も出てきている。
つくづく俺は無能だなと実感させられた。
もちろん、対策を取らなかったわけじゃない。
現場判断にある程度の基準というものを設けて、それに従って処理することを命令した。
そう、命令。つまり罰則が必要になる。これで何人かを首にしていた。
気が重い。
せっかく職にありつけたのに、すぐ首になったらやってられないだろう。
でも、だからと言って命令に例外事項を付け加えていくとどんどん緩くなる。なので、命令を変える要望がある際には、現場の人間を交えて協議するとしていた。
ほとんど却下するんだけども。
温情を見せるわけにはいかない。論理的に納得できる変更でなければ、気分で決めごとを変える人物と思われかねない。
実際、賄賂で何とかしてこようとする人間も出てきた。そう言うのは現場で目溢ししてくれ。
俺の仕事じゃない。
まあ、そこら辺は俺が気づかいないところで結構起きてるんだろうな。
空気を読んで、動いてくれていることを祈ろう。
「ヒロシ!! 大変だ! お前が雇った役人が賄賂を貰ってたぞ!!」
王子様が意気揚々と不正を訴えてきた。
馬鹿!
お前、余計なことを。
「左様でございますか。では、そのものを連れてきていただけますか、レイオット様。」
そう言われると、王子様は慌てて外に出て行ってしまった。
頭が痛い。
御付きのメイドさんたちや使用人さんたちが慌てて追いかけて行ってる。
嫌だなぁ。
誰が、見られたんだろう?
連れてきたのは、まだ若い男だ。確か街で暮らす商家の息子だったかなぁ。
「お前が賄賂を受け取っていたとレイオット様から聞いたが、それは本当か?」
怯えたように汚職をした役人は首を横に振った。
「とんでもございません。賄賂など、受け取ったことはございません。」
そんなことないだろう。何かと融通が利く役人だという評判は聞いている。
細かい賄賂は受け取っているだろう。
ただ、目撃者が王子様だけなんだよな。男が使っている机やキャビネットを調べてもらっているが、これで不正の証拠が出てこなければいいのだけど。
「見つけたぞ!! こいつ、受け取った賄賂を几帳面に帳簿に記していたぞ!!」
証拠を持って王子様が現れると、汚職役人は頭を垂れた。
「ありがとうございます。
法務官に提出いたしますので、お預かりさせていただきます。」
ざっと見る限り、どういう名目で受け取ったのかも描かれている。どれもこれも些細な賄賂だ。何かの処理に紛れ込ませてしまえばバレなかったんじゃないだろうか?
そういう意味で、まだ若いというのが如実に表れている。
「申し開きはあるか?」
これで、他の連中もやってると言われると困るんだよなぁ。
「いえ、ございません。申し訳ありませんでした。」
うわ、もったいない。こいつ絶対使える人間だ。
手放したくない。
「分かった。素直に罪を認めたことは評価しよう。
処分については、後日言い渡す。」
衛兵に、牢獄につなぐように指示をする。
「分かっているよな?」
それとなく、山賊上がりの衛兵に耳打ちをした。苦笑いを浮かべて衛兵は頷いた。多分、意図は汲んでくれたと思う。
変な奴と一緒の牢に入れず、ちゃんと食事も出してくれるはずだ。
「どうする? 打ち首か!! 家族にも責任を取らせて賠償金を取るか?」
王子様はなんでそんなにはしゃいでいるんだろう?
悪い役人はみんなぶっ殺せとでも言いたいんだろうか?
勘弁してくれ。そんなことをしてたら、仕事をする役人が居なくなる。
別にみんな不正をしているという話じゃない。何が不正になるか分からなくなって、仕事ができなくなるという意味だ。
「法務官の裁定を待ちませんとなんとも。司法は、俺の権限ではありませんからね。
でも、おそらく鞭打ちの上で追放といったところでしょう。」
実際、法に照らし合わせてもそんなものだ。そういうと、王子様は不満そうな顔をする。
ちょっと真面目に話さないと駄目だな。
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