12-7 なんか色々とこじれてるなぁ。
別に殴られるのが好きなわけではないんですよ。
割られたガラスを入れ替え終わったと、報告があったので王子様には部屋に戻ってもらう。
で、テリーが連れてきてくれた狙撃手なわけだけど。
「なあ、テリー、俺は牢につなげとは言ってないんだけど?」
テリーは肩をすくめる。
「だって、暴れるから。少し頭を冷やしてもらおうと思っただけだよ。」
一応、食事を出しているけれど、それには手も出さず牢の奥で膝を抱えている。
見た感じ女の子だなぁ。
王子様と同い年くらいだろうか?
「せめて、お名前だけでも教えていただけませんか、お嬢さん?」
さっきから、俺が呼びかけても睨みつけるだけで返答もない。
困ったな。
「”楔となる娘”かな? 君が死ぬと王子様が困りそうだね。」
ぎょっとした顔をされるけれど、”鑑定”をすればそれくらいは分かる。セレンとよく似たステータスだ。
まあ、セレンは”楔となる娘”は卒業したけども。
「君たちがいろいろと弄り回されているのは知っているよ。
今は純粋に王子様を愛しているであろうことも、それでも教会の呪縛から逃げられないことも。」
そこら辺の事情については、ノックバーン司教から聞かされている。個人の意思はそれぞれ違うにせよ、対象を好むようには仕向けられている。
その上で、その個人の感情を押しのけるだけの強制力が刻まれているのも聞いた。
枢機卿たちの協議の上か教皇個人の意思で”楔となる娘”は死を選ぶ呪いが発動する。教会では祝福と言っているそうだけど、完全に呪いだ。
ノックバーン司教も同様の感想を抱いていたようで、確かにと呟いていたのが印象的だった。
しかし他人に生殺与奪の権限を握られるなんて、たまったもんじゃない。
彼女の中でいろんな感情が渦巻いているのは分かる。罪悪感と贖罪の気持ち、それを冷ややかに見降ろしている自分、それらをひっくるめた自身への嫌悪。
全部話してくれたことだからなぁ。まさかそれを乗り越えて、セレンがジョンとくっつくとは思わなかった。セレンの強さにも驚いたけど、全て知った上で受け入れたジョンの男らしさも驚きだ。
ただ、まあ。
この子はどうだろう? 既に王子様のお手付きだからなぁ。
教会側も手放さないだろう。
セレンの場合は、俺が一切手を出さなかったが故の放置になったわけだけども。
とりあえず檻の鍵は開けておこう。
「どうするのかは、ご自由に。
王子様の元に戻るのも良いし俺をつけ狙うのでもいいけれど、何度も慈悲はかけられない。そして、君の死が王子様にとって不利益があることも心得ておくべきだね。
変に戦いには関わらない方がいいよ。」
彼女は、檻から出てきて俺と向き合う。
「一発殴らせなさい!!」
……えぇ。
いや、まあ仕方ないか。殴ったのは俺の方からだったしな。
彼女が思いっきり振りかぶり、俺の頬を思いっきり拳で殴りつけてくる。頭がくらくらした。
本当勘弁して欲しいなぁ。
「私はユリアと言います。もしレイオット様に手を出すなら、私を倒してからにしなさい!!」
俺の言ったこと聞いてたかなぁ。
君が倒れたら、多分だけど愛しの王子様はただじゃすまないんだが。
「うちの嫁もそういうことを言うけど、それを聞いた男が喜ぶとは思わないで欲しいな。気が気じゃないよ。
まあ、王子様はどう思ってるかは知らないけどね。」
正直、あの王子様の心根が分からない。
忌々しいとか思ってそうだよなぁ。女性をトロフィーか何かと勘違いしていると思うのは俺の思い込みだろうか?
少なくとも、そういう疑念を抱くことは、おかしくないと思うんだけれど。
「私には、あの人の寵愛をいただく資格はありません。抱かれるまで、黙っていたんですから。
ただ、お傍に置いていただくだけでいいんです。」
そういう悲しいことを言ってほしくはないなぁ。
「馬鹿馬鹿しい。」
テリーが辛辣な言葉をぶつける。
「結局は自己憐憫じゃないか。本当に王子様愛してるの?
自分がかわいそうだと思ってるだけじゃない? 腹が立つんだよ、そう言うの。」
俺は思わずぎょっとしてしまった。
「て、テリー君、やめようね。そう言うの。」
ほら、ユリアちゃん泣いちゃったよ?
「そうやって泣けば誰か慰めてくれると思ってるでしょ? 好きなだけ泣けばいいよ。
少なくとも、俺は君を慰めたりなんかしない。勝手に泣いてろ泣き虫!!」
テリーは相当腹を立ててたのか、牢の置かれている地下から出て行ってしまった。
どうしたものかなぁ。
「あなたも笑えばいいじゃないですか。愚かな女だと、蔑めばいい。」
いや、少なくともテリーはユリアを馬鹿にしたわけじゃない。可哀そうだと思ったんだと思う。
だからこそ、辛辣な言葉を投げかけたんじゃないかな?
そういう気がする。
「誰も笑ってませんよ。とりあえず、王子様のもとに参りましょうか? 涙が治まるまで待ちますよ?」
なんか目をこすり始めたので、ハンカチを渡す。
あそこまで言われたら悔しくて涙が出るし、それ自体が嫌でしょうがなくて無理やりにでも止めてやろうとするよな。
でも、気持ちの整理がつくまで涙が止まるなんてことは無い。
ゆっくり待とう。
ユリアを連れて行くと、王子様は少し安堵した様子を見せる。あぁ、完全に毛嫌いしているわけでもないのか。
多分初めてか、それに近い相手だもんな。そりゃ、あまり邪険にできるもんでもないか。
「役立たず、あっさり捕まるな。何をされるか分からないんだぞ?」
酷い言いざまだなぁ。
「申し訳ありません。」
ユリアはしょんぼりと肩を落とす。
「失敗したら、逃げろと言ったよな? そのまま、教会に逃げ込むなりなんなりすればよかったのに。」
教会に逃げ込めねぇ。
確かに、すでに契りは結んでいるんだから王子様のもとにいる理由はない。教会としては、ことが起こるまでは身柄を押さえておきたいところではあるか。
少なくとも、その時までは大事にされるだろうな。
「すいません、逃げ切れませんでした。それに、レイオット様が心配で……」
そう口にした途端、ユリアは切なそうに言葉を詰まらせる。多分、これも仕向けられた結果なのだろうという疑念があるんだろうな。
「お前が心配? 僕の事を? 信じられるもんか。」
王子様は王子様で疑心暗鬼なんだろうな。本当に、教会のやることはえげつない。
「申し訳ありません。」
そう言って、再びユリアは頭を下げる。
それと同時にお腹の鳴る音がした。
「……お前、食事はどうした?」
王子様はユリアを問いただす。
「その、あの……」
言い淀むユリアを見て、王子様が俺を睨んでくる。
「一応ながら食事は、お出ししましたよ? 手を付けていただけなくて残念です。
とりあえず、今ご用意できるのは軽食の類しかありませんが、よろしいですか?」
そういいながら、俺はテーブルの上に皿に盛った包みピザやサンドイッチを用意する。
「手品みたいだな。ユリア、ちゃんと食べろ。お前に死なれたら僕が困る。」
そう言われると拒否もできないのだろう、ユリアはソファに腰かけて食事をし始めた。一口食べると硬直するのは何故だろうか? 口に合わなかったのかと心配になる。
でも、これだってハロルドの作ったものだ。
不味いわけがないんだけどな。嫌いなものでも入っていただろうか?
「どうしたんだユリア? まずいのか?」
そういいながら、王子様は味見をするようにサンドイッチを口にする。
「ヒロシ、お前これはどこで作ったものだ?」
どこで作ったって。
「これらは、今日の宴でお出しした料理を作ったハロルドという料理人の手によるものです。手に入れた食材も特別変わったものを使ったとは聞いていませんが、お気に召しませんか?」
なるほど、と得心が言ったように王子様は頷いた。
「宮廷の料理よりも美味しかった。その料理人が作ったのなら、納得がいく。」
さらりととんでもないことを言うな。宮廷の料理より旨いわけないだろうに。
「お褒めいただきありがとうございます。料理人には、気に入っていただけたことを伝えておきましょう。」
まあ、お世辞はお世辞として受け取っておいていいよな。ハロルドの店にもプラスになるはずだ。
「そういえば、この部屋、風呂も備え付けられてるんだな。
メイドたちも驚いていた。勝手に使わせてもらったが、問題なかったか?」
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。
「もちろん、気兼ねなくお使いください。ベルラントは水が豊富ですから、ご心配なさらず。」
備え付けてるんだから、好きに使ってくれとしか言いようがない。
蒸気機関を使っているとお湯はボイラーでいくらでも焚くことになる。
洗濯機を回すのにも使うし、印刷所や紡績工場の方でも蒸気機関から得られるトルクを使う。発電にも使ってるので、お湯は暖房に回したりお風呂で使ったりしないと溜まる一方だ。
夏場はどうしようかと悩む部分もある。
そのまま川に流すと、生態系を壊しかねない。いっそ、熱帯の植物を作るハウス栽培でも始めようか。
とはいえ石炭は馬鹿みたいに消費するから、そこまで大規模なことはできないだろうけども。
「ブルジョワだな。」
久しぶりに聞いたなその言葉。日本語のイントネーションだから金持ちめ!! ってくらいのニュアンスなんだろうな。
「いうほど儲かってはいませんよ。むしろ領地をいただいてから、出ていく一方です。」
実際、領地につぎ込んだ資金は、ほとんど回収の見込みがない。
もちろん、それで構わないと思って浪費しているから気にはしてないけれども。
「僕はいつか特権階級をなくしたい。王様とか、貴族とか。そういう身分をなくしたいんだ。」
いきなり何をおっしゃる。革命宣言とかぶち上げ始める気か?
転生者あるあるではあるけれど。
「出来れば、お聞きしたくないんですが?」
本当に巻き込まないで欲しい。
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