12-12 仕事したくない……
色々おまけをつけてもらっても、中身はニート思考の人間ですからねぇ。
働きたくないって気持ちは強いです。
疲れた。
王子様の相手をしつつ、あれやこれや目を通して必要な指示を下して命令の実行を促すというのはとても骨が折れる。
これは陛下が王子様の教育にまで手が回らなかったのも頷けるところだ。変な行動をすれば、目ざとく指摘され、理由を問われる。
とても正気ではやってられないだろう。
後継者にであれば、当然そういう仕事を見せるというのは必要だしやらなくてはならないことだ。
でも第三王子ともなると、むしろ為政者として以外の役割を担ってもらわなければならない。
そういう意味で、使われる側の視点というのはとても大切だ。
ただ、どうにもその使われる側に寄りすぎてしまっているように見えた。これは教育した人間の問題がある様な気がしてならない。
俺が会う前に抱いていた印象から比べれば、レイオット様はそれなりに聡い人間だった。それに素直な部分もある。
そして、意外にも善良だった。
ただ、素直で善良であるがゆえに、かなり歪められていた。情報を遮断され偏りが生じていたし、余計な思想を吹き込まれている。
もはや取り返しのつかないレベルだ。
元々、FPSプレイヤーだったこともあり、軍事技術についてはとても興味を持っていた。だけど、それも表面的なものだ。
強い武器を使えば、敵に勝てる。その程度の認識でしかない。
もちろん、間違った認識ではない。相手よりも強い武器を使えば相手を倒せる。
倒せるという事は、相手に言うことを聞かせることができる。単純化すれば、その発想自体が間違いだという事はない。
時間と空間を勘案しなければと但し書きがつくが。
時間というのは、そもそもいつまでその武器で脅し続けられるかという事もある。使ってしまえばいつまでも効力を発揮し続けるものでもないという事もある。
空間というのは、そもそも戦うという選択肢を選ばれない可能性を意味している。
そして、どの程度の範囲に脅威を与え続けられるかという問題も含まれる。
いずれにせよ、完璧な兵器など存在しない。いつかは相手も使ってくるようになり、それを防がれるようにもなるだろう。
そして、その武器が適切ではないタイミングや場面というのはいくらでもある。
つまりどんなものであれ武器はいつ、どのタイミングでどう使うかが重要なのだ。
もちろん、違う考え方をする人もいるかもしれない。思想というのは人それぞれだ。
王子様が考えた末で、下した結論なら議論の余地はない。
ただ、どうにも考えているようには見えなかった。考えてない人間に考えさせるというのは、非常に苦労が伴う。
なので、本当に疲れた。
「何か飲む?」
ベットで突っ伏していたら、ベネットが耳元で囁く。
「あー、うー……」
本当にぐったりしてて、変な受け答えになってしまった。
「じゃあ、コーヒーもってくるね。」
そういいながら、ベネットは寝室に置いてある缶コーヒーを持ってきてくれた。
お湯で温めてあるので、缶を頬に当てられるとホッとする。
元々これが好きだから買っているわけで、ぐったりしている時はいつもこれを飲んでいるとはいえ、あんな返答でよく察してくれたものだ。
「ありがとう。」
何とかそう返答するので精いっぱいだ。
でも起き上がらないと、飲めない。
とりあえず、仰向けになって大きなクッションを背中に当てて体を起こす。
「レイオット様のお相手は大変?」
ベネットが心配そうにのぞき込んでくる。
いや、王子様の相手がつらいというのもあるけれど、処理しないといけない書類が多すぎる。
タイプライターが使えるとはいえ、サインは直筆だ。
出来ればハンコがあればなぁ。
そういうわけにもいかないか。
「営業許可やら建物の申請やら、諸々の手続きの方が大変だよ。レイオット様はレイオット様で色々と聞いてくるし、大変と言えば大変だけれど。
川の護岸やらなんやらも進めないとだし、水道を引く計画もある。
石油の引き込みも進めなくちゃいけないし、やることが多すぎだよ。」
現在、フランドルで使われている焼玉エンジンは重油や灯油を使う。
ガソリンなんかは、グラスコー商会の自動車でしか使わないので消費量は大したことがないけれど、重油の需要は結構あった。
何とかパイプラインを引いて、ベルラント領内で精製しないと追いつかない。
とはいえ、精製品を全部使うかと言われると微妙な部分がある。現状では、プラスチック原料やらジェット燃料の使い道がない。
なので、それは”売買”で俺がいた世界へと販売していた。
逆に、ガソリンはあちらの世界のガソリン添加剤を使わないとハイオク仕様のSUVがまともに動かせない。
まあ、行って返ってきてという感じだからバランスはとれているよな。
「まだ街は静かな感じだけれど、いろいろ動いてるんだね。
そういえば、仕立て屋さんが布を卸してほしいって言ってるんだけれど、直接卸したらまずい?」
城内にある紡績工場はお試し規模なので大した生産量ではない。機織機も少数稼働しているけれど、そちらも同様だ。
それを街で消費していいものか悪いものか。
「とりあえず、グラスコーさんには俺から手紙を書いておくよ。多分反対はされないだろうから進める方向でよろしく。
あとついでにミシンも売りこんでおくか。」
以前は、お針子さんの仕事を奪いかねないと思っていたので製作を取りやめていたんだが、サボり魔がいつの間にかアイディアだしをして、それらしい機械が作られてしまっていた。
電動ではなく足漕ぎするタイプのミシンだが、なかなか精巧にできている。布も徐々に安くなってきているので、ミシンは売れ筋商品と言っていい。
「すでに購入済みだって。
おかげで縫う布が無いから、卸してくれってことらしいわよ?」
そうか。もう持ってるのか。
「分かった。
それも合わせてグラスコーさんに打診しておく。場合によったら、作った服を買い上げてもいいかもね。」
現状はまだまだ服はオーダーメイドが基本だ。既製品をサイズに合わせて買うという習慣はない。
でも、いずれは量が増え様々なサイズを用意する余裕が出てくるかもしれない。
なんにせよ、糸と布、これが大量生産されてくるのは何年後だろうか?
ともかく準備はしておかなくちゃいけない。
やることが本当に多いなぁ。
とりあえずコーヒー飲もう。
一口飲むとホッとする。
あぁ、でもカフェインは妊婦には悪いんだっけ? キスをするときには気を付けよう。
ふと見ると、ベネットはタブレットを見ていた。何を見てるんだろう?
気になったから聞いてみるか。
「何見てるの?」
そういうと、ベネットは手招きしてくる。
「妊娠中の運動についての動画とか、出産までにできることとかをまとめた動画。
色々見ているけど、マタニティドレスは早すぎかも?」
そうなのか?
いや、まあ妊娠中期からはお腹を圧迫しないマタニティウェアをつけろと言っているから、初期に着てはいけないってことではないだろう。
ふと、とある記事が目に付いた。
……俺はベネットの顔を見る。
「あー、うん。
気になっちゃって調べたの。」
ベネットは顔を赤らめて顔を反らすと恥ずかしそうに頬を掻く。
「まあ、知識はあるに越したことはないからね。調べるなとは言わないよ。」
俺は苦笑いを浮かべるしかない。
翌日は、王子様がいる執務室にレイナが尋ねてきた。
「レイオット様、少し席を外していただけますでしょうか?」
内密な話か?
王子様は、渋々といった様子で執務室を後にする。
「なんですか、レイナさん。
またぞろ、新刊が出たから、買ってくれとかいう話じゃないですよね?」
一応、彼女の生活費はビジャバール家持ちだ。なので、うちの人間って言う意識がどうしても持てない。
顧客と販売員という感覚が染みついてしまっている。
「いや新刊は出てないけど、何か新しい漫画出たらよろしく。それはそれとして、別のお話。
早速で悪いけれど、二番船建造の依頼が来ているよ。今度は、砲艦ね。」
そういうと、レイナは設計図を俺に差し出してくる。
「いや、それはモーダルの造船所に言ってください。うちはもう関係ないでしょ?」
そもそも、一番船が出港したばかりだ。
その性能も確かめないうちに二番艦って、矢次早過ぎる。
「そういうわけにもいかないよ。
船体は造船所任せでいいけれど、搭載砲については細かく指定が入っているし。
後装式の大砲だって。
駐退機?
それをしっかり備えたものを30台用意しろとか書いているけど。
断る?」
そういいながら、細かい指定性能が書かれた紙をひらひらと俺の前で揺らす。王家からの依頼なら、断れるわけもない。
まあ、国軍にはすでに大砲を何台か納入している。同じやり方で処理すればいいだろう。
「承ります。
しかし、海軍を組織するんですか?」
今のところ、海上の戦力は商人任せだ。
海運をやっているところが、多かれ少なかれ大砲を積んだ船を用意している。言ってみれば、海の傭兵みたいなものだ。
とはいえ、駐退機付の大砲は今までなかったので、どれも命中率がよろしくはない。最後は船を横付けして、白兵戦になるのが常だとは聞いている。
その常識を覆したのがベレスティア連合の海軍だ。
低い命中率は、砲の数で補うとばかりに、大量の大砲を積んだ戦列船を投入。サンクフルールの艦隊を打ち破った。
これによって、海の支配権は完全に連合の手に落ちたと言っても過言じゃない。
フランドルの商船は連合の海賊まがいな行為に苦しめられ、途中で積み荷を全部奪われるなんてケースも少なくないそうだ。
それを打開するための砲艦だろう。
「蒸気船に追いつける船はそうそうないだろうけど、普通の商船は丸裸も同然だろうしね。
船速を重視した設計?
らしいから、襲われる船を救助するというのが目的なんじゃないかな。」
まあ、海軍は船があれば完成するものでもない。まずは練習艦として運用したいという思惑は何となく透けている。
しかし、これの構想をしたのはバーナード卿なんだろうか?
気になるな。
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