2-1 いくら美人からでも、いきなり斬りかかられて喜ぶ奴はいない。
待っていてくれた人はいるでしょうか?
ともかく第2章開始します。
さて、めでたいのかめでたくないのか、俺は行商人のグラスコーの従業員になったわけだが。
まさか、いきなりこんな事態になるとは思わなかった。
「グラスコーさん、これ何とかなりませんかね?」
俺の目の前にはずいぶんと見目麗しい女性がいるわけだが、全然嬉しくない。
いや元々、二次元の方が好きな俺だけど美人を見るのは嬉しくないわけではない。
三次元だって愛でようと思えば愛でることはできる。
だけど、いきなり剣を突きつけられて侮蔑の視線を向けられたら楽しめる人間は少ないだろう。
間違いなく俺は楽しめない。
「ベネット、やめろ。」
グラスコーの言葉を聞いても、下ろしてくれない。
なんなんでしょうね。
俺なんか悪いことしましたかね?
「やめろって言ってるだろうが!!」
グラスコーが無理矢理彼女の手を下ろさせた。
怖い……
まだ睨んでるし。
「グラスコーさん、こいつ本当に連れて行くんですか? 蛮族ですよね?」
後ろの方では、銃を構えた男が俺を狙ってる。
どんだけ嫌われてるんだ蛮族!!
「トーラス!! お前も銃を上げろ!! いい加減にしないとギルドに報告させて貰うからな!!」
どうやらギルド経由で雇った護衛なのは確かなんだろうけど、こりゃ水場には連れてこれないよな。
男の方は素直に銃を上げてくれたけど、女の方は剣を納めてくれてない。
跳ね上げられたら、俺死ぬ。
勘弁してくれよ。
「何を勘違いしてるか知らんが、こいつはハンスの所の奴だ。アジーム達とは関係ないぞ?」
あー、アジア顔だからね。
て言うか、アジーム何やったんだよ。
「関係ない。こういう顔の奴は、絶対あくどいことを考えてる。グラスコーさんは騙されてるんですよ!!」
憤りを感じられてらっしゃるようですが、どうすれば良いんですかね?
顔なんてどうにもならんわ!!
「冷静になれ。お前らが過去に何があったが知らんし、興味もない。
だが、これ以上好き勝手にするなら考えがあるぞ?」
考えってなんだよ、グラスコー。
お前の言葉なんか聞いちゃいないぞ?
しょうがない、やれるだけやるか……
「ベネットさん、せめて……ちょっとは事情を教えて……下さい……よ……」
やばい、声ふるえてる。
まあ、なるべく無力だって強調するにはいいかもな。
とは言いつつ、俺はゆっくりと近づいている。
「虫酸が走る!! しゃべるな!! 糞野郎!!」
酷くないかなぁ……
「俺が何したって……言うん……です?……」
どうやら間合いを詰めてるのには気づかれてないみたいだな。
途中で剣でも突きつけられるかと思ったんだけど。
まあ、感情が高ぶってたら、そんなもんのかもしれないけど。
「お前らが私の!!……」
村か? 親族か? まあアジア顔の奴らに奪われたんだろうな。
でも、それは俺じゃねえ!!
剣が跳ね上がる。
何とか、それを避けて俺は思いっきり、彼女に抱きついた。
あれ?案外軽いな。
そのまま押し倒して、振り上げていた腕を押さえる。
「ぐぅ!!」
彼女も痛そうにうめいてるが、俺だって必死だ。
もみ合ってるうちに何がなにやら分からないが袈裟固めの状態で押さえ込んでいた。
ラッキースケベとか、そういうんじゃない。
そんな余裕なんかあるもんか。
落ち着いてみれば、剣はどっかに吹っ飛んでいた。
人間必死にやれば何とかなるもんだな。
ため息をついた後、銃を突きつけられてるのに気づいた。
「蛮族野郎!! ベネットを離せ!!」
今度はこっちかよ。
「やめろっていってんだろうが、トーラス。」
グラスコーが、銃を無理矢理上げさせた。
まあ、グラスコーの手を避けて銃を再び突きつけようとしてないあたり、まだトーラスは冷静なんだろうな。
「離せ!! 離せー!!」
ベネットがじたばたともがいているが、なんか、その……
軽いな。
押さえ込んだままじたばたさせておく。
「とりあえず、俺はあなたの仇とは何も関係ないんで、冷静になってくれませんかね?」
しばらく呻いていたが、抵抗できないと覚ってくれたみたいだ。
ようやく、じたばたするのをやめてくれた。
もう大丈夫だろうと判断して俺は彼女を離した。
えーっと、胸元を押さえて涙を浮かべるの、やめてくれませんかね。
俺が乱暴したみたいじゃないか……
立ち上がると、ばさりと羽織っていた皮が断ち切れて落ちた。
なんか、頬が熱い。
あー、これ、ざっくり切れてますよね。
あぶねえ!!
俺は、凶器を回収しに走った。
この女がまた暴れ出したら、また制圧するなんて無理だぞ?
次は死ぬ!!
なんかすげえ疲れた。
ため息が盛大に漏れる。
普通さ……
ああいう修羅場の後は、和解してヒロインになるのが定番じゃん?
なんで怯えられてるんですかね?
そういうリアルいらないから………
と言うかリアルで言うなら、女の護衛ってなんなんだよ。
しかも一般人の俺程度に押さえ込まれるとか、マジで価値無い。
いや、口にはしないけども……
トーラスの方は謝ってきたけど、ベネットの方はガン無視だ。
移動を初めて、しばらくしてもこっちを見ようともしやがらねえ。
さすがにこれで、俺に惚れてるとか、そんな都合の良い幸せ回路が働くなら鬱になってないっつうの……
出発前に治癒魔法みたいな物で傷を治してくれたから、現状は敵対する意志がないのは分かったけどさ。
しかも馬車の乗り心地は最悪だ。
俺吐きそう。
現状、商品を乗せている馬車の方にはグラスコーが御者をやっている。
馬車はもう一台あって、こっちの御者はトーラスだ。
俺は、それに便乗させて貰っている。
ベネットは、馬に乗って周囲警戒だ。
時折ベネットが馬を寄せてトーラスと話すが、こっちには目もくれない。
居心地が悪い。
「すまない。彼女も色々とあるんだ。」
あまりにも気まずいのかトーラスが愛想笑いを浮かべて話しかけてきた。
正直ほっとした。
俺から話しかけるのって苦手なんだよな。
こちらから拒絶する要素はない。
「いや、良いんですよ。誤解は解けたみたいですしね。」
俺が来訪者であることをグラスコーが話したことで、幾分視線が和らいでいたのは分かっていた。
それにどこか、ぼけっとしたトーラスの顔に親しみを覚えたし、年も今の俺とさほど変わらなさそうだ。
だから、別に俺の方には、まったくわだかまりはないんだけどね。
「そういってくれると助かるよ。まあ、数日もすれば慣れると思う。」
数日ね。
まあ、殺しにかかられないなら十分だよ。
「でも、こういう話をしちゃなんですけど、この国じゃ女性が傭兵をやるもんなんですか?」
こういう言い方したら不味いかな?
でも、明らかに弱かったしなぁ……
短く切りそろえられた銀髪も結構綺麗だし、顔立ちだって整ってる。
青い目は澄んでいるし、スタイルだって良いだろ?
年齢はどう見積もっても20代前半以上にはならんと思う。
容姿を武器にして仕事ができる社会かどうかは知らないが、少なくとも嫁の貰い手がいないって事はないだろう。
命の危険がある護衛を仕事に選ぶ理由はないよな。
「彼女は特別なんだよ。あれでも聖戦士なんだ。」
聖戦士?
パラディンかよ。
その割には弱かったけど……
しかし、それなら納得だ。
俺が知っているゲームのパラディンは呪文とは別に、一定のダメージを直す特殊能力を持っている。
怪我を瞬時に治すポーションもあるが、それは金貨5枚もしていた。
怪我をする度に5万円飛ぶことを考えれば、護衛としての需要は高いよな。
普通は、戦闘もこなせるエリート職なはずだけど、まあそっちが無くても引く手あまたではあるだろうな。
神に選ばれただけに、その使命を果たさなきゃならないから、その関係で傭兵をやっていてもおかしくはない。
あー、そういえば、無主の土地では宗教に無頓着な感じだったけど、町育ちはどうなんだろう?
「神に選ばれし戦士って奴ですか……正直、宗教には疎いので教えて貰っても?……」
とりあえず、変な地雷は踏みたくないからな。
「宗教のことかい?……一応、南部じゃ統一教が一般的だけど。北部だと、まだ蛮神達をあがめている人たちも多いな……」
話を聞くに統一教って言うのが一神教らしい。
教会とか、そういうのがあるそうで、シスターなんかもいるとか……
うーん、触れたくないなぁ……
過去に大陸を制圧していたインフィニス帝国という国が民衆をまとめ上げるために広められたのが始まりだとか。
フランドル王国はもちろん、他の国でも信徒は多いらしい。
だけど、元々から帝国の中心部以外では影響力は低く、地元で信仰されている神と混同される場合も多かったそうだ。
帝国衰退後は独自信仰の復活が多くなり、名前を奪われた神の声を聞く人も増え、北部では統一教を捨てる人も多いとか。
うーん。
場合によれば、それが元で領主同士の争いがあったり、それが引き金で国同士の戦争にもなるそうだから勘弁願いたいもんだ。
来訪者のほとんどは、その名前を奪われた神々から呼び出されているのだというのが、もっぱらの噂だとか。
前に温泉があると言う話を聞いたベーレン伯なんかは、トールという雷神の末裔を自称しているらしい。
トールかよ。
北欧神話の神様が突然出てきてびっくりだわ。
そのうち、オオクニヌシとかアラハバキとか出てきちゃうのか?
絶対、来訪者が絡んでるだろう、これ……
「ちなみに、ベネットに復讐をなせと囁いた神の名はウルズと言うらしい。」
なんだろう。
うん、この……
俺は今、凄い顔になってる気がするな。
まあ、復讐は過去に囚われている行いって意味ではウルズでいいのかね。
しかし、こうなってくると俺を呼び出したのはロキあたりだったりするのかね?
「しかし、君はそんな聖戦士を押さえ込んだんだ。相当強いね。」
トーラスの感想に俺は驚く。
いや、偶々だろう。
「いや……えっと……そうなんですか?……」
俺は言葉に詰まってしまった。
トーラスの説明によると、聖戦士達は神からの加護により見た目に似合わぬ膂力や生命力を得るらしい。
だから、ベネットを押さえ込むなら、大の大人が2,3人いないと無理なんだとか……
そんな馬鹿な。
めっちゃ、か弱かったぞ?
どういう事だ。訳が分からなくなって頭が混乱してきた。
そういえば、俺の能力値を確認したときに軒並み高い気はしていたが、それの影響なのか?
「まあ、君が来訪者だから神様が色々とくれたのかもしれないけどね。」
俺の顔が面白いのか、トーラスは笑っている。
いや、そんな変な顔してるかね。
眉が寄ってるのは自覚してるが……




