12-1 念願の爵位を手に入れたぞ……
新章突入です。
前章から若干時間が経過しております。
そして商人から領主へとクラスチェンジです。
もうこの世界に来て4年たってしまった。
飛行船を運用して2年。
ヨハンナを乗せて、空を飛べたのは喜ばしかったと思うべきだよな。
埋葬も終わり、葬儀は終わった。
ベネットがウルズ様に死後の安寧を祈り、俺もそれに習いモーラ様に祈りをささげた。
俺がこっちに着た時期と丁度重なるというのは、皮肉というか、運命的というか。
この2年は特に大禍なく過ごせたからすっかりモーラ様のことも忘れていたけれど、きっとまだいろいろと画策してるんだろうな。
……しかし、墓碑はとても小さい。
初めて俺がこの世界に着た場所。
そこにヨハンナの名前と、安らかな眠りを祈る文が刻まれているだけだ。相も変わらず、涙が流せない。
テリーやミリーはわんわん泣いたし、ベネットも言葉を詰まらせ涙をためていた。
だというのに、俺は……
墓碑を撫でながら、自分の薄情さに辟易する。
ベネットを失っても、同じ反応になってしまうんだろうか?
……。
いや、考えるのはよそう。せっかく叙爵するのだから、めでたいことに目を向けるべきだ。
この2年いろんなことがあった。
大過なくとはいえ事業の失敗はそこそこ経験したし飛行船が流され、領空侵犯したこともある。叙爵の条件だった蒸気船は苦難の連続だった。
爆発するのは当たり前で、テスト航行中に停止することも数度あった。乗せた船が沈没するのも一回経験したし。もう本当散々だ。金が稼いだ端から消えていく。
でも、その苦労も、今となっては楽しい思い出だ。
ベネットに貸していてもらった借金はスムーズに返せたし、近代兵器を売った金も半分くらいは残っている。
使った金額は、正直計算したくない。
だけど、もっとお金を使えばもっと早く領地はもらえたかな。そう考えると、ちょっと自分の情けなさに泣けてくる。
いや、涙は出ないんだけども。
「……また来るよ。
ヨハンナ。」
俺はそう言って、ヨハンナの墓を後にする。
叙爵の式典はそれはそれは盛大に行われた。
前年に制度改革が行われ貴族の租税権、そして通行税権が奪われた。おかげで景気が良くなったというのはあるけれど、商人には別に売り上げの10%を納税する義務が生じた。
全部国庫行きだ。
そもそも租税権が無くなったと言っても、国に納める税はなくなっていない。
庶民への課税は、以前より多少軽くなった程度の違いでしかない。というか、商人には大増税なんだよなぁ。
いや、それだけ儲けているって話でもあるんだけども。
ただ、租税権の件で貴族たちは大激怒だ。そもそも、土地を開拓したのは自分たちだという意識もあり、それを取り上げる見返りが軍役の免除とあっては納得がいかないだろう。例え耕して納税しているのは農民であっても、その土地自体は貴族のものだという意識が強かった。
そこへもってきて、納税している人間の持ち物であるという法改正は反発されて当然じゃなかろうか?
もちろん、国の側も対策していないわけでもなかった。
爵位に応じて国家の要職を与え、そこから所有している領地に見合う給与は支払われる。そもそも土地にしても所有権自体は貴族が有し、そこから農民に払い下げるという形も取られた。
でも、そういう問題でもないだろう。
おかげで反乱祭りだ。元々、運営がうまくいっていなかった領地ほど反乱を起こす。
それを国軍が叩き潰すという連鎖だった。
結果として貴族は半減し、多くの領地が国家の直轄地へと組み込まれる結果となる。
中にはサンクフルールや連合、帝国なんかを引き入れようとする貴族もいたが、如何せん地理的に無理があった。
それに、国を売ったというのは評判が悪い。宣伝戦にも負けている時点で貴族に勝ち目はなかっただろう。
しかしまあ、何とも大ナタを振るったものだなぁ。
そんな中での叙爵だ。
貰える領地はベルラントという男爵領で、ちょうど蛮地とモーダルを繋ぐ場所だ。
通行税も租税も取れないとなると、農村部を除いた土地の大地主くらいの価値しかない。
いや、それでも全然かまわない。ハンスたちを迎えられる土地があるなら、十分すぎるだろう。
同地の徴税官という官位ももらえるし、特に不満はない。
まあ、そういう態度を示す新しい貴族が生まれたと喧伝したいという思惑もあって、国としてはどうしたって大袈裟にせざるを得なかった。
というわけなんだけれども。
久しぶりに履いたな、タイツ。
「そなたを、ベルラント男爵と認め、徴税の任に就くことを許す。」
国王陛下の隣で、宰相として役割を背負わされたアライアス伯が宣言を行った。
大分ご高齢なのに大変なことだ。
「ありがたき幸せ。
これ以後も粉骨砕身、国に尽くす所存にございます。」
膝をつき、頭を垂れた。
「新しき貴族を迎えられたことを喜ばしく思う。昨今の情勢を鑑みるに、余に忠誠を揺るがせたものも多かろう。
しかし、これもまた時代の趨勢。国家としてまとまらなければならぬ時代となった。不満を漏らすなとは言わぬ。大いに議論せよ。
そこに身分の上下はあってはならぬ。
フランドルの民としての誇りを持ち、お互いのため、隣人のために力を振るえ!
余は常に民とともにある。
ベルラント男爵、ヒロシよ。どうかこの国を支えてくれ。
以上をもって叙爵を終える。」
陛下が朗々と響く声で宣言をすると、万雷の拍手が巻き起こる。
元々から竜の友とドラゴンスレイヤーという矛盾する肩書を持っていたわけだが、宣伝効果としてはこれ以上はないだろう。
ただ、天を衝く大男だとか、男をも魅了する美貌の持ち主だとか、そういう尾ひれが盛大についていたので、参加者の中には落胆の色が隠せない人も多かった。
特に王妃様からは、あからさまにため息をつかれたしな。
見た目がよろしくないというのは、なんにせよ足枷にはなるよなぁ。
それから2週間、式典やら晩餐会やらであちこち引きずり回された。そのうち、最もでかかったのがレイナ嬢を娶るという話だ。
ビシャバール家のご令嬢を娶るという事は、どうしても必要だった。
何せ貴族社会には縁もゆかりもないからな。
グラスコー商会が男爵家の令嬢であるイレーネを娶っているとはいえ、それはあくまでもグラスコーの縁だ。
俺には何もない。
なので、アカネ閣下が気を回して縁談が進んだわけだけども、当然ながらすでに俺に妻はいる。だから、第二婦人というわけだけど、もうここら辺は本人の都合なんか完全に無視されるんだよなぁ。
「ごめんね、ヒロシ君。
10年くらいしたら死んだことにして、代替わりするからそこまでは我慢してよ。」
レイナも、ちょっと不本意だった様子だが、こればかりは致し方がない。養女とする案もあるにはあったが、年齢的に無理がある。
なので、行き遅れの娘を嫁にやるという形で落ち着いたわけだ。
これ、ハーレムか?
そもそも、レイナはジョシュの彼女だ。その関係をやめさせるつもりもないし、彼女を抱くつもりなんか毛頭ない。
そこが分かっているのかベネットは特に焦った様子もなかったし、相変わらずレイナ様と慕っている様子もある。
まあ、慎重に事を進めていたこともあって、これ自体が単なる儀式でしかないというのは周知の事実として広まってもいた。
だから、いいんだけど。
「なんか複雑ですよ。一応公式の場では、連れ添わないといけないわけですよね?
身分的にベネットは庶民だったからって酷くないですか?」
本来なら、第一婦人であるベネットを呼ぶべきなのだけど、家格からレイナを連れてくるように要請される。
第二婦人なのに。
「それ言うなら、私だって式典になんか参加したくないよ。むしろ、面倒ごとを押し付けられた気分。」
苦労するのを考えれば、むしろベネットをこう言う場所に引きずり回さなくて済むと言えなくもないか。
「それと、領地にはいかないよ。首都の方で屋敷を用意するから、そっちに引っ込む。
私はこっちでジョシュを囲って、ヒロシは領地でベネちゃんとイチャイチャすればいい。
合理的でしょ?」
言われれば確かに合理的か。
でも、どこかしらわだかまりを感じる。
もう婚姻の儀式も終えているし行政的な手続きも負えているから、今更覆しようもないわけだけども。腕を取られて、一緒に歩いているのがベネットじゃないのが納得がいかない。
「そんなに毛嫌いしなくてもいいじゃん。
それより、陛下が待っている部屋だから、あんまり顔をしかめない。」
言われたとおり、陛下の御待ちの部屋だ。なるべく平静を装い、少し表情を緩めよう。
「人は払った。以後は、くつろいでくれ。と言っても、なかなか出来ぬものだろうがな。」
本来は御簾の向こうの方だ。俺がおいそれと口を開ける相手ではない。
「畏れ多く、口を開くことすらはばかられます。」
陛下は柔和な笑みを浮かべる。
「だろうな。幼き頃から、それの連続でいささか疲れたよ。息子も同じ道を歩むと思うと心苦しい。」
親の顔をのぞかせつつも、それは仕方のないことだと飲み込む度量が垣間見える。やはりこの王様は、聡明な方なんだろうな。
「とはいえ、困ったのはレイオットだ。
おそらく、ヒロシと同じ世界の出身なのだろう? 余の息子として生まれたからには息子として接してやろうと思ってはいたが、いささかやんちゃが過ぎる。
それが可愛くも感じるが、持て余しているのも事実だ。」
何かしらの思惑があって呼ばれたとは感じていたが、やはり第三王子の話か。
「レイオット様も、陛下に劣らず聡明と聞き及んでいます。きっと、これから陛下並びに太子殿下の助けになるかと。」
そういうと陛下は眉を顰められた。
「そう思うか?
余には、いつか兄にとって代わってやろうとしているようにしか見えないが?」
そうですねとは言えない。
ただ、そういう噂が流れているのは事実だ。
「時には血気盛んに挑みかかる姿勢というのは大切だ。だが、これからの時代、それだけではやっていけない。
喜び勇んで躍り出たはいいが、道化として踊らされるというのは避けねばならぬ。
そういう意味で、レイオットは生まれる時代を間違えたのだろうな。」
深いため息をつかれた。
「陛下のご心労、察するに余りあります。」
思わず同情の言葉を漏らしてしまった。
「そうか、察してくれるか。ならば……」
やばい、言質取られた。
「陛下、私にもできることとできないことがございます。どうか、その点ご配慮ください。」
何かを言われる前に、口を挟んでしまった。
「大したことではない。単に、レイオットを遊ばせてやって欲しいだけだ。
あいつは引きこもりでな。
もちろん、男爵領に王族が遊びに行くなど言語道断だ。
故に身分は隠す。
つまり、庶民の子として扱ってくれ。期限は、そうひと月という事ではどうか?」
一か月も王子様の相手しないといけないのか。
勘弁してくれ。
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