11-20 進捗いかがですかって聞かれると、微妙だなぁ。
思いついたら、知っていたら、すぐ完成品が出来上がるわけではないんですよね。
結局、竜の皮膜に魔術回路を埋め尽くす作業は三か月もかかってしまった。
季節はすっかり夏だ。
作業自体は工房に頼み工業的に行ってもらった。最後に俺が呪文を吹き込めば作業終了になる。
そう、飛行船の重要なパーツが完成するわけだ。
当然、そうなれば金を出資している関係者は無関心ではいられない。見学したいという気持ちは分からないでもない。
でも、こんなに集まると緊張してしまう。
ダーネン支部長は、まだいい。まさか、アライアス伯までくるとは思わなかった。
確かに出資はしてもらっている。でも、いつもは代官様が来て打ち合わせをする程度のはずなんだけどな。
なんで工房みたいな場所に伯爵ご本人が来ちゃったんだろう。
さらにビシャバール侯爵まで来ている。直接出資してもらっているわけではないけれど、アライアス伯のご招待だ。
レイナも綺麗なドレスを着て、ジョシュを連れて出席している。
なんだかなぁ。
工房で働いている人たちは、みんな人払いされて、雑然としていた資材なども隠され工作機械などもピカピカに磨かれていた。
ただ、アライアス伯の服装も、ジョシュの服装もタイツじゃない。
俺も、絹布製のスラックスを履いている。
合わせて上はジャケットだ。こちらの方がゆったりしているので、タイツよりかは楽ではあった。
とはいえ、これ突然出てきたんだよなぁ。
たしかベレスティア連合の貴族たちがこぞって礼服として用いてるんだとか。
とはいえ、流行り始めたばかりなのでフランドルの正式な式典では、まだまだタイツとベストが礼服として用いられている。あくまでもカジュアルな服装という扱いだ。
今回はあくまでも、見学という形だからそこまで堅苦しくなくてもよい。
特に不敬罪というものが無くなっているから、ドレスコードは緩くなっていくだろう。もっと緩くなってもらって、ノージャケット、ノータイでも問題ないって言う風にならないかなぁ。
夏だから、熱くてしょうがない。
少なくとも物品に呪文を込めるのはそんなに仰々しいものではない。見学というなら、いっそTシャツでも構わないってなってくれればなぁ。
流石に無理か。
ともかく作業を進めよう。皮膜に封じる呪文は《強化》、《修復》、《暴風》の3つだ。文様を描き、呪文を唱える。
それが皮膜に書かれた魔法回路を伝い、魔力が満たされていく。呪文の詠唱が終わる度に回路が光り、皮膜に封じられていく。
最後の《暴風》が封じられた段階で回路が光った後、ぶわっと皮膜がはためき呪文の付与が終了したことが分かる。
ぱちぱちとまばらな拍手が鳴り、あっけなく作業の全工程が終わる。後はこれをマストに括り付ければ、浮上だけではなく、航行テストにも着手ができるだろう。
でも、こんなに仰々しい人々が集まるほどのものじゃない。
なんともあっけない簡素な作業だ。式典だとすれば、全然演出が足りないだろう。
いや、元から式典じゃないからいいんだけども。
でも、これだけ人が集まってしまうと困る。何もしないわけにもいかないから、まずは挨拶だけ済ませておこう。
「本日は皆さま、お集まりいただきありがとうございます。
今日は突き抜けるような快晴です。あの晴れ上がった空に、帆をたなびかせ船が翔けていく。
それを夢見て、頑張ってまいりました。
皆様のご支援を受け、とても大切な手掛かりを手に入れることができたのは、私にとってもかけがえのない幸運です。
工房のみなにも、ギルド支部長ダーネン様、アライアス伯ヒューバルト閣下にまで支えられ、ようやくここまでこぎつけることが出来ました。
心より、感謝申し上げます。」
そんな挨拶をしていたら、ベネットがグラスに炭酸水を入れて持ってきてくれた。
アルコールじゃないのは助かる。
「これからも、皆様のお力添えを得られるよう頑張っていく所存です。では、乾杯!!」
乾杯の掛け声で、会場に乾杯の声が広がっていく。
俺は、炭酸水を飲み干す。これで、何とか体裁は整えられたかな。
先ほどよりも、大きな拍手があり、俺はお辞儀をしながら製作台の前を離れる。
竜皮膜の帆は職人たちの手に渡り、船へ装着するために運ばれていった。本来は工房の作業スペースなのだが、来賓が来賓だけにパーティー会場に様変わりしている。
丁度立食パーティーと展示会が同時に行われているような状態だ。工房の製品が置かれ、興味を持たれれば説明をする。
一応、ギルドの協力もあり、コンパニオン係の女性が配置されているけれど、さすがに突っ込んだ内容は職人が呼ばれた。
本来は、上流階級の人と接する機会はない職人さんたちはとても緊張している。なんだか作業の邪魔をしたうえに、無駄な仕事を押し付けてしまったようで申し訳ない。
軽食は、サンドイッチや冷製パスタなどが用意され、冷たいデザートなどが用意された。
急遽決まったお披露目会なので、ハロルドにはいろいろと無理を聞いてもらっている。こちらも、ちゃんと報酬を支払わないとな。
しかし、アイスクリームがデザートとして用意されていたのは意外だった。かき氷やアイスキャンディは予測できたけど、アイスクリームもあるんだなぁ。
ギルド経由で集まった商人やビシャバール侯爵経由できた商人も、やたらとアイスクリームの話を聞いてくる。
俺としては、今日初めて見たと嘘をつくしかない。多分、ハロルドのオリジナルだろうし確認もなしにレシピなんか話せないしな。
「自転車とやらは、便利な道具だな。ヒロシ、あれをわしの所でも使いたい。用立ててもらえるか?」
アライアス伯にご挨拶に行くと、開口一番そう言われた。
「あ、はい。ありがとうございます。」
ようやく試作段階を終えて、乗り回せるようになってきた。
完成度は、やはり”売買”で手に入るものと比べれば低いと言わざるを得ないけれど最低限乗り回すのにたる性能は有してはいる。
「馬よりは遅いが、何より飼育がいらぬのがよい。乗るのにコツがいるが、なかなか乗り心地はよかった。少し疲れたがな。」
俺は、頬を引きつらせる。
え?
俺の知らない間に、ご試乗なされてる?
確か、ヒューバルト様は結構なお年のはずだ。誰も止めなかったのか?
俺は、思わずお付きの男性を見てしまった。
「無理を言って乗せてもらった。責めんでやって欲しい。体がついてこないことは、わし自身が感じてはいるから無理はせんよ。
少しだけだ。」
いやいや、責めるなんてとんでもない。
「いえ、お遊びいただけたなら望外の喜びです。完全に馬の代わりにとはなりませんが、お使いいただけるのであれば喜んでご用意させていただきます。」
俺は、頭を下げた。多分、遊びだけではないだろうけれど有効に使ってもらえるならいくらでも納入しよう。
値段は、まあ、代官様と折衝かなぁ。
「それと、すまぬな。おぬしの嫁を娘たちが独占してしまって。」
ちらりと、ご婦人たちの群れに閣下は目を向ける。
その中には、ビシャバール候の姿もあり、中心にベネットが立たされていた。
下着やら化粧品、他にも宝飾品の展示に連れまわされては、商談が進められているようだ。
「出来た嫁なので、ご心配には及びません。むしろ、構っていただき光栄でございます。」
本人に聞かせたら、むくれるかなぁ。
いや、でもこのくらいの社交辞令は許してもらわないと。
「そう言ってもらえると助かる。ある程度自由にさせてやらねば、機嫌が悪くなるのでな。」
閣下も、娘や嫁には弱いのかな?
なんだか微笑ましい気分になってしまう。
「ヒロシ殿、お時間よろしいですかな?」
殿って言われるのは、ちょっと微妙だ。この呼び方は、支部長しかいない。
「勿論です、ダーネン支部長。ギルドには大変お世話になっていますし。」
正直、支部長を相手にするのは疲れるから、あまり相手にしたくない。だからと言って無視するわけにもいかないので、笑顔で応対だ。
「ギルドは商人に奉仕する組織だ。お世話をするのは当たり前ですよ。しかし、飛行船は着実なようですが、蒸気船の方はいかがですかな?」
もとより、こちらの世界にはない技術だ。一朝一夕にはいかない。
でも、上手くいっているのかどうかは気になるよな。
「順調とは言い難いですね。
小型の機関は何とか形になりましたが、それを大きくしていくのはなかなか難しい。この間も、大型化したボイラーが破裂して大変でした。」
幸い、実験段階の事故だったので《力場の壁》のおかげもあって、怪我人は出ていない。とはいえ、作り上げた機関は全損してしまったので、安くはない出費だ。
魔法で強化したり魔法金属を使うという手段は残されているけれど、それでは普及が難しい。安い鉄で、強化もなしで作れないと問題だ。
「そういえば、焼玉エンジンでしたかな? ラウゴール男爵の水運ギルドに卸されたとか。
そちらは順調なようですね。」
動力を積んだ船という形が見えないと雲をつかむ話になってしまう。
なので、小さい船を動かすために焼玉エンジンを提案してみたんだけれど、これがラウゴール男爵にはスマッシュヒットだったらしい。
いや確かにそこそこの船であれば、これほど便利な機関はない。故障や爆発も蒸気機関に比べれば小規模なもので済んだし、実用段階の機関をどうにか先日納品できた。
アレストラばあさんの所の技師さんのおかげなので、ますますばあさんには頭が上がらなくなってしまったな。
「もちろん、それらの技術は?」
当然ながら、ギルドに公開する。
「後ほど、契約をお願いしようと思っていたところです。それと、電池というものについてもお話したいと思ってたんですよ。」
試作段階だけれど、定格の電力を生み出す秘石電池が完成した。比較的大型の、秘石バッテリーもある。とはいえ、こちらは支部長には受けがよろしくない。今のところ使い道が扇風機くらいだものな。
バッテリーにつないだ扇風機が工房の中にそよ風を運んでくれている。
おかげで、ジャケットを着ていても比較的汗が抑えられていた。汗っかきの俺としては、大変助かるわけだけど、俺以外の紳士は皆涼しい顔だ。
あまり価値は見出されてないと思うべきかな。
モーターって言うのも、動力としては素晴らしいものがあるのだけど。蒸気機関の制御しにくさと比べて、とても扱いやすい。
とはいえ出力が出せていないのが現状だ。船の動力源としては全然という感じではある。
しかし、外燃機関に内燃機関、その上モーターまで同時進行というのはなかなかにハードだ。
まずは蒸気機関に専念すべきだろうな。
他の人が着手する可能性も当然あるだろうけど、それならそれでお任せしたい。
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