11-13 大変なのはわかるんだけども。
それなりに鍛錬なりなんなりはしておりますが、ヒロシ君の体型は変わっておりません。
自己管理を完璧にできるほど自制心は強くないですし。
そして、太っていることが必ずしも悪印象にはならないので甘やかされております。
モーダルに戻った段階で、ロドリゴと遺跡定期便業務を引き継いだ。
ロドリゴの所の新人が小売りにも慣れてきたという事もあり、比較的近場で済んでしまう業務を俺が引き取り、男爵領を回ってもらう業務を引き渡す。
というか、今年はまだそっちに出向いてないんだよな。
ラウゴール男爵からは、是非顔を出してくれ、歓待するみたいなお手紙を貰ってたり、似たようなお誘いはたくさんあるんだけども。
面倒なので、足が遠のいている。
新人抱えて、面倒な貴族の相手はしたくない。
秋にはジョンたちをブラックロータスに連れて行かないといけないわけだから、そのときに新人には面倒臭さは味わってもらうことにする。
ちなみに、遺跡定期便からセレンは外れている。
事務員の教育係として忙しいのもあるし、修道院の手伝いもしているし、俺と教会との橋渡しもやらないといけない。
とても、営業を手伝えるような状況じゃなかった。
「ヒロシさーん、もういやぁ。」
いきなり不意打ちで泣きつかれてしまい、俺はセレンを避けることができなかった。
「何が大変なの? 人の旦那様に抱き着かないとダメな事なの?」
そういいながら、ベネットがセレンを引っぺがす。
「もう少し、ぷにぷにのお腹を堪能させてください。じゃないと泣いちゃいそう。」
クッションでも叩きつけてやろうか。
「どうせ新人教育が大変だとかそういう話ですよね?」
俺だって、新人の扱いには困っている。今日出発だって言うのに、サボり魔が出勤してきてないし。
倉庫で、リーダーとガリ勉ちゃんがおかんむりだ。
「もう派閥争いが激しくって。商会長派と婦人派、ギルド出身に貴族出身、修道院出身でも意見が分かれるし、そもそも人数多すぎなんですよ。
いいですよね、ヒロシさんの所は3人で。」
確かに、純粋に人数が多いと困るだろうな。15人って、さすがに多すぎな気もする。
ライナさんのサポートやイレーネのサポートがあるとはいえ、どこまで教育したか把握するのでも苦労するだろうな。
しかもコネで入ってきてるから、やる気も能力もない人間も一定数いるわけだろうし。言われてみれば、大変そうだ。
「手のかからない人もいるんですよ。
そもそも、銀行で勤めていた人はちゃんと取りまとめてくれているし、穀物商人のところで番頭をしていた人とかも私が教えないといけないことなんてないんですけど。
それはそれで、その人たちの陰に隠れてる子たちが問題で、何かあるとその人たちを押し出してくるんですよ。
もう、本当に勘弁して。」
セレンはベネットの胸に顔をうずめて、さめざめと泣く。
いや、人の奥さんに何しとるんだ。
「まあ、今年は本当に人が増えましたしね。苦労は察しますよ。だけど、人の奥さんの胸で遊ぶのはやめてもらえませんか?」
そう言って、セレンを引きはがし、人を駄目にするクッションを押し付ける。
「あー、やわらかい。これ売ってるんですか? うちでも、欲しい。」
気に入ってもらえて何よりだ。
「もちろん、販売してますよ。
商会の人間には割引きで売ってるんで、他の人にも勧めておいてください。」
それなりのお値段がするから、買えるのはセレンくらいだろうけどな。
しかし、いきなり給料を3倍にするとかグラスコーも太っ腹だ。
新人なんかも、週給が300ダールも支払っている。
確かに儲かっているから、それくらい出しても問題はないけれど、俺が最初にもらっていた給料の1.5倍と考えると微妙な気分になる。
いや、相対的に物価も上がってきているから貰いすぎだとかって思うわけじゃないけど。こんなにダイナミックに動くとは思わなかった。
幸い食料品は値上がりが抑えられ気味だから、生活に困るって言うこともないんだろうけど。
「ヒロシさん、サボり魔の奴、やっと来ました。」
リーダーが準備が整ったことを伝えに来た。
「分かりました。じゃあ、行きましょうか? セレンさんも無理はしないようにしてください。うちのサボり魔並みにとは言いませんけど、適度にサボるのをお勧めしますよ。」
じゃないと、セレンがつぶれてしまう。
現状、レイシャは傭兵団の会計支援、イレーネは銀行開設の手続きやら潰れた穀物商人の従業員を吸収して穴を埋める事業も展開中だ。
ライナさんが全体の統括だとするなら、セレンが教育と並行して商会の事務を担当している。
育ってきたら人員を分散させていくわけだし、それの振り分けだってやってもらわなきゃいけない。
それらの計画がセレンがつぶれてしまえば、全部おじゃんになる。効率よく、休める時には休んでもらわないと。
「サボり方をレイシャさんに習っておきます。」
確かに、彼女の力の抜き方は上手い。セレンもいろいろと見てたんだな。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
セレンに笑顔で見送られ、遺跡へと向かう。
車の中でがり勉ちゃんとサボり魔が喧嘩した。サボり魔が遅刻してきたのが原因だし、悪いのはサボり魔なんだけど。
そこまできつく言う必要はないんじゃないかなってくらい罵倒の嵐だ。
こういうの苦手。
「だから、さっきから言ってるじゃん。準備してたものがあるから遅れたんだって。」
サボり魔は若干うんざり気味で、最早反論する気力はなさそうだ。
しかし準備してたものねぇ。
「サボるための嘘でしょ? 大体時間を守れない人間は約束も守れないのよ。
商売人として失格!!
首にならないからって調子乗り過ぎよ!!」
いや、がり勉ちゃん言い過ぎ。
「首にしないとは言ってないよ。それで、準備してきたものって?」
やめさせるかどうかの権限は俺にある。サボり続けられても困るから、理由くらいは聞いておきたいところだ。
「えっと、これです。」
そういいながら、紙の束を取り出してきた。
運転中だから受け取れない。
「後で見るよ。しまっておいて。」
後で中身を吟味しよう。
リーダーはジョンたちを乗せて別の車に乗ってるし、ちゃんと3人で吟味した方がいいだろう。
「印刷所に頼んでいたの?」
ベネットが紙の束に興味を抱いた様子だ。
「はい、原稿を持ち込んでお願いしたんですけど、印刷を後回しにされちゃって。」
モーダルには印刷所が一か所しかない。ちょっと過密スケジュール過ぎるんだよな。
いっそ、商会でも印刷所を設けるべきか。
「なんなのよ、それ。どうせくだらないものなんでしょ?」
頭ごなしに否定をするのはよろしくないな。
「腹が立っているのは分かるけど、何でも否定するのはよくないわ。
もちろん仕事なんだから間に合わせるのが大事だし、その点で怒られても仕方ないけれど。
ずっと、怒られ続けるのは誰だっていやよ?
見ている方も、楽しくはならない。そこは分かるわよね?」
ベネットが指摘してくれたおかげでがり勉ちゃんは不服そうだけど、黙ってくれた。
本当なら俺が言わなきゃいけなかったんだけどな。
「ありがとう。」
小さい声で、ベネットに礼を言う。
「どういたしまして。」
ベネットは笑って、返事をしてくれた。
俺の奥さんは本当にありがたい存在だよな。
「腰いてー!なんだよ、この車ポンコツか?」
ジョンが遺跡に着いたら、早速車を降りて背伸びをする。
まあ、気持ちは分かる。
あっちの世界の車がどれだけ優れていて、乗り心地がいいかは前の運転で思い知った。
もちろん、悪い点ばかりじゃない。
結構いい加減な燃料で動いてくれる所や作りが頑丈で乱暴に扱っても壊れなさそうなのはいい点だろう。
何だったら、牽引できるくらい馬力もある。とはいえ、乗り心地がよろしくないというのは覆しようのない事実だ。
「クッションでも敷くしかないんじゃないか? それなりに稼いでるんだろう?」
ジョンたちの装備は、色々と更新されている。全身をマジックアイテムで固めていると言っても過言じゃないくらいだ。防具も武器も魔法の品物だし、ゴーグルや靴なんかもマジックアイテムだったりする。
もちろん、俺が売った品物も多い。
「稼いでるって言ったって、ほとんどこいつらに持ってかれてるんだから余裕なんかねえよ。」
ホールディングバッグを叩きながら、ジョンはため息をつく。そうは言いつつ、毎月修道院には金を入れてるわけだし、計画性が無いわけじゃないだろう。
「やめてジョン。そういうこと言ったら、紋章入りのクッション渡される。」
俺の嬉しそうな笑みを見て、ノインが警戒するようにジョンの口を塞ぐ。そこまで毛嫌いすることないだろう。かっこいい紋章だと思うんだけどな。
「今更だろ? どうせみんなには、ヒロシ様のお抱えスカベンジャーって思われてんだから。
クッションくらいタダで寄こせよ。」
ジョンは開き直った様子だ。
「じゃあ、一人一個用意して置くよ。ユウはどんな柄がいい?」
一人黙々と準備するユウに声をかける。
「え? あ、ごめんなさい師匠。聞いてませんでした。」
一から説明をして、グラスコー商会の紋章入りのクッションを渡すという内容を伝える。
「それで、柄ですか?
あの紋章がついていたら、花柄とかじゃ変です。」
それはもっともだ。
「白黒のチェックがいいんじゃねえの?」
ジョンが口を挟んでくる。
「いっそ、黒の方がいいよ。もしくは茶色一色。」
ノインはあまり目立たせたくないようだ。
「おっさんは何がいいんだよ?」
ジョンがベーゼックに声をかける。
「え?私は、そうだなぁ。赤と黒のストライプかなぁ。」
リーダーと話していたらしく、振られた話に反射的に答えたようだ。ストライプねぇ。
「まあ、とりあえず柄は統一して欲しいから、出てきた時にまた聞くよ。とりあえず、今回は最下層まで行くんだろ?」
そういうと、ジョンは頷く。
「そろそろ、踏破しておきたいしな。
実入りはあんまりよくならないだろうけど、記念だ記念。」
俺が頑張れよというと、ジョンたちは門をくぐった。
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