1-27 旅立ち。
貰った葡萄酒は甘かった。
赤は渋くて苦手だったけど、こう言うのならいくらでも飲めそうだ。
まあ、すぐに酔っぱらっていつのまにやら寝ちゃってたけどな。
ハンスは、すでにローフォンやアジームに結構飲まされてたらしいけど、葡萄酒は別腹らしくて結構飲んでいた。
ロイドは葡萄酒は苦手とか言ってたけど、飲むペースは遅くない。
でも、強い酒の方が好みなのかね?
結局、早々に一瓶開けてしまって気がつけば、テントの中でみんな雑魚寝をしてしまっていた。
とりあえず、しんみりとした雰囲気は多少あったけど、みんな俺がここから離れることには納得してくれていたと思う。
若干、ミリーは不満そうだったけどな。
グラスコーが出発するまでに俺は、ハンス達から餞別として在庫の山羊皮なんかを貰った。
お返しとばかりに、ホールディングバッグを渡したら、高価すぎて受け取れないとか何とか……
いやまあ、そういわれるのは想定していたので上げるのではなく、預けるんだって言って丸め込んだけどな。
とりあえず俺が貴族か大店にでもなったらみんなを街に呼ぶと言ったら、みんな笑ってた。
まあ、子供があり得ないような夢を語ったときの反応が一番近いのかな?
でも嫌な気分にはならなかった。
頑張れって言葉がこんなに素直に受け入れられるとは思わなかった。
何せ頑張れって言うのは俺が一番大嫌いな言葉だったからだ。
いつも叱責を伴っていたし、本人としては結構頑張っているつもりの時に限って言われる。
何をどうして良いのか分からないときに、頑張れとしか言われなかったことも多い。
今は、なんでこんなに素直に受け止められたんだろう。
まあ……
やるべき事が明確で、まだまだ自分でできる事がいっぱいあるからかもしれない。
とりあえず、まずは貰った山羊皮や羊毛を”売買”で換金しよう。
品質の良い奴は、いくらか残しておくとして、超純水を売り払った分も合わせて金貨20枚ほどが手元に残った。
歯ブラシやひげそりみたいな衛生用品。
鉛筆と消しゴム、鉛筆削り、それとメモ帳は事前に注文していたので、手元にある。
散髪は無理だけど髭だけは剃っておこう。
しかし、元手に金貨20枚か……
悪くないよな。
「ヒロシ、そろそろ行くのか?」
髭を剃って戻ってきたら、ハンスが待っててくれていた。
「えっと……」
なんか上手いこと言葉が出てこない。
こういう時なんて言えば良いんだか……
会社が変わる度に迷ってたなと思い出す。
「お世話になりました。」
俺は頭を下げた。
行ってきます。
「お?ずいぶんとさっぱりしたな。」
第一声がそれか、グラスコー。
髭剃っただけだっての……
「そろそろ出発だろ。一応準備は整ってるけど?」
グラスコーの方も、荷物整理は終わってる。
いつでも出発できそうだ。
「まあ、俺の準備は良いが、その前に……」
グラスコーが改めて俺の方を見る。
「とりあえず、他人がいないときは良いが、言葉遣いを改めろ。
一応、俺が雇用主になるからな。」
偉そうに胸を張る。
いや、まあ確かにその通りだな。
「分かりました、グラスコーさん。
よろしくお願いします。」
下げた頭を上げると、グラスコーはびっくりしている。
なんだ、そんなにおかしいかこの野郎。
「気持ちわる。」
言うに事欠いてそれか。
にっこり笑みを浮かべて応えてやる。
なんかまずいもんでも食ったような顔をしてるな。
「今は、まだいいぞ? 普段どおりにしてくれ……マジで気持ち悪い……」
まあ、そりゃそうだよな。
さっきまでため口聞いてた奴が、いきなり敬語らしき物を使ってきたら気持ち悪い。
「いやいや、これも慣れというものですよ。普段からなるべく礼を失しないように気をつけます。
グラスコーさん。」
半ば当てつけだが、実際これから合う人間がどういう身分の人間になるか分からない。
なるべく敬語でいこう。
まあ、本気で嫌なら切り替えるのはやぶさかじゃないが……
「いや、マジ本当に勘弁してくれ……」
仕方ねえな。
「お前、ちょっと我が儘すぎるだろ。」
何故ほっとする。
「我が儘ってお前、本当に気持ち悪いんだよ。
護衛がいる間じゅう、あのしゃべり方をされると思うとぞっとする。」
そういいながら、グラスコーは馬車に乗り込んだ。
「知るか。俺のせいじゃねえだろ。」
俺も馬車に乗ると、少し離れたところにハンス達が立っている。
俺は頭を下げた。
なんだか照れくさいな。
「いってきます!!」
遠ざかるみんなに向けて、できるだけ明るく叫んだ。
これで第1章は終了です。
第2章は2週間ほど期間を空けて投稿し始めたいと思います。
ご覧いただいた感想等があればよろしくお願いします。
なるべく定期的に投稿したいと考えていますが思うようにいかないこともあるかもしれません。
その時は、どうか優しい目で見てくだされば幸いです。




