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11-9 弟さんに値踏みされてる。

お金だって腐るんだよ。

「ヒロシさんは頭がいいんですね。俺、ちんぷんかんぷんでした。」

 テオの言葉に俺はちょっと戸惑う。大学の廊下を移動しながら、言われたのでどう返すべきか悩む。

 まあ、いいか。

「いや、俺もちんぷんかんぷんだよ。話の半分も分かってない。」

 俺の言葉にテオは驚く。

「分からないのに、お金を出すんですか?」

 そうは言うけれど、人ってたいてい訳の分からないものにお金を使うものだ。1から10まで、からくりが分かるものにはお金を惜しむ。

 だから、詐欺が成り立つわけだけども。

「まあ、海のものとも、山のものともつかないこともあるけれど、ある程度の将来性を感じれば俺はお金を出すよ。

 成果が上がらないとなれば、それはその時に考えればいいんじゃないかな?」

 どうやらテオは不安を覚えたようで、俺を心配そうに見てくる。

「もちろん、持ってるお金を全部使うわけじゃないよ。それに、分からないなりに勝算がありそうなものを選んでるんだけどね。」

 それで不安がなくなるわけでもないだろうけど、こればっかりは結果が出てみるまで分からないものだ。

 最後に、大学の事務室へ向かう。

 もちろん、挨拶だけではない。

 こちらには、文房具やタイプライターの売り込みを仕掛ける。

 どうやら、消しゴムやら鉛筆は他からも流れてきていたらしいが、タイプライターには驚いてもらえたようだ。これがあれば、事務仕事は捗るだろう。

 既に、こちらの世界で生産したものに切り替わっている。遠慮なく売らせてもらおう。

「なるほど、こっちで儲けるって算段なのか。」

 テオは何かを理解したように言うけれど、別にこれはこれで別の仕事なんだよなぁ。

 

 テオの俺に対する評価は、どうなったのかは分からない。

 ただ、睨むのはやめてくれたようだ。

 市場でいろんなものを仕入れたり、世話話をしていくうちにいろいろと吹き込まれた様子だ。それで、どう判断すればわからなくなったというところなんだろうか?

 直接聞けるわけでもないから、想像に過ぎないけども。

 でも、とりあえず連れまわしすぎた。

 市場で買い付けをした後は工房でオートマトンの素体を回収して起動実験を行ったり、オートマトンを船員として貸し出す契約をしに港に行ったり、車で移動しているとはいえテオも若干お疲れ気味だ。

 帰り道の助手席で、テオはぐったりしている。

「いつもこんなに働いてるんですか?」

 俺はテオの言葉に首を横に振る。

「いや、いつもはそんなこともないんだけどね。事業が重なりすぎて、ここ最近忙しいんだ。

 ベネットには、女性の服や化粧品とか、下着とかもお願いしているし、調理器具なんかも試してもらってる。

 下着なんかは男性じゃ取り扱うのもはばかられるしね。

 他には糸を自動で紡ぐ機械なんかも試作しているよ。製糸ギルドに目をつけられて、押しかけられてるからなかなか捗らないね。」

 糸の品質が落ちているという話は以前にされていたが、いよいよもってモーダルの糸はやばい。着ていたドレスが分解し、ドレスを仕立てたお針子が縛り首になった事件も発生している。

 とてもじゃないけど、まともじゃないだろう。

 何故そんなことになっているのかは不明だけれど、まっとうに糸を作る気がない。蛮地で紡いでもらった糸の方がよほど信頼がおける。

 値段は必然的に、蛮地で紡がれた糸の方が高い。

 ただ、過熱しすぎなんだよな。

 それならいっそ、糸を紡ぐ機械を作ってしまおうという事で、蒸気機関を作るついでに発案しておいた。

 もちろん、これが産業革命の始まりであることは自覚している。元の世界のように戦争まみれになるかもしれないという危惧はあるものの、すでにエンジンがある世界だ。

 遅かれ早かれ、起こりうる未来だ。

 なら、多少早めたところでと思わなくもない。

 何より、モーラ様のお望みだろうしな。

「そんなことまでしてるんですか? いくら稼げば気が済むんです。」

 あー、そういう風に見えるか。

 うん。

 まあ、そうだよね。

「そうだね。静かに暮らすなら必要がないと思うけど。もっと幸せになろうって約束したからねぇ。」

 結婚式で、言ったことを思い出しながら、説明をする内容を組み立てよう。

「オートマトンは、見せたよね?」

 テオは頷く。

「あれは1体、1万ダールするんだ。それを、普通の船員と同じ値段で貸し出す。」

 テオは首をかしげた。

「普通の船員っていくらもらってるんですか?」

 いつの間にか敬語になっている。

 なんだろう。警戒されてるのかな。

「銅貨3枚だよ。だから回収するのに10年はかかるかな。普通の船員のように個人で輸入品を確保して儲けるって言うこともできないから、普通に船員として働かせるのは割に合わない。」

 テオは指折り数えて、計算をしている。

「厳密な計算じゃないから、適当だよ?

 とりあえず船員として貸し出して儲けようという話じゃないんだ。貸し出すのは、オートマトンの教育の為。

 いずれは、俺が作る船の船員として使いたいからなんだよ。」

 テオは、話の要点をつかめない様子だ。

「普通の船乗りじゃ、空飛ぶ船や風に逆らって進む船は危険だ。それなのに、銅貨3枚じゃ割に合わないだろう?

 人が集まらないなら、オートマトンみたいな機械を使うべきかなと思ってね。」

 テオは、その話には想像がつかない様子だ。

 まあ、それはいい。

「でも20体も作るから、20万ダールは用意しなくちゃいけない。

 うまく船が作れなければ、その20万は無駄になるし、途中で壊れて海に沈んだら当然それは消えてなくなる。

 大損だね。

 だから、商人って言うのは儲かるばかりじゃないんだよ。」

 商品を扱うのにもお金がかかる。当然と言えば当然だ。テオは、納得しているのかしていないのか。難しい顔をしている。

「農夫だって、同じだろう? 畑を耕すには牛や鋤が必要だ。

 うまく麦が育ってくれればいいだろうけど、雨ばかり降ったり風が強いと思ったより取れない。

 最初にかけたお金は全部損してしまう。」

 例え話のコツは、相手が知っていることに例えることだと聞いた事がある。

 テオのお父さんは農夫だ。こういう話なら納得してくれるかな?

「確かに……」

 通じてくれたようで何よりだ。

「まあ、そういうわけで実るかどうかが分からないようなことを色々と抱えてる。

 理由は分かるだろう?

 麦が育たなさそうなら、ジャガイモを植える、ジャガイモが病気なら、念のために植えたそばを食べる。

 冬に育つカブを食べて、キャベツを売って、麦を買う。

 俺も似たようなことをしてるんだ。

 もちろん、人に任せている農家もあるだろうけど、任せるばかりだとうまくいかないことがあるのも一緒だよ。

 今日忙しかったのは、種を植える作業をしてたんだと思ってくれれば分かり易いかもね。

 で、最初の質問に戻るわけだけど。

 どれくらい儲けるの?

 そりゃ豊作だからって、次の年は畑を耕さないなんてことは無いだろう?

 それと一緒だよ。ちゃんと播いておかないと、お金だって腐るんだ。」

 俺の表現にテオはびっくりした顔をする。

「お金が腐るわけない。」

 テオに真顔で返されてしまった。

「まあ、例えだよ。

 それに、お金を持っていても使わなかったら意味はないだろう?

 麦だって、積み上げておくだけじゃ……」

 焼き討ちされた穀物商人の倉庫が目に留まる。

「あんな風になる。」

 俺は苦笑いを浮かべた。

「あの建物って……」

 焼かれた倉庫はいまだに手つかずだ。中には腐った麦袋か、炭化した麦袋しかない。

「穀物商人の倉庫だよ。腐るまでため込んで、焼き討ちされた。

 まあ、そういうこともあるってことだよ。」

 人の怒りとは恐ろしいものだ。特に食べ物の恨みは恐ろしい。

 

 家に着くと、ベネットがお母さんと一緒に食事を作っていた。どうやら今日はこっちで食事をするようだ。

「テオ、どうだった? 面白かったでしょ?」

 ベネットがテオの頭を撫でる。

「楽しくなんかなかったよ。ただ、忙しそうだなとは思った。」

 少し恥ずかしそうにテオはうつむく。お姉ちゃんに頭を撫でられるのは恥ずかしいのかな?

「そっか、お疲れさま。今日はテオの大好きなシュニッツェルだよ。たくさん食べてね。」

 シュニッツェルか。薄いカツみたいな料理だ。

 確か、ハロルドも何度か出してくれた記憶がある。

 楽しみだ。

 テオもどことなく嬉しそうだ。そりゃ好物を用意されたら、喜ばないなんてことは無いよな。

「ヒロシもお疲れさま。何か飲む?」

 ベネットが冷蔵庫を開けながら、俺に聞いてくる。

「あー、お茶かな。冷えたのあったよね?」

 テオが冷蔵庫を見て、不思議そうに首をかしげている。

「どうしたの、テオ?」

「いや、その箱なんだろうって思って。」

 あぁ、あまりにも当たり前になっていたから気付かなかった。そりゃ、冷蔵庫を見たことがないのが普通だよな。

「これ? 冷蔵庫。お肉や野菜を新鮮なまま保存する道具だよ?

 テオはジュースがいい?」

 ベネットがカップにお茶を注ぎ、俺に渡してくる。そして、テオには瓶から注いだジュースを渡した。

「つ、冷たい。」

 冷えた飲み物は嫌だったりするんだろうか?

 まあ、まだ涼しいしな。そう思いながら、俺は椅子に座ってお茶を飲み始めた。野草茶を冷やして飲むと、なかなか渋い。

 でも、乾いた喉にはこれくらいが丁度いいんだよな。テオも、椅子に腰かけて、ジュースを飲む。

 驚いたように顔をあげて、冷蔵庫を見る。

「あれって、魔法の道具?」

 俺は首を横に振る。

「違うよ。中身は言えないけど、魔法は使ってない。」

 テオが俺を見てくる。

「そういうってことは、あれを作ったのは……」

 俺は、また首を横に振る。

「違うよ。今日行った工房の職人さんに作ってもらったんだ。アイディアは出したけどね。」

 親方さんたちの手助けがなければ完成しなかっただろう。それを俺が作りましたなんて言ったら、おこがましすぎる。

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