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12-9 勝手に読まないでくれ。

みんながみんな良心的で優秀なわけではありませんが。

 王子様来訪の初日を乗り越え、翌日から通常勤務に戻る。

 男爵になってから、まだひと月たっていない。だから、やるべきことは非常に多いのだけど大半が城の中で片が付く話が多い。

 書類を書いて書類を見てサインをして雇った役人に渡す。

 人に会って話して条件を出して納得して納得させて、お茶を飲んで笑ったり怒ったり。

 まあ、本当に動かない。

 というか下手に動くと仕事が滞る。

 最初こそ、壁の修復やら視察をしていたけれど、それよりも判断して決定する方がより重要になってきた。

 もちろん、それだと手が足りなくなるわけで公務の方は役人を、私事には使用人を雇わないといけない。

 ある程度落ち着けばプライベートを確保できるようになるだろうし、商会の仕事にも携われるだろう。

 ただ、今は殆ど他人任せだ。

 商品開発なんかはサボり魔ことトーマスが、契約関係の調整や発注なんかはがり勉ちゃんことアーニャが担当をしてくれている。リーダーことクルツには俺の名代として、商会での取引全般や商品開発、契約担当それぞれの橋渡しなんかもやってもらっていた。

 最初は、独立した商人としてやっていってもらうはずだったのに、なぜか3人とも俺の部下みたいな立ち位置になっている。

 まあ、ロドリゴもアノーも自分たちが育てた商人は部下みたいな扱いをしているから、自然な流れなのかもな。

 当然、この2年で新人だった3人にもそれぞれ新たな新人がついて教育している。顔も見たことがない新人もいるから、意思疎通ができないのが怖いなぁ。

「というわけで、今月の成績表です。やっぱりうちが最下位ですね。」

 別に、ロドリゴやアノーと競っているつもりはないんだけどなぁ。売り上げを成績表って言うのも好きになれない。

「うちは商品開発で金使うからねぇ。

 契約もこちらから支払うものも多いのだし、当然と言えば当然じゃない?」

 リーダーは苦笑いを浮かべる。

「まあ、そこら辺は分かってはいるんですけどね。最近は新人同士で競い合っていて、どうしてもプレッシャーは受けてますよ。

 俺自身も煽られますから。」

 まあ、言ってもリーダーもうちに来て3年目なんだから、新人は新人だよな。あまりにも急拡大していて、意思統一が難しくなってきてる部分もあるんだろう。

「ヒロシさんのおかげで食いっぱぐれない給料泥棒とか言われても、実際事実ですから何も言い返せませんしね。」

 そこまで卑下するもんじゃないと思うんだよなぁ。

「リーダーには助けられてるよ。実際、グラスコーもリーダーを含めてがり勉ちゃんもサボり魔も評価をしているし。

 給料も、それに見合った額になってるでしょ?」

 そういうと、リーダーは肩をすくめる。

「それが、言ってみれば呪いみたいなもんです。人って言うのは、どうしても数字に縛られますからね。

 売り上げのわりに高い給料をもらってる乞食みたいな扱いですよ。

 お前らの扱っている商品はサボり魔が作った商品で、がり勉が契約した技術で作られてるんだぞと言っても具体的には数字にしにくいですしね。」

 まあそれは確かにそうだ。

 細かく算出してやれば、どれだけ貢献しているか可視化できるけど、それをするメリットは大きくない。

 俺やグラスコーが把握していれば十分なことでもある。

「ロドリゴさんやアノーさんは何か言ってますか?」

 リーダーは首を横に振る。

「あー、一応、何かあると迷惑をかけたとか、うちの馬鹿がごめんねとかって言ってくれてますから。

 問題ないと言えば問題ないですね。」

 その二人も理解してくれているなら、確かに問題ないな。

「あ、そうそう。これ、安産のお守りです。

 奥様にはご懐妊おめでとうございますと伝えてください。」

 おぉ、こういうみやげを持ってこれるとは、やっぱりリーダーは人を率いる素質があるな。

「ありがとう。また、モーダルに顔を出せるようになったらよろしくね。

 そろそろ雪も深くなってくるから、事故を起こさないように。」

 分かりましたと言って、リーダーは部屋を出て行った。

「……なんであんな凡人使ってるんだ?」

 リーダーが出ていくと、王子様はぽつりと漏らす。

「能力値は低いし、魔法を使えるわけでもない。特別な技能もないんだろう?」

 ”鑑定”だけならそういう評価にもなるか。

「でも、気は使えるし面倒ごとはおこしませんし嘘もつきません。

 仕事は真面目にこなしますし、自分で解決できない問題については人の手を借りることを厭いません。

 とても信用のおける人物ですよ。」

 これらの評価はたかが2年の付き合いしかない俺が下しているものだ。本当はもっとすごい人間かもしれないし、もっと駄目な人間かもしれない。

 ただ、少なくとも初対面の王子様よりはリーダーのことを分かっているつもりだ。

 凡人の一言で片付けていい人材じゃない。

「そういうもの、なのか。」

 王子様は何か感じる部分はあったのだろうか?

 だとするなら、同席してもらってよかったな。

「まあ、あれですよ。俺以上に駄目な人間はいません。大抵の人は俺なんかよりまともな人間だし有能です。

 特殊能力のおかげで人様の上に立っているのに、相手にケチをつけられる資格なんか俺にはありません。」

 よっぽどな人間はお話合いが必要だとは思うけれども。

 幸いそういう人間は少ない。

 現地採用の使用人にしても親切な人間も多く、細かいことに気が付くような人も多い。

 中には城の中の備品をくすねる人間もいるけれど、そう言うのはやんわり圧力をかけられやめていく。こちらも表ざたにならない限りは、その流れに任せるべきだよな。

「そんなに自分のことを過小評価する必要はないんじゃないか?」

 王子様は俺にそんなことを言ってくる。

 過小評価に聞こえただろうか?

 俺の前世については話していると思うんだけどな。

「こっちに来て、いろいろ自信がついた部分もありますけど、調子に乗らないように戒めもありますよ。

 基本馬鹿ですからね。」

 こうして会話していると、目を通すべき書類を読むのが滞る。

 どうしてもマルチタスクができない。さっきまで、どこを読んでいたのかすら忘れてしまう。

 今は衛兵志願者の目録に目を通している。基本は誰かしらの推薦を受けていたり、街の出身者だったりと身分ははっきりしていた。

 だけど時々、どこかから流れてきた人間も混じる。

 面接で話してみたら、元山賊だと名乗った男もいたくらいだ。

 本当に人それぞれだよな。

 もちろん、その元山賊は雇い入れた。泥棒を捕まえるなら、泥棒を雇えという奴だ。

 さらに言えば悪さをしないように身柄を押さえておくという側面もある。

 今回の採用には、そういう癖のある人物はいない。なので年齢が高い順に採用して、既定人数を満たす。

「なんで年寄りばっかり採用してるんだ? 衛兵なんか若い方がいいと思うけど。」

 勝手に書類を取り上げて、王子様は疑問を口にする。

 いや、勝手に見ないで欲しいな。

「衛兵って言うのは、基本暇な仕事ですよ。毎日毎日、門を守って街を歩いて街道を行き来して。

 そういう仕事は若い人には向きません。

 兵とついてますけど、仕事内容は交通整理や警備員に近い仕事ですよ。」

 もちろん、宮廷を警備する衛兵はまた話は別だろうけども。

「だからって、よぼよぼの爺さんばっかり雇う必要はないんじゃない?」

 王子様の言葉に俺は、ペンを弾きながらどう答えようかと考える。言い方一つで受け取り方はさまざまに変わる。王子様の好む言い方はどれかな。

「この世界に年金って言うのはないんですよ。

 さすがに働けないほどよぼよぼになれば身内で面倒を見るし身寄りがなければ教会で面倒を見てくれますけど、働けなくはないという人たちは仕事がないと生活できません。

 この国は冬が厳しいですからね。

 年を取ったら、見捨てられる社会だと碌なことになりません。

 そういう意味でも、年を取った人から採用するのはそこまでおかしなことじゃないですよね?」

 とはいえ、五体満足であることや、最低でも槍を扱える体力は必要だ。

 それに、いくら普段暇だからと言って常に安全な仕事でもない。ある意味で、口減らしの側面があるとも言えた。

 ただ、こういうことを言うと間違いなく誤解される。

 積極的に死に追いやりたいわけではないし、むしろ安全に仕事をこなしてもらわないとこちらも困るのは当然だ。

「へぇ、そうなのか。年金って、作れないの?」

 作れるか作れないかで言えば、作ることは可能だ。結局、あれは保険の類に過ぎない。

 小規模ならば、余裕のある世帯で金を集めて運用することで年金を維持することは可能だろう。

「レイオット様の言う年金は無理ですね。国家規模となると、もっと重い負担を国民に求めないといけなくなる。

 さすがに、老人ばかりを優遇するような政策を合意形成するのは不可能じゃないですかね。

 そもそも、平均寿命についての統計ってとられてますか?」

 それが取れないことには、掛け金の計算もできない。

 保険というのは結局は確率だ。そこが割り出せれば、うまく運用できるし計算が狂えば破綻する。

「まあ、俺は数学が苦手なので、受け売りですけど。国家の礎は統計にあると言っても過言じゃないと聞いた覚えがあります。

 そういう部署は、この国にあるんでしょうか?」

 そう聞くと、王子様は首を横に振る。

「悪いけど、聞いたことないよ。君の奥さんに聞いてみたら?

 お母上が学術院の院長だし、そう言うのは学術院の範疇だと思う。」

 奥さん?

 あぁ、ベネットのことを思い浮かべて少し混乱してしまった。

 婦人はもう一人いた。レイナの事か。確かに彼女の母であるアカネ閣下の範疇なのは間違いない。

 後で聞いておこう。

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