10-23 望んでやったこととは言え。
無茶振りされました。
モーダルに到着してそうそう、サンクフルールの船団が顔を出す。
もちろん、臨戦態勢ならそれなりの準備をしてお出迎えとなるわけだけど。
大砲の距離外から、小舟が出されドラゴンを倒したことに祝辞が述べられ、モーダルの復興を願うという内容の親書が送られるにとどまった。
そのあと、食料の補給や船の修理をしたいという申し出に、モーダル側も喜んで応じるという平和的なやり取りが行われ事なきを得る。
多分提督の判断が適切だったんだろうな。
年明け早々の祝賀ムードもあり、俺は市庁舎で行われた晩餐会に呼ばれた。
出来ればハルトとかに変わってもらいたかったんだが、派手にやりすぎて指名を逃れることができなかった。
悲しい。
結局俺とベネットという危惧していた通りの組み合わせで呼ばれた。
ベネットはブラインドサイトゴーグル、俺は眼鏡を着用していたけれど、二人とも髪色が特徴的だもんな。
誤魔化しきれるかどうか。
アライアス伯の他にネストホルン伯、バウモント伯という伯爵の中でも実力者と呼ばれる人が集められ、王族からは王弟殿下が参列されるという破格の催事となってしまった。
ビシャバール侯爵もこの中ではやはり一段劣る扱いだ。
伯爵は持て成し役という扱いなので当主はもちろん、その後継者までもが呼ばれるという緊張するなと言われても無理という感じの雰囲気があった。
もはや目がくらみそうだ。
よく小説だと、簡単に王様に会ったりするけれど残念ながらこの世界では難しそうだ。王弟殿下でも直接近寄ることすらできない。
ただ、それでもドラゴンを倒したという実績は大きい。直接お言葉をいただけるという名誉をいただけるという事だ。
いや、いらないんだけども。
「此度の働き、誠にまことに見事であった。王もそなたの名を忘れまい。」
とても簡素な言葉だけれど、いろいろと難しいこと言われるより全然いい。
「ありがたきお言葉、歓喜の念に堪えません。」
これは事前に教えられている言葉だから間違いは無いはず。
むしろ、間違えてたら教えた人の首が飛ぶよな。
恐ろしい、とても恐ろしい。
もちろん、王弟殿下にお会いするときはかぶり物や眼鏡なんかは無しだ。
お会いする際に外している。
本番の晩餐の際には返してくれるので、変装が無駄にはならないとは思うけれども。
ちなみに、服装は当然新調した。
ベネットには青いドレスを着てもらい、俺も新品のタイツやベストなんかを用意した。
もうだって、そうしないと失礼だって言うんだもの。
お金はまだいいんだけど、仕立てがめちゃくちゃ大変だった。何せ王族が来るって決まったのが3日前だから、寝ずに作ってもらった。
仕立て屋さんには無理をさせてしまったな。
もちろん、俺とベネットだって大変なのには変わりない。変装の件は、アライアス伯の計らいもあって何とか無難に通ったけれども、歩き方やら座り方やら、いろいろと注意や指摘、指導がビシバシ飛んでくる。
何だったら、晩餐で話す内容まで指定された。
もう、演劇に近い。
素人俳優が棒読みで演技しているようなもんで、もう、これ俺じゃなくてもよくないかという気分にすらなってくる。完全に、催事を仕切る侯爵様の言いなりだ。
ちなみに、仕切ったのはビシャバール侯ではない。別の侯爵様だ。
胃が爆ぜそうだ。
料理の味なんか覚えてるはずもない。というか、何が出たんだろう?
記憶が飛んでる。
「お疲れ、ヒロシ君。
いやー、とっても上手だったよ。
お母様も感心してたよ?」
レイナは、どうやら催事から逃れられたようだ。
とはいえ、準備やら用意やらには駆り出されたらしく、びしっとドレスで決めている。
控室とはいえ、誰が来るかもわからないので、油断できないんだろうな。
「勘弁してください。物々しすぎて、何口にしてるかすら分かりませんでしたよ。」
今回のタイツはちゃんとゴムを入れてもらっているから、きつくて苦しいってことは無いけれど、決して着心地のいいものじゃない。出来れば、ソファで身を投げ出したい。
「私も、なんだか気分悪い。」
ベネットは、若干顔色が悪い。平気だろうか?
「もう終わりだから、お家に帰ったら吐いても平気だよ。
あー、でも、ちょっとお母様が会いたいって言ってるから、呼んできてもいいかな?」
侯爵が来るって、ちょっと勘弁してくれ。
「あー、平気平気、あくまでもプライベートって事で、普通に接して大丈夫だから。」
本当かな?
俺は訝しむことしかできない。
そそくさとレイナが部屋を後にしたので、ベネットにお茶を用意する。
野草茶はこういう時に、落ち着かせてくれる効果があるから、とても重宝する。
備え付けのカップもかなり高級品だな。
割ったら大変かもしれない。
「大丈夫?どこか緩める?」
そう聞くと、ベネットは首を横に振る。
「多分、お茶を飲めば平気かな。」
そういいながら、カップを手に取り、お茶をゆっくり飲み始めた。俺も飲んでおこう。
トイレ行きたくなったら大変だと思って、ろくに飲み物を飲んでいなかった。
一服し終わりカップを片付けていたら、レイナとおそらくビシャバール侯爵アカネ閣下ご本人が控室に入ってくる。
俺とベネットは、頭を下げて出迎える。
「大変良くできました。どうせ、レイナは普通に接しろといったでしょうね。
私はともかく、他の方にはその接し方で正解です。
私はアカネ、陛下からビシャバール領を有することを許された侯爵です。
もっとも、二代目という事になってはいますけどね。」
そこら辺の事情はレイナから聞いている。
色々と大変なんだろうな。
「顔を上げて結構よ。
それと、以降は口を開くことも許します。という事で、私も砕けたしゃべり方になるけれど、許してね。
人は遠ざけておいたから、ここからは本当に友人のように話して。」
先ほどまでの硬いしゃべり方ではなくて、柔らかな口調に変わる。
なるほど、切り替えが上手な方らしい。俺は顔を上げる。
狐面?
いきなり、和風な雰囲気の狐面をつけていたから、びっくりしてしまった。
顔半分は覆っていないので、漫画やアニメに出てくるものに見える。
「あぁ、ごめんなさいね。
本来ならもうすでに60を超えていることになっているから、顔を隠さないとまずくてね。」
そう言って、アカネ閣下は狐面を外した。美人というよりは可愛らしいという印象のある顔立ちだ。
ミリーとかと顔の印象は似ているかも。
声やしゃべり方のせいで、もっときつい顔立ちかと思ってしまっていた。
でも、レイナのお母さんだもんな。イメージしていた顔より、実際の顔の方がしっくりくる。
「なんか失礼なこと考えてない、ヒロシ君。」
レイナが食って掛かってくるけども、俺はそんな顔をしたんだろうか?
「いえ、とんでもない。お二人とも美人だなと思いまして。」
これくらいのお世辞は許されるよな。
「レイナ、私も時間がないの。本題に入るから、少し黙っていなさい。」
アカネ閣下にそういわれると、レイナはへーい、と令嬢らしからぬ返答をしてソファに腰かけてしまった。
「ともかく、私からも感謝を述べるわ。あなたのおかげで、サンクフルールの海軍は黙ってくれたし、陸の方も有利に進められそう。
あの坊やも、倒し方を聞いて手を叩いて喜んでいたわ。」
あの坊やって誰なんですかね。
「あぁ、あの坊やと言っても分からないわよね。王国軍参謀のバーナード=ヘッツェルのことなのだけれど、あなたの彼女に一騎打ちさせた騎士と言えばわかるかしら?」
ほう、そんな名前だったのか。
「長く、ベレスティアに留学していたのだけれど変な事ばかり勉強してきたみたいでね。軍の近代化がどうしたこうした、これからの軍は工兵の時代だとか。
変なことばかり言ってる子なのだけど、まあ植民地では頑張ってたみたいなのよ。寡兵でよく耐え、大軍を集め、戦果を挙げるってことで重用されているわ。
特に第三王子のお気に入りね。」
第三王子か。
多分、そのバーナードさんは現代人に毒されちゃった人なのかな。
坊やという事は若いのだろうか?
「ちなみに、バーナード様はおいくつでらっしゃるんでしょうか?」
「30よ。まあ、軍人としては若いという感じね。」
いや、十分若いです。
こっちでの平均寿命がどんなものなのかは知らないけれどトーラスやベーゼックを見る限り、おじさんという感じでもない。
ましてや、参謀に抜擢されるとしたら、若すぎるくらいだろう。
「まあでも、第三王子には振り回されっぱなしよ。今の国王もなかなか斬新だけれど、第三王子に至っては奇抜。
多分転生者よね。」
そう言って、アカネ閣下は俺に紙を差し出してくる。
そこには、後装銃や雷管、飛行機や動力船の絵などが描かれている。
イラストだけども。
材料も、なんかあやふやだ。
「紙幣についても、アイディアが上がってきた時には小躍りしてたかしら。さっさと実行しろってうるさいし。
まあ、今年から交換が始まるから資産があったら早めにね。」
そうか、今年から交換が始まるのか。
「王都では、試験的に運用が開始されて、銅貨も3種類追加されたわ。ハーフダールと10ハント、それとハント。
そんなに種類を増やしてどうするつもりなのかしらね。管理しきれるか不安だわ。」
ハントって、ドルに対するセントみたいなものかな?
補助通貨ができるって言うこと自体は悪くないと思うけれど、全部銅だとすると溶かして偽造とかされそうだなぁ。
「で、どう思ってるのかしらヒロシ君。」
どう思うも何もない。色々問題は出るだろうけれど、俺が口を挟むことじゃ全くないし。
「私は平民ですから、国王陛下が定められたことには従うまでです。実現できれば、どれも素晴らしいものですしね。」
アカネ閣下がにっこり微笑む。
「なるほどね。
では、あなたにはこれの中のどれか一つを実現してもらうわ。」
は?
……思わず思考停止してしまった。まさか、そのままは、は?、とか口に出してたりしないよな?
「それは、ご命令という事でしょうか?」
恐る恐る訪ねる。
「国王陛下自らのご下命よ。」
か、勘弁してください。国王陛下自らのご下命って、責任重大じゃないか。
でも、逆らうなんてしたらとんでもないことになりそうだ。
「失礼ですが、もう一度精査させていただいてもよろしいでしょうか?」
どうぞと、イラストの束を渡される。
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