11-6 共同経営者かぁ。
正直、責任者になりたいとは全く思わない質ですが、ここも自分との違いですね。
帰りの道中はいつもの如く、変な魔獣に絡まれたりもしたけれどトーラスとベネットが居れば多少のトラブルは問題なくなってきている。
その上でロイドの地図にハルトの”案内”もあるから、なんか安心して旅を終えられた。
戻ってきたらオークション三昧だ。
例の爺さんに事前に情報を仕入れ、ねらい目の土地やマジックアイテムをグラスコーと競り合う。
何とか無事に、ハロルドの店舗と俺の家は確保し、その他にも要所要所を抑えて一部はグラスコーに売りつけることに成功した。
顔を合わせるたびにグラスコーに舌打ちされるのが心地いい。
「畜生、出し抜かれたぜ。お前、相当見て回ってただろ?」
言われるとおり、確かに出ている物件は足蹴く通って吟味もしていた。爺さんのくれた情報だけだと、見落としている情報がありそうだったからだ。
「いや、まあ、不動産を扱っている商人にお願いして、アドバイスももらいましたけどね。」
その商人の名刺をグラスコーに渡す。
「ん? 聞いたことない奴だな。腕いいのか?」
俺は首をひねる。
そもそも、不動産業のイロハが分からないからだ。
「土地自体は持ってなくて、もっぱら仲介がメインって言ってましたけど羽振りはそれほど悪そうには見えませんでしたね。
いっそ出資しますか?」
持っている土地の運用なんかもお願いしたい。もちろん、他にも候補を探すべきではあるとは思うけれど。
「まあ、候補の一人だな。
他に腕のよさそうなところがあれば、粉かけといてもいいかもしれん。」
そういいながら、何枚かの名刺をローテーブルに並べ始めた。
「声かけてくる奴は結構多いんだけどな。
信用していいのかどうか、ちょっと不安で声かけてなかったわ。
やっぱ、ナバラのばあさんの入れ知恵か?」
まあ、不動産に興味を持ったのは、大家さんの影響は少なからずある。
でも、詳しい話はしなかったんだよな。
大抵が旦那さんとの思い出や、海運が上手くいっていた時の思い出話の方が印象に残っている。ロバートさんも、そういう話をしていた時は、穏やかに笑ってたよな。
「おい、なに涙ぐんでんだよ。大丈夫か?」
俺はびっくりして、目を抑える。
「大丈夫です。
いや、死体を見たトラウマなんですかね。それより話があるって何ですか?」
折り入って話があるという事で、呼び出されていた。
事務所には珍しく二人きりだ。
「そうだな。まず、俺とイレーネが結婚する。
それとレイシャを第二婦人として迎え入れる。」
思わず、変な声を上げてしまった。
「ふぁ!じゃねえよ、あくまでも偽装結婚だ。俺は家名を手に入れ、イレーネは親の追及を逃れる場所を得る。
正当な取引だ。」
な、なるほど。
同性愛者が正々堂々生きられる世界じゃないものな。
いや、同性愛者でいいんだよな?
……センシティブな話だから、これ以上考えるのはよそう。
「まあ、その。おめでとう。」
思わずため口になってしまう。
「家名はヴォルフィッシャーだが、商会の名前はそのまんまにしておく。というか、せっかく名が売れてきたところで改名するメリットねえしな。」
確か、初代の名前を受け継いでいる商会もいくつかあったはずだ。
アーノルド商会なんかが有名どころだと記憶している。
今のアーノルド商会の長はベルンハルト=ノービスという名前だし、アーノルドの名は商会名に残っているだけだ。
まあ、そのうち、初代にあやかって名前を付けられる人物とかも出てくるんだろうけども。
「まあ、順当だと思うよ。それで?」
ここまでは、まあなにも不思議はない。
多分、親族を雇い入れるとか、そういう話になるのかな?
「で、だ。
家名を持ったわけだけども、別に貴族になるわけじゃない。
一応、イレーネの実家には縁ができたけどな。
でも、お前が男爵になったらどうするかって話だ。」
あー、うん。
今でも、竜の友という肩書は商人の小間使いというには大きすぎる。
そこら辺のつり合いか。
「で、いろいろ考えたわけだ。
もし男爵にならないとしても、最早お前は俺の従業員としておくには名前が売れ過ぎた。
だから、この商会の共同経営者としてお前の名前を連ねる。それが順当なんじゃないか?」
つまり、連帯保証人になれって事か。
俺は思わず、口をへの字曲げてしまった。
仕方ないことではある。事業も拡大していくし、活動場所も増えていくだろう。
そういう時の意思決定をするうえで、共同経営者というのは都合がいい存在でもある。
それと、負債が出た時のリスクヘッジにもなる。そう考えると、順当な判断だろう。
でも、2年目でそれは早すぎな気もするんだよなぁ。
「割合は3割だ。
負債を抱えても3割、利益が出ても3割、その責任を負ってもらう。」
売り上げや利益なんかは、決算の時にいやというほど見てきた。
そこからすれば、今のグラスコー商会は順調そのものと言ってもいい。
じゃあ、俺の来る前はどうだったか。
毎年、赤字を垂れ流して破産寸前だった。
まさしく、調子のいい時もあれば、沈む時もあるという典型だろうな。何より、これから家を作って親族を養っていかないといけなくなる。
みんながみんな才能がある人間ばかりじゃないだろう。
へまをする人間もいっぱい出てくる。
その時に俺が男爵になっていれば、そこからの収益で損失補填ができるかもしれないと思うのは間違った判断じゃない。
もちろん、俺にも利点はある。
まず収益が順調に上がっていれば、領地経営が上手くいかなくても食っていけるようになる。その上で、商会という組織を利用して人と繋がれる。
欲しい人材を探すときや問題を解決するための伝手を頼る事も容易になるだろう。
天秤にかければ口をへの字に曲げるほどじゃないかもしれない。
グラスコーやイレーネの親類縁者との軋轢とか、新旧の従業員間でできる派閥争いとか、そういう諸々を考えると胃が痛いけども。
「どうする?」
挑発的にグラスコーが笑う。
毒を食らわば皿までだ。どうせ男爵になったら、これ以上に面倒臭いことになるんだ。
こんなことで怖気づいてちゃやってられない。
「いいよ、乗るよ。
だけど、そうなったら敬語はやめるからな?
若造に罵られても、受け入れてもらうからな。」
俺も笑顔で返す。
「そう来なくっちゃ。それと、飛空船の件は俺にも一枚かませろ。腕のいい船長を見繕ってやるぜ?」
出資してくれるなら、ありがたいことだ。
「どうせ、漁船の船長だろ? 腕は確かなのかよ。」
そうは言いつつ、漁船だろうと船乗りが親類にいるって言うのは心強いな。
飛行船が海上船と同じように扱えるかどうかは未知数だけど、動力船の方にも人を紹介してもらいたい。
「何、漁船だろうと商船だろうと同じ船さ。大船に乗ったつもりでいろよ。」
俺は苦笑いを浮かべてしまう。
流石にそれはないだろ。
支部長に会ったのはいつくらいぶりだろう? 半年くらいは開いてるだろうか?
だけど、あの時とは明らかに態度が違う。偉くにこにこしている。
「いや、ヒロシ殿、あなたのおかげでギルドは大変うまくいっています。
さすが竜の友と呼ばれるお方ですね。
復興に尽力された、その慈悲に大変感銘を受けます。」
白々しいお世辞だけど、別に悪い気はしない。どうせ何か企んでいるんだろうなと、ちょっとワクワクしてしまっている。
「こちらこそ、大変お世話になっています。ダーネン支部長。工房の面倒を見ていただけているようで、大変恐縮です。
修道院の孤児たちはどうでしょう?」
無理を言って、成人した孤児たちを工房で雇ってもらっている。働きが悪ければ、当然俺に文句が来るだろうと思っていたけど、今のところはそういう話は聞かない。
「なかなかどうして、みな勤勉です。給与以上の働きをしてもらっていると親方たちからは聞いていますよ。
ところで、蛮地で金の採掘を始めるとか?
是非その採掘に、私どもも噛ませていただくわけにはいきませんか?」
あー、そっちか。
「危険の伴う作業ですので、融資していただけるとなれば大変心強いです。
実際、どの程度採掘できるか未知数ですが、お力添えいただければ幸いです。」
まあ、見積もりはできているから赤字になることはないと思うけれども。ギルドを排除して恨みを買う必要もない。
「ちなみに、紙幣への交換はお済で?」
急な話題転換についていくのが大変だ。
「一応、お預けしているものは交換していただきました。手数料も勉強していただいて、とても助かります。」
とりあえず、近代兵器を売った資金以外は、すべて紙幣に変えている。結構手数料が取られたけど、両替にお金がかかるのは常識だ。
その上で、俺やグラスコーは優遇された方だと思うんだよな。
「おい、ダーネン、飛行船の方はいいのか? こっちの方が儲かるかもしれんぞ?」
グラスコーが楽しそうに口を挟んできた。
「確かにそうかもしれないね、グラスコー君。私の席は空いていますか?」
ダーネン支部長の目が一瞬見開かれたようにも見えた。こっちもこっちで噛ませないとまずいか。
いや、それもあるが。
「飛行船については、もちろん協力していただきたいんですが、こっちについても協力願いたいんです。
どうでしょう?」
俺は、殿下のイラストと一緒に、蒸気機関やスクリュー、そして、動力船全体の設計図を見せる。
もちろん、俺が作ったものじゃない。
工房やアレストラばーさんの所にお願いしたものでもある。
「これが噂の。なるほど、なかなか骨が折れる計画のようで。」
支部長は嬉しそうに笑う。
開発に資金が必要となる分、完成すれば見返りは大きい。
まあ、いろいろ出資を依頼した以上、事業の主導権争いは絶対起こるだろう。
精々、支部長に分捕られないように注意しないとな。
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