12-5 困った王子様だ。
ヒロシも大人げないですな。
王子様一行は、レイナを連れて馬車で到着された。
何せ、王子様に魔法は効かない。レイナの《瞬間移動》では移動できないのが厄介だ。
道中の警備はファビウス翁が担ってくれたので安心できたわけだけども。
一応お忍びであるにもかかわらず、煌びやかな馬車を4頭の白い馬にひかせるというのは目立ち過ぎだと思うんだよな。
いや、荷馬車で来いとは言わないけれど、せめて白く塗った馬車はやめてほしかった。
俺は、王子様が下りてくるまで恭しく頭を下げている。
「ここがベルラントか。さすがに田舎すぎるな。
父上も人の遇し方を知らぬ。」
開口一番、そんなことを言われると困る。新参の貴族なんてこんなものだろう。
むしろ、氏素性も知らない男を男爵にしてくれるだけでも、度量は広いと思うんだけどなぁ。
とはいえ面と向かって口答えはできないから、頭を下げ続けておこう。
「ここでは、ビシャバール家の関係者となっている。不敬には当たらないから、頭をあげろ。」
随分と横柄なしゃべり方だ。まあ、王族なんてこんなものだよな。
むしろ陛下がおかしい。
「お言葉感謝いたします、レイオット様。そして、よくおいでいただきました。」
挨拶をした後、頭を上げる。
当然、相手も俺のことを”鑑定”しているだろう。
じゃあ、お返しに”鑑定”し返してやる。
レベルは5、能力値はまんべんなく高いが色々と体調が悪い様子が見て取れる。
そうか。
《治癒》のポーションや《病気除去》が適用できないから、傷や病気で苦しんでいるんだな。そう考えると、この横柄な態度も仕方ないのかもしれない。
顔立ちは、とても整っている。
陛下はさほどでもないから、王妃様の美貌のおかげなんだろう。
そういえば、息子は母親に娘は父親に似るって俗説があったな。俺の子供が娘だとすると、俺に似るのか。
少し子供の将来が不安になってしまった。
「まずはお休みいただくお部屋に案内させていただきます。晩餐は宴をご用意いたしますので、どうぞお楽しみください。」
そういうと、王子様はむすっとした顔をした。
「晩餐は適当でよい。毎晩、宴を開かれても困るからな。それより、人払いができるところで話したい。
頼めるか?」
俺は話したくないんだけどなぁ。
まあ、相手からすれば傷少ない好機だから、逃したくないという気持ちなんだろう。
「分かりました。
では、できうる限り簡素に致しましょう。
どうぞこちらに。」
まあ、簡素にたって、カップラーメンぶん投げるわけにもいかない。
そもそも、準備した宴をおじゃんにするわけにもいかないから今晩だけは我慢してもらおう。
一応、賓客をもてなす部屋はそれなりに気を使った。
壁は白い壁紙を使い、カールの先生に書いてもらったベルラントの森を描いた風景画も飾ってある。
窓は広く、外に出られるバルコニーも作った。
これ以上ない見晴らしだろう。
カーテンも絹で作った肌触りのいい緑色のカーテンだ。照明もLEDだから明るさは十分に確保できている。
王子様の御付きのメイドさんたちも、こんな田舎にこんな立派な部屋があるとは思ってなかったらしく、驚きの様子が見て取れた。
いや、まあ王城に比べれば簡素なものだとは思うけれども。
とはいえ王子付きのメイドだ。出身は男爵や子爵の娘さんたちであるだろうから、多少の贅沢には慣れているはずだから、それでも驚いてもらえたなら十分合格点だろう。
ただ何故か王子様は不満げだ。
「用事が済んだら出て行け。男爵とそこの男に用がある。
他は入れるな。」
クローゼットに着替えを納めたり、作業を済ませたばかりのメイドたちは、慌てて部屋を出ていく。俺も王子様の言葉に従い、ハルト以外を部屋から出す。
「ようやく話せるな。君たちは日本人だろう?」
思いっきり流暢な日本語で話しかけられると、違和感が半端ない。
何せ王子様は本当にファンタジーに出てくる美形の王子様そのものだからだ。
「左様でございます。」
一応俺は帝国語で返した。
「日本語で話してくれ。聞かれたくない話もあるからな。」
俺は、ハルトの顔を見る。ハルトはため息をついて、肩をすくめた。
「言っておきますが、私の配下は日本語ができる人間が多数おりますが、よろしいですか?」
改めて、日本語で伝える。
「なん、だと?」
少なくとも、レイナとジョシュ、ベネットは日本人と問題なく会話が可能だろう。ミリーやテリーも、そこそこしゃべれるようになっている。
カイネも同様だ。
その上で、ハンスやロイドも会話内容を理解するくらいには、日本語に通じていた。
「私は逆に帝国語とフランドル語、まあ西の訛りはありますが、それなりにしゃべれますよ?」
習得するのには、かなり苦労したけれども。盛ってもらった知力のおかげで何とか日常会話は可能なレベルにはなった。
「優秀、なんだな。だけど別に能力があるんだから必要ないだろ?」
必要ないことに越したことはない。
「一応念のためです。いつ能力を奪われるか分かりませんしね。」
そういうと、王子様は舌打ちをする。
「あぁ、あの教会の牝犬か。処女だと思って喜んでたのに、まさかあんなカラクリがあるとはな。」
あ、お手付き済みなのか。
「まあ、”消魔”なんて言うデバフは消してしまいたいから、いっそ殺そうかとも思ってたんだが。おいそれと”倍化”の能力まで失いたくもないし。
あぁ、もう、本当にムカつく。」
俺は思わず眉をひそめてしまった。
「手を出しといてその言い草はねえんじゃねえの?」
ハルトが素直な感想を漏らしてしまった。
「いや、だって、しおらしい態度だったし素直でかわいかったから目をかけてやったのに。まさか、そんな裏があると思わないじゃないか!!」
王子様の無邪気さに俺は頭痛のする額を抑える。
「なんだよ! 二人とも、引っかからなかったの?」
運がよかったというのもあるけれど。
「ええ、一応警戒はしてましたから。まさか、あんなえげつない手があるとは思ってなかったですけどね。
ハニートラップくらいだと思ってたのでびっくりしましたよ。」
例えハニートラップだけだとしても脅威は脅威だ。情を移せば、とんでもないところで裏切られる可能性はあるんだし。
「俺は、ヒロシのおかげで回避できた。てか、王子さまって若い?」
いや、若いのは見た目で分かるだろう? 確か、今年で16だったかな?
こちらで成人は15だから、まだまだ若い。
「若いって、前世の話?」
あぁ、そういう意味か。王子様の返答でハルトの言葉の意味がようやく分かった。
「そうそう、俺は22の時にこっちに来たから、感覚的には26くらいのつもりだけど。」
ハルトが俺の顔を見る。
「俺は40です。おっさんですね。」
王子様はびっくりした顔をしている。
「俺は15歳、確か6歳の頃に記憶を取り戻したから感覚としては25くらいだと思う。」
んー、まあ、その感覚年齢って言うのは考えなくていい気もする。
15歳というと高校生くらいだから、それからずっと子供として過ごしてきたわけだ。そりゃ、まあ、下半身で動くのもおかしくはないか。
「くそ!僕が間抜けみたいじゃないか!」
いや、間抜けというか、なんというか。
もう手を出してしまったのは仕方ない。精々、お相手のご機嫌は取っておいた方がいいんじゃなかろうか?
教会も、おいそれと一国の王子に手を出したりはしないとは思うけど。よっぽどひどければ、その限りではない。
「まあ、魅力的な女性だったのは想像に難くないですよ。俺のところに来た女性も随分と美人だったし出会う順番が違ったら、俺も引っかかってたかもしれませんね。」
一応慰めになるかは分からないけれど、フォローしておこう。
「だよな。だって処女だし、美人だし、可愛いし。人の手垢がついたような女なんかより何倍も魅力的だ。」
なんだ、そのやたらに処女に拘るおっさんみたいな考え方は。
「そんなに純潔であるって重要ですか?」
俺の言葉に、王子様は何を当たり前のことをみたいな顔をする。
「自分が散らせたならともかく、他人が抱いた女に価値なんかないよ。汚らわしい。」
若干イラついてしまう。
いや、まあ人の考えなんてそれぞれ違う。王子様の価値観がそうであると思えば、受け入れるべきだな。逆に言えば、人妻であるベネットを欲しがったりはしないだろうと考えれば安心材料だ。
「しかし、よくもまあ、蛮族に抱かれた女を嫁にもらえたもんだよね。」
こいつ。
口にしなくていい事を口にしたなぁ。喧嘩売られてるのか?
「あまり、安易な挑発は褒められませんね。
何が目的かは知りませんが、こちらに覚悟がないと思わないでください。」
思わず手を出してしまいそうになる自分を抑えつけて、笑う。
じゃないと本当にキレそうだ。
「お前だけがライフルを持ってると思うなよ? 殴ってみろ。その時はお前の頭が飛び散るぞ?」
あぁ、そうか。
そういうつもりなら、遠慮はしない。
俺は王子様の頬を思いっきり拳で殴りつけた。それと同時に窓ガラスがはじけ飛ぶ。
……高いのに。
残念ながら、銃弾は水の壁で俺にまでは到達しない。正直、調査不足だ。
「言いましたよね? 覚悟が無いわけじゃないと。」
ライフル程度、持ち込まれているのはハルトの”案内”で把握済みだ。
「トーラスさん、撃たなくていいですからね?」
無線越しに射撃許可を求められたので、却下しておく。
既にライフル射手については、場所も把握している。次弾装填まで時間もかかるだろう。
何せ先込め式だ。
マスケットよりも、はるかに時間がかかる。次に撃つ準備に入る前に対処は可能だろう。
「しかし、ちょっと場当たり的じゃないですか? 俺を殺してどうするつもりだったのかお聞かせ願いたいですね。」
俺は、ソファに乱暴に腰かけた。
「まさか、これを陛下に告げ口して俺を討伐する?
結構、ならば戦いましょう。その場合、全力で牙をむかせていただきますよ。」
まだ混乱しているのか、王子様は床にへたり込んでいる。
……まさか、この先は何も考えてなかった? おいおい、冗談だろ?
「な、なんで水で銃弾防げるんだよ! おかしいだろ!!」
呆れた。
防御方法も一緒に考えておくのは当たり前じゃないのか?
もしかして、これも分かってないのかな?
俺は《盾》を唱えた。
「どうせなら、ご自慢の《魔弾》でも打ち込んでみればいいんじゃないですか?
効けばいいですね。」
王子様はずらりと魔弾を並べる。
確かに、その本数だけでも並みの魔術師には見えない。その上で、倍化の能力も持っているのだから城壁くらいは破れそうだな。
「死ね!!」
《魔弾》は狙いを過たず、俺に殺到してくる。
だけど、残念ながら《盾》にすべて弾かれてしまった。
これは、呪文の特性上、当然の結果だ。ちゃんと呪文の使い方や内容を把握していれば、《盾》の前に《魔弾》は無力であることは分かるはずだ。
膨大な数がある呪文の中には、対になっていて一方の呪文がもう一つの呪文を完全に無効化するものがある。
それを把握するのも、魔術師としては当然の行為だ。
もちろん、マイナーな呪文になってくると見落とす可能性は高いけれど。少なくとも、《魔弾》は有名すぎる。
そんなことも知らないなんてな。
俺は深いため息をつく。
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