11-3 悩ましいなぁ。
実際に蒸気船を開発するってなれば、そんなにすぐにはできないのは確かですよね。
「おかえり、どうだった?」
テントを通りコンテナハウスに入るとトーラスがくつろぐようにソファで横になっている。
「いいものが見つかったけれど、大切なものがどこかに行きました。」
そういうと、トーラスはバスルームを指す。
お風呂中か。
「まあ、無理にこじ開けないで待った方がいいと思うよ。」
そういいながら、トーラスは本に目を落とす。
ベネットも訓練で汗をかいてるだろう。お風呂に入るのは当然だよな。
飲み物を用意しとくか。
何がいいかな。
冷たい飲み物だろうか。
どうせなら、アイスレモンティーでも作るか。
濃い目に出した紅茶に砂糖をいやというほど入れて、氷を入れたグラスに注ぐ。
透明度の高いグラスは見た目が涼やかだ。
そして、レモンをぎゅっと絞る。お風呂上りならちょうどいいだろう。
「トーラスさんも飲みます?」
そう聞くとトーラスは頷いたから、グラスの一つを渡した。
俺も、落ち着こう。
ソファに腰かけて、レモンティーを飲む。
若干寒いので、ちょっと凍える。
「できればあったかいのに変えてくれるかい?」
トーラスも同じ感想だったようだから、ホットに入れなおそう。ホットでもアイスでもどっちでも美味しいよな、レモンティー。
入れなおした、ホットレモンティーで一息入れる。
「なんで追っかけてこないの!!」
バンっとバスルームの扉が開かれた。
お風呂上りなせいなのか興奮しているからなのか、ちょっとベネットの顔が赤い。
「はい、これ。」
そう言って、俺はアイスレモンティーを渡す。
「ありがとう。」
喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。
「そうじゃなくて、なんで追っかけてこないの?
どうでもいいの? 普通は、お風呂でごめんなさいでしょ?」
どうでもいいわけじゃないけど。
「そこまで非常識にはなれないよ。
それより、喉も乾いてるだろうと思って。」
そう言って、俺はホットの方のレモンティーを渡す。
「ヒロシは、私が弱くなってもいいの?」
弱くなるって。
訓練でぼろ負けしたからって、弱くなるわけじゃないだろう。
それじゃ訓練をする意味がない。
でも。
「弱くなったからって、好きな女の子を見限る男っている?」
これが逆なら、分からないでもないけども。
「それにね。ベネットの価値が強さだけなんて思ったことはないよ。
可愛いし、賢いし、優しいし、その上で向上心まである。
こんな子と結婚できるなんて、俺はなんて幸せなんだろうね。」
ベネットは俺の言葉に面を食らったような顔をする。トーラスは、そそくさと寝室に逃げてしまった。
いや、なんか。
言葉が過ぎただろうか?
「本心?」
疑る様な顔をしてるけど、そんなに信用無いかな。
「誰に誓えばいいんだろう? この場合は、ウルズ様かな?」
誓えと言うなら、いくらでも誓うけども。
「自分より強い女は嫌?」
別にそんなこともないけれど。
「まあ、守ってもらってばかりじゃ駄目だとは思うけれど、嫌ではないよ。
でも、危険な目には会ってほしくないし、ベネットに頼らないといけないような状態は俺にとって不本意なのは確かだよ。
後ろに立ってくれてるだけで威圧できるのが一番の理想かなぁ。」
その点については、今のベネットでも十分すぎるくらいだ。見た目の可愛さに似合わない大剣で大抵の相手は怯んでくれるだろう。
ベネットはむぅと唸る。
「もっと強くなれると思う。
だから、ヒロシも応援してって言ったら、応援してくれる?」
そんな確かめるようなことを言わなくても。
「もちろん、応援するけど?」
必要なら、俺がサンドバッグになってもいい位だ。ベネットが俺をソファに座らせる。
そして、膝の上に座ってきた。
「じゃあ、撫でて。」
ご所望でございましたらいくらでも。
夕食は、ハンスたちのコンテナハウスでとることになった。
ヨハンナのポリッジにベネットが鮭のムニエル、カイネが野草のお浸しときのこのチーズ焼きを作ってくれる。
ハルトのリクエストでクルトンも出しておいた。
「うま!! ポリッジってこんなにうまくなるんだな。」
ハルトの言葉にカイネがピクリと反応する。途端に味を吟味するような顔になるのが面白い。
研究熱心なのはいい事だ。
「ところでハンス。カバンをみんながいつでもどこでも開けるように共有化しようと思うんだ。
つまり、出入り口を一人一人に渡すみたいな感じ。
カバンじゃなくてアクセサリでも開けるから、身に着けられるものに付けて渡そうと思うんだけどどうかな?」
俺の提案にハンスはロイドを見る。
「俺を見ても仕方ないだろ。リーダーはあんただ。」
ロイドは、最早あきらめムードだ。
「そう、だな。
もちろん、かかった費用は支払う。」
ハンスの了承も得たし、みんなどんなアクセサリがいいか聞いて回る。
ミリーは、すでにイヤーカフがいいと言われていたのでそれにする。
ロイドはアンクレット、テリーはベルト、ハンスはブレスレット、ヨハンナはネックレスということで注文を承る。
一応、そんなに高くないものにしよう。
金目のものだと思われて、奪われるのも嫌だしな。
「なんだよ、キャラバンのみんなには気前がいいのな。
俺にもくれよ。」
ハルトはなんか不満気だな。
「ちゃんと見張りを続けてくれたら、帰りに渡しますよ。
カイネちゃんに渡してるのも、アクセサリに変えましょうか?」
まあ、あまり邪険にしてへそを曲げられても困る。明日も、ハンスが掘ってくれたところを調査しないといけないしな。
「カイネ、何がいい?
指輪がいいか? それもと、ネックレス?」
ほほう。
カイネのインベントリをアクセサリにするのを優先するのか。
「指輪がいいです。」
カイネが少し迷いながら、そうつぶやく。
これ、ハルトは指輪の意味を理解してやり取りしてるよな?
まあ、ハルトの表情を見れば軽い気持ちじゃなさそうには見えるけど。
「そういえばヒロシ、ドラゴン倒したんだって?」
テリーがふいに聞いてきた。
確か、ハンスには話していたかな。
「倒したというか、埋めたって言った方がいいかな。
もちろん、俺一人でやったわけじゃなくて、いろんな人に手伝ってもらってだけどね。」
テリーはため息をつく。
「それは別にどういう方法でもいいけど。
それって、もしかして領地がもらえるくらい凄い事じゃない?」
なるほど、そっちが気になったのか。
「んー、そうだな。
実は宿題を一つ貰っていて王子様のアイディアを一つ叶えれば男爵位が貰える。」
男爵という言葉にみんなの注目が集まる。
「すごいじゃん!!
で、どんなアイディアをかなえればいいの?」
とりあえず、みんなに動力船のイラストを見せる。
「船?」
とりあえず、スクリューの部分を指さす。
「これが回って船が進むようになる。
もちろん、人力で回すんじゃなくて蒸気機関で動かすって船だよ。」
蒸気機関という言葉にみな疑問符を浮かべる。
「まあ、車やスクーターのエンジンみたいなものだよ。
あれよりも、もっと原始的な形になると思うけど、それを作ろうと思う。」
なんだ、それなら簡単じゃないかという表情をされた。
確かに、何もないところから作るよりもはるかに楽だろう。
でも、大型の船を動かすとなると馬力が必要になる。そんな大型のエンジン、まだ存在していない。
「ヒロシなら、すぐ作れるんじゃないの? 腕のいいドワーフさんを知ってるんでしょう?
ちょちょいのちょいじゃん。」
ミリーの言葉に俺は首を横に振る。
「それがそうでもない。
大きな船を作ることが前提だし、蒸気機関を作るとなれば爆発事故がつきものになる。
下手をすれば死人が出かねない開発だから慎重にやらないとまずい。2,3年はかかるかもね。」
俺の見立てが、正しければだ。これでも楽観視しすぎな気もするんだよな。
「えー、そんなにかかるの? 早く乗ってみたいなぁ。
モーダルで海を始めてみたけど、あの向こう側ってどんなものがあるだろうってわくわくする。」
ミリーは目をキラキラさせるけど、別にこの船は俺の持ち物になるわけじゃない。
まあ、もう一つの船の方がよっぽど驚きの船なわけだけども。
「実はミリー、これとは別に空を飛ぶ船を造る予定なんだ。」
空を飛ぶ船とみんなが声を揃えて言う。
もちろん、ベネットやトーラス、ハルトとカイネは知っているので、にやにやしてる側だけども。
実は、こちらに来る前にドラゴンの解体を済ませ俺の希望通りドラゴンコアと、翼の皮膜を手に入れた。
大家さんの船を改造して飛行船を作る計画を立てているから設計なんかをお願いしているところだ。
「そっちはどれくらいかかるの? というか、空飛ぶ船ってすごくない?」
ミリーが矢継ぎ早に聞いてくる。
「設計に1年くらい、艤装の変更に1年、乗員の訓練に1年。
やっぱり2,3年はかかるかな。」
乗員については、勉強中のゴーレム製作で作るオートマトンに任せるつもりだ。
「その時まで、私は生きてるかねぇ。」
不意にヨハンナがそんなことをつぶやく。
俺は凍り付く。
「ヨハンナ、どこか、悪いの?」
どうしていいのか分からず、俺はおろおろしてしまう。
「やだね、冗談よ。今は大丈夫。空を飛ぶ船、楽しみにしているよ。」
きつい冗談だ。
俺は乾いた笑いを漏らしてしまう。
テリーが俺に、領地の話を聞いてきたというのは、そういう事なんだろうか?
「ヨハンナ、冗談がきついよ。
まあ、ヒロシが魔法の品も作れるようになったんだから、死んじゃったらベネットの子供として生まれてくればいいんじゃない?
できるでしょ、ヒロシ?」
ミリーが冗談を飛ばす。
「それは、俺の魔法の範疇じゃないよ。でもお金ならあるし、誰かに頼んでもいいけどね。」
もちろん、そんな魔法があればだけども。
「冗談を真に受けないで頂戴。まだ死ぬつもりはないよ。」
ヨハンナが楽しそうに笑ってくれたことで、俺は何とか心の平静を取り戻せた。
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