10-25 お年始参り。
お年始の緩さがしばらく続きます。
修道院でお年玉を配り終わったので、今年はライナさんのお宅にも足を運んだ。
泣きながら、仇を討ってくれと頼まれた手前、報告しに行かなきゃいけない。
そう考えていたんだけど、お宅を尋ねたら熱烈歓迎されてしまった。そういえば、ライナさんのお子さんは一人じゃなかったんだったな。
多めにお年玉用意しておいてよかった。
「あんたたち騒がないの!!部屋に帰りなさい!!」
ライナさんが一喝すると、蜘蛛の子を散らすように退散していった。お母さんに怒られるのは怖いものな。
こわ、かったかなぁ……
古い記憶だから、覚えてない。
「もう毎日てんやわんやだから、泣く暇もないわ。
でも、時々思い出すと、やっぱりつらいのよね。」
少々やつれ気味だ。
「でも、あのドラゴンの頭に石をぶつけたら、すっきりしたわ。
ありがとうね、ヒロシ。」
一区切りをつけるという意味では、やっぱりああいうのも必要なんだろうな。
見た時はドン引きしたけど。
「お役に立てたみたいで、肩の荷が下りました。」
俺が笑うとライナさんも笑う。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね。」
「あけましておめでとうございます。こちらこそ、お世話になります。」
お互いに頭を下げ合う。
「ところでライナさん、家政婦さんを探しているんですけど、いい人いませんかね?」
話を切り出すと、当てがあるのか、少し悩む様子を見せる。
「あー、ヒロシのお家の広さってどんなものだったかしら?
そんなに広くないなら、おばあちゃんでもいいだろうけど。」
とりあえず、間取りを教えて住み込みで雇いたいと伝えた。
「じゃあ、マリアおばあちゃんでもいいかもね。それとも若い子がいい?」
俺は眉を顰める。
「今年結婚するって言うのに、若い子が来られても困ります。」
ベネットのお母さんを呼ぶ手はずも整えてるのに、なんで浮気を誘うようなことを言うのだろう。
「冗談よ。若い子なんてみんな、家政婦には向いてないからね。
もし、そんな仕事をしたいって言ってくる子がいたら注意した方がいいわよ?
いろいろくすねられるから。」
俺はライナさんの忠告に頷く。
「ちなみに、そのマリアさんって、ゴブリンが居ても平気ですか?」
カールがいる以上、聞いておかないとまずいだろう。
「多分、大丈夫よ。カールは大人しいし、マリアおばあちゃんも物静かな人だもの。
衝突するってことは無いでしょう。」
そうか。それなら一安心だ。
「ヒロシがよければ、今度連れてくるから、話をしてみて。
場所は倉庫でいいわよね?」
「はい、よろしくお願いします。」
ライナさんの推薦なら、多分間違いはないよな。
帰る道すがらトーラスの住む集合住宅に足を運ぶ。
そういえば、ノインの家もこの近くか。
挨拶に行くべきか、どうするべきか。
まあ、とりあえずトーラスに挨拶しよう。
戸を叩くと、ごそごそという音とともに扉が開かれる。
「あぁ、あけましておめでとうヒロシ。」
俺の顔を見て、なんかびっくりされてたけど。
「あけましておめでとうございます。、
居留地を出てから、初めてでしたっけ?」
前にも来たことがあった気がするんだけどな。
「いや、初めてだと思ったけど。どうだったっけ?」
俺に聞かれてもな。
しかし、間取りは俺の前住んでいた部屋によく似てる。
あそこの部屋はカールと二人で住んでたから、すごく狭く感じたけれど、一人なら十分だな。
「あ、これ、年明けのお祝い。」
そういいながら、ワインを差し出す。
「ありがとう。
へぇ、サンクフルールからの輸入品か。
珍しいね。」
あの船団が持ってきた代物だ。
いざという時に交易ができるように積み荷を調整してるとか、船団を率いていた提督は随分と優秀な気がする。
「ところで、ベネットはどうしたんだい? 別に何かあったわけじゃないだろう?」
ベネットは、居留地の馬場を借りに行ってる。
うちではグラネを思いっきり走らせられないしな。
そのことを伝えると、熱心だねと、トーラスはつぶやく。
「青の旅団とも仲がいいんですね。」
傭兵団同士の関係はよくわからなかった。
「いや、仲はよくないよ。戦場では敵同士になることも多いし。
まあでも、ベネットは例外だろうね。青の旅団にも一目置かれてる。」
そうだったのか。仲が良くないんだったらついていくべきだったかな。
でも、一目置かれてるなら平気なのか?
「まあ、一杯くらい付き合ってくれない?いいチーズを手に入れたんだ。」
トーラスに誘われると断りづらい。色々お世話になってるしな。
「じゃあ、一杯だけ。」
そう言って、トーラスの部屋に入った。
結局、一本開けてしまった。
口当たりがよくて、酒が苦手な俺でも抵抗なく飲めてしまう。
トーラスの出してくれたチーズにもよくあった。生ハムがあったらもっとよかったかもなぁ。
出せばよかった。
千鳥足で道を歩いていると、前からノインと、彼の母親が歩いてくる。
「ヒロシさん、あけましておめでとうございます。」
律儀に頭を下げられてしまった。
お母さんの方にもだ。
「あけましておめでとうございます。はい、これお年玉。」
ノインにもお年玉をやろう。
「いえ、いただけません。自分にも稼ぎはありますから。」
お年玉を拒まれたのは、初めてだ。
「いや、まあ、そうかもしれないけど。」
酔っぱらってたから、軽率すぎたかなぁ。
「ノイン、いただいておきなさい。」
お母さんの言葉にノインは戸惑いの表情を浮かべる。
「若輩のものが、年上の方の配慮を拒むのは失礼ですよ。
それに、あなたはまだ子供です。稼ぎがあろうと、それを鼻にかけてはいけません。」
いや、そこまで配慮されなくても。
「すいませんでした。」
そう言って、ノインはお年玉を受け取ってくれた。
いや、なんか無理やり押し付けたみたいで心苦しい。
「いや、大したものじゃないから。それより、最近は遺跡の方はどうなの?」
ここのところ忙しくて、スカベンジャー組の動向がつかめていなかったのを思い出す。
「遺跡は一時封鎖されました。なので、近隣の魔物狩りに切り替えてます。
春になったら、多分また遺跡探索できるようになると思いますけど。
実入りは少なくなるかもしれないですね。」
んー、これは早めにブラックロータスへ行かせるべきなのかなぁ。
あそこは、次から次へと新しいダンジョンが生成されるみたいだし。
「落ち着いたら、別の場所に行くことも検討しようか?」
分かりましたと素直に返事をされてしまった。
うーん、礼儀正しいし、やっぱり騎士の息子だけあって立派だよなぁ。
いやジョンは孤児だけど、立派だから俺の知り合いの子供はみんな立派なんだろうなぁ。
そういえば、ユウはどうしてるんだろう?
セレンは修道院にいたから、そっちにいたのかな?
明日は、ハロルドの所に行ったついでに、セレンのうちにもいくか。
他にも工房だとかに行かなくちゃだし。
本屋や印刷所、鉱夫ギルドにも、挨拶に行かないと。
行くべき場所が多すぎる。
とりあえず、日も暮れてきたからいったん家に帰ろう。
雪が降っているせいで、今日は全部徒歩だった。
いっそのこと、外を走っている雪狼のそりを走らせてくれないものか。
いや、気性が荒いからダメなんだよなぁ。
確かそんな話だったと思う。
犬と掛け合わせればいくらか落ち着くんじゃないだろうか?
でも、それはそれで時間がかかるか。
まあ、ゆっくり進めないといけないものは、ゆっくり進めるのに限る。
急ぐと雪道ですっ転ぶからな。
そんなことを考えながら、俺は空を見上げる。
というか、しりもちをついたわけなんだが。
酔っぱらってると、本当に駄目だな。
「何してるのヒロシ。」
ベネットが半笑いで俺を見下ろしてくる。
「こけた。」
家の近くなので、ベネットが心配して見に来てくれたらしい。
「大分飲んだの?顔赤いよ?」
そういいながら、ベネットは手を差し出してくれる。
「あー、トーラスさんのところで、ワインを三杯くらいかなぁ。
そんなに顔赤い?」
だいぶ、と笑われてしまった。
次の日はベネットを連れて、仕事関連の場所を巡る。
まずは本屋さん、印刷所、工房といった順番で新年の挨拶と、仕事についての打ち合わせ。
鉱夫ギルドでは、ドラゴン退治の報奨金を預かったので、それを渡す。
硝石の採掘は大分進んでいるらしく、アライアス伯からグラスコー商会を通して販売を委託されるだろうという話も聞かされた。
おそらく、グラスコーの忙しいという話に含まれてるんだろうな。
現状としては火薬に使われるのが主な用途だけれど、肥料の材料でもあったりする。
いろんな加工品があるから、商品化できるなら商機は広がりそうだ。
「いや別嬪さんに注がれる酒はうめえなぁ。
ヒロシさんよ、今年もよろしくな!!」
ベネットに御酌をしてもらい、鉱夫ギルドの親方たちも上機嫌だ。
今後もお世話になるだろうから、ちゃんと挨拶しないとな。
「こちらこそよろしくお願いします。
皆様のおかげでドラゴンを倒せたのですし、何かあれば言ってください。
お力添えしますよ。」
にこにこ笑いながら、贈り物の蒸留酒を渡していく。
こちらもお返しにと別の蒸留酒をカップに注がれるけど、全部水にして飲んだ。
アルコールは別に貯蔵中。
これの使い道も考えないとなぁ。
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