1-2 ゴブリンのばあさんにサンダルを貰いました。
作者は山羊の乳は飲んだことありません。
なので知ってる方は、ご指摘の程よろしくお願いします。
「おい、ヨハンナばあさん。彼にサンダルを編んでくれないか?」
俺はキャラバンに連れてきてくれた彼の言葉を聞きつつ、痛む足を庇うようにうずくまった。
裸足で歩き回れば、柔な俺の足裏なんかずたずただ。
痛くて痛くてしょうがない。
しかし、考えてみれば、よくもまぁ歩こうと思ったものだ。
裸足では歩けないと文句をたれてもおかしくないはずなのに……
何となく勢いで彼についてきてしまった。
「おやおや、またずいぶんと柔な子を連れてきたね。服装もおかしいし。またやっかいを背負い込む気かい、ハンス。」
呆れたと言った様子でヨハンナとよばれた……
なんと言えばいいのだろう。
しわくちゃの老婆が彼に向かって応えた。
言葉を濁したのは、彼女が緑色の肌をしていて、これまたハンスに負けず劣らずの凶相だったからだ。
凶相と言ってもタイプは違う。
オークのハンスが凶暴そうに見えるなら、ヨハンナの顔は意地悪そうに見える。
いわゆるゴブリンという種族に見えるわけだが、態度はハンス同様に穏やかだ。
やれやれといった様子でありながら、俺の足のサイズを見て取ると荷物の中から丈夫そうな蔦を取り出す。
そして、丁寧にそれを編み始めていた。
大した距離を歩いたわけでもないのに、俺は疲労困憊で荒く息を吐くしかできない。
その間もハンスは、家畜やキャラバンの世話をしながらせわしなく働いていた。
きっとヨハンナも忙しいだろうに、俺のためにサンダルを編み上げてくれている。
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「大丈夫かい?水はないから山羊の乳になるけど飲みな?それとサンダルもできたからね。」
情けなくて涙ぐんでいる俺にヨハンナは水袋らしい袋と、サンダルを手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
我慢できず俺は、水袋に口を付けた。
何とも言えない味だ。
牛乳は嫌いではないが、山羊の乳はそれよりもさらっとしている。
だが、草臭い。
不味いと思った。
それでも体が水分を求めていたのか、はき出さずに飲み込めた。
「どこの没落貴族の坊ちゃんか分からないけど、早く慣れな。体力を付けないとすぐに死んじまうよ?」
ヨハンナは心配そうに俺の背中をなでてくれる。
きっと不味いと思ったのが表情に出たのだろう。
それでも取り上げるでもなく、彼女は心配してくれている。
俺は頷きながら泣くことしかできなかった。
何度もえづきながら、山羊の乳を口にし、ようやく落ち着くころにはすっかり日は落ちていた。
貰ったサンダルを履くころにはキャラバンの人たちがたき火を囲み、夕餉の準備に入るころになってしまっている。
とは言っても、キャラバンの人数はそんなに多くない。
俺を連れてきてくれたオークのハンス、サンダルを編んでくれたゴブリンのヨハンナ、山羊や羊の世話をしていると言う片腕の人間ロイド。
それにミリーとテリーという、まだ幼い双子のハーフリングで全員らしい。
「えっと、ヒロシと言います。どうやら違う世界の人間らしいです。よろしくお願いします。」
俺は促され、皆にぎこちない自己紹介をした。
「へぇ、来訪者なんだ。どんな世界から来たの?」
快活な声で訪ねるミリーを見てハーフリングという種族は元々好奇心が強いという話を思い出した。
双子の弟のテリーは大人しい印象だけど、目は少しランランとしている。
「えっと……」
俺は、たどたどしく日本のことや地球についての話をしてみた。
「地球って、星の名前は一緒なんだね。あ、魔法で言葉が翻訳されてるから当たり前か。」
どこか納得したようにミリーは頷いている。
しかし、星の上に住んでいるという知識はあるのかと妙に感心してしまった。
案外科学は発展しているんだろうか?
いや、もしかしたら未来の地球で科学技術が残ってる可能性だってあるかもしれない。
と、そこまで考えて、くだらないと内心で笑ってしまった。
結果として、そういう証拠があるならともかく今の状況でどうこうする問題でもない。
もしかしたら、これは夢かもしれないんだから。
寝て、起きたらベッドの上かもしれない。
仮にそうでなかったとしても、未来の地球だからと言ってなんの問題もないだろう。
今の自分には何もないのだから。
少しでも、キャラバンの皆と話して、今の状況を理解するよう努めた方が賢明だ。
「ほらみんな、そんなに質問攻めにしても、お腹が空いてちゃ考えもまとまらないでしょうよ。ごはんにしましょう。」
ヨハンナはそういうと、俺に皿を渡してくれた。
中身は、おかゆだろうか?
リゾットかもしれない。
妙に白い。
「大したものじゃなくて、すまないね。ポリッジだけなら余裕はあるから。足らなかったら言っておくれ……」
ポリッジと聞いて、不意に思い出す。
海外ドラマか何かで見たのだと思うが、ローマ時代に作られていた麦がゆだったかな。
あれも、牛乳とかで煮ていたはずだ。
これは、山羊の乳だろうか。
少し怖じ気づく。
少しにおいを嗅いでみた。
嫌な匂いはしない。
むしろどことなくほっとするような匂いだ。
「いただきます。」
何とはなしに、ヨハンナに頭を下げてしまった。
が、別段それに奇異の目は向けられない。
皆もいただきますと言っている。
ここら辺も自動翻訳のおかげか、文化的におかしな挨拶にはなっていないようで安心した。
ポリッジをさじで掬って口に含む。
味は、悪くない気がする。
山羊の乳臭さは温めることで軽減されている気がしたし、塩が含まれているせいか癖も気にならなかった。
それでも癖は完全になくなっているわけではないし、塩加減も薄いかもしれない。
だけれど……
嫌いではない。
安心する味だ。
「ねえ、ヨハンナぁ。薄いよ。もっとお塩を入れてちょうだい。」
ミリーは不満げに言いながらも、ポリッジを景気よく口に運んでいる。
「すまんなミリー。塩が心許ないんだ。でも、いつもこんなもんじゃないか?」
ハンスが口では謝っているがいつものことのように笑いながらポリッジを口にしている。
そんなやり取りを無表情でロイドが眺めている。
ただ、少し楽しそうにも見えた。
「ヨハンナ、おかわり。」
テリーは黙々とポリッジを平らげておかわりを要求する。
「あ! テリーずるい!!」
ミリーは遅れを取り戻すようにポリッジをがっつく。
「急がなくても、まだあるからゆっくり食べな。」
ヨハンナが困ったように眉を寄せる。
見た目が意地悪そうなので、いらついているようにも見えたが、声音からすれば怒っているわけでもなさそうだ。
「ほら、ヒロシ。あんたも食べるだろう?」
そういって、手を差し出すヨハンナに俺は、皿を差し出す。
「すいません、いただきます。」
お腹が空いていた。
もっと食べたい。
自然とおかわりを要求してしまった。