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12-6 うちの嫁は自慢の嫁です。

証拠隠滅完了。

 必殺技だと思ってた呪文が無力だと気づいた瞬間、王子様は落胆する。

 そして次に恐怖を覚えたのか、怯えたように俺を見てきた。これは、完全に何も考えてなかったな。力を示せば、俺が従うと思ってたんだろう。

 ……俺も大人げないことをしてしまった。

「とりあえず、ライフルを持った方をご招待しても? できれば、穏便に済ませたいんですが?」

 そう尋ねても、王子様は動く様子を見せない。

「……出来る限り穏便に頼むよ。

 こちらとしては、王子様をこれ以上害するつもりはないと伝えて。」

 仕方がないので、無線でテリーに連絡を入れる。狙撃手と上手く交渉してくれればいいけど。

 俺は立ち上がり、王子様の前まで行く。

「立てますか?」

 手を差し伸べると、怯えている自分を恥ずかしいと思ったのか、手を払い無理やり王子様は立ち上がる。

「覚えていろ。必ず後悔させてやる。」

 こちらとしては水に流したいんだけどなぁ。

「忘れました。何があったのか分かりません。

 それより、何故そんな痣が? ぜひうちの医者に診させてください。」

 白々しくすっとぼける。

「医者?」

 王子様は、いぶかしむように眉をひそめた。この世界の医者の扱いを考えれば、当然の反応だろう。

 だが、俺も無為に医者を呼んだわけじゃない。疫病が蔓延したり、慢性的な病気に対応するには呪文では追い付かない。

 であるならば、医学の発展はとても重要なことだ。

 それに王子様のように《治癒》のポーションが効かない体質の人間にしてみれば重要な分野だと思うんだよな。

 

「医者は魔術師じゃない。

 消毒はできるが傷を一瞬で直すことなどできんよ。」

 気難しい白髪の老人が俺を咎めるように言い放つ。

 白衣というものがとてもよく似合う理知的な表情で、王子様の口内に消毒液を塗り付ける。

「しかも、あちこち疾患を抱えている。よくもまあ、ここまで放置できるものだ。

 呪文が効かないとなるとここまで酷いことになるとはな。」

 医務室を任せている医者はこの老人だ。

 既に教授の座を降り引退する寸前だったのを、頭を下げてきてもらった。腕は折り紙付きで申し分ない。

 ただ、人格には少々問題はあるかも。

 率直なのは美徳だけれど、言葉を選ばないのは欠点だ。

「奥方を呼んできたらいい。傷については、そちらの方がよほど早い。

 疾患については、薬を処方しよう。

 歪んだ骨についてはどうする? 外科的に対処する他ないが。」

 外科的対処となると、切開して骨を折ったあと接ぎ直すってことかな?

 王子様は顔を青ざめさせている。

「大丈夫。

 一度折って、奥方に治癒してもらえば膿むこともない。すっきりしますぞ?」

 麻酔もなしにそんなことをされたらたまったものじゃない。

 確か、ワイバーンの毒が麻酔に使えるはずだ。当然それを使うことが前提だとは思うけれど。

 ただ、ワイバーンの毒はそれなりに強力だ。分量を間違えるとマヒが残る。

 普通は、《解毒》の呪文で取り除けばいいわけだけども。

 王子様だとその手は使えない。

「ちょっと待て。僕の体に《治癒》は効かない!! 聖戦士だからって、直せるものか!!」

 慌てているけれど、実は癒しの手は呪文ではない。だから、おそらく治療できるはずだ。

 まあ、物は試しだ。ベネットを呼んでもらおう。

「カイネちゃん、呼んできてもらえる?」

 そう言って、そばで見守っていたカイネにお願いした。ハルトのように契約をしているわけではないけれど、医者の助手やら農業指導やら何かとお世話になっている。

 もちろん、それらの働きには対価を支払ってはいるけれど、言わずとも働いてくれるから大いに助かっていた。

 多分、ハルトの為って言うのもあるんだろうな。

「ヒロシ、あの……こんな服装で大丈夫?……」

 妊娠しているので、マタニティドレスを着てもらっている。

 ベネットは王子様相手にそういう服装で大丈夫かと心配そうにドア越しに聞いてきた。

「大丈夫、第二婦人の縁者だからね。家族のようなものだから気にせず入ってきて。」

 建前を振りかざして、無理やり納得させる。ベネットにしてみれば、そうだとしてもやりづらいだろうな。

 だけど、頬に大きな痣を作っている王子様を見て、ベネットは迷いを振り切って部屋に入ってくる。怪我人をほったらかしにできない性格なんだ。

 ベットに駆け寄ると優しく王子様の傷を撫でながら、癒しの手を使う。

 見る見るうちに腫れが引き、内出血が消える。

「え?あ、なお……治った……」

 半ば、半信半疑だった王子様も結果を実感して驚いた様子だ。”鑑定”してみれば、ヒットポイントもきっちり全快していた。

「大丈夫でしょうか? 少し、お熱があるかもしれません。」

 自分の額と王子様の額に手を当てて、熱を測っている。

「そうだね。多少発熱している。解熱剤も処方しておこう。手術については、お任せしますがね。」

 手術と聞いて、王子は首を横に振った。

「もう慣れた。わざわざ手術してもらうまでもない。」

 左様で、と特に気にせず医者は納得してしまった。

 歪んでるとはいえ、すでにつながった骨なんだから本人が望んでいないのに無理やり手術する必要はないよな。

「ありがとう。また何かあれば、お願いするかもしれないけれど、今はゆっくり休んで。」

 俺はベネットに声をかけると、ベネットは小さく頷き立ち上がる。

 カイネが補助をしてくれてるし、大丈夫だよな。

 お腹が目立っているわけでもないから、ここまでする必要があるかと聞かれると正直分からない。だけど何かあったらと思うと過剰になってしまうな。

「では、失礼します。ご滞在をお楽しみください。」

 ベネットは王子様に頭を下げて、医務室を後にした。

「もっと男勝りの女かと思ってた。」

 ベネットが立ち去り、しばらくしてから王子様は呟く。

 まあ、そういう面もないことはない。けれど、それは彼女の一部分でしかないだろう。

「純潔かどうかなんて、どうでもいいと思うくらいには魅力的な女性ですよ。あなたには分からないでしょうけどね。」

 思いっきり嫌味ったらしく言ってやった。

 苦虫を噛み潰したように王子様が顔を歪めると、俺はスカッとした気分になる。

 

 貴族の晩餐というのには、様式がある。それを取り除くのは、かなり難しいことだ。ファビウス翁もいることだし、初日の宴はそれに習ったものにならざるを得ない。

 前菜、スープ、主菜、口直し、2回目の主菜、副菜、デザートにお茶という順番で出すのが一般的だけれど、フレンチのコースとも若干違う。なので、準備してもらうのはとても大変だった。

 今回はハロルドに出張してもらい、腕によりをかけてもらっているからこれを楽しめないのは嫌だった。

 もちろん、ひと月ずっと拘束するわけにもいかないので、初日だけだけども。それもあって、この宴だけは開かせてもらった。

 以前はもてなす側ではなく、もてなされる側で慣れていないこともあり、味が分からないという感じだったけれど、今回は余裕がある。大変おいしくいただけた。

 レイナとベネットは楽しそうに会話しながら食事をしているし、お客は王子様とファビウス翁だけだ。

 変なことをしなければ食事に集中できる。

 最後のお茶は、紅茶ではなくてウィンナーコーヒーが提供された。

 モーダルでも最近は人気が出てきていてモーダーコーヒーと呼ばれるようになったけれど、ファビウス翁は眉をしかめてしまっていた。

 流行り物はお気に召さなかっただろうか?

 まあでも、面と向かって文句を言うのはマナー違反だ。そこは心得ているのか、ファビウス翁は静かにコーヒーをたしなんでくれた。

 ちなみに俺とベネット、そしてレイナ以外にはこっちの人間は出席してないし、王子様の御付きも別で食事をとってもらっている。

 出している料理は基本同じものだけれど、こちらと違って格式張らずに楽しんでもらっている。

 ミリーとかハルトが騒いでなければいいけれど。

「ここまで立派な宴を、ご用意いただけるとは。大変感服いたしました。」

 ファビウス翁は少し格式ばった話し方で対応してくる。

「身内の集まりなので、そう畏まらず。

 俺は以前と同じく、小僧でしかありませんよ。楽しんでもらえたなら、嬉しいですけどね。」

 ひと月も滞在してもらうのだから、以前のように扱ってもらわないとこちらの気が休まらない。

 なので、あえて崩した対応をさせてもらう。

「ヒロシ様、そう言うのはやめていただきたい。私は、レイオット様の付き人。

 この席に呼んでいただくだけでも名誉なのですよ。」

 ずっと、こんな対応をされるのか。

 いや、身分って言うのはそういうものだ。仕方ないか。

「ファビウス殿、以前のようにヒロシと呼び捨てにはしづらいですか?」

 一応確認のために聞いてみる。

「当然です、閣下。」

 閣下かぁ。

 いや、まあそうなるよなぁ。

「分かりました。無理強いはよくないですね。

 でも、ファビウス殿には恩義がある。ご不都合があれば何でも言ってください。

 できうる限り、こちらも対応させてもらいます。」

 そういうと、ファビウス翁は薄く笑う。

「そのお言葉だけでも大変ありがたい。何かの時は、よろしくお願いいたします。」

 そんな会話をしている間、王子様は黙々と食事を続けていた。気に入ってもらえたんだろうか?

 まあ、これで機嫌を直してくれてたらいいんだけどな。

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