11-17 休日の過ごし方。
何はともあれ本を読むのって楽しいですよね。
「多分大丈夫だと思う。」
ハルトが帰り寝室でベネットに確認をお願いしていたカイネの指輪に対する認識について聞いてみると、そんな返答が来た。俺はそうだよなとどこか安心して、ソファに身をゆだねた。
広い部屋なので二人のベットにテーブル、ソファを置いても余裕がある。
床が板張りなのが少し気になっていたので、カーペットを敷いているけどなかなか快適な部屋だ。
俺かベネットがいる間は、マリアさんもここには入らない約束になっているからデリケートな話はたいていここでしている。
「というか、表情とか態度を見て平気だとは思わなかったの?」
いや、ハルトの女性遍歴を見る限り平気ではなかっただろうな。俺も細かな表情とか態度で察しろと言われれば、不可能に近い。
「それなりに経験があれば、そういう事も出来るんだろうけど、少なくとも俺やハルトさんはそういうタイプの人間じゃないよ。」
ふぅん、とベネットは俺を見てくる。そして、俺の隣に座ってじっと見てきた。
「そう言うのも悪くないかなぁ。勝手に決めつけて、こう思ってるんだろうってやられるよりも嬉しいし。」
察しが悪いことをそう解釈してくれるのはうれしいけれど、単に女性慣れしてないだけだと思う。
「あとはカイネちゃんの家族ね。奴隷落ちしてるってことを考えると、複雑そうよね。」
確かに。
今のところ、親類縁者がカイネを尋ねてきたという話もない。
また、カイネが親を尋ねたいという話もないそうだから、おそらくは関係が良好ではないのは確かだろう。というか、良好じゃない方がましだ。
関係性が悪くないのにもかかわらず、再会を望まないのだとするなら無駄であると納得してしまっているということ。
つまり、親は死んでしまっているとも考えられるからだ。あるいはもっと複雑な事情を抱えている可能性もありうる。
関係性がこじれているという事であれば、やり直しは聞くけれど失ってしまっているのではどうにもならない。だから、良好じゃない方がまだましだという話だ。
「ちなみに、聞きたかったんだけどヒロシの家族はどうなの?」
どうなのと聞かれても困る。
「父親は元気だと思うけど、会いに行けないからね。弟とは疎遠だし、母親はとっくの昔に死んでるし。」
ベネットの顔が真剣な表情になる。
「死んだって言っても、結構昔の話だよ? 俺が子供の頃だったし、よく覚えてないよ。」
嘘はつきたくないからしゃべったけど、できれば避けておきたかった。ベネットが気に病むだろうからだ。
ベネットのお父さんほどの悲しみに満ち溢れた別れでもないし、単なる事故死だ。誰かに殺されたとか俺が殺してしまったとか、そういう特別なことは何もない。
人って言うのはあっさり死ぬものだなくらいの感想しか湧いてこないから。
……だから、ベネットに落ち込まれることの方が困る。
死んだ母親に何か思う事とか会いたいだとかそういう情動、本当にないんだよな。つくづく薄情な人間だとは思うけど、どうにもならない。
じっとベネットが俺を見てくる。
「ヒロシはつらくないの?」
いや、まったく。本当に辛かったりはしない。
「さっきも言ったけど、ずいぶん昔の話だしね。」
その当時も特に何か感じてたかと言われると、正直何もなかった気はする。
「ヒロシは強いんだね。」
強いわけじゃないんだよなぁ。
「薄情なだけだよ。こっちで思ったよりも衝撃的なことがあって、そっちの方がよっぽど記憶に残っているというか。
ドラゴンに食われた傭兵のこととか、家に潰された大家さんとかの方がショックが強いかな。それもいずれは慣れるんだろうけど。」
ぎゅっとベネットが俺にしがみついてきた。
あぁ、こんな事を言ったら怯えられるよな。突き放されたとか、そういう風に思っちゃったかもしれない。
俺は黙ってベネットの頭を撫でる。
「忘れないで。」
一言だけ強く言われて俺は頷く。
「でも、忘れないためにベネットに酷い事をするかもしれないよ?」
無理やり蘇らせたり失う原因になった人間を永遠に苦しめようとしたり、そういう可能性だってある。それが人として正しいかと言われれば、違うはずだ。
「それでもいい。ヒロシから、忘れられたくない。」
ベネットをぎゅっと抱きしめる。
俺だって、ベネットに忘れられたり、ベネットを忘れてしまうのはつらい。もちろん、慣れる事と忘れてしまう事は、また別のことではあるんだけども。
これをどう説明したものか。
「いっぱい思い出を作ろう。そうすれば、忘れたくても忘れられなくなるよ。
例え生まれ変わっても忘れないくらい、ベネットのことを俺に刻み込んで。俺も、ベネットが忘れないくらい刻み付けるから。」
ベネットが俺の胸に顔をうずめて、頷く。
翌日も、一応休みだ。
こちらの習慣としては日曜日にあたる日なので、前日の土曜日にあたる日が休みの人は意外と少ない。
本当は休みだからって、お昼まで寝るのはよろしくないわけだけども。こういう癖ってなかなか抜けないんだよなぁ。
流石に夜眠れなくなって夜更かしすることは少なくなったけど、
「おはようございます。」
俺が今に顔を出すと、マリアさんがすっかり昼食の準備を済ませてくれていた。ベネットも顔を洗って顔を出し、その食事を二人で一緒にいただく。
「仲がいいのはよろしいですけども、出来れば朝食が必要なければ、事前に言ってください。」
マリアさんは呆れたようにため息をつく。
「はい。」
俺は、小さい声で答えた。
「すいませんでした。」
ベネットも、小さい声で謝る。
家に居づらくなり俺はマーナの散歩、ベネットはグラネを走らせるために森へ行くという事で家を出た。
やっちゃったなぁ。
「ねえ、ヒロシ。何かあれば、連絡してね? 私の方も、ちゃんとつけておくから。」
トランシーバーのインカムをベネットは首から下げる。
「分かった。俺は、本屋さんに行ってくるから、何か買っておかないといけないものがあったら言ってね。」
本屋街の近くには市場がある。
普通に食材や調味料を買い求めるのにも、便利な場所だ。
「そうだね。夕飯が思いついたら、連絡入れるから。」
そう言って、ベネットはグラネにまたがり、門の方へと向かっていく。
俺は、反対に辻馬車を探しに大通りへと向かった。大分街の復興が進んでいる。
水道の埋設作業もほぼ完了し、俺が売りこんだ浄水フィルターも稼働し始めている。水質が改善されたので、以前よりは飲食店で水が出されることも普通になってきた。
前は、沸かさないと飲めないって言われてたもんな。
大きな改善だ。
人通りもだいぶ増えた気もする。
辻馬車に乗り移動する最中も人が急に飛び出してきたり、乗客がすし詰めになったりとなかなかの混雑具合だ。
そのうち交通ルールも作られるんだろうけど、今は本当にカオス状態で困る。
本屋街につくと、あちこちで人でごった返している。娯楽を求めて、いかがわしい書籍を扱う本屋や絵本を扱う店などに人が集中しているようだ。なじみにしている史料を主に扱う本屋さんは、それでもまばらなのがちょっと寂しさを感じさせる。
「ヒロシさん、頼まれていた本手に入りましたよ?」
店に入るなり、店主さんに声をかけられる。
「ありがとうございます。無理を言ってすいません。」
人界の件や魔王についての史料が欲しかったので、言語を問わず探してくださいとお願いしていた。
どれくらい集まったんだろう?
「全部で、20冊程度ですね。しめて、3000ダールになります。」
こういう時、以前は金貨や銀貨をじゃらじゃらしてたわけだけど、今は紙幣に変わったので支払いが楽だ。
「大分、面倒な依頼でしたよね。本当にありがとうございます。」
俺の言葉に店主さんは笑顔で返してくれる。
「いえいえ、即金でお買い上げいただけるので、こちらとしては大変ありがたいです。
最近は、印刷できるのだから、安いものだろうと考えるお客様も多くてなかなか骨が折れている所でして。中身で、判断していただけるお客様は大変貴重なんですよ。」
確かに文字媒体は、書体の美しさや読みやすさも重要な要素ではあるけれど、そこに書かれている情報も大切な要素だ。
同じ文量でも、内容が落書き程度のものであれば高い金を出す価値は薄い。
逆に、画一的な書体でページにびっしり文字が書かれている本であっても、そこに知りたいことが記されているなら莫大なお金を費やすのも当然なはずだ。
もちろん買い手が何を求めているかによって、価値が変わるのだから一概にこうであるとは言えないところはある。
だけど、印刷物だから安いものだと決めつけるのは間違っているよな。
いや、でもこういう事を言うと俺が中身が分かると思いあがっているような気もする。
「褒めていただけるのはうれしいですけど、中身が分かる男かと問われると自信ないですね。ちゃんと読んで生かせてるかと問われると厳しいです。」
俺は苦笑いで返す。
「確かに私も読むだけ読んで、結局忘れてしまうことも多いですね。ちゃんと読んだうえで、理解しないと。
でも、読むだけでも楽しくないですか?」
確かに、読んでいるだけで楽しいという気持ちは分かる。
「そうですね。なんだか、頭がよくなった気分になれます。」
くだらない笑い話だ。
店主さんとひとしきり笑い合い、俺は店を後にした。
紙幣での支払いにみな慣れてきたのか、周囲の人も違和感なく使用している。
おつりの硬貨は以前より額面が減った分、まとめていくらだったものを個別売りできるようになり便利そうだ。おおむね、紙幣の導入は受け入れられているとみていいんじゃないだろうか?
もちろん、インフレの懸念はついて回る。
保有する金以上の紙幣が刷れる分、乱発されて価値が暴落する可能性だ。
今のところ、その兆候は見れないが、知らぬ間に発生していることも考えられる。
特に今は戦争が発生していた。
物資を大量消費するのが戦争なのだから、紙幣を乱発して物資を集めるというのは普通の行為でもある。
はるか遠くのところで行われてはいるが、影響というのは確実にモーダルまでやってくるだろう。
出来れば、早めに決着してくれることを願いたいものだ。
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